1.頻発する不払い残業請求
平成22年9月28日に「武富士」が会社更生手続開始の申立てを東京地方裁判所に行いました。過払い利息返還請求の一つの結果です。
そして、弁護士・司法書士の次なるターゲットは、「不払い残業請求」と言われており、経営者にとって「不払い残業請求」への対応は、緊急の課題となっています。
労働基準法では、労働者に対して残業を命じた事実があり、労働者がその命令に従って労働した事実があった場合は、経営者は時間外割増賃金を必ず支払わなくてはなりません。
以下のような対処法で可能な限り残業時間を削減しましょう!
2. 残業がなければ残業代はかかりません! 事例@ 残業代の定額払い(みなし残業制度)
Q: A社とB社はともに、毎月時間分の残業代を定額払いしておりました。ある日、両社に監督署の立ち入り調査(臨検)が入り労働時間管理と残業代等の支払いの確認が行われました。A社は、何のお咎めもなかったにも拘らず、B社は年前に遡って割増賃金の支払いを命じられました。こんなことがあっていいのでしょうか?
【定額払いの要件】
@ 賃金に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが、就業規則、労働契約などによって明らかであること。
A 手当に含まれる残業代部分を明確にし、それが何時間分の割増賃金になるのかについて明示すること。
B 実際の残業が、手当てに含まれる残業時間を超える場合は、その差額を支払うことおよびその合意ができていること。
C ある月の残業の超過分を残業が少ない別の月と相殺するような方法及び年を通して残業代を精算するような方法は認められず、その月(賃金計算期間)毎に精算しなければならない。
つまり、残業手当が何時間分になっているのか、それがいくらなのかが明確になっていて、本人にもそれが示されていることが必要です。
A: A社は就業規則に明確な記載がありましたが、B社の就業規則は雛形を流用したもので、定額払いと認められる記載がなく、残業代の定額払いとした手当は残業代とは認められず、残業代は全て未払いと判断された為、定額分を含む全残業代を時効の2年前まで遡って支払うことを勧告されてしまいました。就業規則には必ず規定しておきしょう。
さて、上記要件にありますように定額払いでは、現実に残業があろうがなかろうが、残業代が発生しますので、定額の設定額には神経を使う必要があります。
ただしあまり低めに設定すると、残業がないときの支払いは抑えることができますが、常に定額分以上の残業が発生するようですと、毎月、差額支給が発生してしまい、一般的な割増賃金の計算より手間がかかることになりますし、さらに人件費も膨らむと言う皮肉な状況を作り出してしまいます。
【メリット】
常に、残業が発生する職場において「定額払いの割増賃金」を取り入れた場合には、その設定時間とともに職場での意識改革が必要になってきます。
設定時間を高めに設定せざるを得ないような職場では、仕事の流れにムダがあったり、段取りが悪いといった問題点がある場合もありますので、まず設定時間内に仕事が終了するように職場全体で検討して見てください。
合理化により時短効果が得られることもあります。この場合には、社長以下全社で取組むことがキーポイントになります。
事例A 1 年単位の変形労働時間制
Q: C社とD社は、同じ週休2日制の会社です。両社とも1年を通じて時間外労働が多く、土曜出勤も月2日程度あり、実質的には隔週週休2日制といった具合になっています。
C社は1年単位の変形労働時間制を採用し、D社は残業対応で処理しています。ある繁忙期における両社の週間の時間外労働を比較するとどうなるでしょうか。
A: C社は1年を通して週平均40時間を確保すれば、1年の総枠2,085時間までは割増賃金が発生しませんし、最大1日10時間、週52時間まで労働することができます。
C・D社とも年間休日が120日だと年間総労働日は245日で、年間所定労働時間は1,960時間となり、総労働時間が2,085時間だとすると、D社は125時間も割増賃金を余分に払っていることになります。
【メリット】
1年の労働時間の総枠 |
7日 =2,085.7時間
2,085.7時間以内であれば、所定労働時間を毎日8時間超
に設定することも可能で、割増賃金の支払いは不要 |
事例B 始業・終業時刻の繰上げ、繰下げを活用
Q: 明日中に納品しなくてはいけないのに、午後にならないと部品が入ってこない為、午前中は待機時間になってしまい、結果として不要な時間外労働が発生してしまいます。何か良い方法はないでしょうか。
A: 始業・終業の繰上げ、繰下げにより待機時間を最小限にして残業時間を削減することができます。個人別に対応することも可能ですが、部署別、課別又は全社的に行うことも可能です。
繰上げ・繰下げは、法定労働時間を越えない範囲内であれば可能ですが、就業規則に定める必要があり、定めることで労働者に同意を得ると同時に、労働者には労働契約として繰上げ・繰下げに応じる義務が生じることになります。
【メリット】
上記のように必要に応じて始業・終業時間を変更することによって、必要な時間帯に必要な人員を確保することができ、かつ、残業手当を削減することができます。また、付加的要素として、従業員も無駄な待ち時間を浪費せずに済みますし、時差通勤も可能となります。
事例C 法定内残業に対する割増賃金
Q: E社の所定労働時間は午前9時から午後5時30分(正午から午後1時までは休憩)までですが、5時30分から6時までの残業について時間外割増は必要でしょうか。
A: 割増賃金の支払いが必要となるのは、法定労働時間を超えた場合です。したがって、各企業の所定労働時間を超えてなされた労働(法定内残業)や、法定外休日になされた労働については、労基法上の割増賃金支払義務は発生しません。ただし、就業規則などにおいて、時間外労働について割増賃金を支払うという一般規定がある場合には、法定内残業については、それらを別個に取り扱う規定がない限り所定外割増賃金が支払われるべきだと思われます。(大星ビル管理事件) 【メリット】
逆に言うと、就業規則に別個の規定を定めていれば、所定内残業については通常の割増賃金を支払わなくてもよいことになります。
法定内残業の場合、厚労省は「原則として通常の労働時間の賃金を支払わなくてはならない。ただし、労働協約、就業規則等によって、その1時間に対して別に定められた賃金がある場合には、その賃金額で差し支えない」としています。
事例D 振替休日と代休
Q: F社は急な受注が発生すると休日出勤をしてもらうことがあります。その時はいつも振替休日で対応しており割増賃金は支払っていませんでしたが、先月退職した者が監督署に申告した為、休日出勤と時間外労働の不払いについて行政指導を受けてしまいました。
法定休日: 使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも1 回の休日を与えなければならない。前項の規定は、4 週間を通じ4日の休日を与える使用者については適用しない。(労働基準法第35条) 振替休日: 休日であった土曜日をその週の火曜日と振替た場合、土曜日は労働日となり、火曜日が休日となる。従って、この場合の土曜日の労働は休日ではないので、休日労働に対する割増賃金の支払義務は生じない。ただし、その日に8時間を越えて残業させた場合や振替えたことにより当該週の労働時間が1週間の法定労働時間を越えるときには、時間外労働に対する割増賃金の支払義務が生じる。(S63.3.14 基発150 号) <振替休日の成立要件>
@ 就業規則に、休日を振替えることができる旨の規定をもうけること。
A 休日を振替える前にあらかじめ振替えるべき日を特定すること。
B 法定休日が確保されるように振替えること。
代休: 休日に労働を行った後に、その代償として特定の労働日の労働義務を免除すること。振替えになるか、代休になるか違いは、休日振替えの要件を満たしているかどうかによることになる。あらかじめ振替える日を特定して振替えても就業規則に定めがなければ、それは代休である。就業規則に定めがあっても休日労働した後に振替える旨を伝えればそれは代休である。
また、振替え変えることにより法定休日が確保されなくなれば、それは代休である。
休日労働: 週休2日制の会社における所定休日の労働は、「休日労働」ではない。例えば土曜日と日曜日が所定休日である会社の土曜日の労働は、一般的には「時間外労働」(割増25%)であって、「休日労働」(割増35%)ではない。さらに、土曜日に続けて日曜日にも出勤したとしても、1週間の初日が日曜日とされている場合は、その前の日曜日とその直後の土曜日に出勤していなければ、法定休日は確保されており、「休日労働」は発生しない。 A: 振替え休日を設定しても振替日が同じ週ではない場合、又は振替休日に休日が取れない場合で、週40時間を越えるときは時間外手当(125%)の支払いが必要ですし、法定休日の場合は休日出勤手当(135%)の支払義務が発生します。代休の場合でも35%の支払いが残ります。
この管理をしっかりしていないと未払い賃金が蓄積する要因となります。
【メリット】
休日出勤の予定があらかじめ分かっている場合には、振替休日を採用することによって、割増賃金を削減することができます。
1年中従業員が残業をしなければ、業務が回らないと言うのは、やはり業務のどこかに無理、あるいは無駄が生じていると考えられます。仕事量と従業員数が合っていないのか、仕事の効率が悪いのか、制度が悪いのか、現在の体制を見直すことが重要です。 1. 無駄な残業をしない
仕事の優先順位を決めて、今日やる仕事かどうかを判断する。また、残業の判断は従業員に委ねず、上司の判断により行い、残業後に仕事内容と残業時間の整合性を確認し、承認する。
(残業規定の見直し)
残業は、会社の命令に基づき行うことを原則とし、従業員の判断に基づく場合は、事前に申請し、許可を受けて行うこととする旨を就業規則に規定します。そして、実務上の段取りや書面の整備を行います。
2. 仕事の効率化
工場であれば、作業内容及び作業動作、ライン等での無駄をチェックし、不要な作業や重複作業を洗い出す。
事務職であれば、無駄な時間消化(重複業務、長電話、喫煙タイム、私語等)がないかチェックする。また、全社的に人員配置に無駄がないか検討し、業務量により再配置を検討する。
(改善4原則)世界に冠たるトヨタの生産現場で使われて有名になった「カイゼン」の基本原則と言える指針で、ECRSの原則と言われています。
Eliminate(エリミネート):排除/なくせないか?
その業務の目的を見直して、不要な作業や重複作業をチェックして排除可能な業務はなくします。
Combine(コンバイン):統合/一緒にできないか?
業務をまとめて処理することによって、時間短縮できないかを考えます。生産現場であれば、例えば工程のすき間や待ち時間を埋めて、工程を統合できないか検討します。
Rearrange(レアレンジ):交換/順序の変更はできないか?
業務や作業の順序を入れ替えることで、効率的にならないかを考えます。
Simplify(シンプリファイ):簡素化/単純化できないか?
作業の単純化を考えます。
生産現場での改善活動には、その他にも「5W1Hによる改善活動」、「QC活動」、「ZD運動」等がありますが、事務職にも大いに活用できます。
3. 労働時間制の見直し
業務内容によって、労働時間制を検討する。フレックス、事業場外のみなし労働時間制、裁量労働制、変形労働時間制を検討する。
4. 振替休日の利用
法定休日に出勤する場合、休日と勤務日を振替えることで、休日は勤務日となるため休日労働に対する割増賃金の支払義務は生じません。(休日手当不要)
ただし、その日に8時間を越えて残業させたり、振替えたことにより、その週の労働時間が法定40時間を越えるときには、割増賃金の支払義務が生じます。
5. 残業時間を決めて定額払いとする
残業が常時ある事業所では、一定時間の残業代を定額払いとし、それ以上の残業は許可制とする。例えば、1ヶ月の残業の上限を30時間とし、20時間分を定額払いとし、10時間を許可制とする。
6. シフト制の導入
業務によっては、30分〜1時間程度のシフト制の導入を検討する。
7. 請負・業務委託の検討
業種及び業務内容によっては、請負又は業務委託への移管も一考です。直接雇用の労働者ではありませんので、労働保険・社会保険の加入の必要もありませんし、割増賃金の支払い義務もありません。さらに、時間管理の必要もありませんし、労働時間の縛りもありません。まして、有給休暇の付与の必要もありません。
しかし、メリットがあればデメリットもあります。仕事を任せる契約を結ぶのですから、実態としても仕事を任せなければなりません。実態が労働者とみなされますと、遡って、会社に使用者としての「労働法の義務」が課せられることになりますので、注意が必要です。
以上のように業種、事業所規模等により、労働時間削減策も考えられますので、まずは事業所の実態を把握することから始めます。 一緒に取組みましょう!! |