大多喜から大原へ


【メキシコ通りを歩く】

書くのが疲れて来たので、もう適当に書くことにした。
お城への地図を見たら、「メキシコ通り」という道を通るらしい。
メキシコ通りって何なのか。西小泉のブラジル人みたく、大多喜にはメキシコ人がたくさん住んでいるのだろうか。でも街中でちっとも人に会わず、人を見かけるたび「むらびとはっけん」と言ってたぐらいなので、メキシコ人が多いかどうかわからない。と思ってるうちメキシコ通りに出た。

どのへんがメキシコなのか


メキシコぽい石でメキシコぽいガラ(モンキーレンチ?)の模様にしたインターロッキングに、メキシコのハンコの模様タイルが埋め込んであるとこが、メキシコのようだ。
また、路肩の竹に埋もれてサビサビのオブジェがあった。
ラテンの香りがまったくしないオブジェ


でもオブジェ横にあったパネルによれば、昔このへんでメキシコ人の船が難破したのを、大多喜城主が助けた。ありがとう大多喜城主。メキシコ人はその恩を忘れませんでした。そのメキシコ人はロドリゴさんという人。
あ〜〜〜あ!それでアレか、ロドリゴ駅伝か。
ロドリゴについてはウィキペディアに載ってたので御参照下さい。

ゆるい山道をのぼって、「物産センター」に着いた。物産センターは、竹製品を中心に、民芸品やレトロというより売れ残っただけの絶滅危惧土産がどっさりある、素晴らしいセンターだった!

制作者の名前よりも年齢を重視


私は、水笛やおぼっちゃまくんグッズなど8千円分ぐらい買った。

茶魔語をあしらったつり革


つり革って、車でハコ乗りする時以外は何に使えば良いのだろう。
とこれ↑を書いてから、ふと「これはタオルかけではないか!?」と気づいた。あ、そっかそっかー。

ふー。
いま午前3時15ふんで、すごく眠いので、もうあと写真だけ貼ることにします。

看板建築だけどいまは民家

大人はギリギリ通れなそうな大多喜水道

なんでこんなにホーロー看板が

「初茸狩り」の舞台となった旅館寿恵比楼



階段ナイスな木造建築。住みたい!

しんかど食堂のとんたらこ定食800円



デンベじゃなくて「デンベイ」だった

舗装が薄いそうです


しんかどは、すごく良い食堂だった!
それからまたいすみ鉄道に乗って、大原に向かった。大原から外房線で帰ろうという算段だ。今も眠いけど、いすみ鉄道でも眠くて、ぐーぐー寝てたら、途中で運転士さんが「カメラ撮ってる方!」て怒鳴って、目が覚めた。やばい。カメラ撮ってたら怒られるのだろうか。
そしたら「いまから菜の花通ります、徐行しますよー!」というアナウンスだった。いすみ鉄道には車内放送がないのかなー?

ふーん……黄色いですねー…


運転士さんにお奨めされても私は自然に興味なく、菜の花はどうでもよかった。だけど、それをカメラ持ってる人がちゃんとみんな撮ってんのが面白かった。
大原に着いたら、アイツが待ってて、すっかり忘れてた当初の予定(=つげ旅)を思い出した。


「ねじ式」のアイツ。可愛くなってる


大原は「海辺の叙景」の海岸など、つげ史跡が多いそうだが、そのせいで街中の時空が歪んでいるのか、いろんなもんの名称がおかしくなってた。


無料休憩所的なところ

ほらやっさ!


ほらやっさカードは、大原中央商店街協同組合によれば

始まった当初は、一部の人に「ださい」とか「田舎くさい」とか言われたりもしたが、大原はだか祭りで聞き慣れていることも手伝ってか一度聞いたら忘れないため、憶えてもらいやすく、中には省略して「やっさカード」とか言う人もいるようになった。

だそうです。確かに忘れられないカード名だ。
列車の時間待ちに瀬戸物屋に入ったら、これまた掘り出し物だらけで、買い物に夢中になり、けっきょく2時間も滞留してしまった。

砂丘なみにホコリだらけの瀬戸物屋


店のオヤジさんによれば、皿はほとんど蔵に入ってて、いい皿がいっぱいあんだけど整理すんのがめんどくさい。でも蔵にはいっぱいあるそうだ。狐館長といいこのオヤジさんといい、千葉は「家にはいろいろある」人が多い。そんなことがわかり、有意義な千葉旅行でした。







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