★「観用少女」設定を借りたダブルパロとなっております。そういったパロに嫌悪感を抱かれる方はスルーして下さい。また萌えの吐き出しの為に、勢いだけで書いております。細かい設定等全く考えておりませんので、途中で書くのを止めてしまうかもしれません。その旨ご了承下さい★
「……ええ……ろくに口も利かなくなって……」
「……では彼が例の……」
「……家にこもりきりで……気が紛れるんじゃないかと……」
東洋風の衝立で仕切られた隣室から、叔母と店主の微かな話し声が聞こえてくる。その、わざとらしいまでに潜められた声音が妙に癇に障って、ミツルは腰かけていた豪奢な椅子から立ち上がった。乱暴に椅子を引き、遠慮のない動作で床に足をつく。だが敷き詰められた毛足の長い絨毯の上では、ミツルの期待していた効果は得られなかった。振動で、年代物の重厚なテーブルに用意されたティーカップが、僅かにかちりと鳴っただけである。室内には隣室から漏れ聞こえてくる小さな話し声が、なんの変わりもなく満ち満ちている。まるで目に捉えることの出来ない小さな虫に取り巻かれ、その羽の震える音を聞かされているような錯覚に陥り、ミツルは思わず両手で耳を塞いでいた。ふんわりとした絨毯の、足裏に優しい感触さえ腹立たしくて、闇雲に店内を歩き始める。店主の趣味なのか、室内のいたる所に東洋のものと思われる調度があしらわれている。そのどれもが一級品だと、ミツルにさえ分かるのに、どうしてだか雑然とした印象を拭いきれない。お世辞にも広いとは言い難い敷地の所為だろうか? それとも、数々の調度に囲まれて点在している、この店の商品――生き人形の所為だろうか?
叔母に無理矢理連れてこられたのは、巷で人気だというプランツ・ドールの店だった。どうやら生き人形なんて趣味の悪いものを飼うのが、貴族たちのステータスとなっているらしい。確かに、値段や維持費は相当なものだから、ある程度の収入を約束されていないと、とても手に入れられない一品である。
だが言い換えてみれば、いい大人が等身大のお人形遊びに夢中になっているだけではないか。にこにこと微笑むだけで、なんのとりえもない人形を手元に置くのに、莫大な金を支払うなんて、ミツルにはとても理解出来ない。あまりの馬鹿らしさに、眩暈さえ起こしそうなほどである。
それなのに叔母は、ミツルにそれを与えようとしている。お友達になれると思うのよ、なんて、世迷いごとを言っている。勿論、叔母は叔母なりにミツルのことを心配してくれているのだ。けれどもあまりに見当違いな気の遣い方に、ミツルは時折激しい憤りを覚えた。ただ放っておいて欲しいだけなのに、どうして分かってくれないのだろう。
しかしそう言って駄々をこねられるほど、ミツルは幼くなかった。それで叔母が満足するのならと、こうして店まで足を運んだのである。購入は、適当な理由をつけて断るつもりだった。
ミツルは所狭しと並べられている調度にぶつからぬよう気をつけながら、店の奥へ奥へと足を進めていった。途中、何体もの人形とすれ違ったが、ミツルにはその良さも、違いも分からない。人形は見るからに座り心地の良さそうな、高価であろうソファに身を委ねている。真珠色の肌を持ち、端正で愛くるしい顔立ちだ。髪の色は様々だが、決まって艶やかな、絹のような光沢を放っている。まるで作り物のような、とは、この人形たちの為にある言葉だろうと、ミツルは口元に笑みを浮かべた。
そんな風にして人形たちを流し見ていたミツルだったが、ふとあることに気がついて首を傾げた。皆一様に瞳を閉じているのだ。これでは人形の瞳の色は勿論、どのような表情をするのかさえ分からないではないか。ミツルはともかく、人形を買う気で訪れる客にとっては、不便で仕方ないだろう。
ミツルはふと思い立って、手近な一体に近寄ってみた。そっと手を伸ばすと、きちんと膝の上に揃えられている人形の手に触れてみる。生き人形という言葉のイメージから、なんとなく温かいんじゃないかと思われたその手は、実際には陶器のように冷たかった。だが感触に違和感はなく、人間のそれと同等である。
しかしミツルが手を触れても、人形は瞳を開くどころか、微動だにしなかった。ミツルだって一応客なのに、この店は本当に商売をする気があるのだろうか。それとも、ミツルに購入意欲がないことを見越して、無駄な営業を避けているのだろうか。
――まさか。
そんなことはありえないと、ミツルは慌てて頭を振った。この店の従業員は店主一人だけである。そしてその店主は、来店から叔母にかかりきりだった。人形たちに、そんな指示を与えられる訳がない。
にも関わらず、この人形たちの一貫した態度はどうだろう? まるで、ミツルの存在を、拒んでいるかのような……。
なんだか、この店の雰囲気に酔ってしまったみたいだ。
深いため息を吐いたミツルは、踵を返した。叔母に、体調が優れないからもう帰ろうと願うつもりで、彼女のいる部屋へ戻るべく足を踏み出す。
だが不意に感じた視線に、ミツルは結局足を止めてしまった。反射的に振り返ると、薄暗闇の中に目を凝らす。他に誰かがいる気配などなかったのにと訝しく思いながら、ゆっくりと室内を検めた。しかし東洋の調度類が、所々に置かれている人形が、次々と目に入るばかりで、特に不審な点など見つからない。
けれどもミツルを射抜くような視線は、変わらずだった。ミツルは周囲にまんべんなく注意を払いながら、一歩一歩、確かめるように店の奥へと進んだ。すると、僅かも行かないうちに、細かな品を収納する為の大きな飾り戸棚が、ミツルの行く手を阻むように立ちふさがった。しかしその脇に、まだ奥へと行けそうなスペースがある。ミツルは身体をずらして、その奥を覗いてみた。
どきりと脈打つ心臓の音が、静かな部屋に響き渡ったのではないかと思った。
そこには少年が、いた。無造作に覗き込んだ美鶴は、彼とばっちり目が合ってしまったのだ。そしてどうしてだか、目をそらすことが出来なかった。美鶴は否応もなく、少年の姿形を観察する羽目になった。
短く刈った黒髪に、血色の良い滑らかな肌をしている。背格好に比べて幼い顔立ちは、変に整いすぎておらず、親しみの持てる可愛らしさだ。大きな褐色の瞳を更に見開いて、じっとミツルを見つめている。その頬はほんのりと上気していて、彼の興奮を表しているかのようだった。
少年が腰かけているのが、これまでさんざ見てきた人形たちと同じ様なソファでなかったら、ミツルはてっきりどこかの子供が紛れ込んでしまったのだろうと考えたに違いない。それほどまでに彼は、普通の少年だった。実際はともかく、ミツルにはそういう風に見えた。
しかしミツルが現状を確認していられたのは、ここまでだった。唐突に立ち上がった人形が、いきなりミツルに飛びついてきたからである。咄嗟のことに、なにが起こったのか一瞬判断出来なかったミツルは対応が遅れて、人形もろとも床にひっくり返ってしまった。幸いにも、毛足の長い絨毯がクッション代わりとなって、人形の下敷きとなったミツルにもそう痛い思いをさせないでくれた。
店主が大きなため息を吐いたのは、物音に気がついた――流石にヒト一人と人形一体が倒れこんだ音までは、豪華な絨毯でも吸収しきれなかったようである――彼と叔母が駆けつけ、人形の下からミツルを助け起こしてからだった。
「困りましたねぇ……」
細く長い指を顎にあて、今一度大きなため息を吐いてから、店主は意味深長な視線をミツルに向けた。
「こうなってしまっては、これはもう、お客様以外に見向きもしないものですから……」
だからどうしたと、ミツルは胸中で悪態を吐いた。それよりも、この人形をなんとかしろと怒鳴りつけてやりたかった。しかしミツルの外面が、そんな醜態を許さない。仕方なく、むっつりと黙り込んだまま、静かな格闘を続けていた。
二人の大人に助け起こされたミツルは、先刻一人で待たされていた部屋に戻され、椅子に腰かけている。それはいいのだが、何故だか当然のような顔をして後をついて来た人形が、ミツル一人で座るには大きすぎる椅子に一緒になって腰かけた挙句、ぴったりとくっついて離れないのだ。
ミツルは何度も人形の身体を押し返し、椅子から立たせようと試みた。だがそれはちっとも言うことを聞かない。渋面のミツルに肘で押されると、一瞬きょとんとした表情を浮かべるのだが、すぐにまたにこにこと、この世の幸せを独り占めしているような笑顔で擦り寄ってくる。堂々巡りの攻防に、ミツルはいい加減うんざりとしているところだった。
「私は、この子がいいと思うのだけど……」
そんな時に発せられた叔母のとんでもない言葉に、ミツルは目を見開いた。
「女の子のお人形だと伺ってましたから驚いたけれど……、ミツルのお友達には男の子の方がいいですものね? ちょうど年恰好も同じくらいですし」
ミツルの心境を知る由もない叔母は、勝手なことを言って、優雅にお茶なんぞを飲んでいる。ミツルを顧みる素振りもない。それは店主も同様であった。彼は安堵の笑みを浮かべると、そう言って頂けると助かります、とのたまった。
「これは名人の称号を持つ職人が始めて作り上げた観用少年なのですが……これだけのものになりますと選ぶのでございます」
「選ぶ?」
小首を傾げた叔母に、店主は首肯する。
「ええ、どなたでもお求めになれる訳ではございません。こうして人形を目覚めさせることが出来るお方でないと……」
「まあ、じゃあミツルには、その資格があるのですね」
当のミツルそっちのけの会話を交わした二人は、ここで漸くミツルに顔を向けた。その面を彩る満足そうな微笑に、ミツルは眉を顰めた。もう我慢出来ないと、力一杯人形を振り払い、椅子から立ち上がる。突然のミツルの所作に、ぽかんとしている叔母の元へと駆け寄った。
続
日記プランツLogでございます。
070212
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