★「観用少女」設定を借りたダブルパロとなっております。そういったパロに嫌悪感を抱かれる方はスルーして下さい。また萌えの吐き出しの為に、勢いだけで書いております。細かい設定等全く考えておりませんので、途中で書くのを止めてしまうかもしれません。その旨ご了承下さい★



「叔母さん、帰ろう」
 語気も荒々しく宣言すると、ミツルは叔母の手を取り、力任せにぐいと引っ張った。ミツルのあまりの剣幕に、表情を一変させた叔母は、促されるままに椅子から立ち上がる。けれども流石に、そのままミツルに手を引かれて、店の戸口へ向かうようなことはなかった。困惑を露にした面をちょっと傾げて、ミツルに視線を注いだ。

「だってミツル、まだお話は済んでいませんよ」
「話なんて、必要ないでしょう」
「どうして?」

 まるで救いを求めるかのように、ちらりと横目で店主を見る叔母に、ミツルは言いようのない怒りを感じた。まだ歳若いにも関わらず、姉の子であるミツルの面倒を見てくれている叔母には、本当に感謝している。しかも、あんな事件をものともせずに、だから尚更だ。しかしこんな時ばかりは違った。良く言えば大らかで心優しい叔母の、無神経で気弱なところばかりが目立つからだ。

「僕は、こんなもの、いらないからです」
 仕方なく、ミツルはきっぱりと言い切った。そうでもしないと、いつまで経っても店を後に出来ないと思ったからだ。ミツルは別に、こんな人形の世話を焼きたい訳じゃない。店の都合で、押し付けられても迷惑だ。だが叔母に交渉を任せたきりでは、店主にいいように言いくるめられてしまうに違いない。そんな風に思わせるような、ヒトを食ったような雰囲気を、店主は持ち合わせている。冗談じゃなかった。

 まあ、と呟いたきり、困惑の色を深めた叔母は口ごもっている。ミツルは視線を店主に向けると、笑みを浮かべた。
「そういうことですので、失礼させて頂きます」
 深々と頭を下げる。そのまま踵を返し、店を後にしようと歩き出す。繋いだ右手で促せば、今度は叔母も素直についてきた。完全に、ミツルの勢いに呑まれているのだろう。

 だが数歩も行かぬうちに、空いた左手を冷たい手の平に握り締められ、ぐいと引かれて、ミツルは足を止めることとなった。その感触に、嫌というほど覚えのあったミツルは、険悪な表情を浮かべて振り返る。いい加減にしろと、怒鳴りつけてやるつもりだった。
 しかし結局ミツルは、息を飲むに止まってしまった。思わず目を見開くと、じっとそれを凝視する。

 はたしてそこには、先刻の人形がいた。けれどもその表情が、瞬間、同じ人形なのかといぶかしんでしまうほど、異なっていた。

 人形は、愛らしい顔立ちを、くしゃりと歪めて、立っていた。大きな目を眇めて、ひたとミツルを見つめている。幼子が癇癪を起こした時のように、真っ赤に染まった頬を、微かに膨らましていた。不意に、いやいやをするように、首を左右に振り始める。同時に、掴まれた手に力を込められた。

 痛みに、ミツルは眉を顰めた。華奢な外見からは、想像もつかないような強さだった。

 ミツルは言葉も忘れて、ただただ人形を眺めていた。それは、純粋な驚きからだった。ふと、店主の言葉が脳裏を過ぎる。――お客様以外に見向きもしない。ただの、営業トークだと思っていた。そう言って、客の選民意識を刺激し、態よく商品を購入させるつもりなのだとばかり思っていた。

 けれども人形の仕草を見る限り、店主の言葉に嘘はないようだった。プランツドールは、機械仕掛けの人形とは違う。操作ひとつで、どんな命令をも与えられる訳ではなかった。
 プランツドールに指示を出すには、言葉をかけるしかない。それらの命令承認機関は、ヒトでいうところの耳であるからだ。かけられた言葉の意味を、個体それぞれに解釈し、従う。だから、思い通りにゆかぬことも、多々あるそうだ。また、気が進まない時は、偉そうに拒否してみせるらしい。ふざけた話である。最も、マニアに言わせれば、そこがいいのだとか。ミツルには、理解し難い心境である。

 興味がないとはいえ、プランツドールは、この世において特殊な存在だ。ミツルでも、その程度の知識は持ち合わせている。だからこの人形が、店主から指示を受けたのではないのだと、知れた。ミツルに気づかれぬよう言葉をかけるには、店主はあまりにも遠いところに佇んでいた。

「本当に」
 じっと押し黙って成り行きを見守っていた店主が、唐突に口を開いたので、ミツルは咄嗟に彼を仰ぎ見た。店主も、ミツルに視線を合わせている。その底知れぬ瞳の色に、どうしてだか不安を覚えて、ミツルはたじろいだ。すると、まるでミツルの心中を察したかのように、手を掴んでいた人形が腕にすがりついてきた。それだけでなく、きゅうきゅうと身体を密着させてくる。

 はっとしたミツルが目を向けると、人形は、不満を露にした面で、じっとりとした視線を店主に向けていた。今にもぺろっと舌を出しそうな勢いである。あまりに人間らしい所作に、ミツルは、驚愕に目を見開いた。
 これは、本当に、人形なのだろうか?

「本当に、ご不要でいらっしゃいますか?」
 ミツルの心持ちなど知る由もない店主は、噛んで含めるような物言いで、先を続けた。胸の前で組んでいた、すらりと長い腕の片方を持ち上げると、顎に手をあて、小首を傾げる。

 店主の台詞に、ミツルにしがみついていた人形が、びくりと身体を竦ませた。なおもきつく、きつく、ミツルにすがりついてくる。まるで、今にも泣き出しそうな表情だ。けれどもその瞳に、涙は一滴も見当たらない。そんなところはやっぱり人形で、ミツルはいつしか強張っていた全身から、力を抜いた。ほっとため息を吐く。

 馬鹿らしい。自嘲の笑みを口の端に浮かべながら、ミツルは肯いた。たとえ、どんなに人間らしい行動を取ったからといって、人形は人形でしかない。造られた時に、ヒトらしく振舞うよう、インプットされているだけだ。決して、人形の意思などではない。

 ミツルの首肯を見て取った店主は、小さな声で、そうですか、と言った。目を伏せると、暫し思案顔で床を見つめている。たっぷり一分間は、そうしていただろう。いい加減にしびれを切らしたミツルが、腕にまとわりついたままの人形を、なんとかするよう訴えるべく口を開きかけた時、またしても店主は不意に言葉を発した。
「それでは、メンテナンスに出さなければなりませんねぇ……」

「メンテナンス?」
 目の前の人形に、あまりにも不釣合いな単語に、ミツルは思わず問い返していた。店主は、視線を人形にやってから、横目でミツルを見た。大仰に両手を広げると、肩をすくめてみせる。
「先程も申し上げました通り、こうなってしまっては、これはもうお客様以外に見向きもしませんものですから……」

 一旦言葉を切ると、店主は、意味深長な間を持たせた。それから、随分ともったいぶった仕草で右手を上げると、人差し指でとんとんと自らの側頭を叩く。
「いじるんですよ」
「は?」

 その意味するところを酌んだミツルは、あんまりにもあっさりとした店主の口調に、不快感を露にした。別に、人形に同情した訳ではない。ただ、仮にも自分が取り扱っている商品に対して、簡単にそんなことを口に出来る店主が、気味が悪かったのだ。どんな商売でも、普通は愛情をもって商品に接するのではないだろうか。しかも、それがこんな、一見ヒトの子供にしか見えない人形だとしたら、尚更だ。

 しかし店主は、ミツルの考えなどお見通しのようだった。大きなため息を吐くと、仕方ないんですよとのたまった。
「このままでは、枯れてしまいますからね」
「……枯れる……?」

 なんだか先刻から、おかしな言葉ばかり聞いているような気がする。ミツルと店主は今、プランツドールの話をしていた筈なのに、枯れるとは、一体全体なんのことだろう。
 ミツルの疑問に、店主はとつとつと答えていった。

「ええ、枯れてしまうのです。一度目覚めたプランツは、もう、その方以外に見向きも致しません。当然、餌係である私にもです」
 店主の台詞を肯定するかのように、ミツルにすがりついていた人形が、ぷいっとそっぽを向いた。けれども一向に、ミツルの腕を離そうとはしない。

 なんだか、とてつもなく厄介なことになっているような気がする。ミツルは胸中でため息を吐き、店主の言葉の続きを聞いた。
「プランツは、一度選んでしまうと、その方から以外の接触を、全て拒否してしまうのです。ですから、その方が面倒を見て下さらないとなると、餌も食べません。ただただ、枯れるのを待つばかりになってしまうのです……」

 それで漸くミツルにも、プランツドールが枯れるという状態が、どんなものなのかが想像出来た。要するに、ヒトでいうところの死を迎えるといった意味なのだろう。

「無事、選んだ方がご購入下されば問題ないのですが、勿論、こういった事態になってしまったからといって、ご購入下さる方ばかりではありません」
 店主の口振りに、どことなく責めているようなものを感じて、ミツルはむっとする。だが、黙ったままでいた。

「その度にプランツを枯らしていては、商売上がったりでして……。ですから、メンテナンスを施すのでございます」
 店主は今一度、自らの頭を叩いた。
「職人の下へ帰しまして、目覚める前の、まっさらな状態に戻すのでございますよ」





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