東京から徳島まで、また帰路東京まで、トラックの荷台で後続の車や周囲の車の動きを運転台に伝え、 沿道のガソリン・スタンドの記録など、トラックの荷台で徳島まで行き、そしてトラックの荷台で東京まで戻ってきた。
遠征の具体的な記憶は全く無いが、淡路島島内での沿道のところどころでの寒村の風情は思いおこされる。
高速船で岩屋港へ(10:33)
岩屋港(10:50)-洲本(12:03)
下は淡路ジエノバ高速船のターミナルと、港の風景、乗船できるのは人間とオートバイ・自転車の軽車両のみ


乗船した船

出港後、明石海峡大橋を見る

フェリーは明石海峡大橋に向かって進み、橋の真下を抜けて斜め向こうの岩屋港に向かった

出港してきた明石側を見る

明石海峡大橋を通過
橋げたを真下から見上げた


岩屋側から見た明石海峡大橋の全景、向こう側が明石

路線バスは淡路島の東側の海岸沿いに、国道28号線を進んで行った。
出てまもなく「淡路夢舞台・国際会議場」があったが、ほかにはさしたることもなく、バスは淡々と進んで行った。
国道から少し離れたところに集落が沿っていて、その中に道路が続いているのを見た。
今走っている道路はバイパス的に付け替えられたもので、大昔はその集落の中の道を通過していったんだろうと想像した。
洲本の手前の厚浜海岸あたりで見た大阪湾と海岸、関西に近いにも関わらずきれいな海と砂浜だった。
少し南に炬口(たけのくち)海水浴場がある。


バスセンターに隣接していた食事所「御食国(みけつくに)」の玄関

旅の企画では、洲本・福良では店が大混雑し、相当時間待たされるとあって、
日曜日でもあったため、洲本にするか福良にするか迷ったが、まずはどの位待つかを知るためバスセンターに隣接していた食事所「御食国」に入った。
幸いにも20分程度の待ち時間ということで洲本で昼食にすることにした。
館内は一階が土産物屋でかつレストランの受付、二階がレストランで、二階への階段を含めて大勢の食事客と観光客でごったがえしていたが、結構早めに自分の番がきて、食事をにすることができた。
座って早速注文したのは「淡路島牛丼」で、温泉玉子 味噌汁 香の物付き。
「淡路和牛のバラ肉と淡路玉ねぎを贅沢に煮込み、ステーキにも使われるような極上の淡路牛を焼きしゃぶのように調理し、重箱に敷き詰めました。」
と説明にあったが、
その通りの牛丼、というかステーキ丼で、肉だけでなく牛脂もホントにおいしく、値段は高かったがこんなに美味い牛丼は食べたことがない。地ビールと合わせて、至福の昼食であった。
洲本から福良はバスは内陸部を走るため、見所も無く淡々と通過。
福良バスターミナルに到着して、さてどうするか、
案内所で「道の駅」と「足湯」、「淡路人形座」を教えられたが、「足湯」で時間をつぶして16時10分のバスを待った。
福良から徳島へは、淡路交通の高速経由の路線バスになるが、一日に3本(平日は4本)しか無く、それを逃すとJR山陽本線の舞子駅に隣接する「高速舞子」まで戻って
徳島行きの行程を組みなおさなければならなくなり、今日中に徳島に着けるかどうかもあやしくなる。
なので、どうしても福良発16時10分の淡路島南IC行きに乗車しなければならない。
福良〜鳴門間のフェリーは既に存在せず、観潮船が発着に使用していた。
下の写真右側に見えるのが道の駅と足湯(写真真ん中に見える笠状の屋根の下)


所定時刻に淡路交通の案内所の真ん前でバスのドアが開いた。
バスは淡路島南ICまで坂道を登り、インターの敷地内にあるバス停で、自分を降ろして高速を洲本に向かった。
簡単な建屋でしばし待つとインターのゲートからバスが出てきて目の前に停車、自分を乗せてまたゲートに戻って行った。
自分は前方の景色を楽しむため、最前列に陣取った。
写真は大鳴門橋への進入路と橋に入った所


大鳴門橋の橋上からうず潮と船を見た


徳島駅前に到着、前夜の夜行列車ではほとんど眠れておらず、さすがに疲れた。
駅から直進して徳島阿波踊り会館に至り、左折して徳島の繁華街の一角にあるホテルに入り、風呂とサウナで汗を流して早々と寝た。