酒田に寄るのは決めていたが、その先をどうするか、だった。
それは、山形・米沢・福島のルートにすると、米沢-福島で三時間の列車待ちが発生するため、山形の出発を遅らせて山形で時間をつぶすか、 または、米沢でその三時間をつぶすか、または、山形には行かずに、酒田から新潟に向かってその三時間待ちを避けるか、の選択であった。
山形・米沢は数回行っているので観光する気分にはならなかったこともある。
結局秋田では、山形宿泊の予約を変更するまでには至らず、酒田に向かった。
酒田への出発時刻までの時間を利用して、「秋田市民市場」に行き、「稲庭うどん」など、
いろいろと乾物・青果を含めて家庭へのおみやげ品を物色・購入して、秋田駅に向かった。
この市場は青森のより雰囲気もよく、良かった。
酒田への途中、羽越本線の車窓から寒風山を望む。
酒田駅の観光案内所は、狭い窓を挟んで、男性が一人で先客に応対し、順番待ちであったので、それを横目に案内所はパスした。
「レンタサイクル」があるらしいことを歩いている街中で知ったが、後のまつり・・・
でも後で調べたら、JR利用の自分には駅の観光案内所しか借りれる所は無かったので手遅れではあったが
JRとともに「山形観光」キャンペーンをしてるなら、それなりに案内所を充実させて、担当を配置することを考えてもよいだろうに、
従来の延長線上で対応しているのでは、キャンペーンに力を入れているとは思えない。
かなり歩いて山井倉庫に到着。
途中感心したのは、大きな交叉点の歩道の角に、歩行者目線で方向案内の角柱が配置されていたこと。
角柱の二面に観光施設の名称・方向・距離が表示されていて、自分がどこに居て、行くべき方向と所要時間が分かってよかった。
他の都市・街にもあまり見かけない優れた観光案内であった。酒田市役所が設置していると思うが、なかなかのアィデアだ。
現在は12棟のうち、1号棟は「庄内米歴史資料館」、
11、12号棟が「酒田夢の倶楽」というネーミングで、ミュージアム、土産品販売コーナー、食事処、などになっていた。
でも、ここの本当の売りは、倉庫の裏手にあるケヤキの大木。掛け値なしに素晴らしい。
下は、11・12号棟の間のオープンテラス。
大きなケヤキの木の下で、真に気持ちの良いスペース
ケヤキの大木の並木、12号棟側から(上)と、1号棟側から(下)写してみた。
石畳がケヤキの大木の並木と相俟ってなんとも雰囲気のよい散策路
次の「旧鐙屋」に行くために、表(倉庫を挟んでケヤキ並木の反対側)に行くと、搬出入の12トントラックが止まっていて、
確かに現に使われている倉庫であった。
歩行者専用橋の「山井橋」を渡って、「旧鐙屋」に向かった。
南庭園
茶之間(右)と納戸(左)
手前は台所部屋、その右手がいわゆる「お勝手」
奥の部屋に写っている吊るし雛は、上部の傘にぐるりと布をめぐらしているのが特徴で「傘福」とよばれる
発祥の地の伊豆稲取「雛のつるし飾り」、福岡県柳川の「さげもん」とあわせて「全国三大吊るし飾り」ともよばれる。
受付の女性はそのことをご存知であった。
土蔵にあった家具(上)、下は裏戸口から見た台所の収納棚とたんす
駅に戻る途中に、それぞれ敷地の大きいお寺が横一線に並んでいる場所(7寺と奥に3寺)があったが、 なぜ寺が集積しているのか不思議な場所であった。(後日、なぜかをウェブで検索してみたが、集積している理由は判らず)
14時発の快速「最上川」で新庄に向かった。途中「最上川船下り(最上峡芭蕉ライン)」への接続駅「古口」で
数名の観光客も乗り込んできた。このライン下りは旅の企画で検討したが、JRとの接続やもろもろ時間がかかりすぎて止めた。
定刻に新庄到着。奥羽本線への接続を待って山形に行く。
山形到着後、早速ホテルの大きな風呂に入ってゆったりと足を伸ばし、疲れた体を癒した。