everlasting

FATE 16 満月の逢瀬

研究所にきて、幾日が経ったのだろう。

太陽の見えないこの部屋は、時間の経過を遮断し、精神を脆弱にする。

御影はぼんやりとどこかを見つめたまま一日の大半を過ごしていた。

 

「鏡一サマ…?」

艶めいた声に振り返り、笑みを見せる。

「なんでしょう、ヒカリさん?」

「先日からあの子がうるさいのよ。ミカゲでしたかしら?マスターが可愛がってるエーフィですわ」

一息置いて、ヒカリは話を進めた。

「微弱な念波を不規則に送ってくるもんだから耳障りで…エスパーじゃなきゃ解らないんでしょうけど」

頬の脇でカールした髪を細い指で弄ぶ。

「そもそも…ワタクシが口を挟むことじゃありませんけど、 あの子はもう培養液で成長促進しなくても実験に臨めるのではありませんの?」

鏡一は苦笑を浮かべながら穏やかに言った。

「ええ、たしかにその通りです。逆なんですよ。あまりに身体の成長が早過ぎて精神が幼い、その上こちら側の準備がまだ整っていない。また逃げられても困りますしね」

ヒカリは優雅に微笑み、ふんわり広がったスカートを軽く持ち上げた。

「そうでしたの、やはり出過ぎた発言でしたわね、申し訳ありませんでしたわ」

「いえ、あなたの話で他の実験体への被害の可能性が解りました、感謝します。それに…聡明な女性は嫌いではありません」

意味深な笑みを浮かべた二人は目を合わせ、その場には沈黙だけが残された。


「…カオリこない…」

ただでもつまらないのに話し相手も来ないと暇で仕方ない。

遮断された空間の御影にとって外部から定刻に現れる香が唯一の時計だった。

それにしても今日は現れない。御影の感覚が確かならば午後なはずである。

…確かの可能性が低いが。

「定期検診だ」

ぼんやりしているといきなりスライドドアがあき、白衣の研究員が現れた。

『…カゲトキ!カオリは?』

ガラスにへばり付いて尋ねると、変換された文字を見た蔭時は苦笑を浮かべた。

「今日は無理だ。来ないよ」

その返事を聞いて御影は息を飲む。

『今日は…満月…?』

「ああ、ちょうど月齢15が夕方に来るから、今から苦しんでいるらしい。」

御影にはその感覚が解らない。首を傾げていると、蔭時が呟くように言った。

「始めは体がけだるくなる。その後、少し楽になった時を狙うように息が苦しくなる。 意識を手放したらそれで終わりだ。この間は8時間くらいだったかな…」

掌を見つめ苦い顔をする蔭時を見つめていた御影は先程からの小さな違和感を言葉にした。

『カゲトキ…ジッケンされた…?』

蔭時は顔を上げ御影に顔を向けた。

浮かべた笑みはどこか哀しそうで、苦しそうで、御影は思わず泣きそうになった。

「この間…な」

硝子に手を付いた蔭時に手を合わせ、御影は呟く。

『…ゴーストのチカラ…強い…』

「そんなことまで解るのか」

『それしかわからない…』

御影は肩を落し、俯いた。

 

『ごめんなさい…私が、いけない…』

「…泣くな、責めてない。こっちが辛くなるだろう」

蔭時は硝子をこつこつ叩くとまたいつもの顔に戻った。

「というわけだから今日は香は来ない。俺も他のやつを見なきゃいけないから遅くなったんだ。悪かったな」

いつもは香が持っているボードになにやら書き込むと蔭時は御影を向いて

「あと5時間で日がくれる。多分あの馬鹿は監視を抜け出してお前のところにくる。 適当に相手したら帰るように促してやってくれ」

他がいるから、と謝って蔭時は部屋を出た。

香が変化して動けるようになるのは日没後だ。

顔を合わせるのは久しぶりだが、はたして血の吸えない御影の元に彼が来るかどうか。

きっと彼にとって御影はただ血をくれるだけの存在に過ぎないだろう。

それ以上の存在意義をくれるのは香の方だ。

 

あんなに人間は嫌いだったのに、人間は実験で自分達を傷つけるだけの存在だと思ってたのに。

 

実験のために生まれ、育てられた私には…
人間は敵でしかない…はずだったのに…

人間の中には、私を心配してくれる人も、助けてくれる人もいる。

うれしい。


うれしいけれど、私は…そんな人たちを巻き込んでる。

私に構わなければ、今もあの家で平和に、楽しく。

どちらがよかったかなんて考えるまでもない。

私が、悪夢を呼び込んだ。

みんなを不幸にした…。

 

「そんなに思い詰めなくていいよ」
「!?」

顔を上げた御影は息を飲んだ。

目の前には、漆黒のマントを靡かせた金髪の吸血鬼がいた…。

 

 

「香が言ってた無駄ってこれか」

御影の頬に張り付いた髪の毛を払う仕種を見せたが、虚しく硝子の音がした。

「女の子をこんなところに閉じ込めて、悪趣味な奴らだね」

こちらに琥珀色の瞳を向け、同意を求めるわけでもなく彼は言う。

「どうしたの?ここに来るのが意外だと思った?」

小さく頷く御影に失笑する。

「ミサトみたいにいつでも覚醒してるわけじゃないからね。ボクは満月の日以外は眠っている。記憶が共有されないから久々に君に会いたくなってね。…まぁ、こんな大きな場所、探索したくなるのも道理だけど」

キョウは俯いた御影を覗き込むように角度を変える。マントが揺らめき影を作った。

「君に触れられないのが残念だ。顔は見られたけど元気ではないしね」

暫く硝子ごしに二人は佇んでいた。言葉を交わすわけでもなく。

そのまま、何刻が過ぎたのだろう。

キョウは突然マントを翻し、ドアを向いた。

「そろそろ行くよ。調べたいこともあるからね。報告は次の満月に…ね」

優雅に振り向いて笑みを浮かべ、キョウはドアの向こうに消えた。

 

 

(…身体成長抑制液…超能力を遮断する硝子…奴らの狙いはなんだ…?)

深夜とはいえ研究所の廊下は煌々としており、人も疎らながら歩く姿が確認できる。

キョウは目を細め、超能力で空間を歪ませると姿を眩ませて館内をかけ抜ける。

(その硝子を時折突き抜けるほどの超能力…御影の能力値はレベルや年齢に比例しない。成長の、偏り…? だからこその抑制液なのか?)

キョウは導かれるように大きなドアの前にたどり着いていた。

鍵がかかっていて中には入れない。正攻法ならば。

しかし、今や人でない身には鍵など敵ではなかった。

ドアに両手を突き、念を込める。

中の警備状況を確認し、キョウは部屋に吸い込まれるように通り抜ける。

そして迷う事なく棚へ向かい、分厚いファイルをめくる。

「?!!!」

…そこには御影の生まれる前からの記録があった。

 

 

 

 

 

足元に微かな痺れを感じ、キョウは顔を上げた。

「…タイムリミットか…」

朝日が、昇る。

ファイルを閉じ、部屋を抜け出した。

部屋に戻りながら先ほどの内容を思い返し、キョウは顔を歪ませた。

 

 

彼女はやたら謎が多かった。

親の記憶がない。
育った記憶も曖昧。
何故か人の姿。
レベルにあわない超能力値。
そのくせ成長は止められている。

 

その謎の一端が、あの棚には隠されていた。

御影は両親を知らないと言った。

生き別れかと思ったが…。

彼女にはもともと親などいなかった。

彼女の親は、この、『研究所』。

能力値が異様に高いのも、彼女が遺伝子操作により、『作られた』から。

 

そして、身体の成長が著しいのは『無理矢理成長させられたから』。

進化の過程だけは正しい手順を踏んでいるが、それも養殖に近い管理のされ方だった。

すべては実験の結果。

悍ましい、 最 終 実 験 のための準備。

 

(ひどい実験だ。彼女が無事でいる保証がない…)

それは研究員誰もが承知している。彼女は死と隣り合わせで生きてきた。

奴らは解ってやっている。それがこの研究所…

今、成長が抑制させているということは御影の準備は整ったということ。

受け入れまでは好機を保っておくつもりか。

しかし、猶予はあまりなさそうだ。

次に自分が動けるのは大分先。

 

捜せ、香。

レポートにかかれた唯一の名、
『ハヤトとチヒロ』を…

 

なんとしても

 

この二人に引き合わせてはならない…

 

 

朝方、目覚めた香の脳裏に残されたのは、この一言だけであった。

 

 

 

 

2007/05/15

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