everlasting

FATE 15 愛の結晶

「ねぇねぇーもっとみたいー」

少し先にいる白衣の男に手を延ばしてねだっても、金属の格子が阻む。

 

今、詩野は培養液ではなく大きな檻の中に入れられていた。

ここに来て数日間、詩野はずっと誰かに手を引かれてモンスターたちの見学をしていた。

白衣の男たちは皆笑顔でモンスターの名前や特徴を教えてくれた。

そのせいか、詩野には彼等がいい人に映っているらしい。

先程も見学をし終えて、部屋の中をうろついていたのだが、注射を打たれて檻の中に入れられてしまった。

 

「みさとはー?わたしなにするー?」

格子にしがみついて首を傾げると白衣の男たちはやっとこちらをむいた。

「プロトタイプOLD-132。実験開始します」

「ぷろと…?」

ボードを持った研究員がときの声をあげる。中心にいた研究員はにこりと笑って写真を見せた。

「シノ、このモンスターを覚えてるかい?」

詩野は嬉しそうに笑った。遊び相手が出来たのだ。

「うん!ポッポ。とりさん!」

「そうだね、じゃあ、ポッポになってみようか」

「………?」

意味が解らない。声真似でもすればいいのだろうか。研究員は首を傾げる詩乃に優しく言った。

「頭に姿を思い浮かべて…、彼には翼があったね?あの姿を想像して、そうなりたいと願うんだ」

詩野は目を閉じてモンスターの姿を想像した。

彼等に手はない。
手がない代わりに茶色の羽根が…


途端に詩乃の腕に不思議な感覚が走った。

骨が抜けるような倦怠感、手の自由が効かなくなるような麻痺、そして…

 

「変わったぞ!」

 

その声で詩乃は目を開けた。

彼女の両手は消滅していた。

そのかわり、 彼女の肩から指先にかけて茶色い羽が生えていた。

 

 

 

「D189-1149472、シノ。実験成功しました。現在二日間経過。覚えさせた全ての種への部分変身を成功させています。」

鏡一に入ったのは実に芳しい報告だった。

「そうですか。部分だけでも偵察には使えますね…副作用は?」

「見られません」

鏡一は苦笑いを漏らしてカルテをみつめた。

「そうですか。」

 

OLD-132、メタモンのDNAによって、モンスターに変身能力を与え、更なる能力強化を行う…。

これによりより多くのモンスターの特徴を一体の中に納めることが出来る。

出来上がるのは、万能の、殺戮兵器。

モンスターを越えた、多機能の超兵隊である。

この実験自体は早くに提案、着手されていた。しかし、改良点が難解であった。

一に元の姿が邪魔をして完全変身に至らないこと、

二にこの対象になったモンスターは必ずその日のうちに死滅していること、

だった。それがたとえヒトの姿を取っていても。

「元にモンスターの血が流れていては無理ですからね…人が混ざっていないと…」

「・・・え?」

尋ね返した研究員に鏡一は意味深な笑みを浮かべた。

「君は確かトッププロジェクトにも関わっているね?」

「あ、はい…」

適当にお茶を濁された研究員は訝しげに答えた。

「人間とモンスターの間で出来た遺伝子ハーフは何年生きた?」

脈絡が全くない話にとまどいつつも、この上司には良くあることで、研究員はぼそぼそと答えた。

「一番長くて、、13年と5日でした。」

「短いね」

「はい。…申し訳ありません。未だ遺伝子不良が起こりまして… 第二次性徴の時期に拒絶反応が起こるようです。」

「…問題は生殖器ですか…。」

「おそらくは。モンスターと人間では構造が違うので…その辺りが原因かと。」

鏡一は視線を遠くに移した。

「シノは?今何歳?」

突如紡がれた言葉に研究員は一瞬言葉を失った。

「…さ、定かではありませんが…、12年と305日と記載がありました。」

「…そうですか。」

鏡一は相変わらず遠くを見つめている。

この上司はいつもこうやって人に唐突な質問を並べる。

こんな時は聞かれたことだけに答えていればいい。

あとは彼が勝手に答えを出すのだから。

それでも、研究員は声が届かないのを覚悟で考えを吐露した。

「この日数はどなたが調べたのですか?出生が研究所ではないのにこんな正確に解るはずがありま…」

「私です。」

目を白黒させた研究員に鏡一は視線を向けた。

「私です。間違っていると、言いたいのですか?」

「いえ…」

研究員は完全に地雷を踏んだことに気づき、口をつぐんだ。

「彼女に完全変身は出来ると思いますか?」

再び視線を前に戻した鏡一から再び投げかけられた問いを慎重に噛み砕いて、研究員は答えた。

「彼女の、潜在能力にかかっていると…思います…。」

「『思います』ということは確証がない上に自信もないのか」

図星を指されて一歩下がった研究員を鏡一は横目で睨み、口元に笑みを浮かべた。

「君の努力の結晶がみられるといいんですけどね。」

「最善の努力を致します…!」

研究員は一礼して下がっていき、あたりは静寂に包まれた。

遠くで機械の動く音と、培養液のコポコポ、という音が聞こえる。

鏡一は視線を床に落とし、白衣のポケットに手を入れた。

唇がゆっくりと離れる…。

 

 

「…鷲…貴方の愛の結晶は実に役に立ってますよ…」

 

 

ポケットでシャラリと、細いチェーンの鳴る音がした。

 

 

 

2006/07/27

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