お や お や

11月

自分の感情と向き合うとは?

 
 むらさき幼稚園にお世話になって数年、我が家には争いを好まず中立を保とうとする性格の長女・K(5年)と自分の思いは貫き通したいと思う次女・A(3年)とそんな二人の姉に囲まれ気を使う事を覚えた末っ子・M(そら)一番の甘えた、この3人の子ども達がいて多くの気づきをもらっています。
 あまり手がかからず、ぐずる事も少ないMですが、姉達もそうかというとそうではありませんでした。Kが入園した頃はバス登園の行き渋りが長く続くのです。それと同時にAはイヤイヤ期に突入。服は着ない、おむつもはかない、家の中では素っ裸。トイレトレーニングを済ませた訳でもないので至るところで開放的になります。Kは家の様子が気になるのか「Aちゃんと何してたん?どこにいってたん?」とチェックが入ります。どうにかバスに乗ってもらおうと物で釣ったり、担任の先生にバスに乗ってもらったり色々策を講じますがどれも上手くいきません。一学期最初の懇談会の日、裸のままのAを乗せ園に向かうのですが、この姿を見られたらきっと何か言われるだろうなと不安でいっぱいになりながら園に入ります。同じクラスの方なのか数人の先輩ママから声がかかります。「キャーかわいい」「うちもそうやったわぁ」「でも大丈夫やで」と。あぁこの園を選んで良かった、気負いせずありのままでいいんだぁと思えた瞬間でした。
 自転車の前かごにはK、後ろには裸のA、お腹には三人目の妊娠もわかりMがいます。この当園方法はいつまで続くのか思案していた時、バスで行ってくれないかなぁといつもの様に聞くと「K、バスで行く」とあっさり。えっ本当に、Kの気がかわらない内に早くバスが来てほしい、と願います。母にすがる事もなくすんなりバスへ。少し拍子抜けましたがベストなタイミングで乗り越えることができました。と同時にAの裸生活も終了。他の子と比べたり責め立てたりそんな感情はいらなかったなぁと思いました。
 Aは感受性の強い子、大泣きすると窓ガラスが割れるかも、という表現でプレイルームからしろさんへ引継ぎされ、先生からは頑張ってテープ貼るので、と頼もしく見守ってもらっていました。自分の思いを出したり引っ込めたり仲がいいお友達と過ごしたしろさんですが、れもんさんへ進級する頃にはお友達が引越してしまった寂しさもあり不安定な時期が続きました。特定の友達がいないのでころころと変わります。Mは2歳になり母は益々育児が大変になってきます。小学校と園行事が重なったある日、Mをおぶりながら熱がある身体をおしつつ参加します。私のイライラが伝わっているのかAはお弁当の用意をなかなかしません。食べている隙を見て園を出ようと思っていても周りにまとわりつきます。昨日の癇癪も思い出し私の感情はピークになります。思い通りにならないいらだち、どうしてもっと育児を手伝ってくれないんだろうと他の感情が立場の弱いAに向かいます。私はその瞬間、Aの顔をひっぱたいていました。あっ、やってしまった、苦しくて身体中が熱くなります。頭の中は虐待の2文字。後悔と情けなさで涙が溢れ出ます。私の背中を先輩ママがさすってくれています。不安そうに私の手を掴むA。育児が上手くいかないこの状況から早く抜け出したい。
 もっと自分の感情に意識を向けてみよう。世間の常識や周りの目、母親の理想像、勝手な思い込み、これらが全て感情の邪魔をする。一旦その場を俯瞰し、怒りたくなる感情を認めて、良い悪いとジャッジせずこれも私なんだと受け入れ目の前のわが子を見ていけば、次の行動が変わると気付きました。
 ある日珍しくMが癇癪を起しています。「こういう時、お母さんはどうしてあげたらいいん?」と思いきってAに聞きます。「ちゃんと話を聞いてあげたらいいねん」とA。ごもっともな意見。ありがとうA。これからの3人の成長が楽しみでなりません。



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