お や お や

7月

スローステップ

 
 Aは我が家の次男として産まれました。出産直後、私が体調を崩し、医師の助言もあって早い時期に授乳をやめ、夫がほとんどの育児をしていました。ですので、これを書くのは夫の方がいいかと思うのですが、私のAとの日々を書かせていただきます。
 3歳までのAを育てるのにはとても悩み、苦労をしました。自分の欲求ややりたいことが伝わらないと癇癪を起し、頭を壁や床にドンドン打ち付けたり、物を投げたり、机をひっくり返したり‥。夜泣きもひどく、小児科の先生に相談し漢方を処方されて、ようやく夜眠れるようになりました。走り出すと振り返ることもなくどこまでも行くので、居場所がわかるようにAの靴には鈴を付けました。一番ゾッとしたのは、淀川花火大会での迷子です。ほんの10秒手が離れた隙にいなくなりました。結局は本人が元の場所に戻ってきてくれたのを偶然見つけることができたのですが、ものすごい人混みの中で見つけられる気がせず、親は血の気が引いていたのに、本人は泣くこともなくケロっとしていました。
 言葉が出るのも同じ月齢の子たちよりも遅く、幼稚園に入れるのはもう1年待とうかと思っていました。でも園庭開放の時に山口先生に「言葉のことが気になるのであれば、頑張って3年保育にしてみては?」「いろんな刺激を受けて、言葉が出てくるかもしれませんよ」と言われて、確かに、家の中にいたら言葉がなくても、何が欲しいのかわかってしまっていました。思いっきり遊び、お友達からの刺激を受け、自分の気持ちや欲求を他者に伝えるようになって欲しいと思い、3年保育でお願いすることにしました。
 無理やり制服を着せての入園式では、Aは園庭を走り回り遊戯室に来ることはありませんでした。「いやだー、いやだー」と暴れるAを押し付けての記念撮影は忘れられません。大丈夫かな?という心配と、長男もいるし大丈夫か!という気持ちでした。
 入園してからは幼稚園に行くと、いつも担任の先生やお友達が「Aちゃーん!どこ?」「Aちゃーーーん」とAを探し回る声をよく耳にしました。長男のいるそらのくみに行ってはブロックで武器を作ったり、れもんのくみに行ってはおままごとをしていたり、水溜りを見つけてはお尻をつけてみたり、帰る時間になっても逃げ回っていたようです。帰りのバスは迎えに行くといつも爆睡していました。添乗員さんに抱えられてなんとかバスから降りて、家までふらふらで帰る毎日です。ポケットや靴の中は砂だらけ。靴下はいつも真っ黒。何回着替えたのか、ぐしょぐしょのシャツやズボン。兎に角たくさん遊んだのだろうなということはよくわかります。ただただ遊んでいるだけなのかな?と思っていたのですが、遊びながらも周りの様子を見て何かを感じているようです。驚いたのは家にあるお仏壇に手を合わせて「南無南無」と言う姿を見たことです。行事にもあまり参加していないのによく見ているなと感心しました。お友達が遊んでいる姿や、行事に参加している姿、水道から流れる水など、幼稚園にあるものすべてから刺激を受けているのでしょう。本当に少しずつできることが増え、言葉も出るようになり笑顔も増えました。言葉が出ると癇癪も殆どなくなり、あの頃は自分の思いがなかなか伝わらなくてしんどい思いをしていたのだなと思いました。
 そんなあの子のありのままを受け入れてくださり、いつも温かく見守り、成長を一緒に喜んで下さったAの大好きな先生が、3月で退職となりました。また長男も卒園となり、年中さんではどうなるのかな?と少し心配していました。
 でも年中になってからは、Aの成長にびっくりさせられることが増えました。「幼稚園で何をしてきたの?」と聞くと、「えっとー、砂とー、お水とー」と園での様子を少しですが話してくれるようになりました。お楽しみ会も相変わらずウロウロしていましたが、遊戯室に入り親子一緒にスライム作りを楽しむことができました。これにはとても感動しました。
 親としては、スローステップですが、Aのペースでこのまま成長していってくれたらなと思います。そして卒園式の時にはパンツをはいて制服を着て、泣かずに集合写真が撮れたらいいなと思っています。



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