お や お や

3月

お母さんも卒業します。

 
 もうすぐ幼稚園も卒業ですね。ほんとあっというまなかんじもしてさびしいなきぶんです。Jとはじめてむらさき幼稚園に見学しにきた時を思い出します。新しいかんきょうがにがてな子がもっともっとそのばにいた人のようにしぜんに入ぃてあそぶからふしぎだったです。その日はいい天気でにわであそんでいるこどもたちのすがたがきらきらしてまぶしくてなんだかねむくなるぐらいほっとするきもちでした。「ここだね。私たちのいばしょ。」日本にすんであんまりたってない私とマイペースすぎるJはいろいろしんどいおもいをしてて「もう・・・だめた。」と思った時で出会ったむらさきの存在感はおおきかったです。はじめての外国せいかつで自分もまなぶことがいっぱいでカスミの中にいるようでかなりこそたてがむずかしくかんじるこどもの育児もしないとならなかったから本当にしんどかったですね。自分の育児にも自信がないし「この子は何でちゃんとできない?」とこどもをせめてしまったり旦那にもいらっとする日々がおおかったです。でもむらさきの先生は「あそびがダイナミックでおもしろい。」とかはなしてくれて今まで人からされた評価とぜんぜんちがう目でJを見てくれるからはじめての時は「ほんと?」とうたがうこともありました。そのじきの私は見える世界がせまくておいこまれたようにピクピクしていました。でもむらさきでJの世界がひろがてなかまができてそのおかげで私の世界もひろがることができるようになりました。はじめてJが年賀状をもらった時。何だかものすごくうれしくてお腹のあたりがふわふわする気分でした。Jは2まい。私は1まい。幼稚園児にまけました。(笑)普通は何にもない事かもしれませんが人とのつながりを作るのがむずかしかったのでJと一歩一歩ずつ歩きながら好きな人たちをふやして行くのがすごく楽しいかったです。まだ慣れてない国で慣れてない町でさびしい思いもしたけどぐうぜん道でむらさきの人が「○○さん!」と声をかけてくれた日は「あ・・・ここが私たちの町だね。」思うようになりました。私は見覚えがなくてもJを知っている人が声をかけてくれる事もおおかったです。むらさきのお母さんたちがJとのエピソードを前向きで話してくれるからどんどん安心できるようになりました。「うちの子は何でできないの?」から「うちの子はこういうところができる。」とだんだん考え方が変るようになりました。むらさきの事なら○○先生の話しをしないとならないです。私とJには○○先生との出会いがとてもラッキーな事でした。○○先生の前でどんだけわんわん泣いたか・・・(笑)またたちあるいて行ける力をたくさんもらいました。その時○○先生はJにも私にも第2のお母さんみたいな存在でした。(まぁ・・・私よりわかい人なんですけどねー)むらさきにいっぱいあまえる事ができて、いっぱい愛情をもらった気がします。あっとたくさんできたなかまたち。成道会でJがなかまたちのたすけあいで代表さんをやりとげることができた時にこどもたちのせいちょうが見えてむねがいっぱいでした。3年間の思いがいっきにくるようでなみだがぽろぽろでました。Jにも私にもなかまがたくさんできているのも感じました。くりかえして見たら本当にあったかくて楽しい時間でした。なみだをながしたりおこったりわらったり、おちこんだり、できないと思った事にかんばってみたり。すなおな自分がある時間でした。自分のきもちにすなおになってこどもの事もすなおで、ありのままで見ることができました。もちろんガンガンおこってしまう時がおおいですが・・・。こどもがうまれてくる前の自分より今のがたくさんせいちょうして行く気がします。こどもが幼稚園児になり自分も幼稚園児になって、こどもが6歳になりお母さんも6歳になった気がします。みんなといっしようにせいちょうしてきた気がします。
そんな大切な人たちと「さよなら」しないとならないです。とてもかなしい気分です。そして「ありがとう」むらさきのみなさん。みんなあたらしいはじまり「がんばれ」。
みんなのそつぎょうを
  「おめでとう!」。

※ 今回のおやおやは、外国から来られて○年目のお母さんの文章をそのまま転記させて頂いております。



このウィンドウを閉じる