遊撃インターネット狂人雑記60
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2010

51日(土)『ドストエフスキィ』(加賀乙彦)/『ドストエフスキーの言葉』(小沼文彦)を読む

 加賀乙彦の『ドストエフスキィ』を読みました。現在は絶版です。一読してその理由がわかった気がします。410日の雑記に書いた同じ著者の『小説家が読むドストエフスキー』は、ドストエフスキーの思想などにはあまり関わらず小説の技術的な視点からドストエフスキーを読み解くという本でした。カルチャーセンターの講義が元になっているので、文章が口語的でくだけています。『ドストエフスキィ』のほうは、加賀乙彦が精神科医の視点でドストエフスキーを語っています。なんだか医者っぽい文体です。
 加賀乙彦は、ドストエフスキーにかぶれたあまり精神科の監獄医となり、百人以上の死刑囚と接したという人物です。半日以上も死刑囚と語らい飛んで帰って研究ノートに気がついたことを記すのだけど、そんなことはすでにドストエフスキーの筆によって雄弁に書かれていた、なんてことを書いています。
 この本のポイントは、ドストエフスキーと癲癇の関わりについてです。ドストエフスキーを典型的な癲癇患者とみて、その症状と創作活動の関わりを精神科医の視点から詳細に記述しています。癲癇患者の団体といえば、筒井康隆に難癖をつけて断筆させた連中が思い浮かびます。そこらへんが『ドストエフスキィ』絶版の理由じゃないかなあと思いました。
 ドストエフスキーの創作物は、すべて持病の癲癇と切り離すことができないとしています。とりわけ主人公が癲癇患者である『白痴』を重視しています。精神医学用語を駆使して長々と評論していますが、要するにドストエフスキーの創作力の源泉は癲癇にあり、というのが結論のようです。それでは、なぜ癲癇患者の大多数がドストエフスキーのような天才的な創作力を持たないのかという疑問がわいてきます。どうもそこらへんはよくわからないみたいだ。

 続いて『ドストエフスキーの言葉』を読みました。いや、ひでえ本だった。ドストエフスキーの小説を並べて切り文しただけというシロモノ。解説とか注釈とかは一切なし。ただ『愛』とか『死』とかもっともらしい項目をつくって切り文を並べているだけ。こんなんだったらオレでもハサミを片手に一日あればつくれる。ネット古本屋で四百円程度だったけどね。ここまで手を抜いた本に当たったのはひさしぶりです。

 

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52日(日)『萌えタイ』を読む

 タイとか南の国でダラダラ暮らしたいというのが夢です。夢どころか、家族とか全部捨てて遁走すれば明日にでも可能なんだよね。社会的責任を持ちたくないのに、いつのまにやら責任を負う立場になっているから鬱病になる…。半年も南の国で気楽に暮らしたら鬱なんて治っちまうんじゃないかなあ…。

 なんでも萌えばやりの昨今、タイ旅行も萌えで入門です。なにを描きたいのかわからない低級な萌え本が多い中で、『萌えタイ』は、なかなかの良書でした。絵師が最初から最後まで全部同じ人というのがよいし、結構うまい。商品になる絵です。オレ好みの絵でもある。表紙だけうまい人を使って内容はスカスカ。商品以前の絵を並べているだけという自称萌え本が多いからね。良心的ですよ。
 それに便所の使いかたとか意外に実践的な内容でした。まあ、この本だけを読んでタイ旅行に行く人がいるとは思えません。『萌えタイ』は、入門書として十分に役に立つと思う。この本を読んでから、『地球の歩き方』でも買ってくればいいんじゃないでしょうか。
 内容的にシビアな売買春についても数ページを費やし、売春の背景には貧困があり「悪」だと断じている。

 

 

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53日(月)『罪と罰』が大量に届く

 日本語訳されている『罪と罰』を全部コンプリートしようと思い、ネット古本屋を回りました。ネットがない時代だったら週に一度くらい古本街を回って十年くらいかかるところですが、あっという間に全部そろってしまった。しかも、送料込みで一冊千円くらいと格安でした。

 

 今回購入したのは、原久一郎訳、小沼文彦訳、小泉猛訳、北垣信行訳の四種類です。すでに六種類もっているので、あとは内田魯庵の英語からの重訳を手に入れれば完璧だ。『内田魯庵全集』に入っているかなあ。
 せっかく買ったんだから、もちろん全部読むつもりですよ。とりあえず一番新しい小泉猛訳にとりかかることにしました。こいつは帯にえらくかっちょいい絵がついている。この挿絵が入っているのかと期待したんだが、無かったね。この絵はどこからもってきたんだろう
?

 

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54-5日(火-水)『怖い絵』一、二巻(中野京子)を読む

 書店で山積みされており、ちょっと面白そうなので購入しました。最近はあまり出歩きませんが、以前は定期的に新宿の紀伊国屋をパトロールしてどんな本が流行っているかチェックしたものです。さすがプロが棚をつくっているだけあって、ネットをうろつき回るよりも良書に当たる率がはるかに高い。手にとって中を確認できるしね。ただ、紀伊国屋をうろついていると簡単に二時間くらい過ぎてしまうんだよな。
 実に面白い本でした。一巻の最初がドガの有名なこの絵です。

 

 一体この絵のどこが怖いのか? 
 現代では芸術とされるバレエが、売春まがいの女の顔見せから発展したことはよく知られています。芸能と売春は切り離せないようで、京都四条河原で出雲の阿国のかぶき踊りが発展した女歌舞伎が歌舞伎の発祥であるのと同様でしょう。河原は、農業ができない故に無税であり、境界であるが故に世俗の権力の及びにくい場所でした。現代でもアニメ『荒川アンダーザブリッジ』をみればわかるように、ホームレスは河原に住んでいますよね。そういう人たちがふきだまる場所が河原だったのです。古代から売春婦や乞食、それにヤクザが河原者となりました。そして芸能の多くは、このような非人とされる階層の人たちが発展させてきたのです。芸能民と売春婦やヤクザは、かなり近いところにあります。ちょっと前に騒動になった声優の枕営業などは典型でしょう。
 フランスでも同様のようです。上の絵は、
VIP用とされた桟敷席からの構図です。ここからは舞台裏までみえるんですね。すなわち女の品定めがしやすい。さらに桟敷席の上客は、舞台裏や楽屋に入る権利がありました。そのような金持ちが下層階級出身の踊り子とどのような交渉をしたかは容易に想像がつきます。森鴎外の名作『舞姫』の踊り子エリスもそんな境遇でした。
 絵の左上に立っている黒服の人物は、このバレリーナの「旦那」です。『怖い絵』から引用しましょう。

 どの絵も踊り子と描き手との交流、あるいは温かな交感といったものが全く見られない。
「ドガの描いた踊り子は女ではなく、平衡を保った奇妙な線である」とゴーギャンが評したが、ある意味それは当たっているように思われる。
 スポットライトを浴びて華やかに舞うエトワール。彼女はほんとうにスターとしての素質があるのか、それとも単に有力なパトロンの後押しで、今日のこの座を得たのだろうか? それは永遠にわからない。
 けれど確かなのは、この少女が社会から軽蔑されながらも出世の階段をしゃにむに上って、とにもかくにもここまできたということ。彼女を金で買った男が、背後から当然のように見ているということ。そしてそのような現実に深く関心を持たない画家が、全く批判精神のない、だが一幅の美しい絵に仕上げたということ。それがとても怖いのである。

 二巻ではベラスケスの『ラス・メニーナス』がとりあげられています。

 

 五歳の王女を中心にしたスペイン宮廷の肖像です。右端の二人に注目してください。画面が切れていてわかりにくいですが、一番右端はセムシの奇形。右から二番目は小人症の女です。当時の宮廷には数百人の奴隷がいました。そのうち奇形の奴隷が五十人以上占めていたらしい。この二人も「慰み者」とよばれた道化師やペット奴隷なのです。奴隷市場では、奇形は高く売れたといいます。現代でも珍種のペットが高価なのと同じことです。そしてペットが家族あつかいされるのも同じですね。

『ラス・メニーナス』をもう一度見直してほしい。ここには、生きた人間を何の疑問も持たず愛玩物とした「時代の空気」が漂っている。それが何とも言えず怖い。

 このような社会派的視点?だけではなく、ゴヤやムンクなどグロ系や狂気系の絵も多くとりあげられています。でも、社会派的視点からの解説が一番面白かったですね。
 文体は、簡潔で明晰。実に面白くてためになる良書でした。おすすめです。

   

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56-7日(木-金)鬱が悪化/アニメの感想

 鬱が悪化しました。寝てばかりいてなんにもする気になりません。鬱病というよりナマケ病じゃないかと医者にきいたところ、これが症状なんだそうな。しかし、大の男が一日中ゴロゴロしているようにしかみえない…。なんともみっともないことです。
 細君はもうあきらめていて、連休中はママ友とサンリオなんとかランドに行ったり実家に帰ったりと独自行動をとっています。
 集中力が続かなくて、二十回近く読んだ『罪と罰』なんて普段だったら二晩もあれば読めるのに全然進まない。雑記の更新も滞ってしまいました。とにかくなにをするのもおっくうで、メシを食うことすら面倒くさい。外出などとんでもないことで、連休中ほとんど一歩も外にでず、これじゃあ自ら留置場に入ってるのと変わりません。医者に処方された抗うつ剤を飲んでも、眠くなるだけで効かねえんだよな。毎日十四時間くらい寝ていましたよ。これじゃ人間失格だ。ううう、希死念慮があらわれてきた…。
 ろくに字を読めないのだから、どうしょうもありません。起きているときに唯一できることといえば、ねっころがって
HD録画機が勝手に録画したアニメをみることくらい。アニメの感想でも書きます。

 やはり一番面白いのは『けいおん!!』ですね。鬱の身には、小難しいストーリーがないのがありがたい。子猫がマリにじゃれているのをながめているような感覚です。「唯はぬけていてでカワイイな。アハアハ…」と、なにも考えないで楽しめる。作画も抜群にいいしね。売れるだけのことはあると思う。
 つぎに面白いのは、新番組じゃないけど
NHKで放送している『こばと。』です。カワイイ女の子が困った人をみつけてウロウロしている。言ってしまえばそれだけの話しなんですけどね。ていねいにつくられているので好感が持てる。
BH系』は、なにも考えず笑えるところがいい。エロいことしか考えていない美少女という設定が面白いな。顔がいいというだけで賢そうにみえるもんだが、主人公の山田はダメ美少女だなあ。でも、子供がいる時にみていると細君が怒るんだよね。
 前評判が高かった『
Angel Beats』は、あんまし面白くない。作画がいいから一応みているけど、話しは????? 意味がわからんよ。みている人を置いてきぼりにした感じなんだよね。keyがつくったアニメだったらこんなもんかという気もするけどね。
『いちばんうしろの大魔王』『荒川アンダーザブリッジ』『閃光のナイトレイド』は、つまらないので切ってしまった。
WORKING!!』『迷い猫オーバーラン!』『会長はメイド様!』は、まあたいしたことない。暇つぶしにはなる程度です。

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58日(土)『罪と罰』(小泉猛訳)読了

 三日に届いた『罪と罰』(小泉猛訳)を、ようやく読み終わりました。具合が悪くて集中力が続かず、ずいぶん時間がかかってしまった。
 気がつくような誤訳はありませんでした。それもそのはず。後書きによると七種類の日本語訳と三種類の英語訳を参照したとのことです。出版された時期が後になればなるほど先に出た翻訳を参照できるので誤訳は少なくなりますね。一九五〇年代に翻訳された『罪と罰』では、馬に踏まれてできた『黄色いあざ』が『赤いあざ』になっていたりします。
 作中のドイツなまりのロシア語をどう日本語訳するかなど、細かい部分で江川卓訳の影響を感じました。やはり『罪と罰』は、江川卓訳が決定版なのだろうか。
 ロシアの小説は、人名がわかりにくいことでも知られています。『罪と罰』の主人公は、ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフといいます。「ラスコーリニコフさん」というような敬称でよぶときは、ロジオン・ロマーノヴィチとします。もうちょっと親しくなるとロジオンで、さらに親しくなるとロージャという愛称になり、もっと親しくなるとロージェンカになったりする。さらにラスコーリニコフと名字でよばれることもあるから、一人につき四種類か五種類くらい名前を覚えないとならない。それで何十人も登場人物がいると、わけがわからなくなってしまう。
 とても読者がついていけないということで、最近の亀山訳などでは、原作を無視して名前をラスコーリニコフとロージャにまとめていたりします。しかし、この小泉猛訳では、原作に忠実に五種類の名前を使っています。人名索引もないし、そこらへんはちょっと不親切でしたね。
 今回あらためて『罪と罰』を読んで感じたのは、この小説の強烈な面白さです。ナチスまがいの殺人哲学に取り憑かれてその思想を実践するために人殺しをするちょっと狂った美青年が主人公。気が変な継母と連れ子を餓死から救うために売春婦に身を落とした清純な宗教的狂信者の少女がヒロイン。普段はツンツンだけど主人公の兄にはデレデレの美人妹。その妹を狙い主人公の秘密を握った悪の怪人スヴィドリガイロフ。さらに主人公を追いつめる敏腕判事との心理戦。これで面白くならないはずがありません。
 素晴らしく面白いうえに読んでいるうちに宗教やら哲学やらも学べてしまうという、とんでもない小説ですよ。

 

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59日(日)『日本のミイラ信仰』(内藤正敏)読了

 死んだ後でも死体がそのままというか、かなりグロなかたちで保存され、大勢の人々の目にさらされるということに暗いロマンみたいなものを感じます。それでミイラにこだわっているのかもしれません。まして自らの意志で餓死してミイラ仏として人々にあがめられるという日本のミイラは、信仰心とはなにかとか、死んだら自然にかえるという日本古来の死生観とどのように共存してきたのかなど、考えさせられることが多くて面白いのです。
 
428日の雑記に書いた『日本のミイラ仏』(松本昭)では、真言密教の開祖空海の入定伝説と弥勒下生信仰、それに浄土系の観想念仏などが混合して土中入定やミイラ仏信仰がはじまったのではないかとしていました。…一冊の本を数行にまとめると、わけがわからなくなりますねえ。
 今回読んだ『日本のミイラ信仰』の著者は、土門拳賞を受賞した写真家です。半ば趣味でミイラ仏の研究を始めるのですが、ほとんどミイラ博士となっています。
 日本のミイラ仏の前に、ヨーロッパの聖人ミイラからニューギニアのナントカ族にいたるまでそれこそ世界中のミイラについて記述しています。特に興味深かったのは、千島アイヌのミイラ製造です。アイヌ人といえば日本人以上に自然と共生というイメージがあるけど、そうでもないんだなあ。
『日本のミイラ信仰』では、ミイラ仏に関わる社会的・歴史的背景を重視しています。ミイラ仏のほとんどは、江戸時代につくられ山形県の湯殿山系の密教寺院に祀られています。なぜ、この時代この地域にミイラ仏などという日本人の死生観に反するものが集中的につくられたのかを明らかにしようと試みているわけです。内容的に、素人好事家の道楽などをはるかに超えたしっかりしたものでした。
 ミイラ前史として、平安時代に大流行した焼身往生や入水往生などにもふれています。焼身往生とは、念仏を唱えながらの宗教的焼身自殺。入水往生は、宗教的入水自殺です。驚くほど盛んにおこなわれていたようで、数多くの往生伝がのこされています。なかには指を焚して不動明王を供養し、脚骨を切って釈迦如来像を刻み、手の皮をはいで阿弥陀三尊図を描き、手指の骨で観音・勢至菩薩像をつくったなどという、すさまじい例もありました。また、補陀洛世界への往生を目指し、棺桶のような小舟に乗って行者が帰らぬ航海に乗り出した補陀洛渡海についてもふれています。
 ミイラ仏となった鉄門海上人などは、眼病が流行ると自分の左目をくりぬいて川に投じて悪疫退散を祈願し、出家前のなじみだった遊女が訪ねてくると、修行の邪魔になるからといって睾丸を切り取って渡したという伝説があります。実際に鉄門海上人のミイラを調査したところ、生前に左目をなくしており睾丸も切り取られていたということです。伝説は事実であったことが証明されました。オレは、日本人は宗教的にはおとなしい部類の人種だと思っていましたが、とんだ勘違いだったようです。
 江戸時代の山形県湯殿山周辺は、庄内藩に属しました。ここは飢饉の常襲地帯であり、農民に対する庄内藩の酷政もすさまじいものであったといいます。四十年間で飢饉の年が二十回以上というのですから、飢饉が当たり前の土地柄です。
 もともと南方種である稲を東北地方で栽培することに無理があります。司馬遼太郎がたしか『街道をゆく』で書いていたように思いますが、大和朝廷が東北地方に無理に米作を広めることなくヨーロッパのように牧畜や麦作をおこなっていれば、繰り返される東北の悲劇は避けられ、日本の歴史も変わっていたでしょう。二二六事件が起こらず日本が軍国化しなかった可能性すらあります。
 日常的に餓死者が続出するような地域で衆生救済を目指した僧は、自ら餓死しミイラとなることによって民衆に寄りそい、心に救いをもたらしたのだといいます。また、ミイラ仏になった僧の多くは下層階級の出身者であり、武士を殺して僧になったという伝説がつきまとっています。著者はここに『隠された一揆』をみます。

 武士を殺したという真如海上人と鉄門海上人の即身仏を祀る大日坊と注連寺は、湯殿山表口別当とよばれ、湯殿山の即身仏信仰の二大本山である。よりにもよって二大本山に、共に武士殺し伝説をもつ即身仏を祀りこめているのは、偶然とは考えられない。
 当時、武士を殺した農民や川人足の屍体を拝むなどということは、徳川幕府の身分制支配体制を根本から否定する重大犯罪である。真如海上人や鉄門海上人の伝説には、武士の不当な無礼討ち事件の主客を逆転して、武士殺し伝説が創りだされていた。しかも、その周囲は、誤って武士を殺したが、それを悔いて衆生救済と荒行にはげんだといった美談で、巧妙にカムフラージュされている。当時、その本当の意味だけは、口にだして言うことは絶対にできなかった。その一点で、即身仏と信者、信者と信者の間には一種の共犯関係が成立し、秘密結社的な強固な力で結びついていたのではなかろうか。
 湯殿山の即身仏信仰は、″隠された一揆″だったのである。

 著者の本業は写真家です。異様にうまいというか、おっかないミイラ仏の写真が多数収録されています。

 

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510日(月)『怖い絵』三巻(中野京子)読了

 先日読んだ『怖い絵』があまりに面白かったので、三巻を購入しました。下の『かわいそうな先生』というイギリスの絵に描かれている美人先生が、なぜ「かわいそう」なのかなど、勉強になりましたね〜。

 

 この美人先生は、零落した貴族の娘です。当時のイギリスには女に相続権がなかったので、落ちぶれた貴族の娘が数多く生まれました。財産を失って零落した貴族の娘は、家庭教師くらいしか働き口がありません。貴族の女が働くことなど、ものすごく恥ずかしいことだとされていました。数年前の自分と同じ貴族の娘を教育するという劣等感。
 さらに、この絵では手に持っている手紙と黒の喪服から、どのような知らせがきたか想像がつきます。しかし、職場を離れることはできません。この美人先生は、当時の貴族制度のゆがみの犠牲者なんですね。
 このシリーズの素晴らしいところはグロな絵を並べているだけではなく、その絵が描かれた社会的歴史的背景にひそむ怖ろしさを明晰に解説しているところです。もちろんオレが好きなグロ絵も収録されていますけどね。
 特におっかなかったのは、カストラートの肖像画です。「カストラート」というのは、美声を保つため声変わり前に手術でキンタマを抜いてしまった去勢歌手のことです。
 去勢で有名なのは中国の宦官ですが、彼らは要するに宮廷奴隷です。ところがヨーロッパでは、親の意向で貴族の息子がカストラートにされたりします。最盛期には年に四千人もの少年が手術を受けさせられたという統計があるそうです。
 肖像画に描かれるほど成功すればまだしも、歌の才能などないのにカストラート手術をされた少年も多数存在したでしょう。そうであっても、もう引き返せません。しかも聖歌隊に使うために教会がはじめたというのだから救いがありません。
 教会での最初のカストラート登場は、一五九九年。世界最後のカストラートが礼拝堂を去ったのが、なんと一九一三年だとか。

 オレ好みの美少女を描いたこの絵、『ベアトリーチェ・チェンチ』も怖い。

 

 この絵は、画家が処刑前日のベアトリーチェの牢を訪れて描いた作品といわれてきました。当時十六歳だったとも二十二歳だっともいわれています。絵をみると十六歳に描かれていますね。ベアトリーチェの罪状は、父殺しです。
 殺したとされる父親は、どケチの貴族でした。ベアトリーチェの姉が結婚する際に持参金をもっていったことに腹を立て、結婚しないようにベアトリーチェを軟禁。さらにレイプにおよびます。耐えられなくなったベアトリーチェは、家族と計って父親を殺してしまった、ということになっています。
 しかし、これがどうやら拷問によるでっちあげ臭いのです。この絵は、濡れ衣を着せられて処刑される前日の美少女の肖像なんですね。さらに、どんでん返しがあります。引用しましょう。

 驚くことに近年の研究によれば、伝説の核ともいうべき近親姦すら真実でなかったと言われ始めている。ベアトリーチェの美貌、その毅然たる態度に打たれた人々が、世間の同情を煽るため捏造したというのだ。
 これまたあり得ないことではないだろう。単に殴られたり外出禁止になったから殺したというのでは、共感は呼びにくい。「近親姦の犠牲になった美少女」「拷問」「斬首」の三点セットが伝説には必要だった。美しくても二十二歳ではもうだめだし、十六歳でも美しくなければ話にならない。拷問で痛めつけられ、不当な裁判で手折られる、春の花であらねばならない。
 獲物を見つけた群衆がいかに残酷になるかは、よく知られている。憐れむと言いつつ、近親姦はないよりあったと考えたがる人の心、恩赦を願うと言いつつ、彼女の首が胴体と離れる瞬間を見たくて押し合いへし合いする人の心。矛盾に満ち、怖い。

 全三巻で完結とのこと。一冊千八百円だけど、カラーの絵が多数収録されているし、内容の質の高さを考えれば高価いとは思いませんでした。

   

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511日(火)『偽史と奇書の日本史』/『脳にくる危ない画像』を読む

 題名につられて『偽史と奇書の日本史』を読みました。『竹内文書』やら『東日流外三郡誌』やら『日ユ同祖論』やらの過去の奇説・怪書を解説した本です。
 思ったよりも面白くなかったですね。人間の想像力というのは限界があるようで、どれも陳腐でたいしたことをいっていない。古代史だったら記紀のパクリ。あとは、聖徳太子やら弘法大師やらの権威にすがった偽書や、神がかり婆さんのお筆先とか。偽書とは、もともと他人をだますためにつくられたもので、楽しませようというものじゃあないからね。百二十ページまで読んだところで放棄して、あとは拾い読みしました。

 よくコンビニに置いてあるサイコ恐怖画像本が大好きです。みかけると必ず購入します。いつのまにか、その類の本がかなりたまってしまいました。
 先日『脳にくる危ない画像
本当に狂っているヤバい本』というのをみつけ、さっそく購入しました。これは、今まで買った中でも一、二を争うキチガイぶりでしたね〜。

  

 コンビニサイコ本は、ネットで拾った画像を並べただけの駄本が多い。まあ、五百円程度のものだし、一枚でも良画像が入っていればいいかという感じです。それにB級な感じがいい味を出しているしね。しかし、この本は、画像のチョイスがうまいというかなんというか、とにかく『不快』。不快! 不快! 人間の皮で作ったキチガイ人形とか、なんとも気色悪い画像を、これでもかこれでもかと並べています。かなりの強者を自負しているオレでも、「うっぷ。もうたくさんだー」という感じでしたねー。
 コアマガジンが出しているコンビニサイコ本は、良質なものが多いですね。その中でもコレは、かなりの破壊力でした。

 

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512日(水)『キリスト教への道』(加賀乙彦)を読む

 加賀乙彦の『ドストエフスキィ』などを読み、なんでこんな優秀な人が、五十歳にもなってカトリックなんかの洗礼を受けたのか不思議に思い読んでみました。加賀乙彦の経歴です。

 昭和四年生まれ。東京大学医学部卒業。昭和三二年から三五年までフランスに留学。東大助手を経て東京医科歯科大学助教授。上智大学教授を歴任。犯罪心理学・精神医学の権威。医学博士。作家。主な著書−『宣告』『湿原』『岐路』ほか多数。

 オレなんかより十倍は優秀な人物ですよねえ。それなのに、なんでカトリックなんか? 423-24日の雑記にも書きましたが、ドストエフスキーが『大審問官』で書いているように、そもそもカトリックは、イエスの教えに反しまくっているように思います。加賀乙彦くらい頭がよければ、そんなことは先刻承知のはず。
『キリスト教への道』は、加賀乙彦による講演のテープ起こしです。著名な作家がカトリックの洗礼を受けたということで大きな話題になり、この講演は一九八八年に千三百人の聴衆を集めておこなわれました。
 加賀乙彦は、拘置所の医官をしていた時期に接した死刑囚が、カトリックになって人格が変ったのを目の当たりにしています。カトリックの信者さんが助命嘆願の署名運動をしてくれたのを断り、「罪を犯したのだから罰を受ける」といって従容として処刑されたという体験が大きかったようです。そりゃ、キリスト教の神さまが存在したらこの死刑囚を赦しただろうけど、それとキリスト教が正しいかどうかは別問題だよなあ。
 また、こんなこともいっています。偶然に宇宙が生まれ、偶然に銀河系が生まれ、偶然に太陽系が生まれ、偶然に地球が生まれ、偶然に人類が生まれ、偶然にこの時代に自分が生まれ、偶然にここで講演している。そんなことはあり得ない。なにものかの意志が働いているとしか考えられない。ここまでは、実はオレも同意できるのですよ。でも、なんでそれがキリスト教の神さまなのー
?
 洗礼を受けるかどうかで悩んでしまい高名な神父さんに相談したところ、四日間の合宿をしてくれて疑問に答えてもらうことになりました。その機会に「羽の生えた天使は本当にいるのか?」など素朴な疑問をぶつけたようです。神父の答えは、「天使は神の御業をわかりやすく伝えるために便宜的に考えられたもので、私はいないと思う」というものでした。十五世紀に生まれていたら異端審問で火あぶりですな。
 この本を読んでも、最後までなぜキリスト教のカトリックなのかという答えは、見いだせませんでした。キリスト教用語では「導き」とか「摂理」とかいうらしいけど、「縁」(これは仏教用語ですが)というほかないようですね。「どの宗教が一番いいかなあ」なんて天秤にかけて考えているようでは、だめなんでしょう。

 キリスト教でも仏教でも共産主義でも、信じ切れれば生きる指針ができて動物みたいにダラダラ暮らしているよりもずっとよいと思うんだけどね。オレは、なにものも信じ切ることができない。

 

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513日(木)大変なことになってしまった…

 既婚者にとってセックスなんて日常生活でして、セックスの婉曲表現である『夫婦生活』とやらは、法的に義務とされています。ギムなんていわれると、やる気が失せるよなあ。特に子供ができるとセックスなんてどうでもよくなってきて、女と暮らしているのに一ヶ月以上なにもしないこともあります。
 それだけではなく鬱になると性欲が減退します。そのうえ鬱病の薬を飲むとぬぐったように性欲が消える。禅坊主にでも飲ませたらいいんじゃないかと思うけど、なかにはインポになる鬱薬さえあります。医者に「この薬、インポになりますよ〜」といったら、さすがに変えてくれた。
 二ヶ月ほど前に、最近セックスしていないな〜と思いつき、子供も寝ていたので、細君に「ひとつセックスをしませんか
?」と提案しました。妻も「それはよい考えですね」と賛同し、夫婦生活をしてギムを果たしたのでした。
 前回の生理の日を聞き、ぎりぎり安全日だったので避妊をしなかった。細君は、生理不順気味で生理日にゆらぎがあるということを忘れていた。

 見事に大当たり! 細君ご懐妊です。ああああああああああ…。

 伊藤誠兄貴のように「なんで子供なんかつくったんだよー!」「堕ろせよー!」となにも考えずサイテーなことを言えればいいんだけど、まあ、そういうわけにもいきません。細君は、なぜか喜んじゃって産む気満々です。オレは中絶は必要悪だと思っているんだけど、自分の子供を堕ろさせるのは、究極の児童虐待みたいでイヤだ。
 鬱だとかいってる場合じゃなーい
! パソコンにむかって仕事みたいなことをやってみました。十分くらいで冷汗とも脂汗ともつかない汗がふき出てきて、吐き気とめまいが襲ってきた。この気持ち悪さは、でっかいゴキブリを口に入れられて、よく噛んで食えと強制されているような感覚です。とても無理。ムリ、ムリ。医者にも無理に仕事するのを止められてるんだよ。根性で鬱を押さえつけて仕事をしたら、いつかたぶん発作的に自殺してしまうか本格的に気が狂ってしまう気がする。
 なぜにオレの潜在意識は、こうも労働を拒否するのだろうか…。細君も、つわりがひどくてパートをやめてしまった。世帯無収入なのに子供なんてつくれる状態じゃない。どどどどどどうしよう
? 
 とりあえず細君を産婦人科に行かせたところ、子宮筋腫やらなんやらがあるということで、総合病院に行ってくれといわれた。こいつのせいで前から妊娠しにくいといわれていて安心してたのにい。オレの繁殖力は、スゲーな
! ちょっとした不妊女だったら一発で妊娠させてみせるぜ! ああああああああああ…。
 どうも自宅の風呂場で産んでもらうわけにはいかないようだ。前回使った大学病院では、高リスク出産とかで特別あつかい。検査費も入れて百万円以上かかったんだよね。虎の子の貯金が消えていく〜。ああああああああああ…。これから先のことを考えたら大変に鬱な気分になってしまい、しばらく寝込んでしまいました。マタニティーブルーってやつですか。普通は妊婦がなるもんだがなあ。細君もつわりで寝込んでいるから、元気なのは子供だけです。こいつは寝ている細君の腹の上に飛び乗ろうとするから困る。

 よれよれになって精神病院を受診しました。「仕事もせずにセックスしてたら子供ができちゃったよ〜」といったところ、お医者さんは苦笑い。それでも相談してみるもので、障害者年金というのを申請することになりました。国民年金を払っている人が(オレは二十年以上払ってるぞ)、障害で仕事ができなくなると月に八万円ばかりもらえるらしい。詐病を使うやつがいて審査がきびしくなったらしく、まだもらえるかどうかわかりませんけどね。
 もらえるとしても、ひと月に八万円じゃあ生活できないよな。それでも無収入にくらべれば大違いです。大変たすかる…。あとは貯金を取り崩してなんとか…。計算したところ節約すれば仕事せんでも四年くらいはもちそうだ。それまでに鬱が治るかもしれないし、細君も仕事に出られるだろう…。鬱発症の原因のひとつが仕事のしすぎで、がんばって貯金したのに、これじゃあバカみたいだな。
 本が二部屋も占領しているから、本を始末してもっと狭くて家賃が安い家に引っ越そう…。せっかく苦労して収集した貴重な書籍が…。ううう…。
 なんでも精神障害者だと市営住宅や公営住宅の抽選倍率を三倍だか五倍だかにしてもらえるらしい。こいつも利用しよう。子供ができたので広い家に引っ越すというのはよく聞くが、逆ですよ…。ああ、なさけねえ。

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514日(金)引っ越しの件で大げんか

 今の状態で毎月十万円以上も家賃を払っていられません。一刻も早く引っ越さなければ! ネットで引っ越し先を物色しました。
 やっぱり都心から離れれば離れるほど家賃は安くなります。離れていても鎌倉・湘南方面は高く、埼玉は中ぐらい、千葉か三浦半島が安い。そこでみつけたのが三浦半島の先端。観音崎まで徒歩二十分という物件です。家賃は三万円くらいで家もけっこう広い。それに五分くらいで海に出られて、有名な釣り場があります。
「ここに引っ越して当分オレは『晴釣雨読』の生活をするから、おまえは子育てをしなさい」と細君に提案したところ、怒りだしやがった。そんなところに引っこむくらいだったら、実家に帰るだとさ。おまえの実家だって観音崎に負けないくらい田舎のくせに。
 カネを稼げないんだから、家賃の安いところに引っ越すほかないだろうと説得しても聞く耳を持ちません。妊娠した女というのは、生理中の女と似ていて感情的になってしまい、まったく話しにならない。本当はそんな気ないくせに「離婚する」とか金切り声を上げやがる。
 魚くらい毎日釣ってきてやるから晩飯にすれば節約できる。近所に商店もないから無駄使いもしない。落ち着いて子育てできる環境だと思うんだけどなあ…。静かそうだし。鬱なオレにはふさわしい場所なのに…。
 細君が強硬に反対するので、とりあえず市営住宅の抽選結果が明らかになるまで保留ということになったのでした。

 HD録画機が自動録画していたNHKハイビジョンの『巨匠たちの肖像 炎の絆・ゴッホ』をみました。ゴッホは、貧乏に苦しみ続けて最後に気が狂って自殺。ますます鬱になってしまったー。

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515日(土)新忘れられた日本人(佐野眞一)を読む

 最近どうも頭が悪くなってきました。以前からたいしたアタマではなかったけど、ますます悪くなっていく。たぶん鬱薬の副作用だと思うんだけど、短期記憶が残らないんですよね。朝食がなんだったか思い出せないとか…。まるでボケ爺さんみたいです。ついこの間読んだ本の題名が出てこなかったりするので大変困る。

『新忘れられた日本人』は、佐野眞一の著作からこぼれたエピソードを集めた本です。佐野眞一の一貫したテーマは、戦後高度経済成長ということです。計画経済によって結果的に高度経済成長の実験場となった『満州国』。ダイエーなど大手スーパーによる『流通革命』。高度経済成長によって忘れられた日本人を記録した民俗学の『宮本常一』。あとは、戦後の『性の商品化』と『沖縄』といったところでしょうか。
 この本では、第一線の人物を支えた縁の下の力持ちみたいな人たちにスポットを当てています。ダイエーの躍進を支えた食肉を担当した人物とか、満州国の国策映画会社だった満映の人脈がいかに戦後日本映画に影響を与えてきたかとか。そういった歴史の陰に埋もれたエピソードを集めているわけです。
 オレは、佐野眞一の著作はだいたい読んでいます。その中では、ダイエーを通して日本の戦後の光と影を追った『カリスマ』が一番面白かった。ライバル店が雇ったヤクザが殴りこんでくるかもしれないというので、開店前日に社長以下店員全員が棍棒を抱えて店舗に泊まりこむエピソードとか、戦後の無茶苦茶な混乱ぶりがよくわかります。この『新忘れられた日本人』は、佐野眞一の本を読んだことがある人向けかなあ。

  

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