日本テロゲリラ情報1998年9月11日

中核派による運輸省課長宅爆破ゲリラ

日共系(らしい)団体『成田空港から郷土とくらしを守る会』HPより転載。

9月11日

運輸省課長宅に時限発火装置が仕掛けられる

 今日午前3時半頃、千葉県佐倉市の運輸省航空局技術部乗員課長宅から「自宅裏で爆発音がし、ガラスが割れた」と警察に通報がありました。被害はエアコンの室外機がはずれ、窓硝子が2枚割れました。現場からリード線や乾電池が発見されました。また、過激派暴力集団のゲリラと思われます。

ブル新より転載

運輸省課長宅未明に爆発音

11日午前3時半ごろ、千葉県佐倉市中志3丁目の運輸省航空局技術部乗員課長谷寧久さん(46)から、「自宅裏で爆発音がしてガラスが割れた」と佐倉署に通報があった。署員が駆け付けたところ、エアコンの室外機が壊れ、1階の窓ガラス2枚が割れるなどしており、破片は50メートルほど飛び散っていた。けが人はなかった。現場からリード線や塩化ビニールパイプの破片が見つかったことから、同署は成田空港に反対する過激派による時限式発火装置を使ったゲリラ事件とみて調べている。

ブル新より転載

中核派犯行声明

佐倉のゲリラ

千葉県佐倉市中志津3の運輸省航空局技術部乗員課長、谷寧久さん(46)宅で11日未明、爆発物が爆発しエアコンの室外機などが破損したゲリラ事件で「中核派革命軍」を名乗る犯行声明が14日、東京都内の報道機関に届いた。

声明は成田空港の平行滑走路の建設について「運輸省が10月着工を強行するならば、実力を持って粉砕する」などとしている。


中核派機関紙『前進』1878号(98年9月28日)1面より転載

運輸省幹部宅に爆破ゲリラ

9.11 佐倉

軍報速報

 革命軍は、以下の軍報を発表した。

 革命軍は、九月二日午前三時半、切迫する成田空港平行滑走路着工を絶対に粉砕する決意に燃えて、運輸省幹部に対する爆破戦闘を戦取した。戦闘の対象は、千葉県佐倉市中志津3−32−17にある、運輸省航空局技術部乗員課長・谷寧久の自宅である。谷の自宅のエアコン室外機は吹き飛び、窓ガラスは粉々になり、五〇メートル先まで飛び散った。威力絶大な戦闘を貫徹したのだ。

 この戦闘は、日帝・運輸省、空港公団が準備を進める一〇月平行滑走路工事着工を実力で阻止する戦いの号砲として勝ち取られた。谷は、運輸省航空局幹部として、「共生大綱」づくりに携わり、平行滑走路建設を率先して推進し、三里塚反対同盟と三里塚闘争圧殺を画策してきた階級の敵である。空港建設にあくまで反対する農民を無視抹殺して、一方的に「二〇〇〇年成田空港完成」を打ち出し、強行する暴挙を、断じて許すわけにはいかないのだ。

 革命軍は、改めて宣言する。日帝・運輸省が、国家暴力に訴えて、平行滑走路工事の一〇月着工を強行するならば、人民の正義の実力をもってこれを必ずや粉砕する。革命軍は、すでにその戦闘配置についた。

 革命軍は、反対同盟との血盟を誓い、反撃に立ち上がる労働者人民の先頭で血路を切り開くために、無制限・無制約のゲリラ戦争を展開する。三里塚闘争の歴史的勝利は、反対同盟と労働者人民のものである。

一九九八年九月一一日

革命軍


中核派機関紙『前進』1879号(98年10月5日)5面より転載

平行滑走路工事の10月着工阻止へ

運輸省幹部宅に爆破戦闘

9.11 佐倉 10.11三里塚決戦へ号砲

 革命軍軍報

革命軍は偉大な戦闘を貫徹し、以下の軍報を発表した。(前号に速報)

 九月十一日、革命軍は七・二九戦闘を引き継ぎ、「共生大綱」爆砕、平行滑走路十月着工実力阻止の戦闘的大衆的戦いの血路を切り開くため決起した。

 日帝・運輸省、空港公団は七月十五日に「共生大綱」を発表し、「成田空港2000年完成」を問答無用の国家暴力の発動によって強行することを明らかにした。それに続いて平行滑走路北端の新給油センターの建設計画を発表し、99年度予算の概算請求での平行滑走路建設費百十四億円を計上した。敵はしゃにむに平行滑走路十月着工に向かって走り始めたのだ。この重大な攻撃を前にして、反撃せずして反対同盟との血盟を貫くことはできない。ましてや敵の「二〇〇〇年完成」攻撃を粉砕することはできないのだ。

 今決起せずにいつ決起するのか。ここで勝利の突破口を切り開くのだ。戦闘の対象は、千葉県佐倉市中志津三−ニニ−一七にある運輸省航空局技術部乗員課長の谷寧久の自宅だ。戦闘準備は万全だ。革命軍部隊は計画どおりに爆破装置をセットした。

 午前三時半、爆破装置は計画どおりに作動した。その威力で、谷の自宅に据え付けられたエアコンの室外機は完全に吹き飛んだ。窓ガラスは粉々になり、五十メートル先まで飛び散った。

 谷は、なんとか革命軍からの追及を逃れようと、自宅に赤外線センサーを設置していた。正義の鉄槌(てっつい)が下されることに恐怖していたのだ。千葉県警は、警備を強化した矢先に戦闘が爆発したことに打撃を受け、「警戒を強める」と悲鳴を上げている。

 革命軍は、幾多の戦闘をとおして、敵の警備をかいくぐり困難をのりこえて勝利する戦闘術を築き上げてきた。この戦闘においても、警察権力のデッチあげ弾圧の口実となるものは一切ない。撤退作戦も完璧に貫徹したのだ。

 共生大綱と着工推進した谷

 谷の反階級的罪状は明白である。運輸省航空局幹部として「共生大綱」づくりに携わり、八月に入るや、平行滑走路完成後の「飛行コース」にあたる千葉県と茨城県の市町村を集めて説明会を開催した。その狙いが平行滑走路十月着工にあることは明白だ。「飛行コース」への同意を「平行滑走路着工への同意」と言い、敷地内農家と反対同盟の存在と生活を無視抹殺して、再び「軒先工事」を再開しようとしているのだ。

 谷は、国家暴力を発動し、工事再開の脅迫で敷地内農家に移転を迫る農民殺しを率先し、成田空港完成を推進している。隅谷調査団を使い、「成田空港問題は解決した」と宣伝し、敷地内農家と反対同盟の「空港建設絶対反対」の闘いを社会的に抹殺して、成田空港完成に全力を挙げている。これが空港建設の強要でなくてなんであろうか。

 三十二年前の成田空港建設の一方的閣議決定とその後の「カネと国家暴力」による空港建設推進の暴挙と何ひとつ違わない。これが運輸省の本性なのである。

 そして運輸省は、小見川県道と平行滑走路との交差部分のトンネル工事、天神峰の谷津(木挽谷)の埋め立て工事、平行滑走路予定地の北端に新設ようとしている新給油センターの建設を策動している。このトンネル工事は、八八年四月に開始された時、商業新聞でさえ「軒先に重機を入れて行う『軒先工事』の本格化」と言った代物だ。敷地内農家の生活を破壊し、移転を強要する、暴力団の地上げよりも悪質な工事なのだ。また新給油センターの用地確保は、「二期工事は白紙に戻す」としてきたシンポジウムを開催しているまさにその時、すでに進行していたのだ。

 革命軍は血盟かけ決戦闘う

 今や日帝・運輸省、空港公団は、その凶暴な姿をむき出しにして、農地強奪=農民殺しの平行滑走路工事十月着工=成田空港二〇〇〇年完成攻撃を開始しようとしている。このような反人民的な暴挙をけっして許してはならない。血盟を誓った反対同盟に凶暴な攻撃が襲いかかっている今こそ、幾多の試練をくぐり抜けてきた三里塚闘争の真価が問われているのだ。

 日帝国家権力の平行滑走路十月着工を実力で阻止せよ。農地強奪=農民殺しに実力反撃をたたきつけよ。

 七・二九戦闘を引き継いで炸裂(さくれつ)した九・一一戦闘の革命的意義の第一は、日帝・運輸省、空港公団の平行滑走路エ事十月着工攻撃に輝身(こんしん)の実力反撃をたたきつけ、闘う労働者人民に十・一一全国総決起集会への空前の結集を呼びかけたことである。

 三里塚闘争の歴史は、人民の大義を守る反対同盟の実力闘争、反対同盟と血盟を誓った闘う労働者人民の実力闘争、そして革命軍のゲリラ・パルチザン戦争の一体的展開をもって勝利を刻み付けてきた歴史である。今、再び新たな三里塚二期決戦の時が到来したのだ。九・一一戦闘の号砲を突破口に、この決戦の勝利のために総決起しよう。

 第二は、新たな三里塚二期決戦を全人民的全階級的な新安保ガイドライン粉砕決戦、第三次安保・沖縄闘争の歴史的爆発と一体のものとして発展させることを呼びかけたことである。

 そもそも、成田空港二〇〇〇年完成攻撃は新安保ガイドライン攻撃と一体の攻撃として開始された。新ガイドラインが米日帝の朝鮮侵略戦争の最大の兵站(へいたん)墓地として成田空港を位直づけたことから一気にエスカレートしたのである。成田空港は、朝鮮侵略戦争の起点として、軍事基地として、再度その完成がもくろまれているのだ。闘う朝鮮人民と心の底から連帯して、三里塚・ガイドライン決戦の勝利のために総決起しよう。

 第三は、いよいよ本格的爆発を開始した三里塚・ガイドライン決戦の反階級的破壊を目的として策動する現代のナチス=ファシスト・力クマルの完全打倒を呼びかけたことである。

 力クマルは今、三里塚・ガイドライン決戦への労働者階級人民の決起を何よりも恐れ、労働者人民の階級的意識を撹乱(かくらん)することだけを目的にして「神戸謀略論」デマ運動に全力を挙げている。そのために政治窃盗、盗聴、尾行、電話脅迫などあらゆる白色テロ手段を使って人民的運動に襲いかかっている。今こそその正体を暴き、労働者人民の力でカクマルを打倒しよう。

 革命軍は、開始された決戦の勝利のために総力を傾注する。敵の反革命攻撃には、革命の実力反撃で闘い、勝利するのだ。十・一一決戦へともに闘おう。

戻る 遊撃隊TOP