各派全学連大会を中心とする学生運動の現状前書き
北のりゆき
この文は、93年1月に冥土出版が発行した冊子『各派全学連大会を中心とする学生運動の現状』の前書きです。
遊撃インターネットに戻る本書は、1971年当時の公安調査庁の内部文書『各派全学連大会を中心とする学生運動の現状』の復刻である。著作権法32条2の規定により、官庁発行の調査統計資料、報告書などで転載を禁ずる旨の表示のないものは、前文的説明文をつければ全文引用も認められているため、法的に問題ないと考え発行した。一読して分かるように、本書は公安調査官の情報活動の参考とするために編纂されたものであり、一般にはベールに包まれた謀報機関の活動の一端を示すものといえる。ただし、ページの都合で「各派全学連影響下の全国自治会一覧表」を45から65ページまで20ページに渡り割愛したことをお断りしておく。
公安問題研究会は、様々な研究・学習・創作活動の資料となすため、今後も各種の公安関係の文書を発掘・復刻してゆく予定である。期待されたい。
解説
公安調査庁の源流は、戦前の旧内務省の調査局といわれる。戦後、法務府特別審査局となったが、共産党の武装闘争に対処するためとして制定された破壊活動防止法のもとで、法務省の外局として公安調査庁に拡大された。現在の公調の機構については巻末の図を参照してほしい。以前は日本共産党担当の調査第一部第一課が中心であったが、近年新左翼のゲリラ闘争が活発になるにつれて第四課が重視されてきているようだ。1987年度の公調の定員は1849人、このうち公安調査官は1639人となり、予算は総額で132億円、公安調査官の活動費は19億4000万円となっている。一時行政改革の影響で縮小されていたのだが、92年度は予算総額が166億円、活動費25億円とかなりの伸びを示している。
公安警察と異なり強制捜査権を持たない公調は、主に対象組織に対するS(スパイ)工作によって謀報活動を行っている。活動費25億円の多くは、このSに対する報酬である。調査対象は極左のみではなく、一般の労働組合にまで及ぶ。公安調査官1人あたり3人のSを雇っているとすると、全国にSは5000人近く存在することになり、公安警察のSを合わせると総数はこの数倍に上るだろう。最近旧東ドイツのスパイ密告社会の実態がマスコミで話題となっていたが、そのニュースを伝えるアナウンサーも組合活動家ならばスパイされているかもしれないのだ。考えられる以上に、この市民社会にスパイは広く深く根を張っているのである。
S工作は反体制団体に弾圧する最も有効な手段とされる。その歴史は古く、はじめて近代的に活用したのは19世紀中頃の帝制ロシアの秘密警察『オフラナ』であるといわれる。ロシア最大の社会主義政党であった社会革命党は、オフラナのさし向けたスパイ・アゼフによって壊滅的な打撃を受けているし、レーニン率いるボルシェビキも指導部にスパイ・マリノフスキーを抱えていた。戦前の日本共産党も、有名なスパイ・松村、スパイ・大泉の暗躍によってリンチ事件を引き起こし壊滅させられた。近いところでは、日共の県委員長が、20年近く2000万円以上を警察から受けとっていたスパイであった事件がある。その県は日共の勢力が最も弱いところだったのだが、県委員長がSでは当然であったともいえる。
本書は書名の通り各派の全学連大会を中心に記述されている。その多くは内部にSがいなければ述べることのできないものである。全学連は正式名称を『全日本学生自治会総連合』といい、大学自治会の連合体であるのだが、事実上日本共産党、革マル派、中核派、解放派の左翼党派に系列化され、その大衆運動体と化している。本書は、権力の情報機関の手によるものだけあって、かなり精緻なものだ。特筆しておきたいのは、のちに連続交番爆破事件を引き起こす『黒ヘル集団』に対していちはやく注目していることと、日本赤軍の母体となった赤軍派中央委員重信房子(本書内で国際部員となっているのは誤り)のアラブ派遣をつかんでいる点である。公調はかなり深く赤軍派に食い込んでいたようで、大菩薩峠事件も公調情報から一斉検挙にいたったといわれている。
本書で述べられている1971年前半は、全共闘運動が敗北し、体勢の立て直しのため各セクトは実力闘争を控え、同時にセクトによる大衆運動の取り込みがおこなわれ、学生のあいだではシラケムードが漂いはじめ、最過激派の赤軍派も集中的な弾圧にあって動きが取れない、という谷間のような時期にあたる。既成セクトの最後の実力闘争ともいえる日比谷暴動と渋谷暴動や、連合赤軍浅間山荘事件などはこのわずか半年後に行われているし、爆弾闘争が頻発するのもこの直後のことだ。当時の状況については、三一新書の『過激派壊滅作戦』がちょうどこの時期にあたりくわしく述べているので、興味のある人はそちらを参照してもらいたい。
最近の公調の活動は、共産党本部の隠し撮りが暴かれアジトのマンションを共産党員に取り囲まれて閉じ込められ、ラグビーもどきのスクラムを組んで逃げ出す姿をテレビ中継されたり、新左翼にS工作を行おうとして逆に摘発されるなど、かなり困難が見られるようだ。党員4〇万人を擁し合法活動のみを行う共産党や労働組合と異なり、大衆闘争から路線転換を余儀なくされ数百人程度で武装化を進める新左翼セクトに対しては、旧来のS工作もうまくいかないのは当然ともいえよう。どこかシロウトくさかった20年前と異なり、現在は新左翼党派も革命のプロ化しており、その調査能力には驚かされる。
いくつか黒星もあるが、現在も公安調査庁は見えないところに存在し、公安調査官は手口に再検討を加え、社会の谷間で様々なスパイ工作に従事しているのである
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