はじめに
この記事は、双葉社から発行される「悶絶!ブックフェア」に載せてもらう予定で書いたものです。
「好奇心ブック」シリーズという別冊宝島形式のムックの
15号で、発売日は5月20日の予定です。一般社会生活をベースにして見てみる奇書怪書というスタンスでセレクションし、話題を呼んだ"完全自殺マニュアル”のように、実際やりはしないがごく身近に存在し実際はかなり遠いというものや、麻薬体験者のノウハウ本のように一般生活ではちょっと手が出ない世界のものを身近にしてくれるような本を扱う予定とのことです。書店に出たら手にとって見てみてください。締め切りまで1週間しかなかったし、あまり重い内容のものはやめてほしいという編集さんの意向でしたので、ちょっと軽めの内容にしました。
アングラ危険文書を読もう
北のりゆき
昭和20年ごろに生まれた団塊の世代と呼ばれる人たちは、学生になると大学の校舎を占拠して機動隊に投石したり、ドロップアウトして女の子と下宿で同棲をはじめたりと自堕落な生活を送っていました。今から30年ほど前、1970年前後のことです。結婚前にセックスをしてもよいことになったり、LSDやマリファナが有名になったり、バクダンがポピュラーになったのもこの世代の人たちの功績(?)なのです。
オレはこの時代が大好きですっかりあこがれてしまい、バブル景気のころは時代遅れのヘルメットと覆面スタイルでデモに参加して機動隊とこぜりあいを繰り返したものでした。そうして危険文書に出会い、収集をはじめたのです。将来の武装闘争の参考になる(笑)などと理屈をつけていましたが、今から考えると単にあやしげで、いかがわしくて、青臭くて、キケンで、ドロドロと臭ってくるような危険文書が、好きだっただけなのかもしれません。しばらくすると過激派熱はさめたのだけど、せっかく集めたこんな面白いものを一人で見ているだけではもったいないと、コピーで復刻版を作り通販をはじめました。
60年代のゲバ学生の皆さんは、機動隊に角材で殴りかかってもなかなか勝てません。武装闘争もエスカレートして武器に頼るようになりました。爆弾まで登場します。あやしげなミニコミ誌を作り出したのも彼らでした。武装闘争を広めようと考えたようで、武器の製造法や市街戦の方法などを書いた武器教本がこの時期に大量にアングラ出版されたのです。今となっては大半は散逸してしまいましたが、苦労して集めたのです。
『球根栽培法』は、初期の武器教本の中では最も有名です。1950年代のまだ過激だったころの共産党が地下出版したといわれています。20年近く忘れられていたのですが、60年代末にゲバ学生が発掘し復刻版が発行されました。人気があったようで数種類の復刻版が出ており、かなり手に入れやすい武器教本です。内容は初期のものだけあってかなり原始的です。カーバイトを水に反応させると大量のアセチレンガスが発生する性質を利用した、ラムネビンをガスの圧力で破裂させるラムネ弾。ビンが割れると硫酸と薬品の化学反応で点火する触発式火炎ビン。敵の車両を動けなくするタイヤパンク器。秘密文書を一瞬で始末できる速燃紙などです。その中で特筆すべきは、時限爆弾の製造法が図入りで載せられている点です。時限装置は目覚時計のゼンマイを利用するというシロモノで、現在のICなどを利用した過激派の時限装置と比べると笑っちゃうようなものですが、爆弾製造の心臓部ともいえる雷管の製造法はかなり実用的で、70年代中ごろまでアナーキスト系の連中が参考にして爆弾作りをしていました。しかし、この本は安全処置について全く触れていないため、このアナーキストたちは安下宿で誤爆事件を起こして壊滅してしまいました。独特のいかがわしさがなんとも味わい深いのですが、不完全で危険な武器教本です。
60年代末になると外国のゲリラ戦教本が続々と翻訳出版されました。『ゲリラ戦教程(ゲリラ戦士のための150問)』は、アナーキスト系のミニコミ誌に全訳が掲載されました。熾烈なゲリラ戦を戦いキューバ革命を成し遂げたフィデル・カストロやチェ・ゲバラにゲリラ戦術を直々に伝授したアルベルト・バーヨの著作です。「ゲリラ部隊はいかに装備すべきか?」「留置所や警察の拠点はいかに攻撃すべきか?」「愛国者が個人的に行うことのできる破壊工作は何か?」「手榴弾はいかにして作るか?」といったQ&A形式で具体的なゲリラ戦術を指南しています。そのうえ、破壊活動の手引きとして鉄道や橋を爆破する方法などが12ページに渡って詳細に図解されています。
この他に、チェ・ゲバラの『ゲリラ戦争』とカルロス・マリゲーラの『都市ゲリラ教程』が実戦的なゲリラ教本として有名です。両方ともテロリストの本棚からは必ず見つかるといわれる危険本で、事細かにゲリラ戦術について述べているのです。『ゲリラ戦争』はキューバ革命型の山岳ゲリラ戦について、『都市ゲリラ教程』は誘拐や資金徴発といったよりテクニカルなテロ戦術について述べています。あさま山荘事件で有名な連合赤軍も読んでいましたし、80年代には皇居に火炎弾を撃ち込んだ過激派セクトが機関紙で『ゲリラ戦争』を参考に武器を製造したと書いていました。『ゲリラ戦争』は最近再版され一般書店でも手に入ります。『都市ゲリラ教程』も、ちょっと大きな図書館に行けば借りることができます。
中南米のゲリラ戦士セルパンテスによる『薔薇の詩』は、極左系の武器教本としては最も実戦的で危険なものです。40ページ程度の冊子なのですが、全編が爆弾など武器の製造法で埋め尽くされています。具体的に爆薬の製造法を書いた極左系の武器教本は、筆者の知る限り『薔薇の詩』だけです。後に発行された爆弾教本の決定版ともいわれる東アジア反日武装戦線の『腹腹時計』ですら、爆薬の製造法は『薔薇の詩』にゆずるとしています。内容は爆薬からはじまり、雷管、導火線、手榴弾、ニップル爆弾、時限装置、列車爆破装置、無線制御方式爆弾の製造法などがぎっしりと詰め込まれています。もっとも詰め込みすぎて安全処置についてなおざりになっており、素人がこの冊子だけを参考にして爆弾を製造するのはかなり危険です。爆弾の製造は、作っている者の生命がかかっているのだから、いち工程ずつ詳細に図解して安全処置やその他の諸注意について事細かに述べるべきなのに、簡略すぎるのです。実際に『薔薇の詩』を参考にして爆弾を製造していたと思われるグループが、工場にしていたアパートを誤爆で吹き飛ばし、無関係の一般市民2人を巻き添えにして5人を爆死させています。こんなあまりにも危険な冊子が一般書店で手に入る雑誌に転載されたのだから驚きです。『構造』という雑誌なのですが、これは総会屋が広告料の名目で企業からカネを得るために発行していた雑誌でした。スポンサーにとって内容はどうでもよく、そのため極左の編集者が入り込み、常識では考えられない編集をしたのです。過激派学生にはかなり人気のある雑誌で、生協などで簡単に買えたようです。その71年6月号に『薔薇の詩』が全文転載されました。日本を代表する企業の広告がたくさん載っている雑誌に、爆弾闘争をアジる論文や爆弾教本が載っているのだから、あまりにもシュールです。のちにアナーキストに爆破される企業も広告を載せていたのだから皮肉なものです。もっともこんな爆弾マニュアルを転載して無事にすむはずもなく、『構造』はその号で廃刊となり、国会図書館にも『薔薇の詩』が転載された号は納められていません。おそらく回収されてしまったのでしょう。でも、たまに古書店に500円ぐらいで並ぶことがあります。
ここまでは反体制の武器教本を紹介してきました。しかし、人の殺し方を最も研究してきたのは、何といっても国家権力です。特にアメリカは、ベトナム戦争でゲリラ戦に引きずり込まれたため、不正規戦に使用できる手製武器の製造法を研究し、詳細なマニュアルにまとめています。アメリカにはアングラ書店が何軒もあり、爆弾や武器の製造法の本は100冊近く出ています。実は元ネタは大抵この米軍のマニュアルなのです。
『TM31ー210 IMPROVISED MUNITIONS HANDBOOK』は、手製武器製造法の決定版です。250ページ以上、100種類近い武器の製造法を図入りで詳細に解説しています。爆薬、地雷、手榴弾、銃、弾薬、迫撃砲、ロケット砲、焼夷装置、雷管、時限装置など、この本が一冊あれば中学生にでも作ることができるでしょう。工程ごとに図入りで詳細に説明しており、材料の入手先まで書いています。過激派の武器教本とは水準が違います。日本でも一部の軍事洋書専門店で手に入れることができます。また、日本語版が『ケーキの作り方』という題で発行されています。実は筆者が翻訳してコピーを自費出版したものなのですが、他の米軍の武器製造マニュアルを加えて全5巻約450ページにもなりました。1巻が爆薬編。2巻が地雷、手榴弾、銃など。3巻が迫撃砲、ロケット砲など。4巻が焼夷装置、時限装置など。5巻が補遺となっています。本当に作るヤツがいたら困るので、1巻の爆薬編は材料名を伏せ字にしました。現在も通信販売で入手できます。最後に入手法を書いておきましたので参照してください。
単純な爆弾などよりさらに陰険なのがブービートラップです。ブービートラップとは、直訳すると「馬鹿罠」とでもなるでしょうか。主に爆薬を利用した仕掛け罠のことです。有名なところでは、第二次世界大戦中にドイツ空軍がイギリスにバラ撒いた菓子や玩具に偽装した爆弾があります。何も知らない子供が道に落ちていた玩具を拾うと爆発するという仕掛けです。アメリカ軍がベトナム戦争でブービートラップに苦しめられたのもよく知られています。第二次世界大戦からベトナム戦争までのブービートラップを集めて解説した米軍のマニュアルが、『FM5ー31 BOOBY TRAPS』なのです。130ページほどの洋書ですが、この本も『ブービトラップ』という題で翻訳して自費出版しました。キャップを抜くと爆発するボールペン擬装爆弾、ラジオのスイッチを入れると爆発するヘッドフォン擬装爆弾、折ると爆発するチョコレート擬装爆弾、蓋を開けると爆発する水筒擬装爆弾など、人間の奸智というか悪知恵を凝縮したような本になりました。
オウム真理教が都庁に爆弾を送りつけた事件を覚えているでしょうか。小包にした本に爆弾を仕掛け、トビラを開くと爆発するようにしていました。この書籍爆弾も『BOOBY TRAPS』に載せられています。おかげで『都庁小包爆弾特捜本部』というところから刑事が2人もきて、事情聴取されるハメになりました。この時は『サリンの作り方 魔法使いサリン』なんていうふざけた本も出していたので、ヤバイかなーと思ったのですが、結局オウム真理教の連中もアメリカから洋書を取り寄せて爆弾作りの参考にしていたことが分かり、疑いは晴れました。それにしてもえらい迷惑です。
最後にこの小文を読んで武器製造に興味を持った人に忠告します。そういうものに興味を持っても、製造法を知識として持つだけで実際に作るようなことは絶対にしてはいけません。特に爆発物取締罰則は、爆弾を製造しただけでも死刑になりうる法律です。爆弾を包んだ新聞紙の断片で犯人が特定できるほど捜査技術は高度だということを忘れてはいけません。爆弾作りの歴史を振り返ると、作った者は死刑を含む長期刑になるか、誤爆で死傷するかのどちらかです。誤爆事故は並の怪我ではすみません。指がすべてふっとんだり、両目が潰れたりと本当に悲惨です。他人を傷つけるつもりはなくても冗談ではすまされません。繰り返しますが、絶対に作ってはいけません。そんなことで人生を狂わせないように。
遊撃隊TOP