「太い」回線と「重い」データ 〜仮想空間を見立てる形容詞メタファーの考察〜
 東外大留日センター論集 第30号 所収

はじめに
 パーソナル・コンピューターや携帯電話など、民生用端末のディスプレイ上に展開される仮想の空間は、メタファーという「見立て」の集合体である。その見立てを動機付けるものは、人間にとって視覚では認知できないパルスを、まずディスプレイ上で目に見えるものとして認知したい、さらに現実の何かに似たものとして理解・編集したいという、人間の基本的な欲求である。たとえば「処分すべき不要なデータを一時保存するスペース」を「ゴミ箱」として見立てたのは、「デスクトップ・メタファー」の一例である。(注1)
 しかし現実空間(モト領域)のことばが、ディスプレイ内に広がる仮想空間(サキ領域)の「何か」を見立てる場合、それは「ゴミ箱」のような体言のレベルにとどまらず、用言のレベルにおいても数多くのメタファーが産出される。本論文はその例として2つの形容詞メタファーをあげ、それらが選択される動機付けを考察することにより、人間が仮想空間を表現するために、いかなる言語的対峙をおこなうかを解明する試みとする。
 なお本論文において「メタファー」とは文彩や修飾のための手だての意ではなく、類似性の連想にもとづき、既知のものごと(モト領域)から未知のものごと(サキ領域)を写像することによってそれを理解、説明するための方略とする。メタファーの表示に当たっては認知言語学の先行研究を踏まえ、「X(サキ領域)はY(モト領域)である(X IS Y)」を採用する。(注2)

1 太い回線
1.1 用例
 端末間でデータを送受信する際、一定時間にデータを転送する能力が高い回線は「太い回線」と表現される。現実には、データ転送速度は時間内における共用利用者の数によって変化するものであり、また回線の直径とデータ転送能力との間に比例関係はない。(注3)さらに無線によるデータ転送の場合には、端末に接続された回線自体が存在しないので、この「太い」はメタファーとして用いられていることになる。

1 メタファー「太い」の選択

モト領域


回線のデータ転送能力が
高いこと


         

サキ領域


メタファー 
回線が太い

 採取した用例を、形式的特徴に分類して挙げる。

(1)データを転送する能力が高い回線は『回線が太い』、転送能力が低い回線は『回線が細い』と表現されます。回線が太ければネットサーフィンをしていても快適にインターネットが利用できるわけです。

 これはComputer Shopper Japan (2001)の初心者用の質疑応答を行うウェブサイトにおける解説文である。メタファー「太い」は「AハBダ」の判断文型の例を取る。

2)(中略)上位プロバイダsicへの回線の太さは特に重要である。

 これは藤原(1996)が「AノB」である連結型で表現したメタファーである。同様の用法は富士通大分ソフトウェアラボラトリ(2001)のサイト上でも見られる。

3)大きなデータ容量を短い時間で送れる速い回線のことを、「太い回線」とか「ビッグパイプ」といいます。

 Nextcom (2001)は自社顧客用のコンピューター用語解説の画面で、上記のような説明を行っている。これはメタファー「太い」を名詞修飾に用いた、形容詞型の例である。

 上記の用例を英語と対照させると、Nextcom (ibid.)にある「ビッグパイプ(big pipe)」が逐語的な対応を示すが、類義語 thick では対応しない。また、この被修飾語「パイプ」は「回線」の意ではなく、DOSコマンドでDIR|SORTと表現される、「加算命令の先回り制御」の意であり、回線は通常line が採用される。
 それでは、ある回線の送受信能力が高いとき、それを「太い」という感覚表現のメタファーで示す理由は何か。次節でそれを考察する。


1.2 共感覚メタファーとの相違
 前節で述べたように、「太い」は「データ処理能力が高い」を見立てたメタファーである。これを、「高い」という感覚表現が「太い」という別の感覚表現で見立てられた、ある種の共感覚メタファーであると見なせるだろうか。
 共感覚メタファーは山梨(1988)で論及されて以後、多くの応用研究が続いているが、その定義として妥当なものは、楠見(2000)による「感覚形容語を実際の感覚とは異なる領域に転移する現象」である。これを本稿の論旨に即して述べると、「感覚形容語『太い』を実際の感覚とは異なる『高い』の領域に転じる現象」となる。
 だが、このメタファーで着目すべき点は、モト領域において視覚的に認知されるはずの「データ転送能力の高さ」そのものも実際には不可視であることである。その能力を数値化し、さらに垂直線あるいはそれに類似する形状のグラフとして表示する以外に、「高さ」は体感できない。すなわち、データ転送能力に感覚形容詞「高さ」を用いることそのものも、メタファーである。よって、「高さ」を「太さ」に見立てる用法は、厳密な意味の共感覚メタファーとは言い難い。また、データの「大きさ」も、それをコンピューター言語の羅列としてプリントアウトし、その量を大きさとして拡張解釈する意外に視覚化は不可能である。
 メタファー「高い」は、不可視なものを人間の認識になじませ、感覚可能にするために、たとえば時間に対して人間がおこなってきた「空間化(spatialization)」の一例であり、メタファー「不可視物は可視物である(INVISIBLE IS VISIBLE)」のアナロジーとしてとらえるべきである。この論考の哲学的な示唆は 、瀬戸(1995)の「コトのモノ化」やDerrida (1981)の「不可視物の理解を導くための可視化」に見られる(注4)。これらは現実世界・仮想世界を問わず、事象を空間になじませ、可視性を獲得するための必然の過程である。
 では「転送能力が高い回線で、大きい(あるいは小さい)データを送る」という可視性を獲得した言語表現は、なぜまた新たな「太い」という感覚表現を要求するのだろうか。 
 それは端末間をつなぐインターフェースである「管」が持つイメージに求められる。

1.3「太さ」の動機付け
 データの「大きさ」や、それを転送する回線能力の「高さ」は言語使用者に比喩として意識されず、文字通りの意味として理解されうる死喩である。「高い」は多くのユーフェミズム(婉曲語法)のメタファーがそうであるように、耐久性が弱かったためにコンピューター使用者たちによって「太い」に取り替えられたことになる(注5)。筆者は「回線の転送能力が高い」が「回線が太い」に移行する動機付けを、コンピューター利用者が仮想空間をより容易に認知、理解、操作するための「新たな体感性の獲得」の要求に見いだす。
 端末間、あるいは端末と大型汎用機を結ぶ回線は、電話回線や有線がそうであるように、現実世界の可視的な「線」(wire/cable)である。しかしテクノロジーの発達により、それが不可視の存在(wireless)になっても、私たちは存在する2つの事物あるいは人の「関連」は「線で結ばれている」心像で理解するし、それ以外ではほとんど考えることが出来ない。すなわち「線」は、現実世界の回線であると共に、山梨(1995)にある、事象の関連性を示すイメージスキーマ「リンク」としての「線」でもある。筆者は、「線」のイメージスキーマの比喩的な拡張を介した言語表現が「管(パイプ)」であると考える(注6)。
 「パイプ」が選択される理由は、線がリンクを示すとともに、そのリンク間を何らかの事象が「通る」からである。「パイプ」が選択されることにより、そこには少なくとも「パイプを通る事物」「その事物のありよう」「パイプと事物の関係」という3点のアナロジーが生ずる。
 水道管や血管など、現実世界でのパイプの場合、そこを通過する物は視覚で認知可能な可視物であるが、これが人間の社会的な関係に拡張されると(4)のような文になる。

4)あの人は外国政府とパイプがある。
 この文においては「通過物」は現金や贈与物品であろうし、あるいは相互恩恵による信頼関係が「通じている」とも考えられる。これは瀬戸(ibid.)が論じる「コトのモノ化」の典型例である。
 さらに現実世界の言語コミュニケーションを、パイプ(導管)とその通過物としてとらえたメタファーは以下の例が示す通り、Reddy (1979)まで遡及できる。

5)Your real feelings are finally getting throughto me. (ついに君の本当の気持ちが伝わってきた。訳および下線は筆者)
 すなわち、テクノロジーの進展に起因する単純な二分法を採用すれば、イメージスキーマとしての「線」は「管」への比喩的拡張を遂げたあと、現実世界(off-line)におけるコミュニケーション媒体としては、導管メタファー(conduit metaphor)として採用され、仮想世界(on-line)におけるコミュニケーション媒体としては、管メタファー(line/pipe metaphor)として体現されたことになる。
 「太い回線」は「転送能力が高い回線」と比して、「管」のイメージ喚起力が強いために、コンピューター使用者にとっては、体感性の獲得という観点から望ましい選択であった。次節では、使用者に体感性を獲得させ、かつ仮想空間内での仮想運動に関わらせる形容詞メタファーを考察する。

2 重いデータ
2.1用例
 仮想空間においては、処理するデータの容量が「大きい」ことは「重い」というメタファーで表現される。この用法はコンピューターのマニュアルの執筆者にとって注目すべき言語現象であるらしく、複数の用語辞典に「重い」の解説がみられる。(注7)

2 メタファー「重い」の選択

モト領域

処理データの容量が
「仮想的に」大きいこと

     

サキ領域

メタファー 
データが重い

 書籍及びネット上で収集・検索した用例を、形式的特徴に分類して挙げる。

6)写真のようなデジタル・データは重い。デジタル世界ではデータ容量が大きいことを『重い』という。

 山根(1996)は啓蒙的な性格を帯びた仕事術の書籍で、以下のように論じている。(注8)ここではメタファー「重い」が「AハBダ」の判断文型の例になっている。

7)データの重さとは、データ量のことです。この単位は、ビット(bit)が使われます。

 Tripod (2001)によって運営されているサイトでは上記のような「AノB」である連結型の例が見られる。

8)単にメモ程度の文書を書くときは動作の重いワープロ・ソフトではなく、軽快に動くテキストエディタsicのほうが便利である。

 これは大島(1998)がメタファー「重い」を名詞修飾に用いた、形容詞型としての用法である。

 上記の用例を英語と対照させると、メタファー「重い」は通常この語から想起される形容詞 heavy として用いられることはない。コンピューターが「重い」データを処理する場合の速度の遅さは、文字通りのslow で表現される。また、ソフトウェアにおけるデータ容量の大きさは、機能の多彩さと考えられて、full-featuredが選択される。ただし、容量の大きいデータがコンピューター本体に負荷をかける場合は、to place a heavy burden (on the CPU)を用いる場合がある。被修飾語がデータそのもの(重い「データ」)か、データの重さによって生ずる力(a heavy burden)か、という相違はあるものの、形容詞型のメタファーにおいては、日本語と英語で、ある程度の共通項が見いだせる。
 では、あるデータの容量が大きいとき、それを触覚上の体感をしめす形容詞「重い」というメタファーで示す理由は何か。次節でそれを論証する。

2.2「重さ」の動機付け
 
仮想空間において、あるデータが大きいことだけでは、メタファー「データが重い」は成立しえない。あるデータやソフトウェアを目にしただけで「重い」「重そうだ」という言語表現が選択されることはあり得るが、それは発話者が端末を用いてデータ処理をおこなった経験に基づくものである。すなわち、メタファー「重い」を成立させるもう一つの要件とは、ハードウエアの処理能力である。
 コンピューターの操作における処理速度は、処理機(どのようなハードウェアでそれを処理するか)と被処理物(どれほどの「大きさ」のデータが処理されるか)との相関によって決定される。メタファー「重い」はハードウェアの処理能力が、あるデータの処理が要求する力に比して、弱いときに用いられる。
 仮にデータ処理を荷物の運搬というメタファーで例えるならば(注9)、データという「荷物」を運搬するに当たり、ハードウェアという「機械」が、使用者を待たせる時間の長さや、画面表示が1文字ずつ表示されるような処理様態によってその非力さを伝えるとき、特にメタファー「重い」が選択されることになる。
 ではメタファー「重い」が選択される動機付けは何か。
 それは現実世界で(1)重い荷物を持ち、かつ(2)それを運んだ、という複合的な身体経験である。
 現実生活においては、重いものを単に持ち、あるいは抱えて、その場に静止する経験は多くない。むしろそれを持って、どこかへ移動する身体経験の方が多い。言い換えれば、「重いものを持つ動作」は「移動する動作」と共起しやすい。そしてこの経験は、「それを持たないで歩くときと比して、時間やエネルギーを消費する」「腕に負荷がかかって、その移動がスムーズに行かない」という体感を喚起する。この経験に基づいて身体をハードウェアに見立て、荷物を被処理データに見立てると「重い」の動機付けが曖昧ながら見えてくる。

 しかし、この身体経験のみでは、メタファー「重い」を直截に動機付けているとは言いがたい。なぜならこの経験には、荷物移送(データ処理)の補助者である、「機械」という要因が欠落しているからである。つまり、「重いものを持って移動する」という、補助者なしの身体経験は、もう1つの発展的な複合身体経験を経由して、仮想メタファー「重い」を動機付けることになる。それは「機械の補助力を用いて移送する」経験である。
 荷物を運ぶ運転者の経験を考える。
 移送される荷物の重量に比して、それを運搬するための機械の力が相対的に弱い場合、運転者が知覚しうる感覚は何か。それは聴覚的には通常とは異なるエンジン音や、タイヤの軋みであるし、また視覚的には、スムーズに行かない走行の様態であろう。この聴覚上、視覚上の経験を「(荷物が)重い」と、触覚上の経験として表現することは十分に許容しうる。この場合、運転者は自らの肉体的な負荷は体感せずに、「重さ」を間接的に、いわば「機械越しに」言明することになる。(注10)
 筆者はこの「人+補助者(機械)が、運搬すべき荷物に比して非力である」という複合的なセッティングが基本的経験(primary experiences)となって、「コンピューターのハードウェアが、処理されるべきデータに比して非力である」という状況に写像され、メタファー「重い」が選択されると考える。

 
この複合的経験の拡張を図3に示す。

3 メタファー「重い」における複合的身体経験とその拡張

経験1 現実の身体経験(補助力なし)

人が
a)重い荷物を持ち
(b)物理的な移動をおこなう


選択される言語表現:「重い」(文字通りの意味)

    ↓身体経験による言語の比喩的拡張↓ 

経験2 現実の身体経験(補助力あり)

人が
a)重い荷物を持ち
(b)その機械に乗って物理的な移動をおこなう


選択される言語表現:「重い」(メタファー)

     ↓身体経験による言語の比喩的再拡張↓ 

経験3 仮想的な身体経験(補助力あり)

人が
a)ハードウェアの力に比して容量が大きいデータを
(b)画面上で処理する


選択される言語表現:「重い」(メタファー)

 機械と被運搬物(荷物)との関係をハードウェアと被処理データとの関係に写像することは、オンライン・コミュニケーションのシステム全体が、広く交通あるいは物流のシステムに見立てられているという可能性を示唆する。この包括的なメタファー・システムを、筆者は荒川(1999)において「コンピューター通信は交通の往来である」(ON-LINE COMMUNICATION IS TRANSPORTATION)ことを示したが、このメタファーはマルチメディアの発展によって算出されたのではなく、コンピューターを主とするオンライン・コミュニケーション以前から、工学を中心に安定したメタファーとして採用されてきた。以下は電話による音声データのやりとりで用いられる「交通(traffic)」の比喩的拡張の例である。

9)There was much traffic at night. (夜にたくさん電話がかかってきた。)(注11)

 交通メタファーの見立てを語彙レベルで渉猟すると「走る→操作する (run)」「荷物→データ(load)」「回路→回線 (circuit)」など電子工学のアナロジーが情報工学にそのまま採用されているものが少なからず見出せる。メタファー「重い」の選択は、情報工学の発展にともない、初期の電話通信では「大きさ」を体感しにくかった音声データのみならず、文字データや映像データといった「大きさ」を体感しやすいデータも処理可能になった結果、使用者が視覚的認知を強く受け取った帰結である。
 よってメタファー「重い」は前節のメタファー「太い」と同様に、触覚によって認知される「重さ」が、視覚によって認知される「大きさ」を見立てた共感覚メタファーではない。現実世界では、ある事態の由々しさや緊急性を示す場合、「重大な事件」「任務の重責」に見られるように、メタファー「重さは大きさである」(WEIGHT IS SIZE)が選択される例は少なくない。
 しかし、筆者はメタファー「重い」はメタファー「太い」で考察した「体感性の獲得」の別種と考える。「太い」が「コトのモノ化」を視覚で得ようとする言語的試みであるのに対し、「重い」は被処理データが音声から文字や画像に広がったことによる、比喩的な「可触性」を言語的に表現しようとする試みである。メタファー「重大な事件」ではその「重さ」はいわば死喩となって意識されないが、「重い」の場合には「持つこと」「移動すること」の複合的な身体経験をベースに拡張をはかったものだからであり、その体感性が通常の感覚表現よりも使用者に強く訴えてくる。室井(2000)は電子テクノロジーが人間の認知ー神経系のシミュレーションであることに着目し、そこに私たちの意識が直截に接合できるような錯覚が存在することを述べているが、メタファー「重い」は二重の身体経験を踏まえて産出されたことにより、メタファーとしての耐久性も体感性も強い。死喩として意識されなくなるまで、このメタファーがコンピューターの使用者に高頻度で採用され続けることは確実である。

3 今後の課題
 本論をまとめ、今後の課題を述べる。
 コンピューターのディスプレイ内のような仮想空間の形容、説明のためには「高い能力」「大きいデータ」といった死喩的な形容語は、その空間をより感覚的に認知したいという使用者に対して耐久性を有しない。仮想空間の事象を、より使用者の空間認知に根ざした表現に置き換えた例として、メタファー「太い回線」「重いデータ」が挙げられる。
 これらはモト領域の「回線の処理能力の高さ」「処理されるデータの大きさ」そのものも不可視であるから、厳密な意味での共感覚メタファーではない。「太い」は事象の関連を示すイメージスキーマ「リンク」としての「線」が、比喩的な拡張で「パイプ」に転じ、視覚上のより優位な認知を確保することを動機に選択された形容詞メタファーである。
 また「重い」は人間が重量のあるものを自力で移動した複合経験が、さらに「機械越し」に重さを体感した身体経験を介してコンピューターのデータ処理に写像された帰結であり、使用者が旧来の感覚表現以上に触覚上の仮想経験を得られることが動機付けになる。
 今後は仮想空間を描写する用言のメタファーとして動詞のメタファーの分析およびそれらが選択される動機付けについて推論することが課題となる。この場合、注目すべきは瀬戸(1995)が試みた仮説「一般投射機構」における表現が、仮想空間にも適応可能かどうかの検証である。コンピューターの使用者が仮想の空間を認識し、言語化するとき、その現実空間の揺るぎない軸が仮想空間へ確実に写像されるかどうかは、人間が空間を認知し、意味を形成してきたその成り立ちが再検証されることでもある。
 人間とコンピューターとの関係(Human-Computer Interaction)がいかに進歩しても、私たちの日常言語は不断に試されつづける。
 それは人間言語に対する、コンピューターからの間断ない挑みである。

1)HCI(Human-Interface Interaction)におけるデスクトップ・メタファーの考察はErickson (1990)に端を発する。

2)Instruction for Contributors of Metaphor and Symbol (1986-,Lawrence Erlbaum Associates, Inc.)より。"What are called metaphor themes or metaphor formulas should be set in quoted upper-case italics (e.g., "LIFE IS A JOURNEY", "LOVE IS INSANITY", etc), with italicization indicated by underlining in the manuscripts.

3)井上(2001)によると、光ファイバーによる通信の場合、中心部分0.05ミリ程度のファイバーは高速通信には適さず、逆に0.01ミリ以下の文字通り「細い」回線の方が超高速電送に適している。

4)Derrida (1981) "...visible things are made to lead us to the knowledge of visible things..."

5)ただし、ユーフェミズムにおける「取り替え」の場合には、選択されたメタファーが短期間のうちに不愉快さという含意を獲得してしまうことが理由だが、仮想世界でのメタファーの場合はより人間の空間認知に見合うメタファーを求めた帰結であると考えられる。またメタファーの耐久性(durability)については荒川(1999)で考察した。

6)パイプのメタファーは管に加えて、帯(バンド)としての拡張もある。広帯域(broadband,ブロードバンド)のメタファーはその例であるが、いずれも線のイメージスキーマにその原理を求められる。

7)長田(1999)はこのメタファー「重い」は使用者への混乱を招くとし、「大きい」という「文字通り(literal)」の意味を示す用法に戻すべきであるという提案をおこなっている。

8)山根(ibid.)はこの言語的事実に関して「十分な用語が熟成される時間がない」としているが、これは誤りである。仮想空間の構築に当たって現実世界からの見立てが必然である以上、重要な点は理解をより容易にするメタファーが選択されるかどうかであり、それらが取捨選択されるのに要する時間は絶対的な要因ではない。

9)コンピューターと、それが処理するデータの関係を、自動車に代表される運搬物とそれが運ぶ貨物から写像するアナロジーは、工学において安定したメタファーとして定着している。操作を意味するrun、荷重・負荷を意味するload はその端的な例である。

10)乗馬において雨天後などで、走りがスムーズに行かない状態を示す「重馬場」

(a soggy racetrack)はこの「機械越しの体感」のバリエーションと考えられる。

11)荒川(1999)より再録。

用例採取文献
大島秀太(1999)「コンピュータ英語の謎を解く」朝日ソノラマ
富士通大分ソフトウェアラボラトリ(2001)「Oitaweb回線利用状況」
 Available:www.oitaweb.ne.jp/status
藤原博文(1995)「天網恢恢」技術評論社
山根一眞(1996)「デジタル情報の仕事術」 日本経済新聞社
Computer Shopper Japan (2001)「インターネットQ&A 100」[On-Line].
 Available:www.znet.co.jp/magazine/cshop/0131/sp3/01c.html
Nextcom(2001)「回線」[On-Line]. Available: www.nextcom.co.jp/introduce-dictionary.html
Tripod(2001)「インターネット回線」Available: www.tripod.co.jp/packet.html

参考文献
井上伸雄(2001)「通信の最新常識」日本実業出版社
岡本茂・大島邦夫・仙波一郎・高橋和子・中村芳昭・堀本勝久(1997)「パソコン用語辞典」技術評論社
河上誓作(1996)「認知言語学の基礎」 研究社出版
楠見孝(2000)「概念、批判的思考、推論、メタファー、意思決定」「教育工学事典」実教出版
瀬戸研一(1995)「空間のレトリック」 海鳴社
        (1997)「認識のレトリック」 海鳴社
辻幸夫(1996)「パソコン用語の認知意味論」「言語」25巻9号 大修館書店 50-57
辻井潤一・安西祐一郎(1988)「機会の知 人間の知」東京大学出版会
永田守男(1995)「ソフトウェアの挑戦」講談社
室井尚(2000)「哲学問題としてのテクノロジー」講談社
山梨正明(1988)「比喩と理解」東京大学出版会
        (1995)「認知文法論」 ひつじ書房
        (2000)「認知言語学原理」くろしお出版
Coyne, Richard. (1997) Designing Information Technology in the Postmodern Age. Cambridge, Massachusetts: The MIT Press
Derrida, J. (1981) Dissemination, trans. Barbara Johnson. Chicago: University of Chicago Press.
Erickson, T. D. (1990) Working with Interface Metaphors. in: Laurel,B. (ed.), The Art of Human-ComputerInterface Design. Reading, MA: Addison-Wesley Publishing Company.
Jones, Mark K. (1988) Human-Computer Interaction. Eaglewood Cliff, NJ: Educational Technology Publications.
Lakoff, G. &Johnson, M. (1980) Metaphors We Live By.Chicago: University of Chicago Press.(邦訳:渡部他訳、レトリックと人生、大修館書店、 1986).
Lakoff, G. (1993) The Contemporary Theory of Metaphor. in: Andrew Ortony (ed.), Metaphor andThought, second ed. New York: CambridgeUniversity Press.

Lawler, J. (1995) Metaphors We Compute By. (On-Line).     
 Available:www.virtualschool.edu/mon/academia/Metaphors.html

Nelson, T.H. (1990) The Right Way to Think About Software Design.in: Laurel, B. (ed.), The Art of Human-Computer Interface Design. Reading, MA: Addison-Wesley Publishing Company.
Reddy, M. (1979) The Conduit Metaphor. in : Andrew Ortony (ed.), Metaphor and Thought. New York: CambridgeUniversity Press.
Rohler, T. (1995) Metaphors We Compute By.[On-Line].
 Available:www.metaphor.uoregon/metaphor.html