トリオ・ジャパン・セミナー第5回(5)

会場からの質問


若林

 では始めさせていただきます。プログラムの最後の方にアンケート用紙をお付けしておりますので、出来ましたら、本日の感想を書いていただいて、連絡先を書いていただけますと、今後のトリオの行事の案内を差し上げることが出来ますので、よろしくお願い致します。

 それでは質問が届いておりますので、まず質問の方をご紹介させていただいて、その後、私どもがここにおりますと、先生方のお顔が拝見出来ませんので、そちらの方に移りましてから話を始めたいと思います。では質問をご紹介させていただきます。

会場からの質問

 まず神野先生へご質問です。「柳田邦男さんの著書で、脳死の息子さんの病室に柳田さんが入室した時に血圧の変化があったと書かれていますが、これをどのように理解出来ますか」という質問が来ています。

 それから、「アメリカで移植をしてきました。ドナーは誰なのかは一切わからず、それがお互いのためになるとのことです。でも、日本で移植手術が行われた場合、成功したら盛大にPRすべきだとのお話もありました。そうなるとドナーも患者も公に分かってしまいます」 つまりマスコミから患者さんを守るために、今後脳死移植が行われた場合にどうするかというご質問なんですが、これは皆さんにお伺いしたいと思います。

 次に「移植医療が国民に信頼されるために、第三者の審査、監視機構を作るべきでないか」というご意見。これは先程の匂坂先生の話でも、法医学者の方からも監視して行きたいというお話がありましたけれども、これはどう思いますか。

 「移植法において、医師は移植を受ける患者に説明し理解を得るよう努力しなければならないと、努力目標として法案に明記されているわけですが、これは単なる努力目標であって、同意を得なくても良いのではないか。インフォームドコンセントにはなっていないのではないか。国民に信頼されるために法律を改正して、インフォームドコンセントと明記すべきではないかと思いますが、どう思いますか」というご意見。

 それから、「脳死判定にも同意を求めるのが原則になっているわけですが、診断目的の脳死判定についても、家族からの同意がなければいけないのか。それとも臓器移植の場合だけ脳死判定をする同意を受けるのか」 この辺は法律の読み方によっても意見が分かれるところだと思うんですが、これは特に大塚先生にお伺いしたいと思っています。

 それから、先程の物部さんの発言を受けまして、女子医大の内科の先生の対応について指摘がありました。「ポイントは臓器移植が必要な段階での医師の患者への告知についてだと思います。女子医大の内科医は移植について一言も両親に口にしませんでした。その結果、家族の頭の中には移植という選択肢がなかったわけです。また臓器移植法案では15歳以下の意思の表示の問題や、竹内基準における6歳未満の脳死判定の除外の問題から、今後も子供の方は、例えば心臓移植が受けられないという現実が続くわけです。こういう状況の中で、いつ移植の告知をするのか。また内科の先生は、外科の先生はどのように告知を行うのか」というご質問です。同じような質問を3名程の方からいただいています。また、その中で「門間先生は移植に対して消極論者なのですか」という質問が矢崎先生の方に来ております。

 それから、これは今のお話ですけれども、「女子医大は誤診だったのでしょうか。また病院が違うことによって、こういう問題が起きた場合、患者はどうしたら良いのでしょうか」という質問が来ているんですが、これは是非矢崎先生に答えていただきたいと思います。また、「患者には病名や治療法など、とにかく医師として告知をする義務がある」と書かれています。信頼感を持ってもらうためには皆さんどうしたら良いでしょうか。

 それから3人のお子さんがいらっしゃる方で、3人共乳児肝炎と診断されて、長男の方は平成元年に5歳で肝硬変のためにお亡くなりになっておりますが、三男の方は平成7年の7月に6歳でブリスベンで移植を受けたそうです。もともと日本で生体肝移植を希望していたんですが、この方は原因不明の病気であるという理由で拒否されたそうです。これは今移植適応委員会でもご検討されていることだと思いますが、「原因不明の病気だからといって拒否されるものなのでしょうか」というご質問です。

 「6歳以下の脳死判定については、これまで難しいからという理由で踏み込まなかったと認識していましたので、先程の先生のご発言の中で、別途に検討しましょうという話になっているということを聞いて安心しました」というご感想がありました。

 質問ですけども、「ではその6歳以下の子供の判定基準に関して、判定基準作りのスケジュールについてはどうなっているのか。またどのような問題点が残されているのか」という質問を、全国心臓病の子供を守る会の方からいただいております。

 それから、「林先生の所で脳低温療法が画期的な成果を収めているわけですが、この療法によると脳死になるはずの患者の多くが救われるのに、その救命努力がなされずに脳死に至らせるのは問題だという意見を最近よく耳にする。脳低温療法の登場により、従来の脳死基準では脳死を正確に判定出来ないことが証明されたという意見もあります」と書かれていますが、実際には、その林先生は国会でも「脳死からは脳低温療法でも甦ることはない」と証言されていたと思うんですが、これについて救急脳外科・神経内科の方たちの立場からご意見を伺せて下さい。

 また、「ドナーの人権保護のために、脳死移植が日本で行われた場合に、公表を移植が行われてから約一週間遅らせるということは可能でしょうか」というご意見が届いております。

 次に「ドナーを考えておりますが、誰に面倒を見ていただいたら良いのかわかりません。移植コーディネーターというのは今何人位いらっしゃるのか」 これはですね、現在の臓器移植ネットワークの方に、確か115人位いらっしゃると思います。それと「どうしたらコーディネーターになれるんでしょうか」というご質問が来ております。

 「移植しかない場合、例えば心臓で告知して下さる、インフォームをして下さる病院はどの位あるのですか。またその病院の名前についても知りたいです」という質問も届いております。

 それでは、私どもはあちらの方に移りまして、先生方のお顔を拝見しながら、お話を伺って行きたいと思います。それでは、まず物部さんのお話がありましたので、まず物部さんに関するご質問から、矢崎先生と藤原先生に、内科医のお立場からインフォームドコンセントと、今のような状況の中で移植という手段について告知することについて、どのようにしていったら良いとお考えでしょうか。先ず矢崎先生お願い致します。

インフォームドコンセントと移植の告知

矢崎先生

 先程お話し申し上げましたように、脳死臨調が出た92年に、私どもが適応検討委員会を組織して、その時からもう5年経っています。そして、会合は50回以上繰り返し持たれておりましたけれども、70症例しか申請されていないんです。癌の告知ということが、既に我が国でも一般化している中でも、心臓移植の告知というのはなかなか難しい問題であるということを一つご認識していただきたいということであります。それで、この法案が通ったということで、我が国も心臓移植が治療の選択肢の一つであるということが確認されて、4月から私どもはなるべくご自分で診ておられる心臓移植の対象となるような患者さんには、実際に移植が行われる先行きの見通しは厳しいのですけれども、出来るだけ告知して、この心臓移植の検討委員会に出して、臓器のネットワークに登録して欲しいということを申し上げました。それで、今年の5月に再び先生方にアンケートを取りまして、ご自分の診ておられる患者さんで、どのくらいの数の方がいらっしゃいますかと伺ったところ、奇しくも5年前に行われた時の患者数とほぼ同数の患者数がアンケートで帰ってきましたので、待機しておられる患者さんは、やはり500名から600名と5年前とほとんど変わらない。そして申請を受けられた70名の方のほぼ半数は海外で移植を受けられています。そして現在移植を待機しておられる方は、半数の方はもう亡くなっておられますので、実際には十数名という状況であります。従いまして、なるべく私どもは告知を普及して、登録する患者さんをネットワークに組み入れていただくための委員会を作りまして、全国的に循環器の専門医を中心として、その運動を展開していこうというふうに思っております。

 

重症の心疾患

 一つちょっと時間を取らせていただいて、重症の心疾患についてご理解いただきたいと思います。肝臓とは少し違って、心臓は毎日10万回収縮を繰り返して6t余りの血液を全身に送っている非常にヘビーheavy な仕事を行なっている臓器なんですね。例え話として、心臓を4発のエンジンを持っている飛行機というふうにお考えいただきたいと思うんですね。エンジンは4発ですが、今は医療が進歩していまして、一つのエンジンが動いていれば、悠々飛行機は運転出来るんです。ところが、4発のエンジンのうちの一つが突然途絶えますと、飛行が不安定になって、本当に端から見ていてもうすぐにこの心臓はダメになっちゃうんじゃないかという状況もあるわけです。私どもとしては、そういう状況は非常に重症だから心臓移植ということではないということを、まず認識していただきたい。私ども専門医に任せれば、3発のエンジンでも悠々飛行機を運転させることは出来る。しかし、次のエンジンがいつ壊れるのかっていうのは、なかなか予測は難しい。最後の一つのエンジンでも、先程申し上げましたように悠々運航出来るけれども、エンジンそのものは、2発では要するに過重がかかりますから、早晩心臓移植をしなければやっていけないという状況があります。

 従って、私が申し上げたいのは、患者さんの重症度というのは、見かけやあるいは日常の身体活動能力では計り切れないところがあるということで、それを含めて私どもは心臓移植の適応基準というものを定めたわけでありまして、一つの断面で重症だから心不全、心臓移植ということではないということをお話ししておきたいと思います。

 個別の議論は私としてはなかなかしにくいんですが、おそらく我が国の現状としては、心臓移植推進者であるかないかは別として、医師の立場として、このインフォームドコンセントを心臓移植でやるかどうかということは、個々のお医者さんでものすごい葛藤があると思います。特にお子さんの場合には、親御さんの思い等ありまして、私ども成人の患者さんを診ているお医者さんとは、また違った立場がありますので、私どもとしてはコメントしにくいところでありますけれども。やはり、その移植推進者であるないとは別に、告知の立場っていうのはなかなか難しいところがあって、現状として先程申し上げましたように、学会内でオープンに5年間で70例しか申請していただけなかったというのは、私どもの努力不足も大きな要因であるかとは思いますけれども、実際に我が国の中で、海外への渡航移植は別ですけれども、我が国の中で医療の選択肢として取り得ない状況でどう対応するか。個々の先生方が今まで深く悩んできたところでありまして、法案が通ったということで、私どもも個々の問題ではなくて、専門医の立場の問題としてディスカッション出来ますので、今後は十分に対応出来るというふうに私どもは理解しています。以上です。

 

若林

 ありがとうございました。藤原先生はこれから京都に行かれるそうでして、20分にはお出かけになるということですので、ここで肝臓移植についてお願い致します。

 

肝移植のインフォームドコンセント

藤原先生

 まず告知の問題につきましては、重篤な、特に肝移植の対象となる疾患につきましては、日常かなり多いものですから、ほとんどの場合、それがどの程度かということを話していると思います。問題は肝移植に当たってのインフォームドコンセントを具体的にどうするのかということになります。これは移植関連学会合同委員会の方でも、だいたい案が出来ているようですが、その作成過程において、私どもの移植問題検討委員会でも検討致しましたので、その具体的なことをちょっと申し上げます。これは二段階で行うということになります。まず最初は、移植を受ける必要性も考えられると判断した段階で説明する。そして、実際移植が可能だと見通しがたった時に繰り返しやるということです。実際の説明には、内科系の肝臓専門医と移植医が当たるということ。ただし、患者さんの意思決定はいつでも変更出来ると。また、もしそれに同意しない場合でも、従来のベストの治療が受けられることが保障されていなければならないとかいうことですね。

 それから、第一段階で説明する内容として、現状と予後、移植の必要性はもちろんでございますけれども、肝移植の現状について説明しなければなりません。一般的な事項や、あるいは費用がどの位かかるのかとかいったことをあらかじめ説明する。あるいはいろんな検査の目的や合併症についての話をよく解説する。術後の日常生活はどうなるのか。一生免疫抑制剤を服用しなければいけないとか、あるいは感染に気を付けることとか、こういった事項について、患者さんが理解出来るような言葉で説明するということがまず第一段階。

 第二段階では、同じことを繰り返し、さらに実際の手順とか、あるいは血液の提供者を準備するとか、手術内容も具体的に麻酔も含めて全部説明する、このようなことが私どもの肝移植検討委員会で討議され、移植関連学会合同委員会の方に上げてございます。

 田中先生、だいたいそんなところでしたですね。おそらく最終案もそういったことになろうかと思いますので、私どもはこの手順で行う予定でございます。

 

内科医の移植に対する姿勢

若林

 二点お伺いしたいと思います。まず、内科の先生というのはまだ比較的移植に積極的でないように思われるんですが、如何でしょうか。例えば、私が移植する前、内科の先生に「移植について一応説明して下さい」とお願いしたのですが、なかなか説明してくれなくて、数カ月経ってからようやく東大の方に紹介していただいたという経緯があったんですが、内科の先生の移植に対する認識というのはどうなんでしょうか。

 それから、先程申し上げましたが、原因不明の病気で、例えばオーストラリアでは移植出来たんだけど、日本では出来なかったという方がいらっしゃるんですが、今回の移植学会の移植適応基準ですと、胆道閉鎖症ですと20点ですとか、点数を付けて決めていくわけですが、その場合に原疾患がはっきりしない場合はどういうふうになるんでしょうか。

 

藤原先生

 まず内科医そのものが、移植についてどれだけ認識しているかについては、私もかなりペシミスティック(悲観的)に考えております。従いまして、先程申しましたように、今後の方針の中で、まず医者そのものについても、もうちょっと移植の重要性を理解していただくための努力が必要だろうというふうに捉えております。

 それから、原因不明のものについては、おそらく不可能だと思います。原因がはっきりしたもので、絶対必要だという疾患の方が優先され、しかもそれについてもドナー不足が十二分に予想されるだけに、今のところ、私どもとしてはそういうことは考えてございません。

 

若林

 またこれに関連した質問で、これは矢崎先生にもお伺いしたいのですが、移植医療が国内で行えるという前提が出来たわけですが、これによって、肝移植や心臓移植の適応患者の内科的治療法に変化はあるんでしょうか。藤原先生。

 

藤原先生

 基本的にはございません。

 

矢崎先生

 同様です。全く変化はありません。

 

若林

 藤原先生、そろそろお時間の方が無くなってきたんですが、最後に何か、皆さんのご意見を聞いて、おっしゃっていきたいことはございますでしょうか。

 

善意からの臓器提供と今後の啓発活動

藤原先生

 私は臓器移植というのは、善意の臓器提供であるということが基本でございますので、そのことを国民全体が理解出来るように、また医者自体がそれよりも先に理解出来るように、推進されるべきだろうと思っております。ただ問題はドナー不足、先程神野先生がお示しになられたドナー不足については、私も非常にペシミスティック(悲観的)になっております。例えば、死亡した場合に解剖しましょうと言っても、「これまでに苦しんだのに、これ以上傷つけるのは嫌だ」というのが日本人の感覚でございます。ましてや温かい身体から、今死んでおりますから、臓器を取りましょうなんてことが、私は不可能じゃないかというような気がするんです。では何が必要だろうかという時に、日本人も最近少しものの考え方が変わってきたというプロミスティングな(期待の持てる)話も出ておりますけれども、もう一つ、やはり臨場感に欠けているんじゃないだろうか。臨場感というのは、具体的に例えばアメリカですと、ピストル社会、車社会で、歴史が違いますから、ヘリコプターが来て、すぐ救急活動が行われる。それでも、やっぱりダメなんだと。神野先生のところは、また別かもしれませんけれども、おそらく一般の方々には脳死というものの臨場感が無い。救急医療に関する日本のレベルはかなり高いというふうに聞いておりますが、そこに辿りつくまでの体制が欧米より欠けているということですね。そういうものを今後整備する中で、確かに脳死というものはこういうものなんだということを、現実に体験する必要があるんじゃないかという気が致します。

 このようなことが推進内容であります。それから私ども内科医の立場では、先程適応基準の見直しということを申し上げましたが、これは刻一刻内容が変わってくるということに加えて、私は将来これは田中先生ともいつかお話ししなければならないと思っているのですが、脳死肝移植と生体部分肝移植の位置付けですね。私は両立すべきだと思うのです。ピッツバーグ大学でも、ドナー不足から最近は生体肝移植をやっているということですが、日本の場合には生体肝移植については最先端にいるわけですから、その治療学上の位置付けをきちんとしなければならない。このようなことを申し上げるのは、例えば、原発性胆汁性肝硬変について、生体と脳死者からの移植の場合の再発率が違うらしいという話が、つい先だって厚生省の難治性肝炎研究班のまとめとして発表されています。田中先生、そうでしたね。こういった問題もございますし、必ずしも生体が全部良いかというと、別の側面もあるというかもしれません。私は日本の肝移植というのは、脳死プラス生体ということで、治療学的な位置付けを国際的にも確立して行くべきだろうと考えております。

 

若林

 藤原先生ありがとうございました。ここにも書いてあるのですが、内科医と移植外科医の相互協力、信頼関係を作っていって欲しい。また、現在相互信頼関係はどの程度あるんでしょうかという、ご質問もありますので、今後是非その信頼関係を築いていっていただきたいと思います。それではありがとうございました。そろそろお時間ですので、お出かけ下さい。(拍手)

 

脳死後の血圧変動

 それでは、次の質問に移らせていただきます。神野先生にご質問なんですが、「柳田邦男さんの本で、脳死の息子さんの病室に入室した時に、血圧に変化があったと書かれていたが、これはどのように理解出来るんでしょうか」 これは先程の反射のお話と同じだと思うんですが、お答えいただけますでしょうか。

 

神野先生

 柳田先生とは学会でもお会いしまして、お話を伺いました。個人的な心情は十分理解致しますし、ご同情申し上げます。その御子息の症例そのものにつきましては、私は拝見しておりませんのでコメント出来ません。ただ、私の救急病院の脳死患者については、宣告した後、家族の方が入って来られて、感情で何かが動いたということは、私は1例も経験しておりません。それから、元来血圧というものは、脳死の状態になった後でどこかから出血したとかすれば、当然血圧が変動して良いわけでございます。それをまあいろんな感情的なものと結び付けたいという心情はよく理解致しますが、それは論理的な話ではないと思います。

 

脳死判定に関するパンフレットを作成してはどうか

若林

 ありがとうございます。続きまして、救急場面の問題なんですが、救急の現場で家族向けの脳死に関するパンフレット等が用意してあるのか、また今後用意するつもりがあるのかというご質問と、脳死判定に家族の立ち会いが行われる割合はどの位かというご質問がございますので、大塚先生、神野先生お答えいただけないでしょうか。

 

大塚先生

 まあ脳死の患者さんに対するパンフレットを配るかどうかということなんですが、皆さんに認識をしていただきたいことは、救急医療ということはドナーを作るための医療をやっているんじゃないんです。その辺はお間違いにならないでいただきたいと思います。本当につい何分前、あるいは何時間前までピンピンしておった患者さんを、我々は精力的に助けているわけです。しかも、「脳死にしないように」努力をしているわけです。その過程で、たまたま不幸にして脳死になってしまう症例があるということだけなんで、我々は臓器移植のために脳死を作り上げる医療をやっているわけではございません。従って、脳死の患者さんのパンフレットを作る意思は、今のところありません。

 それから、脳死判定に家族の立ち会いをさせるかどうかということですけれども、今までの医療は、先程も私が冒頭で申しましたように、家族の許可なくというか、承認なく脳死判定をやってきておりますから、家族の立ち会いは一切行なってはおりません。むしろ私の所の病室というのは、重症患者がたくさんおりますので、一日のうちのある時間だけ決めて、一時間だけ家族に面会をさせておりまして、それ以外はお亡くなりになるとか、ご臨終の時というのは別ですけれども、それ以外は病室の中に家族を立ち入らせておりません。

 

若林

 ありがとうございます。神野先生の方は如何でしょうか。

 

神野先生

 大塚先生のおっしゃった通りで、私も同じです。パンフレットは作る気はありません。それから、家族の方の強いご希望があれば、一緒に脳死判定を行うことを拒むものではございません。しかし、後は医者にお任せいただいても良いんじゃないかと思います。医療不信ですとか、世の中たくさんあると思いますが、やっぱり人間の生き死に、まあ言葉が悪いんですけども、人の死に際で働いている医者は、そんな間違ったことはしていませんよ。

若林

 あわせて今回の法案についてお伺いしたいのですが、今のお話にもありました通り、今回の法案ですと先に臓器提供の意思があるかどうかを聞かなければいけないわけですよね。脳死判定をするためには、あるいは臓器提供をしない場合の脳死判定をするためには、家族の意思を確認しなければいけないのかという問題が出てくるわけですが、この辺について、大塚先生、神野先生いかがでしょうか。

 

大塚先生

 それはですね、法律を読む限り、「臓器提供をしないケースの脳死は死ではない」と。従って、これについては我々は今まで通り脳死判定をやってまいります。(神野先生もうなずく)

 

脳低温療法について

若林

 それでは、続けて脳低温療法についてのお話をお伺いしたいと思うんですが、これについて、お二人の先生はいかがでしょうか。

 

大塚先生

 脳低温療法というのは、確かに最近脚光を浴びております。皆さんもご覧になったと思いますけれども、NHKでも取り上げておられますので、脳死になった方をあのような治療をすれば、脳死から脱却出来る。つまり元に戻るというふうにお考えになっていらっしゃる、あるいは認識されておられる方がいらっしゃるかもしれませんけれども、そういうことは全くありません。脳死というふうに正確に診断された以上は、今日現在はどのような治療を行なっても、元に戻ることはございません。脳低温療法というのは、脳死の治療ではございません。脳死になるのを防ぐための治療とお考えになっていただきたいと思います。

 

神野先生

 私も今72歳の方で軽度脳低温療法をやっておりますが、大塚先生が言われたように、全部脳死判定前の話でございます。よく誤解を招くのは、深昏睡だとか、無呼吸とか、脳死判定基準の項目にはいろいろありますが、「こういう状態が6時間以上続いた場合」というのが一番最後の項目にありますが、あそこで引っかかるんです。他のの基準をきちんと満たしていたとしても、それが例えば30分間だけであれば、脳低温した場合に戻ってくる可能性が時にはあると思います。しかしそれは脳死の判定基準の一番最後の項目を満たしてないんですね。その辺のところが一番たぶん誤解のポイントですが、6時間たった人で戻ってきたってことはあり得ないわけです。また、全体的に言われているほどそう成績は良くありません。僕は林先生とはお友達でよく存じ上げておりますし、脳死前の段階で脳低温療法が有効な症例はあり得ると思いますが、言われているほど良いお話ではありません。いずれにしましても、脳死や臓器移植との話とは全く無関係なことだと思います。ただ現場では、今申し上げましたように、脳死判定基準のうち一番最後の項目だけを除いた部分が、低体温療法をやるまでに何分間続いたから開始したのかということは、極めて慎重に記載させ、観察させております。ですから、脳死の判定も極めて慎重にやっております。

 

「二つの死」

若林

 それでは、今の問題に関連致しまして、今回の法案では、臓器提供する場合は死であったり、そうでない場合は生体であったり、二つの死という状態が生まれてしまうわけですが、これについて全員の先生方に、いろいろご意見をお伺いしたいと思うんですが、井形先生からお願いします。

 

井形先生

 この問題は脳死臨調でかなり時間をかけて議論しました。その時は、今言ったように死を二つ定義することは、法体系を根本から揺るがすものであるということで、それを認めないという結論を出しました。しかし、理由はとにかくとして国会で決まったことですから、それに柔軟に対応していくべき責務があろうかと思います。私は臓器移植という善意の医療が定着していくためには、例外的な最悪の条件ばかり挙げて、だからダメだ、パーフェクトにしないとダメだということでは前進が無いと思います。先程申し上げた通り、走りながら考えるということで、こういうことが万一起こったらすぐに軌道修正をすれば良いと思いますし、国会も対応していくだろうと思います。

 

矢崎先生

 井形先生と同様でありまして、死の定義とか、あるいは医療の方向性を法制的に決めていくっていうのはいかがなものかなという感はありますけれども、やはりまだ皆さんが考えが一つにまとまらずに、極めて多様な意見がある状況では、やはりある程度法律で方向性を定めるというのは、現時点では止むを得ないのではないかという認識でおります。

 

神野先生

 きちんと頭では理解致しますし、ある程度のベテランの医者は、現場でもこの混乱についてきちんと理解して使い分けているだろうと思います。しかし、現場には新人もいますし、ナースにも新人ナースもいますね。そういう人々が全部相俟って動いているのが現状でございますので、今言われたような混乱が全く無いかと言われますと、そうも言えないんじゃないでしょうか。多少はあると思います。ただ、そういうことをうまく軟着陸させる、そういう指導者というか、リーダーが、その集団にいるかいないかだろうと思います。でも、まあそういうある程度の施設ならば、きちんとおられますし、最終的には問題が無いんだろうとは思います。

 

匂坂先生

 私は脳死の現場はわかりませんので、適切な回答は出来ません。しかし、法律が出来れば、その現行法を守るというのが法医学者の基本的な姿勢です。関連して申し上げますと、衆議院で出てきました臓器移植法の対案というのがありましたね。あの対案では、脳死体は死体ではないが、臓器移植を前提とする場合は死体と同様に扱い、臓器摘出は可能。しかし、死体ではないので出来ない。そこで臓器を取り出してから検視をする。と報道されておりましたが、それでは私たちは困るなと考えていました。

 

大塚先生

 この問題は先程私がここでお話申し上げた通りでございます。私どもは医学的に脳死は人の死だというふうに考えております。

 従って、二つの死が出来るということに対しては、現場は少し混乱をするかもしれませんし、皆さんがおっしゃっているように、臓器移植の現状を見ますと、法律で決めるべきものではないとは思いますけれども、今の状況では仕方がないんではないかなということで、「消極的賛成」という話を申し上げたわけでございます。出来てしまったわけですから法律に従って、我々は行動を起こしていくしかないというふうに考えております。

 

小児(6歳未満)の脳死判定

若林

 先生方ありがとうございました。それでは、次の質問に移りたいと思います。6歳以下の脳死判定基準の今後についてお伺いしたいんですが、井形先生お願いします。

 

井形先生

 新しい状況が生まれておりますので、早急のテーマとして、作業を進めることになろうかと思います。

 

若林

 具体的にはスケジュールの見通しはつきますでしょうか。

 

井形先生

 そうですね。まあ法案を受けて、今ネットワークではかなり大車輪で準備作業をしていますが、その一環としてこれを取り上ければなりません。

 私がするというよりも、厚生省が責任をもってすることですので、私たちはそれをプッシュしていくべきでしょう。ただ、これは6歳以下の本人意思の確認と連動していますから、単にこれを決めればすぐに前進するというわけではありません。

 

矢崎先生

 心疾患の循環器の立場から見ますとですね。大人の方の拡張型心筋症と、お子さんとは進行速度が全然違うんですね。それで本当に小児の状況っていうことを考えますとですね、成人の場合は先程の飛行機に例えてお話ししましたけれども、お子さんの場合には、確実にこう段々と能力が落ちていきますので、私ども医療を見ている側からは、出来るだけ移植を小児に拡げていただきたいという希望を持っています。

 

報道のあり方

若林

 ありがとうございました。それでは次の質問なんですが、今度この日本で脳死移植が行われた場合に、ドナーやレシピエントの方がマスコミの取材攻勢を受けることになると思うんですが、この辺りについてどのように患者を守っていったら良いとお考えになっているか、皆さんお聞かせいただけますでしょうか。大塚先生からお願いします。

 

大塚先生

 これは「なかなかわからないように」というのが条件であると思うんですけれども、今日もそうですけれども、マスコミの方がたくさんいらっしゃっていますね。臓器を提供すれば確実にその病院に押しかけてくるわけで、取材攻勢を避けることは無理ではないかと思うんですね。そこをどう解決するかというのは、ちょっと私にもいい案というのはございません。

 

匂坂先生

 私が東北大学に参りましたのは昭和58年7月でした。当時岐阜と仙台を兼任しておりましたが、仙台に返りますと毎週のように医学部前に取材の大きな放送車が並んでおりました。何をやっているかといいますと、例の体外受精の特別報道なんですね。今そんなことをやっても全然マスコミは取り上げませんですね。マスコミの方が多数いるところで失礼かもしれませんが、法律が施行されて臓器移植が一般化しましてですね、特定の病院であればどこでもやれるという時代が来れば、マスコミの関心は自然に薄らぐだろうと私は思います。

 

神野先生

 総論的に言えば、提供者の方、救急医学会、移植学会、その他全てがそういうことを守るようにというアピールなり何なりするということが第一歩だと思います。それはたぶん100%効果的とは言えないでしょうが、やはりやるべきだと思いますね。あとマスコミの自粛を求めるということは当然制限として出すべきだと思います。それでも漏れるとは思いますが。

 各論的にはもう少し難しい問題がございます。それは、提供者側のご家族で、今までの心停止後の腎提供をされた方ですが、中には「うちの家内の腎臓は誰のところに行っているんだ」「その人を紹介してくれ」「電話番号を教えろ」とか「何故その人から感謝状1枚、手紙1本来ないんだ」とかいうことで、後で何回か救命救急センターの窓口に来られる方がおられます。一方では、うちに帰られてから奥さんが姑さんに、「うちの嫁は死んでから後もうちの息子にメスを入れさせた。何と冷たい嫁なんだろう」といっていじめ抜かれている方もおられます。

 このように提供者側にもいろいろおられるんですよね。そういう時にいろいろおられる人を一律の網でもって、それを全部ダメだっていうことは、元来この移植医療の基本精神と反すると思うんですね。要するに、「してもいい人だったらいいんじゃないの」という話はあると思うんですね。家族だって困らなければ、むしろ自分からしゃべりたい人がいるかもしれない。それを止める権利があるのか、あるいはそういうことをしなければいけないような医療行為なのか、何かこう全部軍隊式にワーッと網かけて「こっち向け」「あっち向け」とはやらないのが、この移植医療ではないかなと思うのですが、いかがでございましょう。

 

矢崎先生

 私は、私の教室で骨髄移植を今一生懸命やっていますが、非血縁者の場合には骨髄移植の場合は全くインフォメーションを与えない。違う施設で行うということが原則ですね。私も本来そうあるべきものだと思います。で、最初のうちはマスコミの方、関心があって、絶対明らかになると思いますが、その際にやはりプライバシーを保つために、例えば今誘拐事件の場合は事件が発生したけれども詳しい情報は自粛規制すると。何かそれに違反するマスコミがあったら、マスコミの中で罰則を決めるとかそういうことをしていただく。ある程度医療として定着すれば、大きな問題、今神野先生が言われたような問題も自ずから良識の範囲で行くと思いますが、最初のうちはやっぱりいろんな意味で混乱を呼ぶ可能性があるかなという感じです。

 

井形先生

 公正さを保障するために情報を公開することが、臓器移植が定着する重要な条件ですから、これをプライバシーを理由に秘密にするということはなかなか難しいと思いますね。ただ、輸血や献腎ではそういう話題はありませんし、原則としてはわからないことになっていますね。、調べれば調べられないことはないと思いますが。この問題は今日もいらっしゃるマスメディアのモラルの問題で、マスメディアの方々がそれをどう扱うかということにもよると思います。その意味で日本のマスメディアのあり方が問われていると思いますね。

 

レシピエントの立場から―実際に報道されて

野村祐之

 突然ですが、今の伺っていて私も一言だけ、お許しいただければ申し上げさせていただきたいのですが、今のは主にドナーの場合だと思いますが、全く同じことがレシピエント、患者の側にも言えまして、特にこれは表面的には成功すればおめでたい話ですので、患者の方としては、亡くなるはずの命が助かったんだから、それを隠す必要もないし文句を言う筋合いではないということで、全く同じことでプライバシーが侵害される。

 ところが実際に臓器移植を受けるということは、精神的にも肉体的にも経済的にも、本人・家族・親戚が大変な危機状況にさらされるわけで、その上さらに夜昼問わず衆人環視にさらされるということは大変なことだと思います。

 私の場合は、生きさせていただくチャンスをいただいたということもありまして、一部の方はご存知かと思いますが、NHKの方が取材をして下さるということについて、何の交換条件もなく全て信頼して、ある意味では大変信頼を裏切らない番組を作っていただいたと思うんですが、その後、有言無言の電話ですとか、脅しですとか、呪われてる、祟られてる、お前の何がどうのこうのということが2年程後を絶ちませんでした。

 それは私個人だけではなくて、もちろん家族や他の親戚にも及んでいまして、そのこと自身やむを得ないのかもしれませんが、やはりドナーの側と同じように、あるいはそれ以上に大変です。辛いことであって、残念ながらこの社会のおどろおどろしい本音の部分を見てしまったような気がするんですが、そういうことに対して社会が成熟して温かい配慮を持てるといいなと思います。

 

若林

 ありがとうございました。是非本日いらっしゃっているマスコミの方々、この問題について考えていただきたいと思います。

 

移植内科医

 ちょっと質問が前後しますが、ここにある提言と思われるんですが、矢崎先生、欧米では移植医の中には移植内科医というのもいるわけですが、日本で移植医というと移植外科医しか今いないように思われるんですが、これについて日本の内科の先生は移植内科医を目指す方はいらっしゃらないんでしょうか。

 

矢崎先生

 それは単に考え方の違いでありまして、例えば心臓移植の場合には、患者さんを移植にもっていく間に長い経過を見ている。それから移植をした後も内科医がずっとフォローアップするわけですね。ですから、移植医というのは本当にドラマに例えれば、一番のクライマックスはいつも後ろの方ですが、エピローグの直後ぐらいにクライマックスが来て移植医が活躍されて、残りの前と後は内科医がフォローするわけですね。

 ですからそういう意味で外科医というのは出番が決まっていまして、そういう移植医という定義できっちりくくられますが、内科医の場合には移植の患者さんをたくさん抱えている内科医の方が移植内科医というものをご自分で認識されているわけでありまして、まだ専門職としてそういうことはないと思います。ただ拒絶反応のコントロールとか、これは極めて高度の総合的な医療の知識が必要ですので、これはいわゆる循環器の専門医がみんなそれを出来るということではありませんので、そういう意味では移植内科医ということは当然今後は重要な意味をなしてくるのではないかというふうに思います。

 

若林

 すみませんが、田中先生も同じ質問をお伺いしてよろしいでしょうか。

 

田中先生

 移植内科医というか、肝臓の場合ですと術前も術後も参加するんですけど、必ず一緒に診ますから、それを移植内科医と言うか移植外科医と言うかは、捉え方の違いでしかありません。ただ、「育てる」ということは非常に重要です。日本で生体肝移植をずっと進めておりますが、内科の先生でも初めて肝臓移植を見たという人もいますし、移植の適用についても、今なら一旦移植後の患者を見た内科医は「これならもう少し早めに移植の適用に送ってもいいんではないか」という捉え方もありますので、だんだんそれは修練してくるんではないですかね。育ってくるというか。我々も育てることに精一杯ですし、育つことにも精一杯です。

 

野村

 ごめんなさい、もう一つ付け加えたくなっちゃったんですが、私が手術を受けましたアメリカのテキサス州ダラスにあるベイラー大学メディカルセンターでは内科医・外科医ではないんですが、そこの栄養士の人が移植後の患者の栄養管理ということでPh.D.、すなわち博士号を持っているわけですね。ですから私には見当はつきませんが、それ程それぞれ一つ一つ分野が移植ということで専門的な深みを持ったものの総合体であるんだなということだけは気が付きました。

 

若林

 今の矢崎先生と田中先生のお話をお伺いしていると、このようにして内科医と外科医の間に信頼関係が作られていくのだろうなという一端を伺うことが出来て安心しました。

 それでは、次にコーディネーターの問題についてお伺いしたいのですが、現在井形先生が臓器移植ネットワークの準備委員会の方で、コーディネーターに関するマニュアルをお作りになったりしていると思いますが、コーディネーターについて、これからどのようにあるべきか、先程の星下さんの話も踏まえてご発言いただけないでしょうか。

 

コーディネーターのあり方

井形先生

 ご承知のようにコーディネーターには、ドナーに接触する方、レシピエントのサポートに当たる方など、いろんなタイプのコーディネーターがあります。理想的な姿としては、移植コーディネーターは国家資格となり、社会的に認知された職業として定着していくことでしょう。

 しかし、まだそのような環境が整備されていません。臓器移植が本格的にスタートした場合、絶対数が不足しています。従って他の職種を持っている人でコーディネーターを希望される方に高い資質を持たせるような何らかの手段を検討中です。

 いずれにしても、今までのコーディネーターは対象が主として腎臓移植でしたが、今度からは心臓、肝臓移植にも対応出来るようにコーディネーターの資質が問われることになります。今は過渡期ですから、これから早急にこの制度が整備されることを期待しますし、努力したいと思います。

 

若林

 そろそろ神野先生がヨーロッパにお発ちになる時間となってきましたので、神野先生に最後のお話をお伺いしたいと思います。腎提供に立ち会われてきたお立場から、ドナーが喜んで臓器を提供出来るような、後々になっても後悔しないような、という点も含めましてお話いただければと思います。

 

神野先生

コーディネーターに求められる資質

 コーディネーターの話ですが、コーディネーターは他の施設でも何人か存じ上げていますが、日本のコーディネーターはだいたいがまだお若いんですよね。日本はアメリカのように若くても能力があったら皆が認めるという社会じゃありませんね。私、現場で見てますと、例えば比叡山の偉いお坊さんがコーディネーターとして来ていただいて話していただくと、たぶんもっと腎の臓器移植提供が増えると思うんですね。

 日本はそういうところなんじゃないですかね。ということは、裏を返して言うと、日本のコーディネーターは単に事務的な能力をどんどん上げてゆくというだけではおそらく通用しない社会なんでしょうから、かなり心して自分自身のブラッシュアップをされないと、かなりのキーパーソンになることは間違いないですから、そっちの修行というか修養というかが必要だと思いますね。難しいこともありますよ。例えば、これは本当なら若い人じゃなくて、何かおじいちゃんとかおばあちゃんで髭や白髪が生えた偉いお坊さんみたいな方が来て話してくれたら、このご家族はOKって言ってくれるんじゃないかということが何度もありますから、このようなことも心した方がいいと思いますね。

 

脳外科医の立場から

 それから最後に、皆さん方は耳が痛いかもしれませんけど、特に脳外科医としては、大塚先生が言われたように救命が本業ですね。脳外科では死と闘っている方がもっとたくさんいる。移植ではなくてもっと他にたくさんおられるわけですよ。我々そっちが本業で、そっちで精一杯ですね。そういう感情が脳外科医にベースにあるんだと。例えばこういう仕事をしても、学会発表出来るわけじゃない。せいぜい今日来てテレビに2、3カット入れていただくぐらいしかなくて、論文書けるわけでございません。かといって軽視しているわけではございませんが、現場の雰囲気はそういうもんだということが一つと、もう一つ、二番目は過去6ヶ月間、若い看護婦さんや臨床工学技師の人達と法律が出来て、実際のそういう時にどうするかという勉強会をしてきたんですが、その時ある若い看護婦さんから、「今度、救命センターで脳死になって手術室に運ぶ時、廊下を通っていく時にはこの白い布は首まで掛けるんでしょうか、頭の上まで掛けるんでしょうか」という質問が来るんですね。今病院で患者さんが亡くなって霊安室へ運ぶ時は、ストレッチャーに乗せて白い布を全部被せるわけですが、要するに生きてるのか死んでるのかと問いたいんだと思うんです。また、手術室の若い看護婦さんから、「心臓の胸開けてバシバシバシッと切って、サッと、そういう機械出し、道具出しですが、そういうことに私大丈夫でしょうか」という、手術室の看護婦さんからの質問があるわけですよ。ですから、現場も「そんなこと思わないでちゃんとやれ」と言われるかもしれませんが、やっぱりそれなりの葛藤と混乱はあるんですね。

 今田舎にいるから余計思うのかもしれませんが、そういうことも含めまして、移植医療というのは、何か国民の成熟度を試されているようなところがあって、それから医療施設の成熟度や磁場のアップ、医者も看護婦も検査技師も磁場(潜在力)のアップが求められているような気がするんですね。そう思いますとね、何となく自信が無くなってきますね。お役に立てるかどうか自信がぐらついているのが本当のところなんですよ。出来るだけのところはご協力させていただきます。今日はありがとうございました。(拍手でお見送り)

 

若林

 どうもありがとうございました。

 続きましてコーディネーターの問題について、救急の立場から大塚先生、コーディネーターにどのようなことを期待していらっしゃるでしょうか。

 

院内コーディネーターを

大塚先生

 コーディネーターというのは、ドナー側のコーディネーターなのか、レシピエント側のコーディネーターなのかによっては大分違うと思うんですね。私の立場から言いますとドナー側のコーディネーターということになるんですけども、これはなかなか立場が難しいと私は思っているんですね。脳死の患者さんが出て臓器提供をお願いする。先程も申しましたように、いつ、誰が、どなたに言うのかという中で、「誰が」というのはやっぱり主治医を欠くことは出来ないと私は思っています。

 とにかく日夜努力をして治療に当たってきたドクターが、実は一番提供を言いだしやすいのではないか。というのは、家族との信頼性があるわけですよ。ですから一番やりやすいのですが、現実には脳死にさせまいさせまいと努力をしてきた、ところが残念なことに脳死になってしまった。その途端に手の平を返したように「臓器いただけないか」ということは、言いにくいですね。

 ところが、実際腎臓なんかも提供してまいりましたが、やってみますと「先生から言われるから提供しましょう。これは先生へのお礼のつもりですよ」 と言われる方が結構いらっしゃるんですね。そうなってまいりますと、毎日毎日コーディネーターの方が、私どもの救命救急センターの中で仕事をされているんならいいんですけども、脳死の患者さんが出て、臓器を提供してもらえそうだという情報だけを得て、駆けつけてきてそのコーディネーターの方がご家族の方にお願いしても、ご家族の方はおそらく「ノー」だろうと思うんですね。その辺はちょっと難しいんです。

 ですから私はもしコーディネーターをお作りになられるんだったら、救命センターの中に常駐するコーディネーターをお作りになって、その主治医と一緒に日夜、夕方から帰ってしまうというのではなくて、主治医も夜を徹して治療しているわけですから、その主治医とくっついて、ベッドサイドに行ってその患者さんのケアをやっておれば、そのコーディネーターの方の働きというのはすごく強く出てくるのではないかと思います。

 

アメリカのリクワイアード・リクエスト

若林

 その点で言いますと、アメリカなどではリクワイアード・リクエストということで、その主治医が亡くなった場合に臓器提供をするかどうかを確認しなければいけないわけですよね。それまで一生懸命に救急医の先生が努力されているわけですから、確かに抵抗はあると思うんですが、その点ではアメリカなどと比較していかかがでしょうか。やはり日本では難しいでしょうか。

 

大塚先生

 アメリカは、このことはいいのかどうかわかりませんが、かなりドライですよね。日本の場合は先程神野先生も講演の中でおっしゃっておられましたように、やはり宗教観や国民性というのを欠くことは出来ないんじゃないかと思うんです。「いや、そんなことはないよ」と、「どこでも関係ないんだ」と、宗教とか国民性とか一切関係ないとおっしゃる方がたくさんいらっしゃいますが、私は実際に患者さんを前に治療をしておりまして、やはり避けては通れない問題だなと実感しています。特に何と言いましょうかね、魂という問題を大変尊重しています、日本人は。お盆の時に迎え火を焚くと魂が帰ってくるということを信じて疑わない国民ですから。そういう国民に、脳死ですよ、まだ心臓が動いているうちに、まだ体が温かいうちに、臓器を提供して下さいというふうに申し上げてもですね、なかなかご理解がいただけないというのが現実だと私は思うんですね。その辺をどのようにしてうまくやっていくかということが、これは一にかかってコーディネーターの力によるのかもしれませんけども、僕らもそういう点では考え直さないとならないなと思っております。

 

「死が早められる」懸念

若林

 もう一つお伺いしたいんですが、救急医の先生の中にもそういうことをおっしゃる方がいるんですが、「脳死を法律で認めると救急現場で臓器提供をしようとする人に対しての治療が弱くなる」とか、「死が早められる」とか、そういうことを言う人がいるんですが、それについて大塚先生どうでしょうか。

 

大塚先生

 それは全くないと思います。と申しますのは、私ども先程から何べんも申してます通り、臓器提供をするための脳死患者を作っているわけではないんです。本当に重症患者を死の淵から生に引き戻そうとして努力しているわけですから、それはあなたが疑われるようなことは全くないと断言出来ます。

 ただ、私はどちらかと言いますと脳死論者の一人でございますし、臓器移植の推進論者の一人と私は思っておりますけれども、私のような主義・主張を持っている日本救急医学会のメンバーは少数派でございます。ほとんどの救急医というのは今日現在臓器移植法案が通って、「臓器移植が行われるよ」と言うと「それはいいことですね。だけど我々をその場に引きずり込まないで下さいね」というのが本音だと思うんですね。

 ですから、日本救急医学会の理事会見解をお読みになればおわかりになると思うのですが、前向きの姿勢を持っておりますけれど、これとて学会が拘束力を持っているわけではございません。

 最終的にはやはりそれぞれの施設、それぞれの主治医の判断によって行われることでございますので、これから先実際にどのように行われるのかということに対しては、いささか私は懸念を持っております。

 

若林

 ありがとうございました。今のは私の意見ではなくて、反対派の方がよく用いる論旨でございますので、ご了解下さい。

 それでは、今のコーディネーターの話に続く質問がありますので、井形先生にお伺いしたいのですが、まず「ドナーになりたいけれども、誰に面倒を見ていただいたらいいのかわかりません」 つまりこれはどこで登録をしたらいいのかという話だと思います。それから、移植コーディネーターが今何人ぐらいいるのか、また、どうしたらコーディネーターになれるのかということについてお話しいただけないでしょうか。

 

井形先生

 今大塚先生が言われたように、原則として臓器提供の話は、コーディネーターがすべきであるということになっています。ですから、さしあたり移植を前提において、ドナーにまずコーディネーターが接触するということになります。それにはドナーカードを持っていることを明らかにしていただくことが前提です。ちょっと質問の意味がわかりませんが、元気な人が「私はドナーになりたい」と言って、コーディネーターに接触することはないと思いますが。

 

若林

 たぶんこの質問は、現時点でドナーカードを持ちたい場合、どこへ連絡すればいいのかという主旨だと思いますが。

 

井形先生

 今の腎臓を中心にしたネットワークが、あと3か月経ちますと、臓器移植ネットワークになります。各府県のセンターや行政など、どこへでも連絡していただければ十分対応出来ます。

 コーディネーターの数については、絶対数が不足していることは、先程も言われた通りですから、これからコーディネーターとしての資質を高めるための努力を具体化していく必要があります。どういう試験を受けるようになるか、あるいはどのようなカリキュラムを経た人がなるようになるのか、国家資格ということでこれから議論されていって、早急に結論が出ると思います。

 

若林

 現在議論中であって、今すぐコーディネーターになる手段はない、はっきりしていない、ということですね。

 

井形先生

 今コーディネーターと言っても、医師でコーディネーターの役割をしている人もいますし、看護婦さんでコーディネーターをやっている人もいます。医師や看護婦の資格がなくてもコーディネーターをやっている人もいますし、いろんなタイプの人がいます。それを一定以上にレベルアップする具体的な対策を協議しているところです。

 

コーディネーターの役割分担

若林

 もう一つ、今ドナーコーディネーター、つまり臓器を下さいとお願いにいったり、臓器を運んだりするコーディネーターと、レシピエントコーディネーター、移植後の面倒を見たりするコーディネーターと、コーディネーターにもいろんな職種があるわけですが、今のところ日本ではドナーコーディネーターがコーディネーターの大半を占めていると思うのですが、こういった様々な職種を養成していくために移植ネットワークの準備委員会では何か考えていらっしゃるんでしょうか。

 

井形先生

 まだ具体案は出ておりませんけども、一つの役割しか果たせないコーディネーターは出来ないと思いますね。

 どちらにも対応出来る能力を持ったコーディネーターが要求されます。全く移植がないのにコーディネーターだけがたくさんいるということも難しいことですね。既成事実に応じて、だんだん実態が出来上がって来るだろうと思いますね。

 

移植医療を見つめる―監視のあり方

若林

 ありがとうございました。それでは次の質問に移ります。移植医療が国民に信頼されるために第三者の審査・監視機関を作るべきではないか。脳死臨調の答申にあるように作るべきではないかという意見があるんですが、これについて井形先生どう思われますか。

 

井形先生

 もちろんネットワークの中に第三者を入れた評価委員会があって、全ての情報はそこでチェックして、事前も事後もチェックする仕組みになっています。信頼を得る努力は充分なされていると思います。

 

若林

 それでは匂坂先生、先程の話の中にもありましたが、この監視・審査システムについて何かご意見がございますでしょうか。

 

匂坂先生

 私が関与するところは、ドナーがちゃんと脳死の診断を受けているかどうか、これは臨床の問題ですね。それからもう一つは、レシピエントが適応かどうか、これも臨床の問題ですね。いずれも法医学者が関与することはないと思います。

 私たちがもし関与するとすれば、そのドナーの原死因が疾病以外かどうかということですね。そこをきちんと私たちはチェックしたいと思います。

 救急車で運ばれてきた救急患者が道路上で発見されたものであれば、原死因は疾病ではなく外因ですね。この場合の処理は警察の交通部で行います。交通部での検視とは言わず、死体検分というのですが、これは刑事部の検視に相当します。ですから、もし二輪車の転倒などで入院して脳死になった場合には、刑事部の検視ではなく、交通部の検分になると思います。いずれにせよ、警察の検視・検分が必要です。それならば、原死因が不明で、異状か異状でないかの判断が出来ない場合にどうするかですが、異状ではないと確信できる場合を除いて、警察に届け出て検視・検分を受けるべきだと思います。

 10月半ばから法律が施行された場合に、初めの1年間ぐらいは混乱が起こるかもしれません。起こらなければ一番いいんですが、そのために私たち、法医学者が検視に立ち会いましょう。あるいは検分に立ち合いましょうとなっております。

 もう一つ、ある患者さんがある病院にかつぎ込まれて、そしてまた別の病院にかつぎ込まれたとします。すると最終的に脳死と診断された病院では元々の原因がわからない場合があります。救急医療では患者の救命が第一義ですから、元々の原因まで配慮が及ばないんですね。脳死が病気で起こったことなのか、それとも病気以外の外因で始まったこのか、それが忘れられてしまいす。それを私たちは恐れています。大学病院のドクターが最も関心が薄いですね。これまでも、患者が亡くなりますと、病理解剖へサッと回して、トラブルになることが少なくないのです。

 

心臓移植の必要性の告知

若林

 ありがとうございました。次の質問に参ります。移植しかない場合、心臓について、告知して下さる病院はどれくらいあるんですか。またその病院の名前を知りたいです。言いにくいとは思いますが、矢崎先生、今どのぐらいの病院でちゃんと告知しているんでしょうか。わかりますでしょうか。

矢崎先生

 先程申し上げましたように、5年間で70例の申請しかないということは多くはありませんので、限られた病院だけですね。それは海外渡航の移植を念頭において、医療の選択肢に含めているところだと思います。そういうところはおそらく全国でも十指に満たないかと思います。でも、今回は法案が出来て、実際に我が国で移植が行われるという状況ですので、今循環器学会の方で先生方にキャンペーンをして理解をいただいているということでありますので、今後は循環器の専門医がいるところでは充分対応出来るように体制を整えていきたいと思います。


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