トリオ・ジャパン・セミナー第5回(1)

渡辺直道(総合司会)

 皆さんこんにちは。本日はお忙しい中、また台風が接近している最中に、多数お運びいただきましてどうもありがとうございます。ただいまから第5回トリオ・ジャパン・セミナーを開始致します。

 私は本日、総合司会を担当させていただきます渡辺直道と申します。後ほど皆様に御挨拶させていただく私の家内が、1995年8月、ドイツのベルリンで肝臓移植手術を受けた時に、トリオ・ジャパンに大変お世話になりました。その御縁でトリオ・ジャパンの運営委員としてお手伝いさせていただいているものであります。

 さて、既に皆さん御案内の通り、去る6月17日に臓器移植法が成立致しました。今まで法律がなくて、脳死体からの移植医療が出来なかったということから考えますと、一歩前進と評価すべきであろうとは思いますけれども、御存知のように妥協に妥協を重ねた法律ということであるということも事実だろうと思います。

 何はともあれ、法律が出来まして、我が国の移植医療はやっとスタートラインに立ったのだと思います。今までの国会審議やマスコミ等の報道でわかります通り、社会の移植医療を見る目には大変根強い不信感があるように思われます。このような不信感を払拭し、国民の支持を得られるような移植医療を構築していくということが今後の課題だろうかと思います。

 本日はこの様な観点から、このセミナーが前向きで建設的な内容となりますよう期待しております。本日のプログラムでございますが、第一部は、開会の辞及び会長挨拶に続きまして、患者及び家族からの発言、続きまして移植医からの発言、そして第二部は移植医以外の各医学会の先生方によるパネルディスカッションという形で進めていきたいと思います。よろしくお願い致します。

 それではまずトリオ・ジャパンの副会長であります、安田義守より開会の辞を申し述べさせていただきます。安田さんは1993年3月、特発性拡張型心筋症のためアメリカのUCLAで心臓移植を受けられました。現在板金業を営んでおられまして、トリオ・ジャパンの副会長として御活躍されています。それでは安田さんお願いします。

 

開会の辞

安田義守副会長

 皆さん、こんにちは。安田でございます。今司会者からご紹介いただきました通り、特発性拡張型心筋症のために、1993年3月にアメリカのUCLA(カルフォルニア大学ロサンゼルス校)で移植をして、現在4年と3ヶ月に至っております。移植後だいたい5年経てば安定期に入ると言われていたので、先生も私も安心していたのですが、4月に受けた毎年一度の検査で拒絶反応が見つかりまして、先生も私もちょっと驚きました。今まで普通の時はステロイドを1日6mgで良かったんですが、拒絶が出ましてしばらくの間は100mgという大量のステロイドが必要になりました。今はだいぶ減ったのですが、まだちよっとほっぺたが膨らんでムーンフェィスになっておりますが、よろしくお願い致します。

 第5回トリオ・ジャパン・セミナーに御出席いただきまして本当にありがとうございます。開会に当たりまして、まず御礼を申し上げさせていただきます。先程司会者からもありましたように、移植法も衆参両院で通過致しました。我々にとって不満の残る結果なんですが、日本での臓器移植医療が一歩実現へと前進したことは心から喜んでよろしいんじゃないかと思っております。

「やさしさの医療」とは―あるエピソード

 今回のセミナーのテーマは、ここに書いてありますように、「やさしさの医療」です。このテーマを皆さんはどのように捉えましたでしょうか。折しも私の知人の体験が、今回のテーマについて考える上で、役に立つのではないかと思いますので、彼らの体験について少しお話しします。

 彼の娘さんは移植でしか治らない拡張型心筋症でした。善意のプレゼントを受けることでしか、彼の娘は元気になることが出来ません。すがるような思いで渡米したそうです。しかし、彼女を見守る人達の祈りも空しく、娘さんは脳死状態になってしまいました。

 彼の家族は、脳死になってしまった娘さんが、今何を希望するのだろうかと考えたそうです。答えは明確であったはずですが、家族はそれを簡単に受け入れることは出来なかったそうです。悩んだ末に出た答えは、「娘をアメリカで生かしてあげたい、アメリカの地で生かしてあげたい」ということでした。病気に蝕まれた身体から提供出来た臓器は角膜だけだったそうです。Aさんはこう手紙に書いてきました。「どの部分でも良いから娘には生きていて欲しかった。娘の角膜を通して誰かが幸せになれる」この、「娘に生きていて欲しかった」ということは本当に真の親心だと思います。そして、「娘さんの角膜を通して誰かが幸せになれるこということは、何て素晴らしいことだろう」と綴られていました。

 本日は「やさしさの医療」について、皆さんと共にじっくり考えていきたいと思います。本日の会にお力添えをいただきました、全国腎臓病協議会、日本肝臓病患者団体協議会、全国心臓病の子供を守る会、胆道閉鎖症の子供を守る会、日本移植者協議会、心移植サポート、ニューハートクラブ、また早朝よりお手伝いいただいているボランティアの皆様、そして本日パネラーとして御出席をいただいております先生方、心から御礼を申し上げます。本日はよろしくお願い致します。

 

総合司会

 安田さんありがとうございました。次に、トリオ・ジャパン会長青木慎治より御挨拶申し上げます。青木さんは1989年3月、C型肝炎による肝硬変のため、アメリカのUCSF、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で肝移植を受けられました。現在、文筆活動で御活躍中です。著書には移植を受けられた時の体験を記された「肝移植 私は生きている」(新潮社)と、エンターテイメント小説「迷走航路」(新潮社)がございます。今年3月出版されました「迷走航路」は、私も読みましたが、読み始めると終わりまで止められない大変面白い小説で、近々続編が出るようでございます。既に迷走航路を読まれた方は、続編を乞うご期待ということで、まだ読まれていない方は本日のセミナーの帰りに書店に寄ってお買い求めいただいて、続編に備えていただきたいと思っております。

 それでは青木さん、よろしくお願い致します。

会長挨拶

青木慎治会長

 私、ご紹介いただきました青木でございます。PRまでしていただきましてありがとうございました。ある新聞が「移植の異色作家」なんていう名前を付けてくれまして、私66歳なんですが、何かを思い立って何かを実現する、そして実行するのには、歳にこだわる必要などありません。死がやって来るまで、やりたいと念ずることをやり続けるべきだと思っております。

 御挨拶よりも余談が先になってしまいましたが、今日は私がこの会を始めてもう5年経ったんだなと、「第5回」という数字を見まして、ある種の感慨を覚えております。移植法についても、曲がりなりにも一歩前進、もしくは半歩前進したと受け取らせていただいております。私たちも含めてこれに関わってきた方々、それに国会議員の先生方の御尽力に厚く御礼申し上げたいと思います。

 それから先程司会者からも申し上げましたが、ボランティアの皆様、それからこの会のためにわざわざ遠方から御出席いただいた諸先生方に厚く御礼申し上げます。

トリオ・ジャパンの1997年度活動方針

 私は毎年このセミナーの際に、その年度のトリオ・ジャパンの活動指針を申し上げて御挨拶に代えさせていただいておりますので、今年もそれに倣って申し上げさせていただきたいと思います。

 それには三つあります。まず、トリオ・ジャパンは今日の命を守ります。このスローガンはこの会を発足させて以来のものですが、今年も同じように守っていきたいと思います。つまり、海外へも、国内でも、移植医療の実施のために、我々は日々怠りなく活動を続けます。まあ国際的にドナーの不足ということは止むを得ないことでございますので、針の穴ほどの穴でも、一人の患者さんの命を救うためであれば、私共は東西南北どのお国であっても、潜り込んでいって橋渡しをして行きたいと、このように念じております。

 二つめは、若い方に対する啓蒙啓発、別に若くなくても結構なんですが、どうも市民レベルでの御認識がいささか欠けているように思います。反対意見は結構なんですが、我々が進んでいこうという道に立ちふさがっていただいては困りますんで、反対はどうぞ反対として御述べいただいて結構なんですが、進む道を閉ざしていただきたくない。そのためには若い学生さんへの啓蒙運動が必要だと考えておりまして、私自身も秋田大学と徳島大学の医学部に、まあ教えるといったらおこがましいんですが、実体験等を述べさせていただいて、医学生の諸君にいささかでも理解を深めていただくために講義に行っております。

 それから第三に、一般の方々が臓器提供の意思表示をされる方法を国家機関と共に確立することだと思っております。具体的に言いますと、例えば健康保険証、運転免許証、それから海外へ出向く際のパスポート等に、移植医療に対する賛否を記入する項目を作っていただいて、イエスかノーかと、それを見ればその方のご意思がはっきりわかるようなシステムの実現に向けて、私どもの運動が展開されて行かなければならないと思っております。特に、パスポートにドナーとなることに同意するというような項目を加えることは重要です。これまで、外国の方とご一緒すると、たびたび「日本人は海外へやって来て、臓器が欲しいと言って移植を受けて帰るけれども、自分たちの提供はどうなっているんだ」というご質問を受けました。そういう意味でも、海外へ出向く際にパスポートによって臓器提供の意思表示をしていただければ、不幸にして海外で何かアクシデントがあって何かあった場合も、例えばアメリカならアメリカで、ご恩返しに愛のプレゼントをして来るということも、大変意義深い、大事なことではないかと思っております。

 その三本柱を今もう一度確認しあって、トリオ・ジャパンは闘う集団として結束して、より一層の移植医療の定着、それから国民の認識理解ということに邁進して行きたいと思っております。何か大会宣言みたいになってしまいましたが、そういうことを皆さんにご披露させていただいて、私の挨拶に代えさせていただきます。今日は本当にありがとうございました。


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