トリオ・ジャパン・セミナー第5回(6)

若林

 ありがとうございました。それでは今後のこの移植医療が発展していくためにはドナーも喜んで臓器を提供し、その後後悔がない。そしてレシピエントも喜んで臓器をもらえるような環境が必要だと思うのですが、そのためには医療が変わっていくことが必要だと思います。その点に関して野村さんが詳しく説明して下さると思うのですが、野村さん、ちょっとお話しいただけますでしょうか。

 

「やさしさの医療」

野村

 今日は先生方、お忙しい中を本当にありがとうございました。これは全く偶然ですが、突然移植法案がああいう形で、この会を目前にして通った。その内容を見た時は率直に言って大変がっかり致しました。にも関わらず、今日の題名は既に決まっていて、「やさしさの医療」 はっきり申し上げますと、何とも脳天気で甘っちょろいというか、理想はそうなんだけど現実ととても距離があるなと。

 そういうわけで今日もここに参るのは気が重かったんです。ところが今日一番感動しましたのは、多くの先生方がそれぞれのご専門の中で、ご意見やお立場はそれぞれ違っておられると思うんですが、明らかにそれぞれの先生方が患者さんの立場に本当に密着してというか、肉薄して、それぞれのお仕事をなさっていく、その現場からの生々しい、あるいは心の奥深くから響くお声を伺えたということで、明日からすぐサッと移植医療が始まるという体制では現実にはないけれども、本当に勇気を持たされました。

 その「やさしさ」というのは、今日はひらがなで書いてあるんですが、漢字ですと「優」という字ですね。人べんに憂。「憂い」のところにぴったりと「人」が寄り添っている。それが「優しさ」であるとすれば、本当にその「憂う」患者に先生方がピッタリと寄り添っていて下さっている。そして、プロとして最上のサービスをしていって下さる。そのこと自体が「優しさ」なんだなと改めて思いました。

 その優しさというのは、あれやこれや引っ張りまわすようですが、英語ではコンパッションcompassion という言葉。なかなか日本語に訳しにくいこともあるんですが、よく見てみますと、コン com- 、これは「共に」という意味ですよね。パッション passion というのは痛み・苦しみ pathos ということですね。すると、コンパッション compassion とは、「痛む者・苦しむ者と共にある」ということですから、まさに漢字の「優しさ」というのと同じ形だなと。パッション passion から、もちろんペイシェント patient という、苦しむ者・痛む者としての「患者」という言葉も出てくるわけですが、本当に患者の立場に立って、共にいて下さって、その立場から真摯な発言をいただいたということ。それこそがコンパッション compassion =やさしさの医療であって、それが臓器移植の本質なんだということを再確認させていただきました。

 それと同時に、現実にはいろいろ難しい問題があって、例えばインフォームドコンセントのこともあるかもしれない、それからドナーをしっかり守ることもある。あるいは患者さんと家族とお医者さんとの関係もある。あるいは、もしかすると、お医者さんと看護婦さんたちのチームワークの問題もあるかもしれない。

 それから患者の方の主体性、しっかり自分の運命を自分で担っていくという訓練もまだ足りないのかもしれない。日本特有なところもあるかもしれませんが、まだまだ日本の社会に足りなかったところ、実はやっていなかった宿題がここでもろに出てきちゃった。あるいは何となく隠していたボロが表に出てきてしまった。それもこれも全部が、今移植の問題に上積みされちゃっているような面があると思うんです。移植医療というのは、単にあれこれある医療のはじっこの方の一つではなくて、そういった全てが集大成されてこないと本当に理想的な形にならない医療だということを改めて思わされました。

 そういう意味で言うと、流行言葉になってしまいますが、今日の感想は本当に理想的な移植が行われるためには、医療の世界でのビッグバンが起こらなければいけない、つまり今までの体制をちょっと手直しして積み上げただけでは無理なんで、本質的なところからのビッグバンが必要なのかなと思いました。そしてそれはどっちへのビッグバンかというと、本当に「やさしさの医療」が現実のものとなるかどうかということ。そしてそれを可能にするのは、お医者さんたちでも患者・家族だけでもなくて、この社会だと思います。この社会が本当にやさしさに根ざした社会として、そのやさしさを個人の善意ですとか、あるお医者さんの夜を徹しての努力に終わらせないで、ちゃんといい意味でシステム化して、公平に誰にも手が届く形でシステムとして組んでいけるかどうか。そういう意味で、これは今の日本の社会が21世紀に向けて大きく試されているんだなと。それだけに、我々が移植に関わって一生懸命やっていくことにやりがいがあるなという気が致しました。

 というわけで、がっかりして参った会場だったんですが、先生方の本当に真摯なご意見、それから患者家族の方、それから患者さんご自身からのご発言を伺って勇気を得て、本当に今日から胸張って希望を持って、いい意味での「やさしさのビッグバン」に向けて改めて歩み出していこうと思います。今日は本当に多くの方から勇気を与えていただきまして、ありがとうございました。

 それからちょっと仲間内みたいになってしまいますが、全然そういうつもりはないんですが、肝臓を悪くして肝性脳症でさんざん倒れても、それはある意味で脳に毒がまわってしまうことですけれど、東大の大学院程度ならば立派に行くことが出来て、今日またこんなに若いのに見事に司会をこなして、これもまた移植医療あっての今日の若林君だと思うので、隣でちょっぴりだけお手伝いをしながら大変誇りに思っていました。仲間内ということではなくて、本当にある意味で移植医療の勝利、命、やさしさ、人々が共に力を合わせることで、命に感謝し輝かせていくことの勝利として、今日の若林君の大仕事にも感謝とお礼を申し上げたいと思います。どうもありがとうございます。

 

移植医療の現場で求められるもの

若林

 どうも拙い司会を誉めていただきましてありがとうございました。移植医療、今は移植が出来るか出来ないか、ドナーが出るか出ないか、という話ばかりが話題になっているわけですが、それだけではなくて、移植後の管理についても、長い目で見ますと拒絶反応が起きたり、感染症が起きたりします。移植をした後も、コーディネーターが精神的なサポートをするということも必要です。また、逆に移植の最初の時点、例えば脳死の現場でも、グリーフワークと最近言われていますが、家族にとっても看取りの時間をとって家族が納得出来るように、また移植を待っているキャンディデートの方にしても、移植が出来なくて本当に落ち込んでしまうというようなこともあるわけですから、こういった人を慰めるようなことも出来るような医療システムになっていかなければいけないと思うんですね。外国などですと、カウンセラーとか精神科医ですとか、あるいは神父さんとかチャプレン(教誨師)という方がいて、そういう仕事をしている人がいるのですが、日本の病院にもこういう方が入っていけるような、そういう時代になってこそ、移植医療がうまくいって、結果としてドナーの方も出てくるし、移植を安心して受けることが出来る世の中になっていくと思います。

 このような中で、先生方、21世紀の医療に向けてどのように医療を変えていったらいいのか、また移植医療はどうあるべきか、最後に一言ずつお話しいただけないでしょうか。それでは大塚先生からお願いします。

 

ナショナルセンターで移植を

大塚先生

 いみじくも今、若林君がお話になられた通りでございまして、臓器移植というのは手術的にテクニックを持った外科の先生がいればいいというものではないんですね。これはやはり免疫の専門家ですとか、感染症の専門家ですとか、全身管理の専門家、あるいは精神状態の専門家、それからコーディネーターとかリハビリの専門家とか、いろんな方々のチーム医療であると私は思っています。

 そういう意味では、なるべく早くそういった施設を構築するということがまず第一のことではないかなと私は思っております。そういう意味ではいろんな所で臓器移植をやろうというふうに手を挙げておられますけれども、出来るならば国立移植センターみたいなものをお作りになって、そういった方々をお集めになって、国の2か所か3か所ぐらいで臓器移植を一手にやるというのが一番いいのではないかというふうに私は考えております。80の医科大学がございますけれども、80の医科大学の中でそれぞれ第一外科、第二外科、第三外科なんていうところで、それぞれ準備をするということはいかにも医療資源の無駄遣いというものでございましてですね、やはり臓器移植専門病院をまず構築して、チーム作りをするということが一番いいんではないかと思っています。

 

検視により透明性が確保される

匂坂先生

 今日このシンポジウムに参加しまして、これまで法医学者は脳死の一面しか見てこなかったと感じました。臓器移植を受けた方、また受けなければ生存できない方、それに救急医療の第一線で活躍する方々の話を伺い、大変勉強になりありがたく思っています。先程私は検視を手抜きしては困ると言いましたが、検視の手続きは臓器移植を阻止するものでは全くありません。むしろクリアランス(透明性)を確保して臓器移植を速やかに進行させるための手続きと考えていただきたいと思います。

 

新しい医療のテストケースとして

矢崎先生

 最初にお話ししましたように、移植はコーディネーターの方を含めた総合的な医療です。従来の医療ですとだいたい主治医が頑張って治療を進めてきましたけれども、先程野村さんがおっしゃったように、新しい医療の出発点に立って、高齢・少子化社会を我が国は迎えていますので、医療がいかに効率的にニーズに応えていくかということは、我が国に課せられた非常に大きな課題です。そういう意味で大きな転換期を迎える医療にとって、移植医療が定着するということが一つのテストケースになる貴重な機会ではないかと思います。

 もう一つは大塚先生がおっしゃられたように、これは移植医療は大変お金のかかるものでありますし、しかも生体肝移植と違いまして救急手術ですね。いつ何時どういうふうになるかわからない。そうするとベストのコンディションでチームを揃えていくためには大変な努力が要ります。それからベッドも充分確保していないといけないということでありますので、順番を決めて手術を待っているというわけにはいかないということで、これは相当大規模なサポーティングシステムを考えないといけないのではないかと思います。

 私としては大塚先生がおっしゃられたように、国のレベルでも結構ですが、そういうもので、あるいは国民からの浄財でもいいですけれども何かファウンデーション(財団)を作って、そこに全国的に持っていくと。ナショナルセンターというのは大変素晴らしいアイデアだと思います。そうしないと大学病院などでは先程お話がございましたように、日常の、毎日こなさなければならない患者さんのこともあって、そういうところに緊急の大変重要な課題が加わるということになると、現場になかなか無理がいってしまうんで、最初のうちは張り切ってどこも手術しますけども、通常の手術ということになると何かまた欠陥が出てくることもありますので、我が国として末永く定着するためには、大きなサポートの仕組みを是非作っていただきたいというのが私どもの切なる願いです。

 

臓器移植の明るい未来

井形先生

 今日はいろいろ勉強になりましたし、臓器移植への熱気を感じました。私は比較的楽観的といいますか、あと10年先20年先どうなっているかというのは、運命論的に言えば決まっているわけで、我々がどのように努力するか運命の神が見ていると思えば、ファイトが湧くはずだと思っています。

 

科学技術庁が5年に1度、将来予測調査というのをやっていますが、今から4年前の調査で我が国の臓器移植が欧米並になるのは2002年と予想されています。当たるかどうかはわかりませんが、私どもは未来は明るいという気持ちでいます。過去の医学の歴史を見れば、50年前は結核がどうなるか全く混沌としており、亡国病と言われた時代です。大正時代に年間3万人も死んでいた脚気も、今はゼロですね。脳梅毒もゼロになりましたし。そういう成果を見れば、私は確実に未来が開けると楽観的に見ております。私たちの一人一人が何気ない行動をしていても、それが積み重なって未来が作られるわけですから、毎日努力が大切ですね。

 

若林

 ありがとうございました。京大の田中先生も一言お話しいただけますでしょうか。

 

日本人の知恵を生かして

田中先生

 私は今日はむしろ聞く立場で、大変含蓄のある、私たちがやっている中でもこういうことを考えねばいけないんだなということを教えていただきまして、すごく感銘を受けました。

 ただ日本で移植をやる場合には日本人の知恵を出しながらやらないと、外国でこうやっているからということでは、私は日本の現実を見た時には出来ないと思います。従って、この英知を、人の命の大切さを含めて、日本人なりの考え方でやっていくことが非常に大事だと思います。そのためには、パスツールが言ったように Many Sleepless Night 、皆さんの「眠れぬ夜」が続くだろうと考えています。どうもありがとうございました。

 

若林

 どうもありがとうございました。それでは長時間にわたりまして、先生方どうもありがとうございました。

 それでは司会の渡辺さんお願いします。

 

総合司会

 どうも長時間にわたってご列席いただきまして、本当にありがとうございました。約30分程延長してしまいましたが、大変中身の濃い延長だったと思います。それでは最後にトリオ・ジャパンの荒波嘉男事務局長より閉会の辞を述べさせていただきたいと思います。

 

閉会の辞

荒波嘉男事務局長

 諸先生方、本当に長い間お時間をありがとうございます。時間が30分程超過してしまいまして、誠に申し訳ございません。また患者・家族の方の発言、誠にありがとうございました。そして会場の皆様、本当に長時間熱心にお聞き下さり、また貴重なご質問をたくさん出していただきましてありがとうございました。日本の移植医療が「やさしさの医療」として定着しますことを願いつつ、このセミナーを閉じさせていただきます。ありがとうございました。


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