第2回トリオ・ジャパン・セミナー 1993年4月23日開催


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スターズル先生と語ろう

--Dr.スターズル トリオ・ジャパンへ来たる--
場所:キャピトル東急ホテル「竹の間」

司会(横田和彦氏)
 皆さんお早ようございます。
 本日は朝早くから、「スタ−ズル先生と語ろう」、移植医療の世界的権威としての先生のお話を伺うということで、こんなにも沢山の方に集まって頂きましてありがとうございました。
 私横田と申しまして、スタ−ズル先生のデンバ−時代の弟子の一人として、また今日の主催のトリオ・ジャパンの一員としまして、今日司会の労を取らして頂きます。
 それでは早速に開会の辞としまして、トリオ・ジャパンの会長でいらっしゃいます青木慎治様お願い致します。

青木慎治会長
 お早ようございます。
 トリオ・ジャパンの青木慎治でございます。
 私自身も1989年、肝臓移植をサンフランシスコで受けてまいりました。ちょうどもう丸々4年でございます。
 大変元気に暮らさせて頂いておりますのも、いわば移植医療の恩恵であると日々痛感しております。
 トリオ・ジャパン、約3年前に、北嘉昭さんという若きピッツバ−グ研修の方からサゼッションを受け、トリオのメンバ−の一人に、一国に入れて頂きました。
 自来2回のセミナ−と念願でありますスタ−ズル教授をお迎えできまして、私も会長としてこんなにうれしい日はございません。
 スタ−ズル先生はご承知のように世界的な移植医療の言わば生みの父親でございまして、トリオの名誉理事長でもいらしゃいまして、私どもトリオ・ジャパンに対しても大変いつも素早い行動で、何かありますとすぐにスタ−ズル先生の所にファックスなりお手紙を差し上げますと、たちどころにご返事を頂くという……。
 何でもすぐやるスタ−ズル教授でございまして、今回もご体調が少しお悪いとお聞きしまして、私ども心配しておりますのですが、わざわざ私どもの為に貴重な時間を割いてくださいまして、本日の集まりが出来ました。
 また、関係各位の方々にも大変お世話になりましたことを御挨拶方々、お礼を申し上げたいと思います。 それから、
Dr,Starzl, It is an honor to welcome you here today.
I would like to take this opportunity on behalf of TRIO Japan,to thank you for your support and guidance,and for your generosity in finding this time in your busy schedule to be with us today. You are truly a guiding light for us in many ways.
Some of us here today owe our lives to your pioneering work, your persistence in the face of obstacles, and your dedication to patients. When the day comes that transplants from brain dead donors are done in Japan,many of the doctors performing them will have been trained by you.
For ourselves and for those future patients, we want to say Thank you," for showing us the path ahead.
  We are very grateful for your presence today.
We are looking forward to your message very much.
   どうもありがとうございました。どうも失礼しました。

司会
 続きまして、ご来賓のご祝辞を頂きたいと思います。
 最初に中山太郎先生、議員の先生で生命倫理研究議員連盟会長でいらしゃいます、中山先生がご出席のご予定だったのですが、ヨ−ロッパの方の会議でご出席出来ませんのでご了承下さい。
 本日ご出席頂いた方は自見庄三郎先生。生命倫理研究議員連盟の中心的なメンバ−のお一人でいらしゃいます。
 では先生宜しくお願い致します。

自見庄三郎氏
 ご紹介を頂きました、私、衆議院議員の自見庄三郎と申します。
 自分の「自」に「見」と書いてジミと読みますが、まぁ大変かわった名前で、ジケンさんだとかメミさんだとか、この前シラミさんと呼ばれましたけど、自見庄三郎、さすがにこういった大変知的レベルの高い方のご集会でございますからきちっと名前を呼んで頂いてありがたいと思う訳であります。
 今日は「スタ−ズル博士と」にお招きを頂きまして、トリオ・ジャパンの青木会長さんの主催でこういった素晴らしい、まさに時宜を得た時にこういった講演会を設けて頂いたことに、関係者の皆さんに心からお礼を申し上げる次第でございます。
 今ご紹介がありました、中山太郎前外務大臣と自見庄三郎の二人しか、実は自由民主党には衆議院議員で医師の国会議員はいませんで、中山太郎会長が生命倫理議員連盟の会長でもございまして、我が党に5年ほど前に「生命倫理と臓器移植に関する特別調査会」を作らさせて頂きましたが、中山太郎先生が会長で、自見庄三郎が事務局長ということで下働きをさせて頂きました。
 超党派の生命倫理議員連盟の議員で前の社会党の副委員長の堀昌雄先生もおいでになっておりまして、堀先生がご挨拶なさったほうが、大先輩でございますから私のような軽量級の者が挨拶申し上げるよりもと思う訳ですけれど。
 中山太郎前外務大臣、ご存じのようにトルコの大統領が亡くなられまして、国葬がございまして、政府特使として、急遽トルコに行かれまして「自見君ぜひ挨拶をしてくれ」と御指示を頂きまして、今日させて頂く次第でございます。
 ご存じのように、臓器移植の法律はですね、スタ−ズル先生がまさにアメリカでも、人類としてもパイオニアとして開拓され、あるいは臨床の治療法として確立されたと言うことでございまして、私もまだちょっとしかこの本を読んでいませんけれど、先覚者の使命感を持って沢山の困難と闘って、今日の臓器移植をアメリカに於ても、ヨ−ロッパに於ても日常的な臨床の一つの治療法として確立をされた最も素晴らしい先生だと確信する訳でございます。
 その先生が今日おいでになりました。
 我々もさっきお話しました、5年ほど前に是非臓器移植を政党として取り上げてみようということで、中山先生のもとで調査会を設けまして28回ほどお医者様始め、弁護士、宗教家の方にも来て頂きましていろいろ話をまとめた訳でございます。
 急がば廻れということでございまして、なかなか自民党は権威が無いようでございまして、特に今は酷いようでございますが。
 それでは総理大臣の下に脳死臨調という諮問機関を2年間と時間を区切りまして作って頂いて、それこそ各界の人に集まって頂いて、世論の喚起、あるいはどういった法律を作ればいいかまとめさせて頂いた訳でございます。
 今、通常国会開催中でございますが、脳死臨調は使命を終えまして、今一つの成案がございますけど、自民党初め社会党、各野党の厚生担当の第一の責任者にお渡しをさせて頂いております。
 なんと、1年間に 500人の方が臓器移植が出来ないから、命を落としておられることは医者としても、国会議員としても私の胸に突き刺さっている訳でございます。ですから一刻も早く各党のご理解を頂いて、臓器移植の法律を作らさせて頂きたいと思う訳でございます。
 まさにそういった法律が出来るかどうかといった時期に、青木会長のご自分の体験を通じて素晴らしいご挨拶があったのでございますが、我々も国会議員でございますし、また私の場合、僅かではございますが15年ほど医学を学ばさせて頂きました人間でございますから、全力を挙げさせて頂きたい。
 そういった世論の喚起に、まさに法律が生まれるか生まれないかという重要な時でございますから、一番効果ある時期にスタ−ズル博士においで頂いたと思う訳でございます。
 臓器移植が国内で行なわれないが故に多くの患者さんが命を無くされている訳でございますが、今日の講演が契機となりまして、そういった方々に福音を与える為にも今日の講演が貴重な一石になればありがたいと念じている訳でございます。
 スタ−ズル教授御夫妻の益々のご発展を祈念させて頂きまして、自見庄三郎の祝辞に代えさせて頂きます。
 おめでとうございます。
 ありがとうございました。

司会
 自見先生、励ましのお言葉ありがとうございました。
 一つ祝電が届いておりますのでご披露させて頂きます。
 「ご盛会を祝し、スタ−ズル先生並びに関係各位のご健勝をお祈り申し上げます。」衆議院議員佐藤謙一郎先生から頂いております。
 続きましてトリオ・ジャパンとも深い関係にあります、日米医学医療交流財団理事長でいらしゃいます、本多憲児先生よりお言葉を頂きたいと思います。
 先生お願い致します。

本多憲児氏
 皆さんお早ようございます。
 本当は英語の原稿を用意したのですが、立派な通訳の先生がおいでになりますので、日本語でお話したいと思います。
 と言うのは宮沢首相があまりにも英語が上手なので、ぺらぺら喋ったらついに円高になってしまって、益々日本が不景気になるという事態になりましたので、やはり日本語で話したほうが確実に意志が伝わると思いますので、許して頂きたいと思います。
 スタ−ズル先生、本当に今日はありがとうございました。
 先日は外科学会でもお会いし、またここでお会いし、また30年位前に千葉に初めておいで頂きまして、千葉の大学では何度もスタ−ズル先生をお呼び致しまして、私も千葉では一緒に飲んだり、バ−に行ったりしましたことを思い出しております。
 その頃は先生も大変お若くて非常にファイト満々であったのでございます。
 年齢は非常にお若く見えるのですが、まだ40歳位に見えるのですが、正直言いますと私と同じ年なのです。
 私は満10歳でございます。
 これは逆年齢と申しまして、65歳から始めて66歳は満1歳、それから75歳は満10歳とこうなる訳でございます。
 まだ私も満10歳ですが、スタ−ズル先生と一緒で元気にやっている訳でございます。
 またこのスタ−ズル先生のお陰で、皆様、有意義な人生を送られているということは、私は移植医療というものが如何に大事であるかということをしみじみと感じるのであります。
 では何故日本でなかなか移植というのがアプロ−ブされないのかといろいろと考えたのですが、どうも日本は理屈が多過ぎると思うのです。
 倫理委員会とか倫理とか言いますが、この倫理が法律によって変わるというのは絶対に間違いだと思うのであります。
 例えばですね、大変長くなりますが、石巻に産婦人科の菊田先生という方がおられました。
 その先生が生命は尊いというので堕胎というのをやらないで、産まれるまで見取って、子供が生まれず、どうしても子供が欲しいという人に差し上げたのです。
 産婦人科学会の倫理委員会というのが、これはけしからんと決定し、菊池先生の婦人科のいろいろな指定というのを取り上げてしまったのであります。
 ところが最近になって、岡山の医師会を初め日本医師会は今度はそのようなことをしても良いのだということになったのであります。
 ところが最近になって、岡山の医師会を初め日本医師会は今度はそのようなことをしても良いのだということになったのであります。
 倫理委員会というのが如何に出鱈目であるか、私はもっと日本人は哲学を持って欲しい、ヒロソフィ−を持って欲しいと何時も言っているのであります。
 ここにおいでの皆様は、移植に対してヒロソフィ−をお持ちになっている方々です。
 特に自見先生、あるいは堀先生、衆議院の井上先生。衆議院の先生がそういう哲学を持って、今法律を通そうと思って努力して頂いているということに、私共一同、心からお礼を申し上げます。
 よろしくお願い申します。政府も恐らくは間も無くこの移植法をアプロ−ブするのではないかと思いますが、一日でも早く出来ることをお祈り致しております。
 今日はスタ−ズル先生と親しく、いろいろなことをお話して頂いて、スタ−ズル先生も、日本での移植の開始を望む人々がこんなに頑張っているのかと、目の前にして頂いて、アメリカにお戻りになるのを望む次第であります。
 皆さん本当にありがとうございます、またスタ−ズル先生ありがとうございます。

司会
 本多先生ありがとうございました。
 続きまして、スタ−ズル先生の講演に先立ちまして、スタ−ズル先生のご紹介ということで、ちょっと私からご紹介させて頂きます。
 スタ−ズル先生は臓器移植の神様とも言われるほどの高名な方でありまして、度々日本にも来られておりますので、皆様良くご存じとは思いますが、恒例ですので先生のご略歴をご紹介させて頂きたいと思います。
 初めに英語で一言ご挨拶をしておきます。
  It is a real honor and privileged for us to welcome Prof. Starzl to TRIO Japan meeting today.
We deeply appreciated your coming to share with us this unique experience.
It is great preasure for me to introduce you. I would like to introduce you to the audience in Japanese.
 先生は1926年3月11日、アイオワ 州ルマ−のお生まれです。
 ノ−スウエスタン大学を卒業され、ジョ−ンズ大学病院でレジデントの後、マイアミ大学で当時誰も手を付けていなかった、門脈圧亢進症に対する門脈バイパス手術を開始致しました。
 これが先生の今日の肝臓外科のスタ−トとなりました。
 1959年、ノ−スウエスタン大学で外科助教授となり、ここで肝臓移植の実験を開始致しました。
 この時期はスタ−ズル先生の著書によりますと、イヌ外科とかラットドクタ−と呼ばれるようなことで臨床を行なう機会が少なかったようですが、研究室で実験の毎日を過ごされ、今日の基礎を築かれた時期とのことです。
 1962年、コロラド州デンバ−に移り、人で最初の腎臓の移植を行ないました。
 1963年には人で最初の肝臓移植を行ないました。
 しかし、長期生存が得られたのは4年後の1967年のことでした。
 1972年にはコロラド大学外科のチェアマンとして活躍され、私事ですが1975年から77年の2年間、私自身も肝臓移植の直接のご指導を頂きました。
 1981年よりピッツバ−グ大学に移り、今日世界一と言われる臓器移植センタ−を設立され、肝臓移植では年間500から700を超える手術が行なわれる、肝臓移植のメッカとなっております。
 先生は外科医としてだけではなく、移植の基礎となるイムラン、ステロイド、シクロスポリン、あるいは最近の新しい免疫抑制剤、FK-506等の免疫抑制剤の開発と臨床応用を進めて来られ、移植免疫学、肝臓の増殖因子の研究、また最近トピックスとなっております、ヒヒからの異種移植等数々の移植の仕事を多方面から研究され、移植医療のパイオニア、またチャレンジャ−として活躍されてきました。
 現在も世界のトップに立って、精力的に仕事をされています。
 また数々な国際的な賞もお受けになっております。
 昨日は、仙台で開催されました日本外科学会に於ては特別名誉会員に推挙されております。
 先生が移植医療を始められてからの30年間に肝臓の臨床でご指導頂いた日本人のドクタ−はもう数100人を超えております。
 さて、先生はこうした移植の学問的なお仕事ばかりでなく、本日このトリオ・ジャパンの会においで頂いたのは、トリオ・ジャパンの本部、アメリカの移植者の会トリオの名誉会長としてのスタ−ズル先生であり、移植を受けた方達をいろいろな形でサポ−トする組織トリオを後援しておられます。トリオの会ではスタ−ズル先生の奨学金が出され、移植患者の社会復帰に努力されています。
 私もアメリカでのトリオの会に参加する機会を得ましたが、向こうでは移植を受けたレシピエントの方々がスタ−ズル先生を父親のように慕って感謝されている光景は非常に感動的でございました。
 また、本日サイン会をされました先生の自叙伝の印税もトリオ・ジャパンに寄付され、日本の移植の推進を願っておられます。
 先生の自叙伝を読ませて頂きましたが、今日の輝かしい功績も決して順風漫歩の中で得られたものではありません。
 様々な苦労を重ねられ、今日まで来られたようでございます。
 本日はその貴重なお話が伺えるものと思います。
 スタ−ズル先生のご講演に関しまして、青山学院女子短期大学の野村祐之先生に通訳をお願い致しました。野村先生ご自身もアメリカで肝臓移植を受けられた方でございます。
 通訳をお願い致しましたので、この後のディスカッションでも日本語でどんどんご質問、ご討議頂きたいと思います。
 それではスタ−ズル先生お願い致します。

スタ−ズル先生
 ご親切なご紹介ありがとうございました。
 本多先生も今日は時間を取って来てくださいましてありがとうございます。 特に藤堂先生をアメリカにお送りくださいましてありがとうございます。
 藤堂先生は日本からのお医者さんの中でも大変大切なお医者さんとして、私共のところで一緒に働いております。
 移植の歴史の中で、日本人の先生との出会いが多くありました。多いだけではなくてかなり古い昔の時代からあり、思い出もあります。
 例えば60年代、デンバ−にいる時、大阪大学の岡村先生という方がいらして、岡村先生との出会いがありました。
 岡村先生がお帰りになられた後、64年には千葉大学の岩崎洋治先生がいらして、岩崎先生ともお知り合いになりました。
 その後、今は東京女子医大にいらっしゃるのでしょうか、中山先生という、当時千葉大におられて、その先生ともアメリカで一緒に研究を続けたという懐かしい思い出が次々に浮んで参ります。その中山先生が日本に戻られた後に、今日ここにもいらしていますが柏木先生がいらっしゃいました。
 柏木先生は70年の初めの頃お帰りになったと思います。
 69年のことですが、当時では不思議に思えることがありました。その時イギリスのポ−タ−先生が一緒にいらしたと思うのですが、肝臓の移植をしてのことです。肝臓を移植をするにはドナ−とレシピエントが要る訳です。
 勿論ドナ−の肝臓が体の全然違うレシピエントの体に入る訳ですが、ある種の細胞の交換がある、交流があるということがあり、それが一体何なのか、実はあんまり良く掴めないでいたのです。
 視ると肝臓の細胞自体は勿論ドナ−の細胞がそのままなのですが、(訳者註:ホワイトセルズとおっしゃたのですが、白い細胞、白血球細胞のことなのでしょうか。) ホワイトセルズがレシピエントのほうからドナ−の細胞に入り込んで、中で混じり合うようなことになっている。
 そのようなことがあってそれから25年経ったのですが、これは肝臓の中で作られるイミモグロビランスというものが、行き来しているのではないかということが今日解かってきています。このことは肝臓の移植だけでなく、腎臓の移植のときにも同じ様なことが視えるということです。
 このことを最初にお書きになったのは柏木先生で、肝臓移植での出来事として肝臓移植に関する本の中で一章を割かれてお書きになった訳です。
 このことが25年経ってようやく解かってきているということがあります。
 私の日本人の先生との出会いというのは古くからあり、そして多くの、先程何 100人と言われましたが、本当にそのような数になると思います。
 ご紹介を頂いた横田先生もそうですが、深く、長く、学問的にも意味がある出会いを続けてきた訳であります。
 この辺で脳死の問題ですが、その前にちょっと一息入れます。
 今の日本の脳死の問題でありますけど、本多先生、先程は本当に素晴らしいご挨拶をありがとうございました。
 本多先生の素晴らしいご挨拶の中で、特にそのとうりだと思わされたことは、倫理ということについてお話になった訳でありますが、社会的観点で倫理が変化するということです。
 その中で具体的に赤ちゃんを堕ろすかわりに生かして、赤ちゃんを取りあげ、赤ちゃんが欲しいというご夫婦に差し上げるという努力を、10年前から行なっていたお医者さんのお話がありました。
 当時は犯罪行為として非難を浴びた、それが今となっては命を大切にする、大変徳のある行為であると理解されていると聞きました。そのように倫理観というものは社会の中で変わっていくものであります。従って、臓器移植というものが本当に正しいことであれば、10年後に今を振り返ると、驚くほど「当時はああだったんだね」という状況になると確信しております。その為には脳死に対する正しい深い理解と、正しい倫理観とを積み上げていかなくてはいけないと思います。
 こう言うと、とても大変なように聞こえますが、アメリカに於てもそう簡単であった訳ではありませんでした。
 今に至る道程は現在の日本と共通するものがありました。
 アメリカではこの道程を25年から30年前に乗り越えたのです。
 脳死の社会的意義についてですが、以前から日本に何回か伺う度に申し上げて参りましたので、今ここで新しく申し上げることはないのですが……。
 最近移植に関してとても興味深いことに気づきましたので、このことをお話したいと思います。
 移植をしたドナ−の臓器と受け取ったレシピエントの体の間で細胞が動いていく、恰も渡り鳥が渡りをするように、細胞が交流をしているということです。
 たとえば、ここに青木さんがいらっしゃいますが、青木さんがサンフランシスコのどなたかの肝臓を身にお受けになったということは、単に肝臓だけをドナ−から頂いたというだけでなくて、ドナ−の方の細胞が青木さんの体中に流れているのです。
 直接移植に関係の無い、心臓や肺にも流れ込んでいってレシピエントの体を成している。
 ですからレシピエント一人の体ではなく、ドナ−の細胞がレシピエントの体の中に編み込まれたようになり、ドナ−と一体化しているのです。
 試しに皮膚の細胞を検査してみると、ドナ−の細胞が確認される筈です。
 ただ、人間社会と違うところは、細胞同士は皮膚の色や国籍といったことを全く問題としないことです。
 一緒に生きる、共に協力しあって命を守り、継続して行く為に働き、体のあらゆるところで共存しているということです。
 肝臓の場合でもそうですが、移植が始まって30年ほど経つ訳ですが、ドナ−は亡くなってしまっていますが、その細胞はレシピエントと共に生き、生涯を共にすることになると思います。
 しかし、このようなことを実際のものとするには、社会の中で脳死が受入れられていかなくてはなりません。社会が脳死を受入れるためには、本多先生や今日ここに集まっている方々の情熱、努力が必要であると思います。
 また、藤堂先生のようにご自分の全てをかけるというような、一人一人の努力があってこそ実現できるものだと思うのです。
 勿論、このようなことにはリスクが伴います。しかしリスクを伴うから引っ込み思案になるのではなく、敢えてリスクを乗り越えていく、時には一か八かという選択を迫られるかも知れませんが、勇気を持って前進をしていくことが大切なことです。
 情熱、あるいはリスクを伴ってもなお、勇気を持ってチャレンジしていく。 それには、正しいと信じ、妥協をしないで正しいと信じることに全身全霊をかけていく信念が必要だと思いますし、ここにお集まりの方は十分にお持ちだと思います。
 細かいことをお話しだしますと切りが無いのですが、後は是非私の本をお読みください。
 先程お話がありましたが、事務的なことは解かりませんが、売上の全額をトリオ・ジャパンとトリオ・インタ−ナショナルで配分して、トリオの活動に役立てて貰いたいと思います。
 皆さんの中でいろいろご意見、ご質問がお有りかと思いますので、これからは、それらを伺ながら進めて貰いたいと思います。

司会
 スタ−ズル先生ありがとうございました。
 これ以後はフリ−ディスカッションということで、皆様からご質問を頂き、スタ−ズル先生からいろいろなお話を伺いたいと思います。
 その前に、今日はスタ−ズル先生の奥様のジョイ・スタ−ズルがみえておりますのでご紹介致します。
 スタ−ズル先生が世界中を駆け巡って活躍される裏には、ジョイの大変な努力があると思います。
 皆さん、ジョイさんです。
 ではこの後フリ−ディスカッションに移りたいと思います。
 スタ−ズル先生が日本に来る度に、20年以上前から日本に来る度に、日本での移植を明日には、明日にはとスティミレイトされているのですが、未だに本当の意味での移植が始まっていない現状ですので、私たちもお会いする度に心苦しく感じているのですが、改めてサゼッションを受けたいと思います。
 ご質問をどうぞ直接して頂ければと思います。


質問者(相川厚氏)
 私、先生の本を読まして頂いて、本の中の一つの文章に、先生が手術を止められて引退した後、「私は手術が嫌いだ。」と本に書いてあるのですが、「今まで誰にも言わなかったけれど、本当は手術が嫌いだった。」と親友に告白しているのですが。
 これだけ複雑な手術を、一遍に3つも4つも、小腸手術、肝臓移植、腎臓移植、そのようなものを一遍にやる、複雑な手術をやる先生が、世界的に有名な先生が「私は手術が嫌いだ。」 と。
 その理由も本に書いてあるのですが、「患者さんのことを思うと寝ても覚めてもいられない、あの時こいうふうにやっていたら良かったのではないか。」また「患者さんの治療がうまく行かなくて死んでしまったりすると、本当に夜も眠れない。」と、そういう気持ちがおありになるのですね。
 これは外科医としてとても必要なことだと私は思うのです。
 移植医療を行なっていく上で、とにかく手術すれば良いというだけでなくて、やはり外科医としての精神、また移植医療で働く看護婦さんたちの精神、またそれをフォロ−する様々なスタッフの精神は、どのような倫理観で行なっていけばいいのかお聞かせください。

スタ−ズル先生 今の質問ですが、大変難しい質問であると同時に、大変重要な質問であると思います。
 実は昨日、渡辺淳一先生と4時間ほどお話をする機会がありました。大変医学にも造詣が深く、日本の社会に影響の強い本を書いていらっしゃる方だということでした。
 移植と脳死という問題をお話した時に、渡辺先生は基本的に両方に理解を示されていらっしゃいますけど、今の質問と相通じる質問が渡辺先生から出てきました。
 先生のおっしゃるには脳死と移植について、一般にはまだまだ誤解がある。“脳死とは何なのか"“ 脳死とはどういうものなの か" ということよりも、そこまでして、脳死の人を追いかけてまで移植をしたいというのは、お医者さんの為にやっているのではないか。自分の勉強の為にやりたいのであって、患者さんの為にやるのではないのではないか、という誤解が一般社会の中にあるということでした。
 その前提となるのが、移植医療だけのことではありませんが、お医者さんは高いところに居る人、患者、普通の人は低いところに居る人。そういう関係でしか出会えないということに対する、一般の人たちの反感が広く広がっているからではないかということでした。
 しかし、医者というのは人の上に立つものではなく、上からどうしろ、こうしろと指示する、マスタ−、主人といった仕えさせる人ではありません。
 医者というのはサ−バント、基本的に、仕える人、奉仕する人であります。
 ですからその観念がはっきり捉えられない限り、誤解は人々の間にくすぶっていると思います。
 それから、この世の中にはいろいろな生き方がありますから、それはそれでその方の生きたいように生きて頂けば良い訳です。
 絹のストッキングを履いて、ダイヤモンドを多く手に入れてといった億万長者の生き方があるかも知れません。物とか、金とかに関心のある人が居るかも知れない。
 しかし外科手術に関して言えば、一切の物、金、あるいはビジネスといったことからも無縁なことなのであります。
 本来外科の手術に携わる者というのは、ビジネス、仕事でやっているというよりもクルセイド、正義のための努力をしているのであり、その正義のための努力に仕える、サ−バント、奉仕者として自分がいると心の奥底で認識しています。
 ただ自分でそう言いながら、そう理想を思いながら、考えながら、自分自身がこの理想にもとる様なことはしていないか、自分の仕事をとうしてこの理想を体現しているだろうかと、常に常に問い掛け続けています。
 この理想の根底にあることは、“愛”“人間に対する尊敬と愛”“生命に対する尊敬と愛”であると思います。
 特に、心臓移植、肝臓移植の場合は、失敗すればすぐに患者さんの死に繋がる訳です。
 ですから私が預かっているものは患者さんの命そのものなのです。従いまして、人の命を直接お預かりするこの仕事が、ビジネスである筈がありません。
 敢えてどのような仕事であるかというならば、それは聖職者としての仕事に近いと思っています。
 小さな失敗は多くあります。手術が終わった後で「ああした方が患者さんにとって良かったのではないか、こうすればもっと良い結果が出たのではないか」もし不幸にして患者さんが亡くなってしまった時は、些細なことまでも思い出して、「あそこを変えれば死なずに済んだのかも知れない」と何回も何回も悔やみ、悲しみとして私の心の中に残ります。
 私の心の中にはそうした悲しみを貯える、恰も水を一杯に貯えたごとくの大きな泉があるのです。誰かのせいにすることも出来ます。「しょうがなかった」と言うことも出来ます。あれは自分のせいではなかったんだと逃げることも出来ます。忘れるという努力もすることが出来るでしょう。
 そしてまた同じ失敗を繰り返すことになるのです。
 様々な反省と共に悲しみを心の中に留めておきたい。何故なら命が助かり、生きるということがとても素晴らしいことだからです。生きることの素晴らしさの為に、今までの失敗を忘れることなく、より良いほうに積み上げていきたい。私はそのようなつもりで、悲しみを心の中に留めています。今思い出すのは、25年前柏木先生と一緒に研究したことであり、腎臓の移植となると30年前まで記憶を遡ることが出来ます。
 私の移植医としての過去を振り返ってみると、人生という織物には悲しみという縦糸がずうっと通っているなぁと実感致します。
 脳死の問題に戻りますが、脳死はドナ−との問題に直接関わってきているのですが。 果たしてドナ−となるか、家族が愛する亡くなった家族の臓器を提供するか否かは、誰かの為に、誰かの命の為にといってドネイションが行なわれる時に、臓器の提供は行なわれると思います。
 ところが、「お医者さんが豊かになる為ではないか」、「お医者さんのキャリア−が更に増す為ではないか」、「お医者さんの名誉の為ではないか」と思った瞬間に臓器提供という気持ちは薄らぐのです。
 お互いが一緒に助け合っていく、お医者さんを助けるのではなくてお互いがお互いを助け合っていく、その為にお医者さんにも手を貸してもらって移植が行なわれる。このような時に人々は喜んで臓器を提供するといった社会意識が生まれてくると思います。 脳死を受入れるにはそういった意味での社会変革も必要だと思います。私はこのことが正しいことであり、命のために是非必要なことだと信じており、必ず社会意識もそのような方向に変化していくものと確信しております。


相川氏
 私は何時も言っているのですが移植医療の基本は“優しさ”だと思います。“優しさ”と“人間愛”と“寛大さ”だと思うのです。
 このような精神が外科医の精神になければ、また移植に関わるスタッフになければ、これからは発展しないということが先生のご講演で良く解かりました。ありがとうございました。


質問者(鈴木正矩氏)
 はじめまして。
 自己紹介を致しますと、私は7年半前アメリカにて腎臓移植を受けました者です。今スタ−ズル先生、質問者のお言葉に非常に感激致しております。
 私は非常にラッキ−、幸運に恵まれたと思います。
 いろいろな方のサポ−ト、アメリカに渡りましてからのいろんな方々の、なんと申しますか、愛情に包まれて、ウェイティングタイム1年間を過ごすことが出来ました。
 私の移植をしてくださったのは、ノ−ディック先生、スタイミュ−ラ−先生です。またその時沢山のスタッフの皆さん、ボランティア、コ−ディネ−タ−、看護婦さんたちのお世話になりました。
 帰国後、人の愛というものを考え、普通の営利事業の会社から、只今、「ハイスク−ル・スチュ−デント・イクッスチェンジ・プログラム」を運営致しておりますAFSアソシエイションに勤めております。
 余談になりますが、私は非常に悲惨な出来事に会うことがありました。私どもの派遣生であります服部君がルイジアナ州で殺されました。
 それは悪意によるアメリカの出来事だと思います。
 逆に善意によるアメリカ人のサポ−トにより私は生きています。そのような両極端を経験した者から二つ質問をさせて頂きます。
 一つは退院する前に、ノ−ディック先生、スタイミュ−ラ−先生にも質問致しまして、両先生にはお答えを頂いておりますが、別途スタ−ズル先生からもお答え頂きたいのですが、レシピエントとして一体何をすべきか、また何が一番必要なのか。
 二つ目の質問ですが、私共はレシピエントでありますが、例えば脳死であれ、事故死であれ、死を迎えたときに私どもの臓器を提供することが出来るのでしょうか。
 この二つにお答え頂ければ幸いでございます。ありがとうございました。
スタ−ズル先生
 大変ご理解あるコメントありがとうございます。
 早速ですが二つのご質問に私が感じていることをお話したいと思います。
 初めの質問の何が出来るでしょうかということに関しては、誠実に心を開いてご自分の経験をお話になることだと思います。
 如何に臓器提供が必要なことであるか、臓器移植が如何に素晴らしいことであるかということを、誠実に心から素直にお話になること、それは単に病気が治った、命を永らえたというだけではなく、社会的愛情、社会の中でお互いが愛し合うといった、そのような社会を形成していくという意味があると思います。
 二番目のご質問ですが、ドナ−になれるでしょうかという質問ですが、このことについては偏見もあるのですが、心臓にしろ、肝臓にしろドナ−になれる可能性はあります。
 移植をした場合、感染の恐れだとか、何とかという誤解がありますけど、基本的にはそのようなことをご心配になって諦める必要はないと思います。
 臓器提供ということ、移植医療ということは具体的に目に見える形で結果が解かる医療ですけど、同時に目には見えない、深い深い象徴的な意味がそこにはあると思います。
 お互いに信頼をすることによって可能な医療である、愛の医療である、お互いが助け合うことで始めて可能な医療であるということです。
 では実際に臓器移植を行なうことによって何人が助けられたかと言いますと、移植によって命を永らえた患者さんの数というのはある意味では大変少ない、一人一人が救われていくのですけれど、同時に殺人という犯罪で殺されている人の数は全国でどれくらいあるのか、あるいはユ−ゴスラビアのあの戦争で命を失っている人が何人いるのか。数で比べたら、そんなに少人数の人を助けても意味がないのではないか。
 数で比べたら小さいことなのかも知れません。
 勿論殺人の中には先程おっしゃいました不幸な、そして社会的にも大変大きな影響をアメリカに与えたルイジアナの出来事もあります。
 数でいったら本当に少ない数でしかない、がっかりするような数でしかないかもしれませんが、しかし人間関係に於てこれが愛の医療であると、さっきの殺人が人間同士の憎しみの結果であるとするならば、移植医療は人間同士の愛の努力の結果なのだという意味で大変深い意味があると思います。
 このことは国も、人種も超えてお互いが助け合い、支え合うということで世の中を測る尺度、基準となる大切な意味を持っていると思います。
 今一番話題を賑わしているのは円とドルの相場がどうのこうのということかも知れません、あるいは貿易のバランスがどうのということかも知れません。
 それは全部お金であります。物であります。ビジネスであります。私がここで言いたいのは、そのことがあれほど社会を賑わすほど大切なことなのかということであります。
 もっとお互いが愛し合う、支え合う、そういう目で世の中を観るときの基準は何なのだろうか。
 移植医療が象徴的な意味で基準となり得るのだと思います。
 従いまして、単に数の問題ではなくて移植医療という、とてもエキサイティグなことに我々は関わっているのだと思います。その底流にあるものは、お互いに許し、許され、受入れ、受入れられていくということであります。
 先程の、ルイジアナでの留学生の出来事は憎しみ、許さないことからの結果から起こってしまった不幸な出来事であると思います。私は非常に残念なことだと思いますし、ここで私なりに哀悼の意を表したいと思います。


自見庄三郎氏
 私、5年くらい医師として、国会議員としてこの問題に取り組まして頂いておりますが、ご存じのように臓器移植は法律が無いと出来ないものではありません。
 ドイツに於ては臓器移植の法律が無くても、お医者さんたちの専門的団体の中に、規約を自主的に作って臓器移植を行なっていると聞いております。
 日本の今の法律の中にも、臓器移植をすれば即それが殺人罪で告発されるというものでもない。
 むしろ私はそういった中で、私個人の意見として、日本の科学者が、医師が本当に正しいと信じることであれば、私共は法律家であり、法律を作る側ですけれど。今、まさにスタ−ズル教授が言われたように正義だと、正しいと科学者が信じたら、どうぞ先生方やられてください。臓器移植を。
 それが本当に正しければ、後から行政上の、社会のシステムはあるのでしょうけれども、むしろその一歩を踏み出すという勇気を、私はお医者さん、科学者に持って頂きたい、持って欲しいといろいろな機会で率直に申し上げております。
 まさに今日はスタ−ズル先生の個人的なお話を聞かせて頂きまして、正義のための努力を勇気を持ってやるべきだという内面にひそむ、お人柄と哲学と多分宗教的なバックグランドもおありになるのでしょうけれど、大変感動しました。
 確かに私は国会議員ですから、法律を作るのが任務でございますが、日本の文化と西洋の文化との違いがあると思うのですね。
 私ハ−バ−ド大学で先生をさせて頂いたときに、16世紀に科学とか、科学文明を築き上げてきた人間の誇りと尊厳を大学の中に感じた訳です。
 日本にはまた良いとこもあるのです。調和型社会ですし。みんなで仲良く調和を取ってやろうということですから、多分スタ−ズル先生がおっしゃったように自動車を作らせたら一番うまい国だろうと思うのですが。
 新しい価値、まさに科学者たちが持っている価値を創造的、独創的に日本の社会の中で発揮しますと、寄ってたかって足を引っ張られるという文化ですから、なかなか難しいのだと思いますが。
 私は今、法律のことをやらして頂いておりますけど、日本のお医者さん、移植医学の先生の先輩ですが、やはりきちっとしたシステムを整えて、当然やって頂いて良いと私は思っています。そのことが日本で移植を進める方法だろうと思うし、もう少し言えば、医師であれば、信じたらやらなくては亡くなっていく患者さんに申し訳ない、という気持ちでやって頂ければありがたいと思います。
 堀先生もおいでになりますが、各省庁の横並びの問題、各省庁の主張もあるのですが、いよいよこの法律が認められなければ、国会議員でもあり医師でもある我々が時代に半歩先んじて、大変な非難を受けるかも知れませし、矢が飛んでくるかも知れませんが、やらねば申し訳ないと率直に思います。
 科学者の方に、お医者さんにして頂きたい、しかし何時迄待っても出来ないのであれば、我々にやらして頂くのが使命かなと思います。
 率直なことを申せばそのように思っております。

スタ−ズル先生
 おしゃるとおりだと思います。大変深い洞察力をひめたご発言だと思います。
 アメリカに於ても同様で、実際に努力をして行なっていく、それを法律的にどのようして整えて行くかという方法を取ったのです。もしそれを逆にしたとしたら、実際に行なった試行錯誤も無しに法律的なことを先ず決めて、その中を医療が埋めるということになれば、その結果は今この社会で起こっていることになります。
 実際に臓器移植を行なうということになると、社会的に不都合なことも多く起こるかも知れません。しかし人間の歴史を見た時に、偉大な哲学の、偉大な文学の書物の幾つかは獄中で書かれております。
 もし投獄されることがあったなら、ペン一本を持って投獄されれば、獄中ででも偉大な仕事は出来るのです。
質問者(松波英寿氏)
 先に自見先生にコメントさせて頂きたいのですが、私信州大学第一外科で肝臓移植を行なっている者です。
 率直に申しまして、意見として聞くことは、一般的な意見として非常に受け取りやすいのですが、それは非常に誤解を招きますし、現時点に於ては、臓器移植を進める上には為にならない意見だと思います。
 何故かと申しますと、医者の勇気でやれているものはとっくに行なわれているのです。
 そこに様々な問題があるのは百も承知でして、私達は死体肝移植が行なえないから生体肝移植を行なっている訳でして、この2年間オ−ストラリアに行ってきまして、帰って来てから8、9人の方をオ−ストラリアに送っています。 やれることは全てやっています。ただ出来ないのは脳死肝移植です。
 例えば、今ここにポケットベルを持って、何時でも脳死肝移植が出来るようにしてあります。
 ここは地下ですからポケットベルが鳴らないので、医局に電話して、ここにいることを連絡しておきましたけど、いつでも出来る体制は取っていますが、でも臓器が出ない訳ですよ。
 いっぱいネットも張っています。電話もしています。情報を受入れる体制は取っていますが、臓器が出ないんですよ。
 この理由は、臓器を提供される病院には、法律的な保護がなくては先に進まないんです。当たり前のことですが。
 ですから、先生がおっしゃった移植医に対するお話はそれで済むと思います。
 今問題になっているのは、移植医の勇気というような問題ではなくて、如何に臓器提供者の出る可能性のあるドナ−病院、関係者を守るか、円滑に行くようにするか、つまり如何に法律を作るということが最も必要なことであって、それ無しには現実的には進まないことを私はもっと認識して頂きたいと思います。
 ここで患者さんが亡くなることを甘んじて視ることを非難することも結構です。甘んじて批判を受けることも私はします。
 しかしやれることは最大限やっていることもお知り頂きたいと思います。
自見氏
 先生が大変、そのような条件の中でご努力なさっているということも痛いように解かるのですけど。私が言ったのは、私としては、堀先生もいっらしゃいますが、一日でも早く法律ができるように頑張りましょうといろんなことを話し合っています。
 私たちは法律を作らさせて頂きますが、日本の社会は管理された調和型の社会ですから、なかなか難しいこともあるのでしょうが。スタ−ズル先生も何も法律がなくても、アメリカでこの道の先覚者として、この本にも書いてありますが、場合によれば偏見や迫害に耐えられて、押し切って、勇気を持ってやってこられた訳ですから、最初法律が有った訳ではないのですから。
 その辺を、なんと申しますか、先生にもご努力が有りますし、我々の正に責任の問題だと思いますよ。だけど、同時に、科学と政治というのは、科学者というのは信じれば、それでもガリレオは地球は廻ると迫害されても言われたと知っていますけど、科学の原理とか科学の正義とかは、今、生きている政治の原理よりずうと巨大なものであると私自身は思います。
 むしろ、その先覚者としての、先生が大変ご努力されていることは解かります。先生のご努力が足らないというのではなく、科学のそのものの在り方が、日本の社会には根付き難いところが有るのではないか、という気がするのです。そのことを一個人として申し上げたつもりです。
 議員連盟の議員ですから一生懸命なんとか、法律は社会的合意ですから、その中で努力をさせて頂きたい。
 その気持は寸分も変わりません。こういう席ですから、私の感情も含めて、スタ−ズル先生に申し上げました。
 誤解の無いように、一生懸命やりますから。


松波氏
 誰もが知っているように、スタ−ズル先生が世界中で一番素晴らしい外科医であることは間違いないし、なぜそんなにまでハ−ドに沢山の仕事をされたかは本にも書いてありますし、先程のお話で理由は解かりました。
 なぜそんなにまで、多くの論文を書かれたのか、学者として頑張られたのかをお聞きしたいのです。

スタ−ズル先生
 二つ理由が有ると思います。一つは、伝えたいと思うことが沢山有ったということです。
 ですから伝えたいことを論文という形を取って伝えたのです。
 もう一つの理由は、「書いたものの中から、我々も多くのことを学びたいから書いて欲しい。」と頼まれたからです。
 それにつられて書いている内に結果として数が増えていった訳です。沢山書いて誰にも読んでもらえないよりずぅっと良いことだと思います。
 ところで、自見先生とのお話し合いを大変興味深く聞いておりました。そのことについて私なりの立場をはっきりさせておきたいと思います。
 ウォ−レンバ−ガ−という方がおりまして、彼は後に最高裁長官になった方ですが、この方が1967年にサンフランシスコで行なわれた倫理に関する会議で発言したことが有ります。私に本の中でも触れておりますが、その会議で彼が発言したことは「法というのは人々を導いては行かない、法というのは人々の後からついていく。」と。
 このことは西洋ではということなのかも知れませんが。しかし、近代国家としての法体系には西洋、東洋にそれほどの違いが有るとは思いません。
 法というのは社会に何かがあって、その何かが起こる前に法が出来るものではなくて、社会の出来事への応答として、それに対する対応策として、答えとして形を持って生まれてくるものです。だから、法というものは社会の後を、しかもしばしばゆっくりとついてくる性質を持っているものだと思います。ですから、お二人のご意見の中から言えば、自見先生のご意見に同感です。先ず行動を、テイク・アクションをしろ、危険を侵して欲しい、そのチャンス、リスクを受け止めて欲しいと思います。唯、無理矢理にやって欲しいと言っているのではありません。
 家族もいらっしゃるでしょう。不名誉に対する心配もあるでしょう。また行動を起こすことによって利益があると考えたら大変大きな間違いであります。
 結果として投獄されるかも知れません、しかし先程も申しましたようにもし投獄されたら、またそこで多くの論文を書くチャンスが出来る訳ですから。
 現にアメリカの歴史の中でも、ノ−マンク−ン先生、シャムウェイ先生は殺人罪で訴えられた経験をお持ちです。お二方とも裁判の結果、殺人罪は認められなかったのですが。おいやなら無理に行なうことはありません。
 しかし私はそれが正しいことならば、危険を侵してでも努力をしていく、自分を賭けていきたい。そして社会がどう応答して、どう法律を作っていくかだと思います。その意味で自見先生のご意見に賛成致します。


質問者(石井直志氏)
 こんにちわ。私自身も、フランスで、フランスのパリで肝臓移植を受けました。
 病気はB型肝炎のキャリア−から再発して、肝硬変になりました。よく新聞などで読みますが、B型肝炎の場合には、移植をしても再発することが極めて多い、その為にB型肝炎後の肝硬変の患者は、移植の対象の外に置かれると書いてあります。
 異種移植の患者の例もそうでした。
 多くのアメリカの病院では、私のような患者の例では移植は行なわれないと聞いています。
 オ−ストラリアでも同様のようです。
 しかし、日本ではこの病気で苦しむ人が多いのです。
 私はフランスで移植を受けましたが、私が知る限りではフランスではB型肝炎後の肝硬変の患者にも移植を行なっていて、全員が再発している訳ではありません。
 かなりの数の方が、私を含めてそうですが、かなりの長期間生きています。
 日本でもまだ移植は行なわれていませんが、B型肝炎後の肝硬変の方たちは移植の対象から外すと聞いています。
 そのことについてお聞かせ願えないでしょうか。


スタ−ズル先生
 B型肝炎の問題ですけれども、B型肝炎については私たちも深い関心を持っています。実はB型肝炎の移植を始めてやったのも、多分私共ではなかったかと思います。
 再発の問題ですけれども、B型肝炎は再発する確率が非常に高いのですけれども、それはB型ウィルスのDNAの値の大変高いグル−プの人たちです。
 勿論、E抗原がプラスという形で出てきます。
 ところがキャリア−だった人、つまりE抗原がプラスではなかった人、あるいはDNAの値の猛烈に高くなかった場合に、再発をしないことが十分有り得ます。そのような方は現在でも移植の対象です。
 ですから、パリでもきっと同様だと思いますが、B型肝炎でも移植を行なっていますということは、E抗原がプラスではなかったのではないか、と思います。
 最近は、E抗原プラスであっても、α−インタ−フェロンとか、ハイパ−イミノグロビンとか、いろいろな対応の方法が出てきていますので、全く方法が無いという訳ではありません。しかし、これはB型肝炎の中でも小数のグル−プが対象になることですから、今、ここではこれ以上詳しいことは申し上げません。
 次の異種移植の問題について申し上げます。
 ヒヒから人間にと肝臓が移植された訳ですけれど、勿論、ご存じのようにヒヒの肝臓にはB型肝炎のウィルスが感染しませんので、再発という問題に関しては、E抗原プラスの患者さんに取っては希望がある訳です。
 異種移植に関して、確実なことは申せませんが、多分この夏行なって、成功する確率は高いと思っています。この場合の患者さん、レシピエントも、B型肝炎のE抗原プラスのDNAの値の大変高い数値を示している患者になると思います。


質問者(蒔田美加氏)
 日米医学交流財団の蒔田と申します。
 ドナ−の立場に立ったコ−ディネ−タ−を目指している者です。
 何時も疑問に思うことがあるのですが。
 移植医療というのはレシピエントの為にあるのか、もし自分が脳死になった時に提供しても構わないというドナ−の為にあるのかということを何時も感じるのですけど。
 例えば先程の松波先生と自見先生のお話に際してもそうなのですが、ドナ−は提供出来る価値があるけど、気持ちはあるけど結果的に提供出来なかった人は価値が無かったと取れる雰囲気があります。
 システムに関してもそうなんですけど、平等と良く言われますけど、誰にとって公平で平等な医療なのか、ということも一つのポイントだと思いますが、移植を一生懸命やっている移植医の仕事量に対する公平なのか、又はドナ−やレシピエントにとって公平なのかというところを何時も疑問に思うのです。
 一度、ポ−ル・テラサキ先生に質問したのですが、ドナ−やレシピエントに公平な医療を作れば、移植医療システムを作れば、移植医は絶対仕事をしないだろうと言われました。
 この点について先生はどのようにお考えでしょうか。

スタ−ズル先生
 ご質問頂きまして、大変思慮深い若い女性であることが即座に解かりました。 ご質問というのは難しいと同時に、移植医療の核をなしていることへの問いだと思うからです。
 移植医療というのは表面的には、移植を受けて元気になった患者さんが表に出てくるのですけれども、ドナ−とその家族という存在とが圧倒的に大きな、大切な意味を持っている訳です。
 こういう例があります。ある方が亡くなった時、集中治療のお医者さんも、専門家も、あるいは臓器コ−ディネ−タ−の方も、脳死になった患者の為に積極的に働き掛けをしなかった為に、臓器提供のチャンスを失ってしまった。ということで家族が医師やコ−ディネ−タ−を訴えたというケ−スがあります。これは責任の不履行であった。
 その為に私の愛する人の生き続ける、何等かの形で命が存続するという神秘的な権利が奪われたということで訴えたケ−スです。現実に、しばしば突然の出来事によって、命を失っていくというのは、家族にとって大変悲劇的な不幸な出来事であります。
 突然訪れた不幸と絶望の中で、彼、彼女は亡くなっていったけれども、あの人の組織が、今も、どこかで、誰かを支えながら生きている、未だに存在しているという、命の存続の不思議というのが肉体死の後も、家族にとっては大いなる慰めになります。
 現実の問題としてこのようなことがありますので、臓器を受ける側だけでなくて、提供する側にも、意味の深さ、大切さ、神秘さがあると思います。
 次に公平の問題ですが、一つには経済的な問題があります。
 皆が皆、移植を受けられる訳ではなく、お金の問題があります。
 肝臓を移植した場合には肝生検して肝臓の様子を良く視なくてはいけない訳ですけど。
 アメリカでは、「肝臓生検をする前に、最初に財布に生検をして、中身を良く確かめなくてはならない」という皮肉な言い方があります。経済的公正性の問題は社会が何とか解決して行かなくてはならない問題としてあると思います。
 テラサキ先生の言葉に触れながらおっしゃいましたけれども、どの臓器をどの患者が受けるかということは、現在は純粋に組織の適合性の問題です。
 とくに腎臓の場合はHLAの型の問題などがありますから、何年も待たなくてはならないことがあります。しかも、人種的に言いますと、アメリカの場合は、日本人又は日系人、あるいは黒人、そういう民族的少数者の場合は適合する可能性が低くなるので、ほかの人たちがどんどん、移植を受けられているのに、私達は受けられない。これは公平ではないのではないのか。これは正しくないのではないのかという疑問が生じます。
 私は公平ではないと思います。正しくないと思います。
 しかし、医学的に、適合しないと移植が出来ないという現実もあります。
 だからしょうがないと諦めてしまうのでは無く、この現実を正面から捉えて、つぶさに学ぶべきであります。
 それを討論してより良い答えを、どうしたらより公平かということを、もっともっと突き詰めなくてはいけないと思います。しかし、その為に全てを止めて待って、先ず議論をするということも有り得ないことです。
 今の不公平という現実を解かった上で、今のシステムの中で、今可能な限りの最善の努力をして、そうしながら討論をして、答えをみつけていくのでなければ、結局は議論のための議論、架空の机上の空論になってしまう、空疎なことになってしまいます。
 最後に申し上げたいのは、忘れてならないことは、ドナ−にとって、ドナ−家族にとって生命の存続が、一番大きな意義のあることなのです。
 私が生き続けるのではなくて、命それ自体が生き続ける。私がドナ−になることを希望する一番の理由の根源も、私は亡くなっていくけれども、次の人を助けることが出来る。
 神秘的に命が続いて行くことの素晴らしさが、移植医療の大根底にあるのだと思います。


質問者(原田敬子氏)
 兵庫県立こども病院の看護婦をしております原田と申します。
 現在、海外で肝臓を移植してきた子供を8名ほど、外來でフォロ−しております。
その中で6名の患者さんが、アレルギ−性鼻炎と中耳炎で、耳鼻科にかかっています。このことが、サイクロスポリンと関係があるのでしょうか、日本の文献では鼻炎しか載っていませんが、このことをお聞きしたいのですが。

スタ−ズル先生
 もっと、インフォメ−ションが無いとお答えのしようが無いのですが。
原田氏
 人数が少ないから一概に言えないかも知れませんが、ほとんど全部の子供にアレルギ−性鼻炎が起こっているのですが、アメリカでフォロ−を受けている子供の中でも、同様に起こっているかどうかということをお伺いしたいのです。

スタ−ズル先生
 その子供たちは全員サイクロスポリンを飲んでいますか。

原田氏
 はい。

スタ−ズル先生
 今聞いた限りでは思い当たることはありません。
 サイクロスポリンを飲んでいる為の副作用と関連しているのかなぁという気もしますけれど、そうであるかどうかは解かりません。
 もしそうであれば、日本の場合は、プログラフと名前が付いているそうですけど、FK− 506であるとか、その他に切り換えるということも考えられと思います。
 でも、アメリカで同様なことがあるとは取り立て聞いていません。


司会
 まだまだご質問、ご意見などいろいろあるかと思いますが、残念ながらそろそろ時間になりました。閉会の辞としまして私から申し述べさせて頂きます。 私も移植医として移植に関わってきたのですけれど、今日は移植の哲学、外科医の心得、人間愛、更には人間の生き方といったところまで教えて頂いたように思います。
 本日はスタ−ズル先生の人間性にまで触れさせて頂いたような気が致します。
Thank you very much,Dr,Starzl, for your excellent and very stimulating lecture.
I am sure we are all deeply impressed with the advances and experiences that have been made in the field of organ transplantation. Your nice presentation has helped us to keep up the recent progress in this particular field in Japan.
We sincerely wish you continued health and activity as the leader of the organ transplantation in the world. Please take care of your health. Thank you very much again.
  皆様、ご活発なご討論ありがとうございました。