スパイラル
ふとした瞬間、感じる気配に、ジョミーは思わず微笑を浮かべる。
それは朝食の時間だったり、ESPの訓練中だったり、教授の講義中だったりと、様々だ。
けれども一様に、優しい母の手が、するりと頬を撫でるような感触を覚える。
誰の思念かなんて、考えるまでもない。
子供たちを除いて、殆どの者がジョミーを疎ましく思っている、この船でのことだからだ。
彼は今、船内の最奥にある、私室の寝台にて、こんこんと眠り続けている。
ジョミーを助けるため、弱った身体に無理を重ねてしまったからだった。
それはジョミーを、時期ソルジャーと見越してのことだったけれども、まだ幼く、ESPに目覚めたばかりのジョミーに、そのような価値を見出せない長老以下大多数の大人たちは、何故あんな子供のためにと、憤懣やるかたない様子である。
だがそれもいた仕方ないことだった。ジョミーは当初、彼らの仲間であることを否定していたからだ。
もし、ジョミーが最初から、彼の言葉に耳を傾けていたならば、現状はどう違っていただろう。
――考えたところで、詮無きことである。
ジョミーはゆるゆると首を振って、つまらない考えを追い払うと、目前のものに意識を戻した。
ジョミーは今、自室の寝台に背中を預けて、床に腰を下ろしている。
その前には、大小様々なビー玉が、散りばめられていた。
ジョミーは、一際目を引く紅玉色のビー玉に視線を注ぐと、吐息を零してから、気持ちをそれに集中させる。
脳裏に軌跡を描くと、目の前のビー玉も、同じ軌跡を描いて動き出す。
硬質の音を立ててすぐ傍のビー玉にぶつかると、呼応するかのように、それも動き出した。
かちり、かちり、かちり。
室内にガラス玉のぶつかりあう音が反響し、最終的に全てのビー玉が転がることとなる。
色とりどりのビー玉が、ジョミーの思い描く通りに、滑らかな床の上を滑ってゆく。
室内灯に照らされて、きらきらと輝くそれらを、最終的に一点に纏めて止めると、ジョミーはほっと息を吐いた。
大雑把で、集中力のない君には、うってつけの訓練かもしれない。
そんな酷い言われようで、ビー玉遊びを薦められたのは、つい先日のことだった。
ビー玉を転がすくらい、なんてことない。
当初はそんな風に考えていた。
だが実際は、それほど簡単なものではなかった。
初めてESPでビー玉を転がそうとした時、ジョミーは力の加減が出来ずに、粉々に砕いてしまったからだ。
かといって力を緩めると、ビー玉は微動だにしない。
ジョミーのESPにとってはもろすぎるビー玉を、破壊することなく転がし、思うがままに操るには、細やかな力の加減と、集中力が必要だったのである。
確かに、ジョミーにはうってつけの訓練だったろう。
ジョミーは頭をくったりと寝台に預けると、天井を仰ぎ見た。
ここのところ、一人の時間は全てESPの訓練に費やしている。
ジョミーにとって、大きな力を行使するよりも、こうした細やかな作業の方が、より疲れるように感じた。
だが、弱音を吐いている時間はない。
その時、またしても彼の気配を感じて。
ジョミーは目を閉じると、彼方、寝台で眠る彼に、意識を寄せた。
大丈夫です。
僕は、大丈夫です。
だから、貴方はゆっくり休んで下さい。
僕のことなど、気にせずに。
しかし、いくらジョミーがそう願ったところで、今のままでは、彼の心配が尽きることはないだろう。
だからジョミーはESPの訓練に、心血を注いでいるのだ。
命を懸けてジョミーを助けてくれた、ソルジャー・ブルーのために。
彼の、安息のために。
果ては彼の願いの成就に、繋がるかもしれないから。
遠く、隔てられた場所で、ソルジャー・ブルーが笑んだように感じられて。
ジョミーもその面に、笑みを浮かべた。
終