かくれご






想定外のできごとに直面すると、人はしばしの間、思考力を失ってしまうものらしい。

青の間の、空の寝台を見つめながら、ジョミーはつかの間ただぼんやりと佇んでいた。
それからはっとした面持ちになると、慌ててきょときょとと辺りを見回した。
だが薄暗くはあるけれども、ブルーの寝台以外に一切の家具が置かれていない青の間において、人知れず隠れていられる場所などあろうはずもない。

吐息をもらしたジョミーは気を取り直すと、瞼を閉ざした。
意識を集中して、船内に思念波を巡らせる。
所詮は宇宙空間を漂う船でのこと、すぐにでも探し人の存在を確かめられるはずだった。

ところが、いくらくまなく船内を検めてみても、彼の気配を捉えることができない。
初めのうちは見過ごしてしまったのだろうと楽観視していたジョミーだったが、時が経つにつれその表情には焦りの色が滲んでいった。
ここのところずいぶん具合がよさそうだったけれども、一時は生死の境を彷徨っていた人である。
一向に掴めない足取りに、不安にならないほうがおかしかった。

居ても立ってもいられなくなったジョミーは、不意に目を開いたかと思うと、テレポートを始めた。
手当たり次第に彼の向かいそうな場所を転々としていく。
メインデッキを始め公共区域はもちろん、ジョミーやハーレイの私室まで。
だが、それでもジョミーがブルーの姿を見出すことはできなかった。
必死の形相でテレポートを繰り返すジョミーに、至る所でかちあったミュウたちが、驚きの面を向けただけである。

考えられるところ全てに立ち寄ってしまったジョミーは、再び青の間へと戻ってきた。
行き違いの可能性を考慮してのことである。
しかしブルーの寝台は、相変わらず空のままだった。
今一度船内を探ってみるが、やはり彼の気配はない。
ジョミーは血の気が引くのを覚えた。
唐突に、ぐったりとした彼の身体の重みが思い出される。
それは失いかけた命の、重さだった。

「ブルー!」

堪えきれない恐怖に、ジョミーは思わず叫んでいた。
その想いは思念となって、船内にも散ったようだった。
すぐさま至るところから、なにごとかと様子を窺う思念が寄せられる。
ジョミーは皆に状況を説明しようとして、その時、ふと微弱な思念に気がつき絶句する。
それは確かに、ジョミーを呼ばわる言葉を連ねていた。

『ごめん、なんでもない』
しきりと問いかけてくる仲間たちにそう告げたジョミーは、微弱な思念の送られてくる先を懸命に辿った。
そしていくばくも経たぬうちにとある場所を特定すると、急ぎテレポートする。

「ブルー!?」
「しっ!」

ジョミーの悲痛な叫び声は、しかしようやく探し当てた人によって遮られてしまった。
ブルーのあまりの剣幕にジョミーが思わず口を噤むと、人差し指を唇にあててジョミーを見上げていたブルーは、ほっとしたような表情を浮かべた。
いい子だといわんばかりに微笑をたたえている。
手で傍に来るよう促されたジョミーは、わけがわからないままに従うしかなかった。
事態の急展開に、どうも思考がついていかない。

ブルーは公共緑地区域の、生い茂った低木の陰にひっそりと座っていた。
シャングリラ内で、公園のような役割を担っているスペースである。
繁茂する草花が、味気ない宇宙生活にささやかな慰めをもたらしてくれる、ミュウにとっての憩いの場だった。
ジョミーはもちろん、先だってこのスペースも検めていたのだが、ブルーの気配に気がつくことはなかった。
その姿を目視できなかったのは、ブルーが普通は入り込まない低木の陰にいたからに違いないが、思念を察せられなかったのはおかしい。

ブルーの隣に腰を下ろしたジョミーは、彼に視線を向けた。
だがブルーは困ったような面持ちになると、手をこまねいてジョミーにもっと近くへ寄るよう促す。
困惑に首を傾げたジョミーが口を開きかけると、ブルーは再び人差し指を唇にあて、かぶりを振った。
どうやら話してはならないらしい。

仕方なくジョミーが思念で話しかけようとしたその時、二人の頭上から、不意に子供のたどたどしい言葉が振ってきた。

「ブルー! 見ぃーつけたぁー!」

「は?」

反射的に顔を上げたジョミーの視界に、低木越しにこちらを覗き込む子供の、満面に笑みを浮かべた可愛らしい顔が映った。
思わずぽかんとするジョミーをよそに、傍らのブルーが大きなため息をつく。

「ほら、見つかっちゃったじゃないか」
そう言ってゆっくりと立ち上がったブルーは、苦笑を浮かべつつジョミーを見下ろした。
低木の向こうでは、子供がぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながら遠ざかっていく。
そんな二人を順繰りに眺めたジョミーは、ようやくあることに思い至り茫然と口を開けた。
全身から力が抜け、後ろにひっくり返ってしまいそうなほどの安堵を覚える。

「次は、僕が鬼なのかな?」
そんなジョミーの胸中を知らぬブルーは、子供の背を見送りながら、顎に手をあてて呑気なことを呟いている。
つと視線をジョミーに移すと、小首を傾げた。

「君も仲間に入る?」
「馬鹿っ!」
「え?……わっ」

あまりにも能天気なブルーの言動に、安堵を通り越して怒りを覚えたジョミーは堪らずに叫んでいた。
だがその言葉とは裏腹に、ジョミーは膝立ちするとブルーの腰にしがみつく。
まるで迷子の幼子が、ようやく保護者に巡り会えたかのような所作である。

「ジョミー? どうかしたのか?」
ジョミーの突然の行動に驚いたのだろう。
ふらつく身体のバランスを取りながら、ブルーがどこかうろたえたような声音でもって問いかける。
ブルーのマントに顔を埋めたジョミーは、いくぶんくぐもった声で懸命に訴えた。

「急に――いなくなって、気配もなくて―――。僕がどれだけ、心配したと――」
「ああ……」

憤りから、ジョミーの言葉はずいぶんとたどたどしいものだったけれども、ブルーはその想いを汲み取ったようだった。
途端に、申し訳なさそうな面持ちとなる。
だがブルーにしかと抱きついているジョミーは、その表情に気がつくことはなかった。

「すまない、驚かしてしまったんだね」
「そう、ですよ」
「ジョミー……泣かないで」
「泣いてなんか、いません」

ブルーの困ったような口調に、ジョミーは顔をいっそうマントに押し付けると、強がりを口にする。
だがかすかに震える身体は隠しようがない。
せめてもの抵抗とばかりに、ジョミーはこぼれ落ちそうになる嗚咽を必死に堪えていた。

「そうか」
そんなジョミーの努力を察したブルーは、あえてそれ以上追求しなかった。
眼下にあるジョミーの頭に手をやると、くしゃくしゃと髪をかき混ぜる。

「いなくならないよ」
「……」

ぽつりと囁かれたブルーの言葉に、ジョミーの身体がわずかにはねる。
だが返答はなかった。
ブルーは吐息をもらすと先を続けた。

「君に黙って、いなくなったりなんかしないから」
「……当たり前です」

苛立ちを隠そうともしない口振りに、ブルーは思わず笑みをもらした。










なんつーかもう、ねぇ?
20070729



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