磨きこまれた船の床で、足音を殺すのは容易ではない。
どんなに注意を払っても、鈍い靴音までは隠しきれなかったろう。
それが静寂に包まれた薄暗い室内では、なおさらである。
徐々に近づいてくる密やかな話し声と靴音に耳を傾けながら、ジョミーはそんなことを考えていた。
足音の主たちは、すぐにジョミーの傍までやってきた。
一旦足を止めると、彼らはてんでばらばらな方向に散っていったようだった。
しんとした空気を震わせる、小さな靴音がそこかしこから聞こえてくる。
見つけられるものなら見つけてみろと、ジョミーは胸中で舌を出した。
「ここでも、ないようだな」
ハーレイの囁くような声を合図に、足音は一斉に遠ざかり始めた。
暫くして、ドアを開閉する際に生じる空気音が、微かに耳に届く。
残されたのは、重苦しいばかりの沈黙である。
『……行ったよ』
空気を振動させることなく脳裏に届いた言葉に、ジョミーは笑みを浮かべた。
潜んでいた寝台の陰から立ち上がると、小さく縮こまらせていた身体をうんと伸ばす。
ついで寝台の上に目をやれば、先刻までは確かに閉ざされていた紅玉色の瞳と視線がかち合った。
その瞳が、笑みの形に細められる。
『見事に隠れおおせたね』
どこか揶揄うような口調のブルーに、ジョミーはしてやったとばかりに浮かべていた笑みを引っ込める。
「変なことにばかり力を使ってるって、思いますか?」
『いや……ただ感心してるだけだよ』
そう言って、ブルーはくつくつと笑い出した。
まるで面白がっている風のブルーに、ジョミーはちょっとだけ頬を膨らませる。
お目付け役ハーレイや長老たちとジョミーの間で、日々繰り広げられる攻防戦も、ブルーにかかっては子供の諍いごとのように思われるらしい。
『君ほど力があると、自らの存在を消し去ることも可能なんだね』
ジョミーの不貞腐れた様子に気がついたのか、ブルーはふと表情を改めると言った。
ジョミーとしても、いつまでもむくれているつもりはない。
ブルーの言葉にきっかけに、照れ笑いを浮かべると答えた。
「……この船の仕組みを、応用しただけです」
『大抵の者は、知っても応用は出来ないよ』
「そう、かな?」
『そうだよ』
首を傾げるジョミーに、ブルーは小さく頷いてみせる。
それからほっと吐息をつくと、目を閉ざした。
疲れさせてしまったのだろうかとジョミーは危ぶんだが、ブルーは変わらぬ調子で言葉を繋いだ。
『よくそんなことを、してみようと思ったね』
「それは……だって……」
ブルーの思いがけない質問に、ジョミーはつい、言いよどんでしまう。
『それは……なに?』
だがジョミーの胸中なぞ知る由もないブルーは、重ねて問うてくる。
その閉ざされた瞼の、長い睫を眺めながら、ジョミーはぼんやりと考えた。
――貴方との時間を邪魔されたくないから、なんて言ったら。
ブルー。
貴方は一体、どんな反応を見せてくれるのだろう?
「……単なる、思いつきですよ」
だが唇から零れ落ちたのは、当たり障りのない言葉だった。
ジョミーの言葉を、態度を、どう思ったのか。
ブルーは目を開くと、じっとジョミーを見つめてきた。
彼の瞳は、なにもかもを見透かす力を持っているようで、こうして見つめられていると、ずいぶん居た堪れない心地を覚える。
「……力を操れるようになるのは、いいことだ」
不意に口を開いたブルーに、ジョミーは曖昧な笑みを浮かべた。
終