飛行夢 〜案ずる人々・おまけ
「ちょっと……リオ? 先触れって……リオ!」
リオの唐突な振る舞いに、ジョミーは慌てて口を開いた。
だが聞こえていないはずはないのに、彼は足早に部屋を出て行ってしまう。
室内に、ジョミーの声が空しく響くばかりだ。
後に残された二人のソルジャーは、呆気に取られた面持ちで、リオの去って行ったドアの辺りを眺めていた。
どちらからともなく顔を見合わせると、ブルーは首を傾げ、ジョミーは肩を竦めた。
「――行っちゃいましたね」
「リオは時折、ああして不意にいなくなってしまうね」
ジョミーがため息混じりに呟けば、ブルーは不思議そうな声音でもって応じる。
その通りだと、ジョミーは大きく頷いた。
それから二人して、今一度ドアに目をやる。
リオの奇行は、こうして三人でいるときばかりだと、ふと思った。
まさか、ね。
脳裏をよぎった考えに、ジョミーは勢いよく頭を振った。
きょとんとした面持ちのブルーに、曖昧な笑みを浮かべて自らの所作を誤魔化す。
寝台に近寄ると、その端に浅く腰かけた。
君はソルジャー・ブルーに対して遠慮がなさすぎると、目くじらを立てるのは決まってハーレイだ。
だが長老たちも、口には出さないが同じように思っていることは明らかである。
だからジョミーがこうして振舞えるのは、人目のないときに限っていた。
当の本人が容認してくれているのに、何故周りがうるさく言うのかと、以前はずいぶん反発を覚えたものである。
しかし年を経ることによって、ジョミーにも組織とはそういうものなのだと分かった。
そして理解した以上、従わないわけにはいかない。
ジョミーが顔を向けると、ブルーは幾分不思議そうな表情をした面に、笑みを浮かべてくれた。
胸中がほんわりと温かくなるような彼の笑顔に、ジョミーも破顔する。
ソルジャーであるジョミーは、毎日を大変多忙にすごしていた。
そして先のソルジャーであるブルーも、ジョミーほどではないにしろ、やはり忙しくすごしている。
二人の周りには常に誰かしらが居り、個人的な時間を持てることはごく稀であった。
ソルジャーとはそういうものなのだから、仕方のないことである。
だからこそ、二人きりになれる時間は貴重だった。
そしてリオは、あえてそんな機会を二人のソルジャーに与えてくれているようなのだ。
まるで気を利かせるみたいに、リオは三人でいるとき、なにがしかの理由をつけてその場を辞してしまう。
先刻だって、そうだ。
まさか、ね。
ジョミーは自らの考えを、再び否定した。
リオが気づいているなんて、そんなことありえない。
ジョミーもブルーも、その点は慎重に対処している、つもりだ。
「――ジョミー?」
「え?」
知らず物思いに耽っていたジョミーは、結果的にブルーの言葉を無視していたようである。
我に返ってみれば、すぐ目の前にブルーの端整な面持ちがあった。
心配げに眉根を寄せて、じっとジョミーを見つめている。
その唇が、ゆっくりと開かれた。
「ぼうっとしてるね。疲れてるんじゃないか?」
「あ――いえ、いいえ。違います、大丈夫です」
慌てて頭を振るジョミーに、しかしブルーは疑わしげなまなざしを向ける。
「そう?」
「はい、もう、全然」
だがジョミーが重ねて言うと、ブルーは困ったような笑みを浮かべて吐息をもらした。
きっと、言い出したら聞かないジョミーの性格を見越して、早々に追求を諦めたに違いない。
「それならいいんだけど……、これから、長老たちのところへ行くんだろう」
「あっ……はい……」
しかしほっとしたのもつかの間、ブルーの言辞にこれからの面倒を思い出して、ジョミーは途端に元気をなくしてしまった。
消え入るような声で応じると、ブルーにくすくすと笑われた。
「頑張っておいで」
「あの……一緒に――」
「それは駄目」
みなまで口にする暇もなく、有無を言わせぬ調子で断られて、ジョミーはむっつりと黙り込んだ。
ブルーはジョミーに甘すぎるだなんて、ハーレイや長老たちはよく言うけれど、実際にはそうでもない。
確かに、些細なことでは甘やかしてくれている。
でもこうしたお願いは、却下されるのが殆どだった。
分かっていて、それでもジョミーは、一縷の望みをかけずにはいられない。
稀に了承をもらえることもあるからだ。
もちろん、ブルーがジョミーの今後を考えて、あえて突き放しているのだと知っている。
だから一度断られたら、しつこくはしない。
渋々従うのみである。
「……分かりました」
ジョミーは気乗りしないままに頷いた。
穏やかな笑みを湛えたブルーは、ジョミーの首肯に、小さく頷き返してくれる。
その手が不意に伸ばされて、優しく頬を包まれた。
きょとんとするジョミーの眼前に、ブルーの面が近付いてくる。
触れるだけの口付けは一瞬で離れていって。
あまりの名残惜しさに、ジョミーはすぐさまその後を追いかけた。
温もりを捕えると、深く口付ける。
許されるままに、口内をも思うさま味わった。
「……さあ、行っておいで。きっとリオが待ちかねているよ」
「はい」
ほんのりと頬を染めたブルーに促されて、ジョミーは身体を離した。
寝台から降りると、踵を返しかけて、しかし今一度寝台に片膝をつく。
不思議そうに首を傾げるブルーの耳元に唇を寄せると、補聴器ごしに囁いた。
ブルーは瞬間、思案するような面持ちになった。
だがすぐに苦笑を浮かべると、首肯してくれる。
ジョミーはぱっと顔を輝かせると、今度こそ寝台から降り、身を翻した。
「ジョミー。なにを言われても、まずは深呼吸だ」
背に投げかけられる助言に、ジョミーは顔だけ振り返ると、了解の合図代わりに手を振った。
今日はなんだって我慢できるはずだと思ったけれども、あえて口には出さずにおく。
ブルーを困らせるのは本意ではないからだ。
終