嬉しいコト
いつものように練習用ユニフォームのまま家を出て、グラウンドに向かう。
フェンスをはよーって言いながらくぐったら、みんなからおはようと一緒に、誕生日おめでとうってさっそく言われた。
昨日、明日が誕生日だってこと、アピールしまくったおかげかもだけど、やっぱいくつになっても、おめでとうって言ってもらえるのは、すっごく嬉しいな。
だってそれって、生まれてきてくれてありがとうってことと同じだろ? ゲンミツにさ。
オレは満面に笑みを浮かべながら、グラ整をしたり用具の準備をしたりしているみんなを見渡した。
オレが一番最後だったみたいで、メンバーはもうすっかり揃っている。
でもその中に、約一名の挙動不審者を発見して、オレは視線を止めた。
……そういえば、さっきのおめでとうの中に、聞き間違えようのない特徴的な話し方をするこいつの声が、混じってなかったような気がする。
それってちょっと、寂しいんだけど?
だってオレはこいつのことが超スキで、部活でもクラスでも一番につるんでるのにさ。
嫌がられたりしたことなかったから、てっきりこいつもそうだと思っていたけど、あれ? それってもしかして、オレの激しい勘違い?
……いやいやそんなはずはないだろって、オレはかぶりを振った。
こいつに本心を隠すだなんて器用な真似、できるわけないもんな。
きっとなんかしら事情があるに違いない。
そう思ったオレは、おろおろとに慌てふためいてるっぽいそいつ声をかけてみることにした。
「はよっ、三橋」
「うっ、ひぐっ」
――そしたら、泣かれた。
そりゃもう盛大にぼろぼろと、涙をこぼされた。
こいつが泣くのなんて日常茶飯事で、別にそのこと自体は驚くほどのもんでもないけど、その原因がオレっていうのは初めてなんじゃねーか?
だからオレはもう驚いて、猛烈に驚いて、慌てて三橋のところに走った。
「どした三橋、また阿部にいじめられたのか?」
「いじめてねーよ!」
一番可能性の高いことを口にしたら、当の阿部に怒鳴られた。
それだけじゃなくって、こんなことまで言われた。
「おまえのせいだおまえの」
「へ?」
オレはもうわけが分からなくて、思わず首を傾げたね。
だってオレと三橋は今日、初めて顔を合わせたんだぜ?
昨日の帰りだってフツーにバイバイしたし、心当たりなんてまったくなかったからさ、ゲンミツに。
三橋はアンダーの袖で顔を拭いながら、相変わらず泣きじゃくっている。
オレは三橋の顔を、下から覗き込んでみた。
「おーい、三橋どうしたー?」
「うっ、うえっ」
「オレ、なんかしちゃった?」
「ひっ、ひっ」
「……」
「うっ、うぅ〜」
……困った。
自他共に認める三橋の通訳なオレだけど、今日ばっかりはこいつがなに言いたいんだかさっぱり分からない。
でもこのままじゃ練習にならないし、原因はオレってことでモモカンに握られるのもいやだし、なによりも早いとこ解決しないと、せっかくの誕生日なのに、三橋におめでとうって言ってもらえないまま終わってしまう。
オレは急いで顔を上げると、きょろきょろと辺りを見回した。
事情を知ってそうな阿部を捕まえるためだったんだけど、用具室に道具でも取りに行ったのか、グラウンドに阿部の姿はなかった。
うーん困ったなどうしよう……。
なんて考え込んでいたら、いつの間にか栄口が、三橋の傍に立っていた。
ぽんぽんと三橋の背中を叩きながら、ゆっくりでいいから田島に説明しな、なんて言ってる。
あれ? てことは栄口も事情を知ってるわけ?
栄口に背中をさすられて、ちょっとは落ち着いたらしい。
三橋の涙は少しだけ、治まっていた。
ぱくぱくと口を開いて空気を取り込んでは、言葉を発する準備をしているみたいだった。
オレはじっと黙って、三橋が喋るのを待っていた。
「オ……オレ……」
「うん」
ようやく話始めた三橋にほっとしたオレは、大きく頷いた。
「肉まん……田島君……」
「誕生日だから肉まん買ってきてくれたのか?」
「ひっ……で……オ……た……」
「でも我慢できなくて食べちゃったのか……」
「ごっ、ごっ、ごっ、ごめ……」
それだけ口にするのが限界だったみたいで、三橋はまたぼろぼろと涙をこぼし始めた。
でもオレには十分だったよ三橋。
頑張ったな、ありがとな!
オレは三橋の頭に手を伸ばすと、ぴんぴんはねている髪を優しく撫でた。
それからこう言った。
「じゃあ今日の帰りはコンビニ寄って、肉まん食べるぞゲンミツに!」
「うっ、オ……オレ……」
「なに、おごってくれるの?」
「んっ、んっ」
「うひょっ、ありがとな!」
こくこくと頷く三橋に、オレは満面に笑みを浮かべた。
けどまだ肝心なことを聞いてないやって思い出して、三橋の耳元に口を寄せると囁いた。
「そいでさ、おまえなんか忘れてない?」
「え……?」
オレの言葉に、三橋はきょとんとした表情を浮かべた。
分かってもらえるかなって、オレがどきどきしながら待っていたら、三橋はあって顔になった。
それからちょっとだけ目を伏せると、もじもじしながら口を開いた。
「あの、お、お誕生、日、おめでとう、ございます」
「サンキュー三橋ぃ」
珍しく察しのいい――なんて言い方は失礼か? ――三橋に、オレは嬉しくなって勢いよく飛びついた。
したらいつの間にか戻ってきてたらしい阿部に、危ねーことしてんじゃねーって怒鳴られて。
オレと三橋は顔を見合わせると、怒られちったって笑いあった。
なんだか誕生日の出だしとしては、いい感じじゃね? ゲンミツにさ!
終
田島様お誕生日おめでとう!
20071021
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