プレゼント






「えええっ! なんでぇ!?」


悲痛な面持ちで叫ぶ水谷に、泉は顔を顰めた。
いちいちやかましいやつだなぁと思ったからである。
というのも、たいして広くもない泉の部屋に、二人きりでいるからだ。


家族の出払っている泉家は、しんとしていた。
時折表を走る車の音が聞こえるばかりだ。
そんな中、泉と水谷はベッドに並んで腰掛けている。
より正確にいうと、ベッドの端に腰掛けて雑誌を繰っている泉に、水谷が斜めに座って身体を向けている格好だ。
従って、意思の疎通に大声など出す必要もない。
にもかかわらず水谷は、大きな声で叫んだのだ。
泉がうんざりするのも仕方のないことだろう。
時折そういったことをしでかす水谷に、常ならば鉄拳制裁も辞さない泉だったが、今日はさすがに気がひけてたのでやめておいた。
ため息混じりに、口を開く。


「――なんでもくそも、回らない寿司だぜ?」
「うっ……それは……」


瞬間、怯んだ様子を見せた水谷に、泉は更なる追い討ちをかけた。


「な、おまえだって寿司取るだろーが」
「う゛う゛う゛ー……」


腹の底から絞り出すような呻き声を上げつつ、水谷はがっくりと項垂れた。
その哀れな様子に、泉もわずかながら罪悪感を覚える。
だが先刻口にした通り、相手は回らない寿司なのだ。
しかも常ならば、回転寿司に行ってさえつきまとう個数制限が解除されるのだから、尚更である。
食欲旺盛な高校球児としては、いた仕方ない選択といえよう。
その結果、恋人とすごす誕生日を諦めなければならないとしても、だ。


しかしながら泉だって、昨日母親からそうと告げられるまでは、当たり前のように水谷とすごすものだと思っていた。
なんとなく気恥ずかしくて水谷には確認していなかったけれども、どうやら水谷もそう思っていてくれたようである。
となると、この場合どうしたって泉に非があると言わざるをえない。
たとえどんなに文句を言われようとも、黙って聞くしかないだろう。


そんな覚悟と共に、泉はじっと水谷の次の言葉を待った。
水谷は、しばらくの間変な呻き声を発していた。
だが不意に口をつぐんだかと思うと、ぽつりとこんなことを言った。


「……オレの分も、楽しんできて……」


「――おお」


水谷の予想外の発言に、肩透かしをくらった泉は一瞬遅れて返事をした。
けれどもすぐに笑みを浮かべると、健気なことを言う水谷に顔を向けた。
それからふと思い立って、手にしていた雑誌を床に放ると、俯いたまま膝の上でぎゅっと両手を握り締めている水谷に顔だけでなく身体を向けた。
軋むベッドに訝しさを覚えたのか、水谷がゆるゆると面を上げる。
知らぬ間に水谷をじっと見つめていた泉に驚いたのだろう、わずかに目を見開いた。
だがすぐにちょっとだけむくれたような表情をしてみせる。


「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
「うん、だからさ」
「へ?」


泉の言葉に、水谷はきょとんとした面持ちになった。
あまりにもわかりやすい水谷の反応に、泉はますます笑みを深めると先を続けた。


「明日はオレ、練習終わったらすぐ帰らなきゃだろ。だから誕生日プレゼント、今日くれよ」
「えっ!? 無理」


すると水谷は、両手をぱたぱたと胸の前で振りながら即、否定してみせた。


「だって泉、言っといてくれないから……。オレ、プレゼント持ってきてないよ」


ひどく困った顔をして首を傾げる水谷に、泉はそう、と頷いた。
ついでにちょっとだけ、水谷の方へとにじり寄る。


「じゃあ今あるもんでいい」
「今あるって……わっ」


水谷の慌てふためいた声と、重いものを受け止めたベッドの音が、静かな部屋に響き渡る。
たれ気味の目をまん丸に見開いて、呆然としている水谷を、泉は真上から見下ろしていた。
その両手は、水谷の両肩をベッドにぬいとめている。


「……今日みんな帰り遅いんだ」


そう呟く泉に、ようやく状況を察したらしい水谷が、瞬間、考えるような素振りを見せた。
だがすぐに笑みを浮かべると、口を開いた。


「こんなんで、いいの?」


こんなんがいいんだよ、という泉の答えは、水谷の唇の上で囁かれた。









続きが書きたいような気もする。
20071208



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