変わる時間






四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いて、教室はにわかに活気を取り戻した。
高校に入ってから初めての、お昼休み、だ。


もたもたと教科書やノートを机にしまったオレは、お母さんが作ってくれたお弁当を鞄から取り出した。
包みを広げかけて、一瞬、飲み物をどうしようかと考える。
でも一人で買いに行くのは寂しいから、別にいいやと思った。
思ってから、かあっと頬が熱くなるのが分かった。
きっとオレは今、真っ赤になっているに違いない。


一人が寂しいだなんてずうずうしいこと、いつの間にか考えるようになっていた。
中学のときには、ありえないことだった。
自分のせいだから仕方ないけど、オレは中学ですっごく嫌われてて、誰かと一緒にご飯を食べるなんて、なかったからだ。
ううん、一年の夏くらいまではそうでもなかったんだけど、夏以降は、一切なかった。
一人が当たり前だった。
どんなに寂しくても、自分がいけないんだから我慢しなくちゃって思ってた。
それは三星を出てからも、変わらないはずだった。
だって、オレの性格が悪いせいだから、学校が変わったところでオレと一緒にご飯を食べてくれる人なんて、いるわけがないからだ。


でも、でも――。
西浦のみんなは、違った。
こんなオレにも優しくしてくれる。
一緒にご飯を食べてくれる。
それどころか帰りだって、一緒に帰ってくれる。
最初のうちはあんまり幸せで、嬉しくて、オレはよく大泣きしてしまった。
さすがに呆れられちゃうかなって思ったけど、やっぱりみんなはいい人で、慰めてくれるばかりだった。
だから余計にオレの涙腺は緩んじゃって、大変なことになってしまうんだけど。


だから、平気。
クラスでは一人でも、もう平気。
部活で一緒にご飯食べてくれるみんながいるんだから、全然平気。
でもちょっとだけ寂しいな、なんて、ずうずうしいこと考えちゃうのは許してほしい。
絶対に口にしたりしないから、こっそり思うのくらいは、いいよ、ね。


「三橋ー!」
「ひゃっ!」


そのとき、不意に声をかけられて、オレは手にしていたお弁当の包みを危うく床に落としてしまうところだった。
両手でぎゅっとお弁当を抱きとめて、なんとか惨事を免れる。
それからようやく声のした方へ顔を向けると、泉君と田島君が二人でオレを見ていた。
途端に心臓がばくばくとやかましい音を立て始める。
オレ……なんかしちゃったのかな? 
二人とも、不思議そうな顔でオレを眺めてる。
でも、さっきまで授業だったし、それ以前に今日は教室に来てから特に話はしてないし、思い当たることなんてない。


だからかな。
オレはこの場から逃げ出したい衝動にかられた。
けどなんとか踏みとどまった。
どんなこと言われるにしても、部活で仲良くしてくれる二人を無視するようなことだけは、絶対にしちゃいけないと思ったからだ。
オレはごくりと息を飲み込むと、恐る恐る返事をした。


「な、なんです、かー?」
「なにって……飯だろー?」


すぐさま泉君の、呆れたような声が返ってきた。
やっぱりオレ、なんかしちゃったんだ。
泉君、オレに呆れてる……。
思わず涙がこぼれ落ちそうになって、オレは慌てて歯を食いしばった。


「早く食おうぜ」
「へ?」


でも継いで発せられた田島君の言葉に、オレは間の抜けた声を出してしまった。
今にも泣きそうになっていたことすら忘れて、ぽかんと口を開けてしまう。


「めーし」
「こっち来いよー、弁当あるんだろ?」


そう言って田島君が、自分の隣に引き寄せてあった椅子をばんばんと叩いている。
田島君自身は、泉君の席の前の人の椅子を借りてるみたいだった。
泉君は、自分の席でぱたぱたとオレを手招いてくれている。
えーっと、えーっと。
もしかして泉君と田島君は、クラスでもオレと一緒にお弁当、食べてくれるんだろうか。


「う、ひ」
「……変な顔して笑ってないで、さっさと来いっての」
「は、いっ!」


泉君のうんざりした顔に、オレは慌てて頷くと、二人のところへ向かった。
やっぱりやめたとか思われる前に、あの席に座らないといけないって、すごく焦っていた。
でも教室内は障害物が多くて、オレの席と泉君の席は教室の端と端で離れていて、どんくさいオレはもたもたしてしまって、また涙がこぼれそうになって顔を上げて、それでようやく気がついた。


阿部君、が。


廊下の窓から、教室を覗いているのに。


でも阿部君は、オレと目が合うとちょっと困ったような笑みを浮かべて、ひらひらと手を振ると七組の方へと歩いて行ってしまった。
誰かに、用があったんじゃなかったのかな? 
それとも、オレなんかと目が合ったのが嫌だったのかな? 
けどそうだとしたら、きっと手なんか振ってくれないだろう。
じゃあたまたま通りかかって、たまたま教室の中を見ていたのかな? 
そうだと、いいな。


「三橋どうかしたー?」
「うはっ、はい」


知らず足を止めていたオレに、田島君が声をかけてくれた。
驚いたオレはまたしても変な声を上げてしまった。
それから、阿部君が、と呟いた。


「阿部ー? 阿部がどうかした?」
「う、ん。なんか教室、見てた」


再び足を進めたオレが、ようやく二人のところへ辿り着きつつ言うと、どうしてだか泉君と田島君は顔を見合わせた。
にやーっと笑みを浮かべている。
オレは首を傾げた。


「あの、その、ど、どうかし……」
「あーなんでもねーなんでもねー。さー飯食うぞ」
「どーせ通りすがりにちょっと覗いてたんだろ、気にすんな。いただきまーす!」


そう言って二人は、なにごともなかったかのようにお弁当を食べ始めた。
途端にオレもすごくお腹がすいていたのを思い出して、オレのために用意されていた席につくと泉君の机を借りてお弁当を広げ始めた。
二人がなんでもないって言うんだから、きっとなんでもないんだろう。
だから気にしなくっていいんだ。
それよりもせっかく誘ってくれたんだから、早く二人と一緒にお弁当を食べなくちゃって、思った。


「あれ三橋飲むもんないの?」
「う、うん」
「オレもだからあとで一緒に買いに行こーぜ」


田島君の言葉に、オレは大きく頷いた。









まだ出席番号順に座っているということにしておいてあげてください。
20071026



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