いちばん 〜その後〜
後始末を終えた阿部と三橋は、ベッドに並んで腰かけて、のろのろと服を身に着けていた。表はいつの間にか真っ暗になっている。わずかに届く街路灯の灯りが、唯一の光源だった。まだ六時前だというのに、ずいぶんと日の落ちるのが早くなった。これからは、どんどんと練習時間が短くなっていく。菓子の食いすぎもだけど、投球中毒の三橋が投げ足りない気持ちを家で発散したりしないように、注意しなければならない。
そんなことを考えながら、阿部は三橋を見た。薄暗がりの中三橋は、どこかおぼつかない手つきで、もたもたとぼたんを留めている。その一生懸命な姿に、気がつけば笑みを浮かべていた。今日はミーティングだけだったし、身体が辛くないようなら、あとでちょっとだけ放らせるのも、いいかもしれない。
ようやくシャツのぼたんを全部留め終えたらしい三橋は、はふと吐息をもらしている。それからきゅっと口元を引き締めて、不意に面を上げた。阿部と目が合うと、驚いたのか目をまん丸に見開いた。手元に夢中になるあまり、阿部の視線に気がついていなかったのだろう。だがすぐに気を取り直したらしく、おずおずと口を開いた。
「あ、の、阿部君」
「ん?」
阿部は笑顔のまま首を傾げた。
「と、とりっくおあ、とりーと」
「は?」
だが継いで発せられた言葉に、顔が引き攣るのを感じた。
「とりっく、おあ、とりーと。お、お菓子くれないと、いたずら、しちゃいます、よー?」
「……おまえさぁ」
こめかみに指をあてた阿部は、ため息混じりに呟いた。
「あんだけ菓子食っといて、まだ足りないとか言うわけ?」
「うっ、そじゃ、なくて」
「だったらなんなんだよ」
「お菓子、持ってない?」
「持ってねーよ、つか持ってたとしても、絶対やらねー」
「うひっ」
「……おいなんでそこで笑うんだよ……」
阿部の不機嫌な声をものともせずに笑う三橋に、阿部は少々怯んだ。普段はちょっと声を荒げただけで、すぐに泣き出すからだ。だが三橋は、へらへらと笑っている。
「じゃあ、あ、阿部君にも、いたずら」
そんなことを言って、ずりずりと尻を滑らせると、阿部ににじり寄ってきさえした。しかも上体を傾けて、顔をのぞきこんでくる。いつにない三橋の積極的な行動に、阿部は驚きのあまり言葉を失っていた。すると嬉しそうに頬を染めた三橋の顔が、不意に近づいてきた。
むにっと押し付けられた唇は、あたたかくて、やわらかくて。とてもつたないキスだったけれども、阿部の理性を飛ばすには十分な効果を持っていた。
「むふっ、い、いたずら」
阿部の目の前で、三橋は満足げに笑っている。その身体を衝動のままにぎゅっと抱き締めた阿部は、三橋をベッドに押し倒した。二人分の重みを受け、ベッドがぎしりと大袈裟な音を立てる。なにが起こったのかいまいち理解できないのだろう、三橋は忙しなくまばたきをしながら、きょときょとと辺りに視線をさまよわせている。
「あ、あ、あ、阿部君?」
「……三橋が煽ったんだからな……」
やっぱりキャッチボールはなしなしとこころの中で繰り返しながら、阿部は先刻身に着けたばかりの三橋の服を脱がしにかかった。
終
2007年ハロウィン小話。
拍手お礼でした。
20080601
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