隔たり






「ねーねー泉は? 泉はお菓子もらえなかったの?」
「もらった。けどお子様二人にやっちまった」
「えーなんでぇ! オレ楽しみにしてたのに」

ミーティングの後、忘れ物を取りに教室へ戻った泉の後をついてきた水谷が、なぜかふてくされたおももちでぶーぶーと文句を言っている。西日の差し込む教室に人気はなく、大袈裟な水谷の言葉がやかましくて仕方がない。泉はため息をつきつつ、机からノートを取り出しかばんにしまった。

「……どうしてオレのもらったもんを、おまえが楽しみにしてるんだよ……」
「だってさー、田島と三橋がくれるわけないし、したら泉しかいないし」
「勝手にオレをあてにするな」

机を挟んで、向かい側にたたずんでいる水谷のじっとりとした視線をうっとうしく思いながら、泉はこれで話は終わりだと言わんばかりにきびすを返した。だがドアに向かって一歩踏み出したところで、背後から水谷に飛びつかれてしまい、足を止めざるをえなくなった。

水谷は泉の首に両手を回して、背中に上半身を預けるようにしてしがみついている。自分より上背のあるものにのしかかられたのだから、泉は重たくて仕方がない。だが背いっぱいに感じるぬくもりが、邪険に振り払うのをためらわせた。能天気なようでいて、その実水谷は繊細だ。いや、繊細だからこそ、ゆるーい笑顔と行動で、自己防衛しているのかもしれない。どれだけ軽口をたたき、じゃれあっていても、どこか遠く感じる水谷の存在を、意識し始めたのはいつだったろう。

「……重いからどけ」
「駄目。だってこれいたずらだもん」
「は?」
「お菓子をくれない泉にはいたずらしちゃうぞー」

水谷は先刻までの重苦しい雰囲気がうそだったかのようなふざけた口調で言うと、肩越しに泉の頬に唇を寄せてきた。だがかすかなぬくもりは、ほんの一瞬触れるだけで離れていく。泉は大きなため息をつくと、すばやく視線をめぐらせて、人気のないことを確認した。

「えっと……泉怒った?」

水谷の行為に、泉が大きなため息をついたからだろう。どこか怯えを含んだ声が、背後から発せられる。泉は幾分ゆるめられた水谷の腕を取ると、首から引き剥がした。自由になった身体を反転させると、突然の所作に驚いているらしい水谷の、まん丸に見開かれた目が視界に飛び込んでくる。間の抜けた表情がおかしくて、泉はくすりと笑みをこぼした。

「い、いずみ?」
「いたずらなら、これくらいしてみろよ」

そう言うと、おどおどと瞳を揺らしながら立ちすくんでいる水谷の唇に、自分の唇を押し付けた。わずか四センチの隔たりを、忌々しく思いながら。









2007年ハロウィン小話。
拍手お礼でした。
20080601



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