再び、完敗






「はいこれー、バレンタインのチョコだよー」


昼休み。
不意に九組に現れた水谷はそう言うと可愛らしいラッピングの施された包みを、ほい、ほい、とオレたちの前に置いていった。
途端に田島と三橋が顔を輝かせ、浜田がきょとんと目を丸くする。
んで、オレはといえば、眉間にふかーい皺が刻まれたと思う、多分。


そんなオレの表情の変化に気がついているのかいないのか、水谷はへらへらと緩みきった顔でオレたちを眺めている。


「うひょー! マジで!」


最初に奇声を発したのは、田島だった。
早速包みに手を伸ばしている。


「え、これ、オ、オオオ、オレ、に?」


継いで三橋がおずおずと手を伸ばした。
きらきらと輝く瞳が、水谷君は、いい人、だ! と言葉よりもよっぽど雄弁に物語っている。


「あー……、オレまでもらっちゃって、いいの?」


浜田は嬉しい中にも、どこか申し訳なさそうな面持ちをして包みを手にしている。
これでも一応年上だから、気を使わせちゃって悪いなぁとか思っているに違いない。


てゆーか、水谷はなんのつもりでこんなもんを用意してきたんだろう? 
みんなには内緒とはいえ、所謂お付き合いってヤツをしているオレに持ってくるならともかく、そいでお菓子大好き! 食い意地人百倍! な田島と三橋についでに配るならともかく、浜田にまでくれてやるとは。
しかも配られたチョコには差異が見受けられない。
オレがむっとしてしまうのも当然のことである。


「田島と三橋は、オレらの頼れる四番とエースだからね! そいで浜田さんには応援とかで、いつもお世話になってるし。だからそのお礼だよー」


するとオレの心を見透かしたように、水谷がそんなことを口にした。
ああそうですか。
お世話になってるからね。
そのお礼ですか。
んで付き合ってるオレはこいつらと同等の扱いなわけね。

ふーん……。


「おっ! チロルじゃん。オレ好きー」
「オ、オレも、好きだ! 水谷君、ありが、とう!」
「こんなにたくさん……、悪いねぇ」
「今いろんな味出てるじゃん? いろいろたくさんの方がいいかと思って……。遠慮なく食べてよ」


そんな胸中を知る由もない四人はいたって無邪気である。
約一名に殺意を覚えなくもないけど、水谷の目の前で八つ当たりするなんてあまり格好のいいもんでもない。
なので、仕方なくオレは身体ん中を渦巻くどろどろとした思いをぐっと飲み込むと、三人に倣って目の前に置かれている可愛らしい包みに手を伸ばした。


それは、もち巾着みたいに口をのところきゅっとりぼんで結わえてあった。
オレはりぼんの一端を持って解くと、包みを開いた。
中に手を突っ込んで、チロルをつまみ出そうと――。


……。


……アレ?


指先に触れる予想外の感触に、オレは包みの中を覗きこんだ。
途端に、かっと顔が熱くなるのを覚える。
思わず舌打ちしてしまったのは、まんまとしてやられたからだけではない。
と、思う。


「泉はー? 食べねーの?」


もごもごとチロルを頬張りながら言う田島に、オレはあーと気のない返事をした。
三橋と浜田も、不思議そうな顔をしてオレを見ている。
火照る頬を指摘されたくなくて、オレは勢いよく席を立つと、明らかに手作りと思われるチョコの入った包みをポケットに突っ込みながら言った。


「オレ、ちょっと便所」
「あ! オレもオレもー」


そしたら我が意を得たりとばかりに、水谷が後をついてきた。
田島のなんだよ連れションかよー、という言葉を背に、連れ立って教室を出る。


廊下に出て暫くすると、水谷がオレの隣に並んできた。
ちらと視線をやれば、それでなくてもゆるい顔をめいっぱい破顔させている。


あーあーしてやられましたよ。
おまえの思案通りの展開なんだろうな。


オレはあまり人気のない、校舎の外れのトイレを無言で目指しながら、二人きりになったら覚えてろよ、と心の中で呟いたのだった。









間に合った!
タイトルは「ぽとん。」発行の本をお持ちの方だけに分るネタ(?)です。
20080214



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