こちらはオフお試しページです。
さわりだけですが、参考になれば幸いです。






こころのかたち 〜本文10P〜

 それでなくとも大きな目をさらに見開いて、ジョミーはブルーを見上げていた。どこか呆けたような面持ちには、驚愕と、疑問の色が浮かんでいる。

 思念など使わなくとも、彼のこころはおおよその想像がついた。くるくるとよく変わるジョミーの面は、時に、思念よりも雄弁に数多のことを物語るからだ。こんな状況でさえなかったら、多彩な彼の表情を、ブルーは微笑ましく眺めていられたことだろう。長きに亘って、こころを押し殺すことばかり覚えてしまったブルーには、到底真似のできない所作である。

 妙な静けさに包まれた青の間には、床の上に落ちているジョミーと、そんな彼を寝台の上から見つめる、ブルーの姿しかなかった。辺りには、薄暗闇が漂っている。寝台と、その周囲だけを照らし出す淡い灯りが、唯一の光源であった。あまり芳しくない体調のせいで、一日の大半を眠りすごしているブルーを、慮ってのことである。室内がずいぶんと広いのは、まがりなりにもミュウの長を名乗る、ブルーの私室だからだ。意外と体面を重んじる、長老たちの計らいである。だが当初は無用と思われた余裕あるスペースも、ブルーが寝込みがちになってからはだいぶ重宝されている。小規模な会議から、大規模な集会まで。ブルーに移動を強いることなく、この部屋でまかなえるのがありがたいということらしかった。

 すでに一線を退いたブルーが、未だ青の間を占拠していることについては、事情がある。ブルーとて、この部屋がソルジャーとして与えられたものである以上、早々にジョミーに譲るべきだと考えた。ところが当のジョミーに、それはいけませんとたしなめられてしまったのだ。青の間には、ブルーがいるべきですなんて言うのである。ならば今後は赤の間と呼ぼうかと答えたら、ジョミーは困ったような表情に微笑をにじませて、ゆるゆるとかぶりを振った。駄目です、そうしたら僕の隠れ処がなくなってしまいます。この場所に、貴方がいる。それが僕の、支えになっているんですよ?

 そんなふうに言われて、嬉しくないものがあるだろうか。

 そもそも、ジョミーにソルジャーという大役を押し付けたのはブルーである。ミュウの長として生きていくことが、どれほど大変であるかを一番よく知っているブルーが、まだ幼いジョミーに逃れられない運命を押し付けたのだ。行くあてのないことを逆手に取り、有無を言わせなかった。半ば強引に、ミュウの過去を見せつけ、彼の優しさにつけこんだ。嫌われこそすれ、まさか好意を寄せられるとは思いもしなかった。

ところがジョミーは、ブルーを慕ってくれたのだった。拠り所としてくれたのだった。力ある次代のソルジャーを迎えたミュウにとって、力衰えた先代のソルジャーなど厄介者でしかないのに、ジョミーはどこまでもブルーに優しく接してくれたのだ。


 恥ずかしかった。どうして彼を利用することばかり考えていたのだろうかと、後悔した。

 ブルーがジョミーを後継者として見出したのは、その類まれな能力によるところが大きい。しかし実際に接してみると、彼の資質がそれだけにとどまらないのだと分かった。他者を慮るこころもちに、柔軟な思考。そういった事々が、ブルーには為しえなかったミュウの未来の安定を、確たるものにしてくれると思われた。

 そんなジョミーに、どうしてブルーが惹かれずにいられよう。すでに忘れかけていた気持ちを、思い出させてくれたのはジョミーだった。胸が締めつけられるような、それでいてあたたかいものでいっぱいになるような、不可思議な心地。苦しくて、切なくて、でも嬉しくて。後は朽ちていくばかりだと思っていた日々に、まるで明るい光を投げかけられたようだった。

 青の間には、相変わらず重苦しい沈黙が満ちていた。互いの呼気さえ聞き取れそうな静寂は、僅かな身動ぎでさえ躊躇うほどである。同じように感じているのか、床に落ちているジョミーも、先刻から微動だにしていない。両手を身体の後ろについて、両足を前に投げ出している。くしゃくしゃになった真紅のマントが、彼の後ろでわだかまっている。乱れた髪もそのままに、ジョミーはただぼんやりとブルーを見上げていた。

 ブルーのESPが、彼を寝台の上から弾き飛ばしたせいである。






とおいあなた 〜本文3P〜

 足音に気がついたのか、気配を察したのか。彼は目を落としていた分厚い本から、ふと視線を上げた。流れるような仕草で頭を巡らせると、その端整な面にふんわりとした笑みを浮かべる。ちょっとだけ首を傾けて、形のよい唇から吐息をもらしたようだった。

「ジョミー、ずいぶん早かったね」
「はっ……はいっ……駆けてっ……来ましたからっ……」

 
中庭の、木陰のベンチに腰かけたブルーの傍らに辿り着いたジョミーは、荒い呼気の隙間からなんとか言葉を紡いだ。一刻も早く彼に会いたくて、あんまり彼を待たせたくなくて、ジョミーはずいぶんと距離のある部室棟から、ここまで一息も入れずに駆けてきたのである。

 
だがいくらサッカー部で鍛えているからといっても、きつい練習の後の全力疾走はさすがに堪えた。ジョミーは両膝に手をついて前屈みになると、ぜいぜいとせわしない呼吸を繰り返す。これでは、いくら早々にブルーの元へとやって来られても、意味がない。

「ジョミー……君、大丈夫か?」

 挙句の果てに、ブルーに心配までかけてしまった。ジョミーは懸命にかぶりを振って、なんでもないという意思表示に変えた。いつまで経っても新鮮な空気を求める肺が、恨めしい。

「そんなに慌てなくても、僕は帰ったりしないのに」
「分かって……ます……けど」






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