理解不能
亘は足取りも軽やかに、駅までの道のりを駆けていた。今日は待ちに待った土曜日、転校してしまった美鶴と久しぶりに会える日だ。しかもこれからは毎週、なのである。亘がちょっと夢心地なのも仕方のない事であろう。
ただ、その理由が中学受験の為の勉強会だというのが、残念といえば残念である。だが美鶴に会えないよりは全然ましだし、もしかしたら来年から同じ学校に通えるかもしれないと思うと、亘は俄然やる気が出るのだった。
そう考えると、受験勉強だって悪いものじゃない。二人はそんなに離れた場所に住んでいる訳ではなかったが、それでも小学生が友達に会いたいからといって、頻繁に通い合える距離でもなかった。互いの保護者が、あんまりお邪魔してはご迷惑でしょうなんて言ったりもして、小学生には小学生なりの苦労が数多あるのだ。
ところが、学生の必殺技、勉強を持ち出してみると、途端に甘くなるのがまた保護者というものだ。更に今回は、塾の講師の言葉もあって―――同じ学校を受験する子がいれば、互いに刺激になって、勉強もはかどるでしょうと言ってくれたのだ―――はれて亘と美鶴は、保護者公認の元、毎週土曜日の勉強会を行う事となったのである。
これからは、毎週美鶴に会えるなんて、考えただけでうきうきとしてしまう。駅まで休みなく走っていたって、全然苦しくなんかない。
亘は気がつけば、満面に笑みを浮かべていた。そうと知って、慌てて表情を改める。自宅の傍で、にこにこしながら猛ダッシュなんかしていたら、誰に見られるか分かったものじゃない。特にカッちゃんなんかに見つかった日には、何があったのか問い詰められるに決まっている。
その時、通りすがりの店先の時計が目に入った。約束の時間まで後10分。ちょうどいい感じだ。時間にルーズな事を嫌う美鶴は、大抵時間より早く待ち合わせの場所へ来る。これまでの経験から、亘はその事を重々承知していた。今日だって、そのつもりで行動している。
亘は軽く息を吸い込んでから、ラストスパートとばかりに更に足を速めたのだった。
勢いよく駅舎に駆け込んだ亘は、足を止めると深呼吸をして乱れた息を整えた。それからきょときょとと辺りを見回せば、労せずにしてすぐに美鶴を見つける事が出来た。同じように待ち合わせをしているであろう人々に混じって、美鶴は半ば柱に寄りかかるようにして、ひっそりと立っている。腕を組んで、じっと床に視線を落としている。
亘は美鶴に声をかけようとして、しかし逡巡してしまった。周囲の様子に、ついつい気圧されてしまったからである。
美鶴の傍を通り過ぎてゆく人々―――主に女の人だ―――が、ちらちらと美鶴を振り返っているのだ。行過ぎてから、なにやらヒソヒソと囁きあったり、なかには不躾に、じっと見つめてゆく人さえもいる。
どうしてなのか、亘にもすぐ分かった。美鶴は目立つのだ。そりゃもう、とっても。その端正な容姿も、どことなく浮世離れした雰囲気も、駅の雑踏の中にあってさえ美鶴を人々の間に埋もれさせてしまう事はなかった。
なんだか、むかつく。
不意にそんな感情がわき上がってきて、亘は慌ててしまった。亘は一体何にむかついているんだ?美鶴に?いやそれは違うような気がする。
亘が自身の感情を持て余してあわあわしている時、亘の隣を通りすぎていった女の子たちが、きゃあきゃあ騒ぎながらこう言った。あの子、格好いいと。誰を指しているのか、考えるまでもない。
どうにも我慢が出来なくて、亘はずかずかと美鶴に歩み寄ると、その手を取った。物思いに耽っていたのだろうか、全く亘に気がついていなかったらしい美鶴が、ひどく驚いた顔をする。だが彼が三谷?と問いかけてくるのも無視して、亘は美鶴の腕に自分の腕を絡ませると、ぎゅうっとしがみついた。
何故そんな事をしてしまったのかもよく分からないのに、こうしていても仕方ないのだという事だけは分かってしまって。
亘は胸の痛みを堪えるかのように、ぐっと歯を食いしばった。
終