箱から取り出し、保護シールを外したばかりの真新しい携帯電話を手に、亘はにんまりと笑みを浮かべた。これまで何度強請っても買ってもらえなかった携帯だが、第一志望の中学に受かった途端、母邦子から持っていた方が良いと買い与えられたのだ。春からの電車通学に備えてのことだろう。
だが理由などどうでもいい。欲しくて欲しくて堪らなかった携帯が、今手の中にある。亘は思わず頬擦りしたくなるのを堪えた。
ぱちんと携帯を開くと、メール作成画面へと進む。これまでは操作を横で眺めていただけだけれども、意外となんとかなるものだ。
早速教えられていたメールアドレスを入力する。次は件名だ。一瞬迷ったが、まだ亘のメールアドレスを知らないのだからと、『三谷亘です』とした。
最後に本文なのだけれども、そこで亘の手はぴたりと止まってしまった。一体なにを書いたものかと、考え込む。そもそもの用件は、やっと手に入れた携帯の電話番号とメールアドレスのお知らせなのだが、折角の初メールをそれだけで終わらせてしまうのはなんだか忍びない。かといって他になにか用がある訳でもない。
携帯を手にしたまま腕を組んで、亘はうーんと唸った。自室に視線を巡らせてみるが、ネタが転がっている訳がない。大きなため息を吐くと、亘は腰掛けている勉強机の椅子の背もたれに寄りかかった。ぎしりと軋んだ音がする。
亘は組んでいた腕を解くと、再び携帯に目を落とした。暫く触らなかった所為か、画面が暗くなっている。
メールアドレスと、件名だけが入力された薄暗い画面をぼんやり眺めながら、亘はふと、用がないのなら伝えたいことを書けばいいのではないかと思った。それも、普段は気恥ずかしくて、なかなか口に出来ないようなことを。
我ながら妙案だと、亘は笑みを浮かべた。携帯を持ち直し、本文入力を選択する。途端に画面がぱっと明るくなった。まるで亘の今の気分のようだった。
亘は一文字一文字、ゆっくりと入力していった。最後に自分のメールアドレスと電話番号をつけてから、もう一度頭から読み直す。間違いなどないことを確認して、送信する。送信完了画面に、ほっと吐息を漏らした。
メールを見て、どんな顔をするのだろう、そしてどんな返信がくるのだろうと、ちょっとどきどきしてくる。
だがそれには今暫く時間がかかるだろう。亘は携帯を閉じて机に置こうとした。その時、それが着信を告げて鳴り始めた。初期設定の単調な電子音である。
亘は突然のことに驚き、携帯を取り落としそうになった。まだ他の誰にも教えていないのだから、誰からの返信かは見るまでもなく知れる。
亘は胸を高鳴らせながら、携帯を開いた。メールを確認する。
それはひどく簡潔な一言だった。
あんまりにもらしい言葉に、亘は思わず苦笑する。でもこれだけ早く返信出来たということは、もしかして亘からの連絡を待っていてくれたのだろうか? 確かに昼間会った時、今日携帯が来るということは伝えてあったけれども。
そう考えると、つれない返信もなんだか嬉しく思えて、亘はもう一度本文を見直した。そしてあれ? と思った。
本文に、妙な間があるように感じたのだ。
首を傾げた亘は、試しにキーを押してみた。画面がスクロールを始める。隠れていた文字が、不意に目に飛び込んできた。
その言葉を、亘はじっと見つめた。頬が緩んでしまうのを、どうにも止められなかった。一度ぎゅっと携帯を抱きしめると、それを机に置く。放り出してあった説明書を手に取ると、ページを繰った。
大切なメールを、消さないでおく方法を調べなければならない。
『美鶴へ 大好きです これからもよろしくお願いします 亘』
『おまえ大丈夫か?』
『でも、まあ、うん。俺も好きだよ。これからもよろしく。美鶴』
お題はひとまずこれでおしまい。ここまでお付き合い下さりありがとうございました!
20061027UP
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