その沈黙の意味は「YES」?
「つっ……」
美鶴の発した声に、ベッドに寝転んでなんとなく雑誌を眺めていた亘は身体を起こした。床に座り込み、ベッドにもたれて本を読んでいた美鶴を、上から覗き込む。
「どしたの?」
「ん……本で切った」
亘がそう問えば、美鶴は顰めた顔を上げて答える。
「どこ?大丈夫?」
「別に、たいしたことないよ」
美鶴はそう言うと、亘の目の前にその右手を掲げて見せた。だが美鶴の、すらりと長い綺麗な指のどこにも傷を見つけられなくて、亘は首を傾げてしまう。しかしそう時を待たずして、人差し指の第一関節と第二間接の間に、じんわりと血がにじんできた。美鶴の言葉とは裏腹に、結構ざっくりと切れているようだ。
「ちょっと、たいしたことあるじゃないか」
亘が慌てた口調で言うのに対して、美鶴の返答はそうか?なんて随分と軽い。
「ああ、でも血が……。汚したら悪いから、絆創膏もらえる?」
「そんなことどうでもいいよ、まずは消毒しなきゃ」
救急箱救急箱と呟きながら、亘がベッドから立ち上がると、美鶴はちょっとうんざりしたような目で亘を見た。
「消毒なんて大げさな」
「……小さい傷を馬鹿にすると、後で痛い目みるんだぞ」
ドアへと向かいかけた亘が顔だけ振り返りつつそう言うと、美鶴は肩を竦めてみせた。
「舐めときゃいいよ」
「舐めときゃって……あっ」
亘は声を上げると、完全に美鶴の方に向き直った。美鶴が、傷の部分に口唇を寄せたからだった。人差し指を横から軽く銜えるようにして吸っている。それから一旦口唇を離すと、舌でぺろりと舐め上げた。
「あーあー……」
亘が顔を顰めて、非難じみた声を出すと、美鶴はその面に意地の悪い笑みを浮かべてちらりと視線を寄越してきた。だが自分の手に視線を戻すと、亘と同じく顔を顰めてみせる。不審に思った亘は大股で美鶴の元に戻ると、彼の手元を覗き込んでみた。すると傷口は、つい先程美鶴に舐め取られたにも関わらず、既にじんわりと新たな血を滲ませていたのだ。
美鶴がちっと舌打ちをする。
「……結構、深いな」
「だからそう言ってるじゃないか」
亘が苛立ちも露にそう言うと、美鶴はちょっと不貞腐れたような顔をした。
「でも消毒なんて、普通しないだろ?」
「普通するんだよ」
どうして美鶴は自分のこととなると、こうも無頓着になるのだろうと不思議に思いながら、亘は言い募った。アヤは勿論、亘がちょっとでも怪我をした時はすぐに救急箱を持ち出してくるくせに。
こういう時の美鶴は自らを粗末に扱っているようで、亘を随分と不安にさせた。まるで、悲願叶った今、自分などどうなってもいいのだと思っているようではないか。
そんな亘の心内を知る由もない美鶴は、亘は大げさで困るとかなんとかぶつぶつ呟きながら、今一度その指を口唇に寄せようとしている。美鶴の頑なな態度に、なんだか無性に腹の立ってきた亘は、乱暴な仕草で美鶴の横に腰を下ろした。驚いたであろう美鶴が、傷口を舐めるのも忘れて訝しげな視線を寄越してくるのに、亘はにっこりと微笑んでみせた。
「舐めときゃ、いいんだよね?」
そう言うと、美鶴の言葉を待たずに彼の右手を取り、人差し指をぱっくりと銜えてやった。美鶴がびくりと身体を震わせるのにも構わずに、そこに舌を這わせる。ちらりと視線だけで美鶴の様子を伺ってみれば、彼は呆然とした面持ちで亘の所作を眺めている。その頬は、ほんのりと赤味が差していた。
あまりの事態に、きっと言葉も見付からないのだろう。けれども亘は、特に反論しないのだから容認したも同然だと、美鶴にとっては酷く迷惑な結論に達したのだった。
一旦裏方向へ向かったものを、軌道修正したら大分微妙な感じに(苦笑
20060917UP
今のままで十分可愛い
「おまえがさ、よくつるんでるヤツ……芦川?ああそうそう。アイツ可愛げないよなぁ、帰宅部なんだっけ?まあ無難な選択か。……どうしてって、アイツ部活の先輩後輩関係上手くやれそうにないじゃん?どころか同級生とも上手くやれてるのか不思議だよ。……ふーん、でもいっつもおまえとつるんでない?クラスも違うのにさ。……ああ、小学校が一緒なのか。家も近いの?……なるべく一緒に帰れって、親が?遅くなる時は確かに方向一緒のヤツがいると、親は安心だよなぁ。……俺?俺はチャリ通だから。で、今日ももしかして待ってる訳?……そりゃそうだろ、毎日なんて彼氏彼女じゃあるまいし。しっかしあんな澄ましたのとずっと一緒にして、おまえつまんなくない訳?タイプ全然違うのに、ホント不思議だよなぁ……は?時間?お、悪い悪い、戸締りは俺がするから、帰っていいぞお疲れさん」
そう言って手を振る部長に、亘は安堵の表情を浮かべる。
「すみません、じゃあお願いします。お先に失礼しまーす」
ぺこりと頭を下げた亘は、鞄を手に取ると文字通り部室を飛び出した。もう随分と遅くなってしまった。最終下校時刻まで、あと僅かである。
美鶴が待ちくたびれているであろう正門に向かって勢いよく駆けながら、亘は切れ切れの息の合間にため息を吐いた。
亘の所属するサッカー部の部長は、優しくて、後輩の面倒見もいいヒトなのだが、時折一年生をつかまえては、こうして長話をするのが玉に瑕だ。しかも亘が相手の時は、大抵話題が美鶴のことに及ぶから質が悪い。
確かに、いい意味でも悪い意味でも目立っている美鶴の、唯一といっていい友達が亘なのだから、部長の気持ちは分からないでもない。けれども、二人の間には、他人には決して言えない隠し事が多々あるから、あんまり問い詰められても、亘は本当に困ってしまうのだ。
全然タイプの違う二人が、どうして仲良くなったのか?―――幻界を旅したからです、なんて、言ったところで、頭がおかしくなったのかと心配されるのがおちだろう。それだけじゃない、表向きすっごく仲のいい友達だけれども、実は、その、彼氏彼女みたいな間なんです、なんて、それこそ口が裂けても言えやしない。
亘は今一度ため息を吐いた。前方を見やれば、日が落ちて随分と薄暗い中にも、正門のシルエットがぼんやりと見て取れる。その柱に寄りかかるようにして立つ人影も、なんとか確認が出来た。亘は、ラストスパートとばかりに最後の力を振り絞って走り続ける。
美鶴も、もうちょっと態度を改めてくれたらいいのに。勉強も運動も出来る上に、顔もいい美鶴は、当初いい意味でとても目立っていた。しかし、すぐに悪い意味で目立つようになってしまった。美鶴が、とにかくそっけないからだ。なにかというと、これだからお子様は嫌なんだ、なんて目で同級生たちを見るものだから、クラスで浮いてしまわない訳がない。そして美鶴自身がそのことを全く気にしていないのだから、これはもう改善の余地はないだろう。
「遅い」
唐突にそう叫ばれて、亘ははっと我に返った。むっとした表情の美鶴と目が合う。亘は慌ててごめん、ごめんと両手を顔の前で合わせながら、美鶴の隣で立ち止まった。
「部長に、つかまっちゃって、さ」
「そんなもん、断れ」
「そういう、訳には、いかないよ」
亘が切れ切れの息の合間になんとか言葉を絞り出すと、美鶴はふん、とそっぽを向いた。
「じゃあもう待たない」
「また、すぐ、そんなこと言うんだから……」
機嫌直してよ、ね?と美鶴の顔の正面に回りこむようにしてお願いすれば、美鶴は益々顔を背けようとして、結果的に身体ごとくるりと後ろを向いてしまった。そんな美鶴の仕草に、亘は思わず笑みを浮かべそうになったが、ぐっと我慢する。ここで笑ったりなんかしたら、それこそ美鶴の機嫌は最悪になるからだ。
顔がむずむずするようなこそばゆさを必死で押し止めながら、亘が再度ごめん、と口にすると、背を向けたままではあったが、美鶴がぽつりと呟いた。
「……待たされて、喉、渇いた」
「え?あ、おごるおごる。途中の自販機でいい?」
美鶴が言外に滲ませたことを素早く酌んでそう言うと、美鶴は漸く亘の方に向き直った。その表情はむっとしたままではあったけれども、じゃあ許してやらないでもない、なんて、もごもごと口の中で言っている。
亘はぱっと顔を輝かせた。
「わーい、美鶴大好きっ」
「ばっか、そういうこと言うな、するな」
亘が美鶴の腕にぎゅうとしがみつくと、美鶴はちょっと怒ったような表情で、亘を引き離しにかかった。だから亘はこう言ってやった。
「大丈夫大丈夫、ただじゃれてるようにしか見えないって」
美鶴が変に暴れたりしなければね、とまで付け加えれば、美鶴の動きはぴたりと止まる。ほんとかよ、とでも言いたげな美鶴の視線に、亘は破顔して頷いた。
部長、美鶴はこんなに可愛いんですよ。
なんて、言えればいいんだけどと、亘は胸中で密かにため息を吐いた。
これまたなんか微妙な感じに……。
20060918UP
見えない角度で手を握り締め
ちらちらと様子を伺っていた亘が、不意に机に向かったかと思うと、なにやらノートに書きとめ、それを机の上を滑らせるようにして美鶴の方に寄越してきた。
またか。
そう思った美鶴が反応を見せないでいると、とん、と肘で腕を小突かれた。ノートが更に美鶴の方へと寄せられる。美鶴は密かにため息を吐くと、横目で亘を睨んでから、仕方なくノートへ視線を落とした。そこには走り書きででこう記されていた。
―――美鶴、つまんなさそう。
それはおまえのことだろうと、美鶴は亘に冷たい一瞥をくれてやる。すると亘はちょっと首を竦めてみせてから、シャーペンでノートの紙面を指し示した。返事を書け、ということらしい。
美鶴は机の上に形ばかり転がしておいたシャーペンを手に取ると、さらさらとノートに文字を綴った。
―――三谷君、今は大切な委員会の最中です。委員長の話はきちんと聞きましょう。
そう書き終えると、美鶴は亘の様子を伺ってみる。だが亘は顔を背け、身体を震わせていた。きっと、おかしいのを堪えているのだろう。
付き合っていられないと、美鶴は視線を前方へ戻した。途端に黒板の前に立ち、面白くもない月次報告を懸命に行っている委員長の姿が目に入る。美鶴は今一度ため息を吐いた。
生徒全員が何かしらの委員に就かなければならないだなんて、なんてくだらない決まりだろうと思う。今だって、真面目に委員会に取り組んでいるのなんて、委員長と副委員長くらいじゃないか。その他大勢は一応席には着いているけれども、皆が皆一様にぼんやりとしている。時間の無駄でしかないのだから、やりたいヤツにだけやらせておけばいいのに。例えば、委員長なんて引き受けるヤツラとか。
その時、またしても隣からとん、と小突かれて、美鶴は物思いから覚めた。
違うクラスになってしまったのだから、せめて委員会くらいは同じにしようと亘に強請られて、つい頷いてしまったが、これが大失敗だった。結局、亘の暇つぶしにいい様に使われているだけじゃないかと、美鶴は三度ため息を吐く。喧しいと言わんばかりの視線をくれてやるが、亘は全く気にならないようで、ノートをずいと押し付けてきた。
―――美鶴だって、聞いてないくせに。
美鶴はすぐに返事を書いた。
―――でもおまえみたいに、ふざけてない。
亘は不満そうな表情を浮かべる。
―――ヒマつぶしになればと思ったのに。
―――人のせいにするな。
―――でもヒマでしょ。
―――そういう問題じゃない。
美鶴はそう書きながら、亘の顔に視線をやった。いまや亘は、完全に不貞腐れた顔をしている。美鶴の返事に目を通すと、まるで負けてたまるかと言わんばかりにシャーペンを握った手をノートに伸ばす。
そんな亘とのやり取りに、いい加減うんざりし始めていた美鶴は、咄嗟に亘の右手を左手で掴んでいた。突然のことに、不貞腐れていたのも忘れて亘がきょとんとした表情を浮かべるのを横目で眺めながら、美鶴は右手で亘のシャーペンを取り上げると、掴んだままの手を二人の間に下ろした。そこで一瞬手を離すと、亘の手のひらをぎゅうと握り締める。
これでもうくだらないことは出来ないだろうと、美鶴は勝ち誇った気分で亘の顔を見た。ところが亘は、どうしてだかじっと美鶴に握られた手を見ている。美鶴が首を傾げていると、漸く美鶴の視線に気がついたのか、ゆっくりと顔を上げた。その頬が微かに赤く染まっていて、美鶴は益々首を傾げてしまう。
空いた右手でノートを手繰り寄せると、そこに疑問を書き記してみた。
―――どうかしたか。
その文字を追った亘が、ふるふると首を横に振る。口の中でもごもごと、まあ、美鶴がいいんなら、とかなんとか呟いている。
はっきりしない亘の態度に、美鶴は幾許かの苛立ちを覚えたが、何故だか亘が途端に大人しくなったので、深く考えないことにした。
目的の為に周りが見えなくなる美鶴(笑
20060920UP
雨の日のお迎え
日も暮れる時分になってから唐突に降り出した雨は、通り雨だろうとの予想を裏切り一向に止む気配を見せなかった。
帰り支度を済ませた亘は、部室から昇降口へと続く渡り廊下をとぼとぼと歩きながら、ぼんやりと空を見上げた。ざあざあと降りしきる雨は土砂降りとまではいかないものの、傘を持たずにその只中へ飛び込むには幾許かの躊躇を覚える程だ。
少しでも小降りにならないかと、部活が中止になった後もぐだぐだ部室で時間を潰していたのだが、こんなことなら同級生たちと一緒に、さっさと帰ってしまえば良かったと亘はため息を吐いた。周囲が暗くなった分、陰鬱さも増したような気がする。
空模様と同じくどんよりした気分を抱えたまま、亘は昇降口へと辿り着いた。ここから先は、どうやっても雨の中に飛び出さなければ帰れない。堪えきれないため息を何度も零してから、亘は両腕にしっかりと荷物を抱え直した。意を決して足を踏み出そうと顔を上げる。
その時になって、亘は初めて正門の方から歩いてくる人影に気がついた。まだ随分と遠い上に雨が邪魔をして良くは見えないが、背格好からして教職員ではなく生徒のようだ。
こんな雨の中、今時分になって、どうして学校へ向かってくるヒトがいるのだろうと亘は首を傾げつつ、ついまじまじとその姿を見つめてしまった。あっと声を上げそうになる。
すると、まるで亘の動揺を知ったかのようなタイミングで、黙々と歩いていたヒトが顔を上げた。亘と目が合うと、ちょっとだけ足を速めて昇降口へと向かってくる。
「美鶴……?」
亘が呆然とした面持ちで呟くと、ちょうど昇降口へと辿り着いた美鶴は、ぶっきらぼうな口調でこう言い放った。
「ついでが、あったから」
その証拠だと言わんばかりに、手にしたコンビニの袋をちょっと揺すってみせる。
「ちょうどお困りの頃かと思って」
入ってくか?と差し出された傘に、亘は満面の笑みを浮かべると、勢いよく肯いた。両手に抱えたままだった鞄を肩にかけ、一歩足を踏み出すと、すぐ目の前に立っていた美鶴の隣に並んだ。コンビニの袋を持つ手にぎゅうとしがみつく。
「ありがと美鶴」
礼の言葉と共に、美鶴の顔を覗き込んだ。
「……別に、ついでだから」
だがそう答えた美鶴は、どうしてだか亘から顔を逸らしてしまう。そうして早く行こう、なんて亘を急かすのだ。
そんな美鶴の態度に、亘は密やかに笑みを零した。昔の僕だったら騙されたかもしれないけど、残念だったねと胸中で呟く。
お礼に荷物もちするよ、と言って、その手から半ば強引に奪ったコンビニの袋には、取り立ててすぐに必要だとも思われないお菓子の類しか入っていなくて、亘は益々笑みを深める。
美鶴は眉を顰めていたが、口を開くことはなかった。
何度も言ってますが、美鶴は亘にだけ優しい。とすごくいい。
20060922UP
いてくれてありがとう
「お兄ちゃん」
煌々と灯りのともった小奇麗な雑居ビルのエントランスから、飛び出してくるなりそう声を上げると、アヤは満面に笑みを浮かべて走り寄って来た。ビルの入り口の、ちょうど正面で彼女を待っていた美鶴は、片手を上げて答える。
「あ、亘お兄ちゃんもいる」
かちゃかちゃと鞄を鳴らしながら、物凄いスピードで美鶴の元へと辿り着いたアヤは、兄の後ろに佇む亘の姿を認めたのだろう、一際嬉しそうに言った。
「亘お兄ちゃんも、お迎えに来てくれたの?」
「うん」
亘は穏やかな笑みを湛えつつ肯いた。アヤは、わーいと歓声を上げる。
けれどもすぐにはっとした表情となり、その後わざとらしくぷうっと脹れてみせた。
「随分久しぶりだよね、アヤ寂しかったのに」
アヤの不貞腐れた口調に、亘は頭をかきながら答えた。
「ごめんごめん、部活が忙しくってさ」
「でもお兄ちゃんとは毎日会ってるんでしょ?」
「それはまあ同じ学校だから……」
「えー、ずるーい」
アヤの傍若無人な言い分に、困ってしまったのだろう。苦笑を浮かべながら言い澱む亘に、黙って二人のやり取りを聞いていた美鶴は、そろそろ潮時かと口を開いた。
「こら、そんな我儘言うんなら、もう亘にお迎え来てもらわないぞ」
腰に手をやり、しかつめらしい顔をしてアヤを見下ろすと、彼女の言動を諌める。するとアヤは首を竦め、ぺろっと舌を出した。ごめんなさいと言いつつ、まるで怒れる兄から逃れるように、亘の背後にじりじりと移動する。
これには美鶴も亘も、ついつい笑ってしまった。アヤもつられたのか、その面に笑みを浮かべる。
結局三人は、こうして言葉遊びに興じているだけなのだ。美鶴も、亘も、アヤだって、本気のようでいて本気ではない。
「さあ、遅くなるから行こう」
美鶴はそう言って二人を促すと、先頭に立って歩き始めた。亘とアヤも、すぐに美鶴を追いかけてくる。アヤは足早に美鶴の隣へ並ぶと、兄の顔を見上げてにっこり笑った。それから美鶴の手を取ると、きゅっと握り締める。空いている手は亘の方へ伸ばし、ぱたぱたと振っていた。
「亘お兄ちゃんも」
「はいはい」
亘は苦笑を浮かべつつも、アヤの言う通りにするつもりのようだ。彼女の隣に並ぶと、しっかりと手を繋いでいる。
「もう六年生なのに……」
美鶴が繋いだ手をちょっと揺すりながらぼやけば、アヤは真剣な顔をして反論した。
「何年生になっても、いいの」
亘はにこにこしながら、美鶴とアヤを交互に見ているばかりだ。
美鶴はアヤの頭越しに亘を見やった。すると視線に気づいたのか、亘も顔を上げると美鶴を見た。互いの視線が絡み合い、なんとなく、二人して笑みを浮かべる。
永遠など、決してありえない。自らの経験から、美鶴はそんなこと、嫌という程知っていた。けれども美鶴と亘とアヤだけは、例外なのだと思っている。どころか、三人共にいることが、運命として定められているのだとさえ思ってしまう。
現に、あれから5年の月日が経ったけれども、三人は相変わらず手を繋いで歩いている。
美鶴と亘は高校生になっていた。亘は高校でもサッカー部に所属しており、毎日を忙しくすごしている。アヤは塾へ通うようになった。帰りが随分と遅くなるから、美鶴は必ず迎えに行くようにしている。亘も忙しい部活の合間に、こうしてお迎えにつきあってくれる。
亘のおかげだと、美鶴は密かに吐息を漏らした。いつもいつも、当たり前のように亘が傍にいてくれるから、美鶴はそう思えるようになったのだと。
気がつけば美鶴は、ありがとうと呟いていた。だがあまりにも小さな声だったせいか、亘にも、アヤにも聞き取れなかったようだ。二人して、何か言った?と首を傾げている。
美鶴は笑みを浮かべながら、静かに首を横に振った。
なんだか手を入れれば入れるほど、訳分からんようになった気がします。
20060924UP
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