君の髪に口付けて
さらさらでふわふわで、ちょっと色が薄くて光に透かすときらきら輝く。
そんな美鶴の髪が亘は大好きだった。多分、ないもの強請りなのだろう。だって亘の髪ときたら美鶴とは正反対だ。ごわごわできしきしで、なんだか中途半端な黒髪だから、光に透かしてもただただ黒いだけである。
自分の前髪をちょっと摘んで、亘はため息を吐くと、隣に腰掛けて本を読んでいる美鶴に目をやった。
「ねえ、美鶴?」
「……なに?」
余程本に集中しているのだろう、返事までちょっと間があった。でも美鶴がそんな風なのはいつものことだから、亘は気にもせずに言葉を続ける。
「髪、触ってもいい?」
「……別に、いいけど」
やっぱりちょっと間を置いてから、美鶴が答える。と同時に顔も上げた。ちょうどきりのよいところまで読み終わったのだろう、手にしていた本を閉じると、テーブルに置く。
二人は亘の部屋で、ベッドを背もたれに並んで床に座り込んでいるのだった。
美鶴の了承を得て、亘がにこにこしながら彼の髪に手をやると、美鶴が首を傾げた。
「なんで?」
「え?」
美鶴の髪をひとすくい手に取り、その感触を存分に楽しみながら、亘も首を傾げる。
「なんでって、なにが?」
「髪、よく触りたがるだろう。どうしてかなって」
「ああ」
亘はひとつ肯くと、こう答えた。
「だって、好きなんだもん」
「は?」
「美鶴の髪、さらさらで、ふわふわで、綺麗な色で、僕大好きなんだ」
すると美鶴はまじまじと亘を見て、それから慌てて顔を逸らした。けれども亘は気がついてしまった。美鶴の頬が、ほんのちょっぴり赤くなっていることに。
そんな美鶴がとっても可愛くて仕方なくて、亘は笑みを深めると、もう一度大好きなんだよ、と言った。首を伸ばすと、手にしていた美鶴の髪に口付ける。
口唇で触れた美鶴の髪はしっとりと柔らかで、少しだけこそばゆくて、触れる手段が違うと、やっぱり感触も幾許か違うものなんだなぁなんて、亘は感心してしまった。
美鶴がなにやら、恥ずかしいヤツとかなんとかぶつぶつ言っているのには、勿論気付かないふりをして、亘は何時までも何時までも、美鶴がいい加減にしろと怒り出すまで、その感触を楽しんだのだった。
美鶴フェチな亘……今更か(苦笑
20060830UP
僕だから気付く事
今日はなんだかおかしいなと、ずっと違和感を感じていた。
だからだろうか。ふとした弾みで触れ合った素肌に、亘はすぐにあれ?と首を傾げた。その思いのままに、亘は手を伸ばすと美鶴の腕を取った。やっぱり、ちょっと、熱い。
突然の亘の行動に、驚いたであろう美鶴がびくりと身体を震わせて足を止めるのに、亘も倣うと、美鶴の顔を正面から覗き込むようにして、口を開いた。
「美鶴、もしかして具合悪い?」
けれども美鶴は、すぐには答えなかった。目を見開き、亘を暫しの間じっと見つめてから、つと視線を地面に落とす。それから漸く呟いた。
「……ちょっと頭、痛いかも……」
「やっぱり……」
亘は息を飲むと美鶴の手を引いて歩き出した。
「頭痛いだけじゃないよ、きっと熱もあるよ」
「そう、かな」
「そうだよ」
逆らう元気もないのか、美鶴は素直に亘の後についてくる。亘はホームの中ほどにあるベンチに辿り着くと、美鶴を促してそこに腰掛けさせた。その後に、亘も美鶴の隣に腰掛ける。
「具合悪いなら、そう言ってよ。そしたら部活休んだのに」
「別に、子供じゃないんだから」
美鶴はそう言うとベンチの背にもたれた。ため息を吐く。
「でもだって、かったるくて一人で帰るの嫌だったんでしょ?だから僕待ってたんでしょ?」
亘が咎めるような口調で言い募ると、美鶴はちらりと横目で亘を見てから、今一度大きなため息を吐いた。
「……誰も気付かなかったのに……」
「やっぱり……」
亘もため息を吐くと、ベンチにもたれかかった。それきり亘も美鶴も口を閉ざした。
夕暮れ時の、帰宅を急ぐ人々の喧騒が二人を包み込む。タイミングの悪いことに、ラッシュ時にあって、ちょっとだけ電車の途切れる時間帯だった。亘たちの乗る電車は、到着までまだ暫くかかる。
「大丈夫?」
「……うん」
亘は美鶴の方に顔を向けて、そう問いかけた。美鶴はこくりと頷いてみせたけれども、くったりと背もたれに寄りかかり、だるそうに目を閉じている。
そんな美鶴の様子を見せ付けられて、亘は胸がぎゅうっと締め付けられるような気がした。
「ごめんね」
気が付けば、そう呟いていた。美鶴がゆっくりと目を開ける。
「なんでおまえが謝る訳?」
「だって、僕がもっとしっかりしてれば、美鶴だって僕を頼ってくれるでしょ?でも僕が頼りないから、美鶴は具合が悪くっても、僕を頼れないんだ」
だから、ごめんね、ともう一度呟けば、美鶴はちょっと驚いたような顔をしてから、その面に苦笑を浮かべた。
「おまえって、本当にお人好しだな」
そう言うと、不意に背もたれから身体を起こし、亘にもたれかかってきた。触れる身体の熱さに、亘の心臓はどきりと高鳴る。
「……もう十分、頼ってると思うけど……」
囁かれた言葉に、亘は反射的に美鶴の顔を見た。美鶴は亘の肩に頭を預けて、静かに目を閉じている。ほんのりと頬が上気しているのは、熱が上がってきた所為だろうか。
「そっか」
美鶴よりももっとずっと顔が赤くなっているんじゃないかと思いながら、亘は小さな小さな声で答えた。
亘の努力は報われると良い。
20060906UP
恋文
「それって、彼女から?」
隣の席から不意に発せられた一言に、美鶴は眉を顰めると携帯から顔を上げた。ゆっくりと声のした方に視線を向けると、何度か同じ講義で見かけたことのある顔が、にやにやと下品な笑みを浮かべて美鶴を眺めている。
美鶴はため息を吐くと、無言のまま携帯に目を落とした。馬鹿は構わないにこしたことはない。だがその男は美鶴の冷たい態度に懲りることもなく、更に言い募った。
「おまえ芦川?だろ。いっつも一人で携帯いじってるよな。顔もいいしさ、もう絶対彼女だって、みんな言ってるぜ。で、実際のところどうな訳?」
男のあまりの喧しさに、美鶴は今一度ため息を吐くと、なんで?と呟いた。
「え?なになに?」
だが声が小さすぎたようで、男には届かなかったようだ。仕方なく美鶴は携帯から目を離すと、冷たい一瞥と共に言った。
「なんで?」
「なんでって、なにが?」
男はきょとんとした顔をしている。だから物分りの悪い馬鹿は嫌いなんだと、苛立つ心を懸命になだめながら美鶴は答えた。
「なんでそんな質問に俺が答えなきゃいけない訳?」
「そりゃ気になるからだよ」
「……」
男のあんまりな言い分に、美鶴は一瞬押し黙った。どうして美鶴が彼らの好奇心を満たしてやらねばならないのか、さも当然のことのように要求する男が最早同じ大学生とは到底思えなくて、美鶴は相手にするのも馬鹿らしくなってきた。
こうなったら無視を決め込もうと、再び携帯に目を落とし、男に覗かれないよう最近の注意を払いながらメールを打ち始めた。
「芦川?」
そんな美鶴の態度をものともしない男は、なお問いかける。だが美鶴が一向に反応を示さないことを見て取ると、唐突に椅子から立ち上がり、どこかに向かってこう叫んだ。
「やっぱり、彼女だよ。だって否定しないぜこいつ」
途端に講堂の後ろの方から、きゃーとか嘘とか悲鳴じみた声が上がる。美鶴は三度ため息を吐くと、早々に教授が講堂に現れ、この喧騒を静めてくれることを祈りながら、心の中でひっそりと、彼女ではないんだけどな、と呟いた。
以前チャットでお話したネタ……です。勝手に書いてみちゃいましたすみません。
20060907UP
恋文 おまけ
着信を告げる振動に、亘はちょっとごめんと断ってから携帯を開いた。内容を確認し、返信を打ち始めると、亘の向かい側に座った学友がため息混じりに呟いた。
「やっぱり、彼女な訳?」
「え!?」
慌てるあまり携帯を取り落としそうになりながら、亘は素っ頓狂な声を上げた。すると彼は肩を竦めると、こう言った。
「その反応は……やっぱり彼女なんだ」
「や、いや、彼女っていうか……」
亘がしどろもどろの弁明を始めると、彼はいい、いい、となんだか悟りきったような表情で亘の言葉を遮った。
「おまえにも彼女がいるんだなぁ、やっぱり顔なのかなぁ、あーあ……」
そんなことを呟くと、がっくりと項垂れてみせる。亘はもう本当に困ってしまって、でもこれだけは言っておかないとと口を開いた。
「ほんとに彼女なんかじゃないから、信じてよ」
「じゃあなんなんだよ」
上目遣いに恨めしげな視線を向けられてしまって、亘はうーんと唸ってしまった。すると学友はほらやっぱりと呟くと、不貞腐れたような表情で昼食のうどんをすすり始める。亘はため息を吐くと、さっさと返信を済ませて、同じく昼食に手をつけ始めた。
彼女っていうか、彼氏?と思ったりしたのだが、黙っておくことにした。
亘サイドだとこんな感じ。ちょっとアレですが、折角書いたのでアップしてみる。
20060908UP
優しく積もる淡い恋
小学五年生の時に、随分特異な経験をしてしまった僕たちは、他に分かり合えるヒトもなく、それからの日々を当然のように共に過ごしてきた。件の世界でのあれこれは、現世に戻れたからといって、早々に忘れてしまえるほど生易しいものではなかった。勿論、執着もあっただろう。幻界で僕たちは、あまりにも深く互いを知ってしまった。僕はもう、美鶴を放っておくことなんて、とてもとても考えられなかった。
美鶴にしても、きっとそうだったのだと思う。彼の背負った運命に比べれば、僕のそれなど本当に些細なことであったけれども、それでも美鶴は僕を放ってなどおけなかったのだ。
それだけじゃない。美鶴は僕に、負い目を感じてもいるのだ。
―――そう知ったのは、現世に戻り、美鶴を探し出し、共にいるようになって、どれほどの時を経てからだったろう。美鶴が不意に、ごめん、と呟いたのだった。俺の所為で、おまえの願いを叶えられなくって、ごめん、と。
彼がなにを言っているのか、僕にはすぐに分かった。分かったからこそ、どうして美鶴がそんな風に罪悪感を抱いてしまったのかが、分からなかった。
僕は懸命に、美鶴の所為ではないと否定してみせたのだけれども、美鶴は悲しそうな笑みを浮かべて、静かに首を振るばかりだった。
……いっそ美鶴が、本当の本当にイヤなヤツだったら良かったのに。そうすれば僕は、幻界での美鶴の行いを罵り、謗り、おまえの所為で僕は願いを叶えられなかったと責任転嫁することが出来ただろう。
だが美鶴は、課せられた運命の重さに途方に暮れる、小さな子供にすぎなかった。確かに、美鶴の幻界での行いは決して褒められたものではない。しかし美鶴の事情を踏まえて考えると、僕には彼を責めることなど出来なかった。もし美鶴と同じ立場に置かれたら、決して彼のようにはしないと言い切れる自信がなかったからだ。
それに僕だって、幻界へと赴いた時は、確かに美鶴と同じ様に考えていた。僕と美鶴との差は、過ちに気付かせてくれる仲間がいるかどうかだけだったろう。
その証拠に、美鶴だって最後には自らの過ちを認め、悔いていたじゃないか。決して、決して根っから悪いヤツなんかでは、ないのだ。
だから、なんだろう。僕は美鶴を知れば知るほど、彼に惹かれていった。一見無愛想で、冷たくて、口を開けば辛辣な言葉ばかりが飛び出すけれども、だからこそ時折示される優しさに、僕は胸がぎゅうっと締め付けられるのだ。
一人称で書いたの初めてかも、です。
20060911UP
鼓動は思うより正直で
別に、なんてことないと思ってた。これまでに何度も手を繋いだり、寄り添って座ったり、じゃれ合いの最中に抱きつかれたりしていたし、些細な触れ合いに至っては、それこそ数え切れないほどあったからだ。
結局、そんな事々の延長でしかないと捉えていたからだろう。不意に表情を改めた亘が、じっと美鶴を見つめたかと思うと顔を寄せてきた時にも、取り立てて慌てたりはしなかった。場所が場所だったから、ふと、誰かに見られたらどうしようかと思ったくらいだ。
亘の部活も休みになるテスト前は、放課後を図書室ですごしている。校庭に向かって開けた窓際の席が、定位置だ。ちょっと奥まった場所なので、勉強と称して遊びに来る不真面目な生徒たちの喧騒も、天井まで届きそうな本棚に遮られるのが良い。図書室の大きな机では、向かい合わせに座ってしまうと言葉を交わすのに苦労するから、二人はいつも、そこに並んで腰掛けていた。
その日も、平素通りそうしていた。授業終了直後はそこそこ賑わっていた図書室も、下校時刻間近の夕暮れ時にはしんと静まり返っている。
問題集に取り組んでいた美鶴は、あまりの静けさに逆に集中力を乱され、つと顔を上げた。美鶴たちの席からは、図書室全体を見渡すことが出来ないので定かではないが、もう殆どの生徒が帰宅したか、黙々と勉強に励んでいるのだろう。隣で問題を解く、亘のシャーペンの音がやけに大きく聞こえた。
美鶴がうん、と伸びをすると、その気配に気付いたであろう亘も顔を上げた。同じように伸びをしながら、間の抜けた声で言う。
「そろそろ?」
「そうだね」
美鶴は頷くと、ゆっくりとした動作で机の上を片付け始める。すると亘が慌てて言い募った。
「あ、じゃあさ、ここ。ここだけ教えて」
美鶴の方にぐいと身体を寄せて、手にした問題集をとんとんと指先で叩いてみせる。
「なに?」
美鶴も亘に身体を寄せると、問題集を覗き込んだ。亘の指し示した問いを読み、暫しの間考え込んでから、その解き方を説明する。ふんふんと頷いて聞いていた亘は、最後に大きなため息を吐くと、くしゃりと顔を綻ばせた。
「流石美鶴、僕全然分かんなかったよ」
亘の嬉しそうな笑顔に、美鶴もつられて笑みを浮かべた。すると亘は、不意に表情を改めた。至極真面目な顔をして、じっと美鶴を見つめてくる。不審に思った美鶴が、ちょっと首を傾げると、意志を固めるかのように息を飲んだ亘が、ゆっくりとその顔を近づけてきた。
小学五年の夏から、もうずっと一緒にいる亘と、所謂そういう関係になったのは、つい先日のことだ。二人とも、想い始めたのは幻界がきっかけだった。随分と時間がかかってしまったのは、互いにそういった関係の弊害を、いやというほど知っているからだろう。
だが二人は、最後の一線を越えてしまった。もう先のことを懸念していても仕方がない。これからは今までよりも、もっとずっと親密になるばかりだ。
けれども美鶴にとって、そんな事々と日常の触れ合いには、大した違いはなかった。あの事件から、極力ヒトを避けて生きてきた美鶴にとって、日常の触れ合い自体があまり経験のなかったものだから、尚更そう思うのかもしれない。
だから、だろう。美鶴はそういうことを仕掛けられているにしては、ひどく落ち着いていた。近づいてくる亘の顔をじっと見つめていたのだが、その唇が触れる寸前になって、目を閉じるのが礼儀かもしれないと思い至り、そうしてみる。亘の熱い吐息を感じたと思った瞬間、互いの唇が重なっていた。
ほんの一瞬触れ合わせるだけで、亘はすぐに離れていった。去ってゆく温もりにいくばくかの寂しさを感じながら、美鶴はゆっくりと目を開いた。目の前に、亘の顔がある。耳まで真っ赤にして、おどおどと視線をさ迷わせている。小さな声で、ごめん、と呟いた。
「どうして?」
美鶴が問い返すと、亘は消え入りそうな声で答える。
「だって、急に、だったし」
ああなんだそんなこと。美鶴はそう答えるつもりだった。だが大層落ちつかなげな亘の様子を見るうちに、気がつけば美鶴も随分と落ち着かない気分になっていた。ドキドキと、胸が高鳴る。
別に、なんてことないと思っていた。日常の触れ合いの、延長でしかないと思っていた。
―――結局それらは、机上の空論にすぎなかったのだろう。
不意に黙り込んだ美鶴に不安を覚えたのか、亘がひどく情けない顔をして口を開いた。
「嫌、だった?」
そんな訳ないと、美鶴は首を横に振る。途端に亘が安堵の笑みを浮かべた。その笑顔に、美鶴の鼓動は益々激しくなる。
そうして美鶴は気がついたのだった。亘、だからだ。相手が美鶴の唯一といっていい、特別な存在の亘だから、こうして自分はおかしくなってしまうのだと。
美鶴の色々足りないところを、亘が無意識に補完してあげているのに萌える。
20060913UP
戻る