人気者の君に妬く



「なんで俺にそんなこと聞く訳?」

 まるで詰問するかのような、刺々しい声に、目の前に立つ俯き加減の女子は、びくりと身体を震わせた。その様子に冷たい眼差しを向けながら、見覚えのある顔に記憶を探ってみる。確か、亘と同じクラスだったんじゃないだろうか。とりあえず、美鶴との接点は思い出されなかった。

 多分亘と同級であるところの彼女は暫し逡巡してみせた後に、小さな小さな声で答えた。

「え……だって、芦川君が一番、三谷君と仲良さそうだから……」

 その通り、よく分かっているじゃないか。
 美鶴はふーんと鼻を鳴らすと、教えたくない、と言った。いまいち聞き取れなかったのだろう彼女が、恐る恐るといった態で顔を上げると、首を傾げた。

「え?」
「だから、教えたくない。たとえ知ってたとしても」
「そんな……」

 美鶴を見つめる彼女の瞳に、絶望にも似た色が浮かんだ。
 くだらない、と美鶴は思う。本当に、くだらない。

「大体、卑怯じゃないか?本人の知らないところでこんな話するなんて。気になるなら、直接本人に聞けばいい」

 そんな思いが言葉に出てしまった。美鶴のきつい言い様に、彼女は瞳を潤ませると、でも、と呟き、俯いてしまった。その肩が微かに震えている。
 美鶴は肩を竦めると、じゃ、と言って踵を返した。人気のない、屋上へと続く階段の踊り場を後にする。足早に駆け下りて、昇降口へと向かった。

 廊下から、美鶴のクラスの下駄箱を覗くと、ちょうど亘が顔を上げたところだった。

「美鶴、どこ行ってたんだよ。探しちゃったじゃないか」

 不貞腐れて、そんなことを言う。美鶴はちょっとむっとしたが、口にするのはごめん、という言葉のみに止めた。亘が下駄箱の前から退いたので、美鶴は上履きを履き替える。その横で、亘がぶつぶつと文句を言い始めた。

「美鶴のクラスに迎えに行ったのにさ、おまえいないし、誰もどこ行ったか知らないっていうし、僕学校中走り回っちゃったよ」
「そう」

 美鶴は上履きをしまって、亘に向き直った。すると彼はぷくっと頬を膨らませて美鶴を見ている。

「そうって……」
「もう謝っただろ」
「そういう問題じゃないよ!」

 亘がなにやらきゃんきゃん喚きだしたが、美鶴ははいはいと肯く代わりに右手を振ると、一人玄関へ向かって歩き出した。背後から、亘が慌てて後を追ってくる足音が聞こえる。

「誰の所為だよ馬鹿」

 美鶴はぽつりと呟くと、ため息を吐いた。



美鶴は亘以外には、とても冷たいと思うのです。
20060815UP




指折り待つ日



 大きな紙袋を手に、二人は店を後にした。ありがとうございましたー、なんて、店員の言葉さえこそばゆい。紙袋はとても重くかさばったけれども、それがかえって幸せの証のように思えて、亘はにんまりと笑みを浮かべる。

「……さっきから気色悪いヤツ」

 美鶴の冷たい言葉さえ、今日は全然気にならない。亘は一歩後からついてくる美鶴を振り返ると、だって、と嬉しさ溢れる声で言った。

「だって、すっごい嬉しいんだもん」
「そう」

 けれどもやっぱり美鶴は冷たい。亘は首を傾げた。

「美鶴は?嬉しくないの?」
「……別に」

 暫しの沈黙の後に、美鶴が呟く。この言葉には、流石に亘もえーっと悲痛な声を上げてしまった。

「どうしてっ?」
「おまえこそ、どうして?」

 だが美鶴は答えるどころか、逆に同じ言葉で亘に問い返してきた。手にした紙袋を目の高さまで持ち上げると、ぶらぶら揺らす。

「今日は、制服取りに来ただけだろ?それなのに、どうしてそんなに嬉しい訳?」
「だってぇ……」

 亘は不貞腐れた顔で、恨めしげな視線を美鶴に向けた。

「嬉しいものは嬉しいんだもん」
「答えになってない」
「美鶴だって、答えてないじゃないか」
「答えただろ?制服取りに来ただけなんだからって」
「うっ」

 返事に窮して、亘は呻き声を上げると黙り込んでしまった。大体口で美鶴に勝てる訳がないのだ。これまで何度言い負かされたことか。
 でも実は亘は、美鶴とのこんな押し問答が、意外と好きだったりする。だって、生きてるんだって感じられるから。こんなこと、二人の幻界での旅を知らないヒトには理解出来ないだろうから、口にしたことはないけれども。
 考えてみれば美鶴が冷たいのだって、今に始まったことじゃない。そもそも彼の性格からして、制服を取りに来たくらいで浮かれてるなんて、ちょっと恐いじゃないか。
 そうだそうだと胸中で勝手に納得した亘は、にぱっと笑うと美鶴を見た。亘の突然の変わりように驚いたのだろう、美鶴がちょっと引いた顔をする。

「制服取りに来たくらいで浮かれちゃうほど、美鶴と同じ中学に通えるのが嬉しいんだよ」

 亘はそう言うと、踵を返して歩き出そうとした。だが背後で呟かれた言葉に、ぴたりと足を止める。

「……12日」
「え?」

 顔だけ振り返ると、美鶴がひたと亘を見ていた。

「何それ?」
「……入学式まで」

 美鶴は頬を赤らめると、投げ遣りに言った。それで美鶴が何を言いたいのか漸く理解した亘は、全開の笑顔を彼に向けた。



なんかもう色々ごめんなさい。
20060816UP




無防備にも程がある



 すぐ目の前に、亘の顔がある。目をまん丸に見開いて、じっと美鶴を見つめている。
 
 美鶴は苦笑を浮かべると、再び顔を近づけていった。亘がびくりと身体を震わせ、ぎゅっと目を閉じるのを確認してから、そっとその口唇に口付ける。そこは緊張の所為か驚く程冷たくて、でも柔らかくて。重ね合わせるだけのつたないキスではあったけれども、美鶴はその感触を存分に味わった。抵抗されないのをいいことに、そっと亘の身体に両手を回して抱き締めれば、がちがちに強張っているのが知れる。それもやっぱり、緊張の所為だろう。

 美鶴は胸中で、苦笑を浮かべた。でも同情してやる気には、さらさらなれない。だって、亘が悪いんだ。ヒトの気も知らないで、勝手なことばかり言うんだから。

 今日お母さんいないんだ。明日土曜だし、泊まってってよ。そう言われたのは、亘の家に連れ込まれてからだった。
 美鶴は眉を顰めると、泊まらない、と答えた。途端に亘がえー、と不満の声を上げる。

「なんで?昔はよく泊まりに来てくれたのに、中学入ってからは全然じゃん。なんで?どうして?」
「……もう子供じゃないから」

 美鶴はため息混じりに答えた。だが亘は納得がいかないようで、不貞腐れた顔をして美鶴を見ている。

「子供じゃないから、お泊りするにもあんまりうるさいこと言われなくなったのに……」

 そりゃおまえのお母さんが、俺の気持ちを知らないからだと、美鶴は今一度ため息を吐いた。

「亘」
「なに?」
「俺、おまえのことが好きだって、言ったよな?」
「うん、僕も好きだよ?」

 なにを今更、とでも言いたげな表情で、亘が首を傾げる。
 そんな亘の態度に、美鶴はなんだかとても苛々してしまった。こいつは全然分かってないのに、どうしてこう分かったような顔をしているのか。そう思ったら、いつの間にか身体が動いていた。

 なんにも知らない亘の癖に、キスする時目を閉じるものだとは知っているんだな。
 亘の口唇を解放してやりながら、美鶴はそんなことを考えていた。至近距離からじっと見つめていると、亘がゆっくり目を開いた。美鶴と視線が合うと、頬が真っ赤に染まる。口を開きかけて、けれども何も言わずに閉じてしまう。少し潤んだ瞳が、困ったように美鶴を見ていた。

 美鶴は今日三度目のため息を吐くと、立ち上がった。

「今日は帰るから」

 そう言って、返事を待たずに亘の部屋を後にする。

「ちょっとは成長してくれよ、お子様」

 美鶴は閉めた扉に寄りかかって、誰に聞かせるでもなく、呟いた。




ミツワタでしたね!
20060817UP




昨日よりも想える自信



 ベッドにくたっと伸びたままの亘が、えへへと幸せそうな笑みを浮かべる。同じベッドの真ん中辺りに腰掛けていた美鶴は、亘の顔を見下ろして眉を顰めた。

「なに?」
「えー、幸せだなぁって思って」
「……そんなこと、言われなくてもおまえの顔に書いてある」

 へらへらと答える亘に、そう冷たく切り返すと、彼は一瞬きょとんとした表情をして、ぺたぺたと両手で顔を触り始める。美鶴は思わず吹き出してしまった。

「ばぁーか」

 そう言って右手を伸ばし、亘の髪を優しく梳いてやる。すると亘は、またしても幸せそうな笑みを満面に浮かべて、口を開いた。

「美鶴、好きだよ」
「知ってる、毎日聞いてる」

 美鶴はしたり顔で肯いたが、亘は目を細めると違うんだなぁ、と言った。

「昨日の好きと、今日の好きは違うんだよ。もう全然」
「……なにそれ?」

 亘の言う意味が分からなくて、美鶴が首を傾げると、亘は不意に彼の髪を梳く美鶴の手を捕った。それから美鶴の手のひらにちゅっとキスをすると、まるで悪戯を思いついた子供のような顔でこう言った。

「毎日、どんどん好きになるんだ」
「え……?」
「だから毎日、好きって言うんだよ」

 知らなかった?と首を傾げられて、美鶴は頬が熱くなるのを感じた。亘から目を逸らすと俯いて、小さな小さな声で答える。

「それは……知らなかった」
「そっか」

 亘がくすりと笑ったのが、気配で感じられた。美鶴はなんだかとても恥ずかしくて、亘の方を見られないでいた。するとその時、再び手のひらに亘の口唇が触れるのを感じた。ふいに、先までのコトを思い出して、美鶴は益々顔を赤くする。
 だが亘はそんな美鶴の変化を知ってか知らずか、手のひらへのキスを繰り返している。

「美鶴、大好きだよ」

 亘の告白に、美鶴は消え入りそうな声でうん、と答えた。



お互いどんどん好きになればいい。
20060818UP




僕を待つ灯火



 あの日から、それがまるでこの世の摂理であるかのように、美鶴は独りだった。勿論安っぽい同情や好奇心、ありがたくもない義務感から近寄ってくるヒトはあったけれども、そんな輩が美鶴の救いになりよう訳がない。それどころか、美鶴の孤独をますます深めるばかりである。

 だが美鶴はそれで良かった。そうありたいとさえ考えていた。幼い妹の、その瞬間の恐怖や孤独を思うと、自分一人幸せに生きるなんて、決して許されないことと思ったからだ。
 無神経なヒトは運良く難を逃れたのだから、なんて言うけれども、はたして美鶴は本当に運が良かったのだろうか。たった一人で生きるには辛すぎる世界に取り残されて、本当に良かっただなんて思える日が来るのだろうか。

 美鶴のそうした考えは、幻界での経験を経ていよいよ確固たるものとなった。妹の為とはいえ、美鶴は幻界で大変なことを仕出かしてしまった。もう美鶴には、幸せになる権利など一切ない。こうして生かされてしまったことが何よりの罰だと真摯に受け止め、ただひたすら日々をすごしてゆくほかないのだ。



「芦川」

 もう随分と薄暗い廊下で、唐突に名を呼ばれた美鶴は立ち止まった。後少しで最終下校時刻という頃合である。辺りはしんとしていて、まだ生徒が残っているとはとても思えない。その所為だろうか、声をかけられるまで彼の気配に気づかなかった。
 美鶴はため息を吐くと、振り返った。

「おまえ、なにしてんの?」
「なにって……芦川を待ってたに決まってるだろ」

 教室からひょっこり顔を出した亘は、ちょっとむっとした表情でそう言った。美鶴はふーん、と気のない調子で答える。

「待っててくれなんて、頼んでない」
「またそんなこと言う。一人で帰るより二人の方が楽しいだろ?」

 亘は教室から出てくると、美鶴の手を取った。にっこりと笑う。

「ね、一緒に帰ろう」

 そして美鶴の返事も待たずに、さっさと昇降口の方へ歩き出してしまう。手を取られたままだった美鶴は仕方なく、彼の後に従った。でも亘の勝手にただ振り回されるのは悔しくて、口を開いた。

「別に、俺は一人でいいのに……」

 すると不意に亘が足を止めた。くるりと振り返る。驚いた美鶴も慌てて立ち止まった。二人の視線がかち合う。
 亘は、なんだか怒っているようだった。

「だからだよ」
「なに?」
「おまえがそんな風だから、僕は……」

 それきり亘は口を噤んでしまった。美鶴は眉を顰める。亘の言いたいことがよく分からなかった。

「三谷?」

 咎めるような口調で問うと、亘は一瞬顔を歪めてから、視線を逸らせてしまった。俯き、美鶴と亘のちょうど真ん中辺りの床をじっと見つめているようだ。美鶴の手を、ぎゅうっと握り締めてくる。
 その痛みに、美鶴が思わず手を引くと、亘はぱっと顔を上げた。真っ直ぐな目で、じっと美鶴を見る。

 「僕が一緒にいたいからじゃ、駄目?」

 そう言って、どうしてだか辛そうな笑みを浮かべてみせる。一体彼はなにを言いたいのだろうかと、美鶴は首を傾げたが、亘はさあこれでこの話はお終いだとばかりに、踵を返してしまった。美鶴の手を引いて歩き出すので、美鶴はまたしても仕方なく彼の後に従った。

 帰宅部だとさ、色々頼まれちゃって大変だよね、なんて、取り繕うように言ってくるのに、美鶴は生返事を返した。頭の片隅に、こんな馴れ合いはよくないと、ふいに警告が発せられる。
 けれども美鶴は頭を軽く振って、そんな考えを追い払ってしまった。だって、亘が強引だから、美鶴の所為ではないのだからと、気がつけばいい訳じみたことを考えていた。



原作設定で、YOU流されちゃいなヨ!って思いながら。
上手くまとめられなかった感がひしひしですが、もうこれ以上どうすればいいのか分からないのでUPしてみる。
20060819UP




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