恋愛感染メール



 そろそろかな?そう思って携帯電話に目をやった時、それは着信を告げる為の振動を始めた。美鶴はシャーペンを置き、夏休みの宿題である問題集を閉じると、携帯を手に取った。誰からかは、わざわざ確かめるまでもない。

『今日もすっごいしごかれた。暑いしくたくただよ』

 美鶴は苦笑を浮かべると、手早く文字を打ち、送信する。机の上に携帯を戻し、宿題を再開しようかとシャーペンに手を伸ばしたところで、再び携帯が震える。

『そうだけど、お疲れとかないの?』

 好きで部活の合宿に行っているヤツが何を言っているんだと、美鶴は眉を顰めつつ返信した。すぐに返事が来る。

『ひどい!』

 美鶴は思わず噴き出してしまった。あんまり苛めが過ぎただろうか。すると美鶴の返信を待たずに、携帯が今一度着信を告げる。

『でも、会いたい』

 美鶴はその文字をまじまじと見つめてしまった。また携帯が振動する。

『合宿は楽しいけど、美鶴がいないから寂しい』

 美鶴はぎゅうと携帯を握り締めた。暫くそうしていてから、返事をする。たった一言だけ。美鶴は送信ボタンを押してから、ため息を吐いた。確かに二人は今、遠く離れた場所にいる。けれども二人は、地球上の誰よりも近しい存在なのではないだろうか。だって、全く同じ事を考えているなんて。美鶴は送信画面を眺めながら、そんな事を考えていた。その時、携帯が着信を告げる。今度は電話だ。美鶴はその面に微かな笑みを浮かべる。

「もしもし、亘?」



……最後メールじゃなくなってるし……(汗)
20060808UP




眩しすぎるのは太陽じゃなくて




 不意にわっと歓声が上がった。

 校庭を見下ろせる、木陰のベンチに腰掛けていた美鶴は、読みかけの本からつと視線を上げた。夏の日の太陽に眉を顰めながら校庭を見渡せば、どうやらサッカー部が何チームかに分かれて、ゲームを行っているらしいと分かった。赤いゼッケンをつけた生徒達が、ゴール側でぴょんぴょんと飛び跳ねている。きっと、ゴールが決まったのだろう。では先の歓声は、その所為だったのか。

 美鶴は喜び合う赤いゼッケンの生徒達の中に、亘の姿を見つけて苦笑を浮かべた。なにやら随分楽しそうに、同チームの生徒と話をしている。たまには一緒に帰ろうよと亘に泣きつかれた美鶴が、こうして一人彼を待っているというのに、いい気なものである。

 美鶴はため息を吐くと、手元の本に視線を戻そうとした。だがふと視線を感じて、今一度校庭を見やる。するといつの間にか亘が、グラウンドの端からじっと美鶴を見ていた。

 美鶴がちょっと首を傾げると、亘はその面に全開の笑顔を浮かべ、ぶんぶんと両手を振った。その口が、ぱくぱくと上下する。み、つ、る。……なんの事はない、ただただ美鶴の名前を呼んでいるだけのようだ。部活中なのにそんな事していて、怒られるんじゃないかと思ったが、とりあえず美鶴も笑みを浮かべると、手を振り返してやった。すると亘は益々嬉しそうな顔をして、更に口を開こうとしたが、同じ赤のゼッケンをつけた生徒に頭を叩かれて叶わなかった。

 体格からいって、上級生だろう。亘は頭を押さえて振り返ると、ぺこりと頭を下げた。ソイツが何事か亘に告げているようである。亘はもう一度頭を下げると、駆け出そうとして、しかしすぐに足を止めると、美鶴の方を見た。困ったような笑みを浮かべて、頭をかいている。

 美鶴は呆れ顔で、亘がこれ以上怒られる事のないように、さっさと行けと手で追い払う真似をした。ちょっとショックを受けた顔をして、亘が渋々と走り出す。その背中を、美鶴は目を細めて、じっと眺めていた。



超ありがちな話しか思いつきませんで……。
20060809UP



今も昔も遠い未来もすぐ側に



 たまに、すごく腹の立つ事がある。例えば今なんかがそうだ。
 美鶴は隣を歩く亘を、ちらりと横目で見た。亘はとってもご機嫌な様子である。鼻歌でも歌いながら、スキップでも始めそうな勢いだ。能天気なヤツと、美鶴は醒めた眼差しを向ける。

 だが浮かれモードの亘は気付かない。不意に全開の笑顔を美鶴に向けると、こうのたまった。

「こうなったらもうさ、女神様が僕達はずっと一緒にいるべきだって言ってるようなものだと思わない?」

 ……思わない。
 という本音はぐっと飲み込んで、美鶴は亘に冷たい一瞥をくれてやった。

「たかが中学三年間、一緒のクラスになったくらいで、何言い出す訳?」

 すると亘は一瞬唖然とした表情を浮かべてから、ぷっと頬を膨らませた。

「美鶴は冷たい」
「冷たくて結構」

 そう言い捨てると、美鶴は足を速める。ちょっ、待ってよ美鶴ぅ、なんて亘が喚いているが、無視した。

 ずっと、なんて、よく軽々しく口に出来るものだ。そんな言葉がどれだけ信用ならないか、亘だって実体験からよく知っている筈なのに。でも、何よりも腹が立つのは―――。

「美鶴!」

 突然腕を掴まれた。ぐいっと後ろに引っ張られて、美鶴はたたらを踏みながら立ち止まる。
 振り返れば、ちょっと怒ったような、困ったような、微妙な顔をした亘がいた。美鶴の腕を両手でぎゅうっと握り締め、暫し逡巡した後、恐る恐るといった態で口を開く。

「美鶴は、一緒のクラスで、嬉しくないの?」
「ばぁーか」

 掴まれていた腕を振り払うと、美鶴はぴしっと亘のおでこを叩いた。亘がいたっと声を上げておでこを押さえ、上目遣いに美鶴を見た。
 そんな亘に、美鶴は苦笑を浮かべる。ため息混じりに、そんな事はない、と小さな声で告げた。途端に亘の表情がぱっと明るくなる。行こう、と手を取られて、美鶴は素直に従った。一歩先を行く亘の背中を、ぼんやりと眺める。

 ―――何よりも腹が立つのは、そんな亘の言葉に縋りついてしまいたい自分自身だと、美鶴はこっそりため息を吐いた。



美鶴は亘にどんどん幸せにしてもらえばいいと思います。

20060811UP



今日は離れてやらない



 いつもは寡黙な美鶴の分までぺらぺらぺらぺら喋り捲る亘だったが、今日だけは違った。常に美鶴の一歩後ろを歩き、彼が話しかけるまで決して声をかけない。じっと美鶴の所作を見守るだけである。手助けが必要だと思われる場面でも、口は出さずにそっと手を貸す。始めの頃はどうしたらいいものか全く分からなくて、ただおろおろしていたけれども、年を重ねるにつれそんな事もなくなっていた。

 亘は手にしていた桶を、そっと差し出す。美鶴は無表情のままちょっと肯いて、それを受け取ると掃除を始めた。亘はその背後で、火をおこす準備をする。真新しい線香の、封を切った。

 月命日。
 そんな言葉がある事さえ、亘は知らなかった。美鶴は毎月欠かしていないという。そんな話を聞いて、亘はすぐに同行を願った。おまえが来ても、つまんないと思うよ、なんて美鶴は言ったけれども、拒否されはしなかった。てっきり嫌がられるだろうと思っていた亘は、拍子抜けしたくらいである。でもそれだけに、美鶴の孤独や寂しさを垣間見たような気がして、亘はひどく胸が痛んだ。そして何も出来ないちっぽけな自分だけれども、この日だけはどんな事があっても美鶴の側を離れないでいようと、こっそり心に誓ったのだった。

 その誓いは、今の所破られる事なく、遵守されている。これからも、きっとだ。

 亘が手渡した線香を、美鶴は供え手を合わせた。その後姿を、亘はじっと見つめる。彼の気の済むまで、亘はこうして待つだけだ。美鶴は随分長い事手を合わせてから、漸く踵を返した。亘は美鶴の横をすり抜けると、お参りさせてもらう。線香を供え、手を合わせた。

 くるりと振り返ると、美鶴がじっと亘を見ている。亘が首を傾げると、美鶴はその面に微かな笑みを浮かべ、小さな小さな声で言った。ありがとう、と。どうしてだか言うべき言葉が見付からなくて、亘はこっくりと肯くので精一杯だった。



原作設定で。
20060812UP



昼食をおすそ分け



 飽きないの?と聞いたら、そういう問題じゃないと返されてしまった。確かにその通りだけれども、やっぱり毎日毎日じゃ、つまらないと亘は思うのだ。

 だから次の日はちょっと早起きをしてみた。喜んでくれるかな。それとも勝手なことをして、なんて迷惑がられるだろうか。ドキドキしながら包みを差し出せば、美鶴はそれを暫くじっと見つめてから、亘の顔をやっぱりじっと見て、首を傾げた。

「何、これ」
「お弁当、美鶴の分」

 そう言って亘は、包みを無理矢理美鶴の手に押し付けると、中庭のベンチに腰掛けた。自分の分の弁当を膝の上に広げながら美鶴を見上げれば、彼は先刻の場所から微動だにせず、まじまじと包みを眺めている。そんな美鶴の様子に、亘はちょっと不安になって声をかけた。

「……迷惑、だった?半分以上お母さんが作ってくれたから、味は大丈夫と思うんだけど」

 すると美鶴は、弾かれたように首を横に振った。

「いや、そうじゃない。そうじゃなくて……」

 そう言ったきり、美鶴は黙り込んでしまった。
 とりあえず迷惑ではなさそうなことに、亘は安堵の吐息を漏らした。突っ立ったままの美鶴に、こっち来て座りなよと自分の隣をぽんぽん叩いて促す。美鶴ははっとしたような表情を浮かべると、ベンチの方へ歩いてきた。亘の隣に腰掛ける。

「ね、食べてよ」

 亘が美鶴の腕をちょんと肘でつつけば、美鶴はこっくり肯いて、包みを解き始めた。中から箸箱と、ちょっと小ぶりなタッパーが顔を出す。

「パン買ってきてるだろうから、おかずだけにしてみました」

 亘がそう解説すると、美鶴はちょっと微笑んだ。箸を手に取り、卵焼きに口をつける。

「美味しい?」
「……うん」
「良かった、それ僕が作ったんだ」
「馬鹿だなおまえ」
「え?」
「俺の為に、わざわざ……」

 ああなんだそんなことと亘はにっこり笑った。

「いいんだよ、僕が好きでしてるんだから。……あ、それも僕」

美鶴が箸に取ったコロッケを指差す。

「と言っても、レンジでチンだけどね」

 美鶴はコロッケを口に入れると笑った。

「すっごい、美味しい」

 その瞳がちょっと潤んでいるように見えたけど、亘は気付かないふりをした。



美鶴は自分のことにはすっごい無頓着だと思うのです。
20060814UP


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