万聖節前夜






 スーパーの店頭売りスタッフが、なにやら中途半端な仮装をしていた。それぞれ制服の上に、光沢の失せたサテンのマントを纏い、同じくサテンのとんがり帽子を被っている。だが店頭に並べられているのは、ごく普通の日常品だ。そのアンバランスさが、なんだかおかしい。
 そういえば今日はハロウィンなのだと、美鶴は思った。

「そっか、今日ってハロウィンなんだ」
 ぽつりと呟かれた言葉に、美鶴はゆっくりと顔を向けた。見れば隣を行く亘も、同じようにスーパーの店頭を眺めている。そのどこかぼんやりとした表情を、美鶴がなんとなく見つめていると、亘は不意に表情を曇らせた。しばし眉間に皺を寄せ、何事か考え込んでいる様子である。
 
 首を傾げた美鶴が、どうかしたのかと尋ねる前に、亘が口を開いた。
「あれ、なんだっけ? なんか言うじゃない?」
 腕組みをして、うーんと唸っている。
「子供がさ、家を回るんだよね?」
 つまらないことを、難しい顔をして思い悩む亘のさまがおかしくて、美鶴はほんのりと笑みを浮かべた。

「Trick or Treat?」
「そうそう、それそれ」
 亘は俯き気味だった顔をぱっと上げると、全開の笑顔で美鶴を見た。
「思い出せないと、なんかこの辺りがもしゃもしゃして気持ち悪いよね」
 そう言って胸の辺りを手のひらで擦ってから、ちょっぴり小首を傾げる。

「で、どんな意味だっけ?」
「え……っと、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、だと思った」
 まるでそこに答えでも書いてあるかのように、美鶴は中空を見つめながら記憶を辿り、答えた。亘がこくこくと頷く。
「そっか、美鶴物知りだねぇ」

 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、か。口の中でもぐもぐと呟くと、亘は歩き出した。気がつけば二人は、道の真ん中に立ち止まっていたのである。美鶴もすぐに歩き出すと、亘の隣に並んだ。のんびりしていた所為か、通学路だというのに、周囲に生徒の姿が見当たらない。ちょっと遅くなってしまったかもと、美鶴は家路を急いだ。隣を行く美鶴につられて、亘も自然と早足になる。

「お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ」
 不意に亘が、今度ははっきりとした口調で言った。突然のことに意味を図りかねて、美鶴が黙ったままでいると、亘は上目遣いに美鶴を見た。
「って言われたら、美鶴はどうする?」
「は?」
「ねえ、どうする?」

「……キリスト教のお祭りだから、関係ない」
 美鶴が肩を竦めて答えると、亘はそうじゃなくて、と声を大きくした。
「美鶴は、僕に、そう言われたら、どうするのかなって?」
 一言一言区切って、言い聞かせるような口調で亘が言う。
「ねえ美鶴? お菓子をくれなきゃ、悪戯しちゃうぞ?」
 腰を屈めて、下から掬い上げるような視線でもって、美鶴を見る。
 
 美鶴は小さなため息を吐いた。じっと美鶴を見つめる亘の目をちらりと覗けば、ゆらゆらと揺らいでいる。
 美鶴は両手のひらを上にして、肩の高さにまで上げると、首を竦めた。
「悪戯、すれば?」
「え?」
 一瞬のうちにぽかんとした表情になった亘の顔に、美鶴は口の端に笑みを浮かべると言った。
「だから、俺お菓子持ってないし。悪戯すれば?」
 それから亘の耳元に唇を寄せると、囁いた。
「で、どんな悪戯してくれる訳?」
 ついでにふっと息を吹きかければ、亘の顔は面白い位に真っ赤になった。ぴたりと足が止まる。
 美鶴も足を止めると、亘の目の前に斜に構えて立った。つと亘に視線をやれば、彼は真っ赤な顔をして、驚きに目をまん丸に見開いて、まるで酸欠の金魚のようにぱくぱくと口を上下させている。
 もうどうにも我慢が出来なくて、美鶴は声を立てて笑った。突然の美鶴の所作に、亘の表情は呆然としたものに変わった。だがそう時を待たずして、むっと眉を顰めてみせる。

「……からかったな」
「お互いさまだろ?」
 美鶴が鼻で笑うと、亘もぺろっと舌を出した。
「なんだ、バレてた?」
「勿論」

 あーあと肩を落とす亘に、美鶴はぽつりと呟いた。
「そもそも、悪戯にはならないだろ?」
「はい?」
 きょとんとした目で見つめてくる亘に、美鶴はゆるゆると首を振った。









熱があるのでこんなもんしか書けませんでしたが、折角のイベント日なのでムリクリ更新してみる。
当初の予定ではエロ有だったんだけどなぁ(泣
20061031



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