everlasting

FATE 20 親友の遺言

薄暗い部屋に一筋、月の光が差し込んでいる。

部屋に戻った弓月は電気もつけず、光に導かれるようにベランダの戸を開けた。

ベランダから見えるのは、満月を過ぎた、欠けゆく弱々しい月。

それは、日に日に弱って姿を消してしまった、かつての親友をみているようで。

無造作に手を突っ込んだ白衣のポケットで音を立てた小さなロケットを取り出す。

そこには親友と、青い髪を持つ女性が微笑んでいる。

彼らの笑顔をみることは、もう、ない。

 

 

 

 

もう何年前のことだろう。

その日も二人で旅をしていた。

お気に入りのイノムーと、ワタッコをつれて。

イノムーは雪山もお手の物で、近くにいると揺れる毛が暖かくて、野宿の時によく呼び出していた。

二人でイノムーをはさんで寄っかかって、星を見ながら色んな話をした。

親友のワタッコは小柄だけどすばしこくて、綿毛を使って二人をくすぐるいたずら好きなやつだった。

のんびりふわふわしていると思ったらバトルになるとあっさり相手を打ち負かして戻ってくる。

可愛いくせにやるときはやるところがすきなんだ、と親友は笑いながらよく言っていた。

 

久々についた街で黒いスーツの男に声をかけられた。

君たちのトレーナーとしての実力を見込んで、話がある。

君たちのポケモンをもっと優秀にして、すばらしいことに使わないか、と。

好奇心が勝る若い冒険者には実に効果的な誘惑だった。

連れて行かれた研究所で見たのは、自分たちが知らなかった、世間に公表されていない、最先端の研究だった。

 

 

当時一番力を入れていたのはモンスター達をヒトの姿にすることだった。

もし、パートナーと会話が出来たら、きっと旅は賑やかでもっと楽しくなるだろう。

そんな気持ちで研究を進めていた。

様々なモンスターで実験を重ねた。薬に耐えられず、死んでしまうモンスターもいた。

何とも思っていなかった。研究だったから。

いよいよ研究成果が認められ、自分たちの相棒も、実験に臨むことになった。

 

最初に親友が、相棒を実験機に入れた。

がたがたと機械が動き、辺りが光に包まれる。まるで進化を遂げるように。

その光が収まったあと、二人の前に現れたのは、美しい青い髪を持つ少女だった。

にこりと微笑むと、親友の方にゆっくりと歩み寄り二人は名前を呼びながら抱き合った。まるでバトルに勝ったあとのように。

そして親友は言った。「次はお前の番だぞ」と。

促され、震える手で相棒を実験機に入れた。

あのとき自分は相棒になんと言葉をかけただろう。あまりにも愚かしくて、思い出すことが出来ない。

スイッチを入れると、機械が動き出す。しかし、先ほどと、音が違うような…。

何か嫌な予感がすると思ったときにはもう遅かった。

機械はすさまじい音を立てて爆発し、辺りは爆音と激しい炎に包まれた。

無防備に突っ立っていた自分は爆風に吹き飛ばされ、床で強く背中と頭を打ち、意識を失っていた。

目が覚めたときには眼前は炎の海、研究員たちが消火活動をしていた。

真上で機械の一部だったチューブがごうごうと燃えて、落ちてくる。

もうダメだと思った。体は動かない。

しかし、次の瞬間、熱さを感じることはなかった。そのかわりに聞こえたのは、男の、吠えるような、叫びだった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

目を開けるとそこには、見知らぬ、茶色い髪の青年がいた。

体が動かない自分をかばうように覆い被さっているが、体中、やけどをしている。

目を見開いた自分に向かい、青年は薄く微笑んだ。

「…ユヅキ…ブジでよかっ た…」

 

それが、自分が聞いた、唯一の、憂の 声 だった。

 

 

治療室から出てきた医者に、やけどはヒトの姿になっているため完全に治すことは出来ないと言われた。

ヒトからモンスターの姿に戻すことは、現時点では想定されていない。研究も行われていない。

どんな顔をして、謝ればよいのか。

奥の部屋で寝ていると言われ戸を開けた自分は、相棒に話しかけた。

しかし、どんなに話しかけても、声を発することはなかった。

焦って声をかける自分の背中から、医者が声をかけてくる。

憂はヒトの姿にはなったものの、記憶や感情がかなり欠落してしまっている、と。

「まさか!そんな!お前はボクを、助けてくれたじゃないか!」

確かそんなことを口走りながら、おそるおそる顔に手を伸ばし、長い髪をかき分ける。

長い髪の間から現れた目は、白く濁り、うつろだった。

「イノムーは目が悪いからそれはもともとかもしれないですけどね。」

そんな言葉は、遠く聞こえる風の音のようだった。

 

しばらくは病室で憂の看病とリハビリをすることになったため、親友と顔を合わせる日は減っていた。

その間に、親友とその相棒の間に何があったのか、詳しくは解らない。

でも、ずっと一緒に旅をしていた相棒が自分と同じ年くらいの美少女になって現れたら、惹かれていくのは目に見えていた。

久々に会ったとき、親友から真っ先に明かされたのは、「子供が出来たんだ」ということだった。

 

その報告がえらく幸せそうで、腹が立って仕方がなかった。

きっと自分がゴーストタイプだったら、迷いなく『呪い』を繰り出すくらいだ。

あいつは、自分の相棒のことを、気にもかけてくれなかった。

あんなに一緒に旅をしたのに。所詮他人のモンスターなんてどうでも良いのか。

心の奥底にどろどろとしたものを抱え、病室へ戻った。

 

その後、二人の間には女の子が生まれた。

その子はヒトの姿にもかかわらず、モンスターのように自在に技が繰り出せる、奇跡のような子だった。

研究所が沸いた。次の段階の研究が進められる、と。

ヒトの姿で様々な技が繰り出せれば、それはまさしく生物兵器だ。

諜報も暗殺も、世界中で戦争を起こすことも、簡単にできる。

しかし、アイツは言った。娘を研究に使うつもりはない。三人で研究所を出て平和に暮らす、と。

そんなことが、許されるはずもないのに。

三人はばらばらに隔離され、会うこともままならなくなった。

その数週間後、アイツの相棒は、体調不良を訴え、息を引き取った。

そしてその数日後、アイツは娘との脱走を企て、失敗した。

唯一、アイツが勝利したことといえば、娘を研究所に渡さず、どこかへ逃がしたことだった。

どうやって逃がしたのかは解らない。

でも技が使えるような子供だったのだから、何かしらの特殊な手段を使ったのかもしれない。

 

研究所が落ち着いたころ、アイツの遺品の整理を頼まれた。

といっても、整理したところでどうしようもない。仕分けたところでほぼ処分に回されるのは目に見えている。

その時はもう歩き回ることが出来るようになっていた相棒を連れて、部屋に行き、端から物を段ボールに詰めた。

部屋は綺麗だった。元々脱走するつもりだったのだ。殆どの物は処分がすんでいた。

帰り際、アイツが旅をしていたころから使っていた、小さな箱が目にとまった。

何故これを置いていったのか、そう思い中をあけるとそこには、ロケットペンダントが二つと、手紙が入っていた。

一つ目のペンダントにはアイツと、にこやかに微笑む『妻』の姿が、

二つ目のペンダントには、旅の途中に撮った、アイツと自分、そしてお互いの相棒が映っていた。

そして、手紙の宛名には、自分の名前が、綴られていた。

アイツが最後に残した、「親友」宛の手紙…

ざっと目を通したとき端々に見えた単語が、この手紙を秘密裏に持ち帰れと、訴えていた。

遺品を貰うにしても報告が必要だ。ポケットに入れていては奪い取られるのは必至。しかしこの手紙を、どうにかして持ち出したい。

ふと目にとまった憂の、手首に巻かれた包帯へ視線が行く。

痛々しいやけどの残る腕をつかみ、包帯に手紙を隠す。表情が変わらずとも感覚はあるはずだ。今思えばきっと痛かったろう。しかしそれすら気づかないほどに、自分は焦っていた。

そして全員が映ったロケットを相棒の首にかけ、服の中にしまった。もう一つは自分のポケットへ。

そしてもう一度、カーペットの下やベッドの隙間、くまなく辺りを確認し、空の状態にして部屋をあとにする。

最後に目にとまったあの箱は、奪われることを覚悟で、持って行くことにした。

これなら遺品としては問題ないと言われるだろう。

 

親友の部屋から持ち出した物は、すべて、持ち帰ることに成功した。

手紙には、自分への懺悔の言葉と、娘のことが綴られていた。

ミヤノ…相棒、いや彼にとっては妻だが…との生活が幸せで、顔を合わせるのが辛かったこと、

研究所から娘を生物兵器の初号実験体として提供するよう圧力を受けていたこと、

娘を逃がす決意をしたが、もし、娘が捕まって研究所に戻ってきた、その時は…

 

最後に、また二人で、いや、四人で、旅がしたかったという言葉でしめられていたその手紙は、今も見つからないように隠してある。

きっと彼女は上手く逃げ延びて、どこかで平和に暮らしているだろう、そう思っていた。

しかし、先日、自分は見てしまった。

母の姿にそっくりに成長した、青い髪の少女を。

何故、彼女は戻ってきてしまったのだ。両親を殺した、この組織へ。

 

頭の中を手紙の文面が支配していく。

 

もし、娘が、詩野が、捕まって研究所に戻ってきた、その時は…

 

生物兵器に使われる前に

 

人類を彼女が滅ぼす前に

 

 

あの子を 殺してくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ パチン ”

闇に引っ張られる意識を引き戻すように部屋が明るくなる。

振り向いた先には言葉を発することない相棒がいる。

瞳は髪の奥に隠れ、無表情で、感情を読み取ることは出来ない。

それでも何かを訴えるようにたたずんでいる。

「有難う、憂 」

柚樹はベランダの戸を閉めた。

 

時間がない。

 

彼女が兵器として利用される前に

 

 

 

殺さなくては…

 

 

 

それが親友との、最後の約束だから…

 

 

 

 

 

2014/03/01

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