Last update: April. 15, 2008

管理人のプロフィールや戯言など

 団塊の世代の後塵を拝す年代。高校の卒業式はバリケード封鎖で中止になり、ひょっとしたら革命が、という幻想を抱いた世代。

 平成8年に都山流尺八を始める。一応「准師範」。平成16年秋より経済的な困窮に陥り、17年春より稽古を断念、現在に至る。多分、

職格は剥奪されているでしょう。

 都山流に入門したのは、偶々、一番近くの指南所がそうだからであって、意識して選んだ訳ではありません。というか、そもそも尺八に

色々な流派があることすら知りませんでした。独学で尺八を極めるのは所詮無理です。見て聴いて、技を盗むしか上達の近道は無いと

思っております。

 初代中尾都山が、普化尺八の出であるのは割と知られています。幼少の頃は近藤宗悦の弟子の小森隆吉、少年時代は尾崎真龍に学んだ

らしいですが、どの程度かは分かりません。尾崎真龍は明治22年に亡くなっていますので、真龍と一緒に「大和、近江方面へ虚無僧托鉢した

ことも時々あった」(富森虚山著「明暗尺八通解」)というのは11・2歳の頃という事になり、かなり疑問が残ります。尾崎真龍ではなく、勝浦正山

ではないでしょうか。楽譜も「フホウヱ」式で教授を始めた事からも旧明暗寺系だと分かります。

 普化尺八との出会いは浦本浙潮の著作物を読み、偶々入手出来たLP「浦本浙潮の尺八」を聞いてからです。両者とも編者は故稲垣衣白

でした。そして深く傾倒しました。

 数年前に、インターネットを通じて知り合った方から、古典尺八の手解きを受けました。その方は若い頃に数年、某氏から教えを受け、

その後、仕事が忙しくなったので止めて、仕事をリタイヤしてから昔を思い出しながら吹奏を再開した方でした。製管にも手を染めておられ

ましたが地盛り管でした。教えて頂いたのは、ほんの数曲ですが、伝承がハッキリとしませんでした。

 それより以前、尺八を始めて2・3年経った頃に、あちこちの演奏会に行きました。今にして思えば、生前の山口五郎師や、演奏可能

だった横山勝也師の吹き振りを生で拝聴出来たのは幸せでした。マイナーな邦楽の世界の中でもマイナーな尺八。その中でもマイナーな

明暗尺八の世界。やっとそこへ辿り着きました。

 平成19年の春から、正式には夏から教えを受けています。多分、聞いていても面白くない、観賞用音楽ではない明暗尺八の世界。その蘊奥を

究めるには遅過ぎるスタートではありますが、限りある生の許す限り、一歩ずつ精進して参りたいと存じます。

 平成20年3月吉日、晴れて明暗尺八への入門を許可された。まぁ、教える資格を持つ「導主」に巡り会い、お願いすれば、誰でも入門出来る

のだが、如何せん、他の流派と異なり導主の絶対数が少ない・・・。

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