旅する言葉 2005年1月

 

 

 

非日常のエネルギー

日常のエネルギー

 

1月6日2005年

 

 

 

言葉より

音を人は先に使っていた。

 

1月10日2005年

 

 

 

人は沢山な服を着る。

それをどんどん重ね着する。

とっかえひっかえ着替えたりする。

いっぱいきたり、あまりにも重い服を着たり、

いつのまにかバランスをくずしている。

でも着ていると安心ぽいので服を脱げない。

さらに服をもっと着て安心しようとする。

なぜかバランスは崩れる一方。

 

薄着でいれたらいい、

はだか(生命そのもの)にいつでもなれる様な自分でいれたらいい。

 

1月10日2005年

 

 

 

 

体や精神が

調子よくないという事で

自分の生命に言い訳しても

本当はごまかす事は出来ない。

 

1月10日2005年

 

 

 

僕達の現実は、

宇宙そのものなんだ。

 

114日2005年

 

 

 

あるアフリカの子供の将来の夢

“生きていたい”

 

1132005

 

 

 

心と体と魂のバランスが自然ととれていたらいい。

 

 

 

人が人を本当の意味で幸せにすることは出来ないだろう。

しかし、自分の幸せが伝わる事はあるでしょう。

 

1232005

 

 

 

夜。公園で太鼓をたたいた。

終えると何処からともなく色々な所から拍手が聞こえた。

見えないものとの“つながり” それを拍手というもので表現されたのだ。

それは、拍手だけではなくあらゆるものとの“つながり”を確信し、実感する

ものだった。

見えないものとのつながり。

 

1292005




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