旅する言葉 1993年3月

 

 

クラプトンはシカゴに帰った。

 

3月 2日 1993年 London,England.

 

 

今のクラプトンはジミーヘンドリックスを越えた。

 

3月 7日 1993年 London,England.

 

 

人の生きづかいがきこえる。

 

3月 8日 1993年 London,England.

 

 

古着屋で黒のシャツを買った。前の俺より黒が似合うようになったようだ。

 

3月 9日 1993年 London,England.

 

 

去年5月ごろ、

A.E.P.P.で会ったアフリカ河くだり大学生二人との偶然の再会。 

感動的な再会だ、お互いいろんな事があったのがわかるから

よけいに感動した。

 

10日 1993年 Paris,France.

 

 

俺の旅ももうすぐ終わる。

これでいいのかと自分に問い、

これでいいのだと自分にいいきかせ歩いてきた。

いまも自分に問いかける、「これでよかったのか」と・・・。

 

 

ロンドンの黒人、パリ人達の視線をなぜか感じる。

 

 

ほんの少しの勇気があれば、立ち止まることさえ出来るかもしれない。

俺はその勇気を身に付けるためにも、歩みつづけなければならない。

 

 

答えはどこにあり、いつみつかるのだろう。

もしかしたら答えなどないのかもしれない、そんな気がする。

でももう少しでみつかるようなそんな気もする。

 

3月13日 1993年 Paris,France.

 

 

一日寝ていた。

 

3月16日 1993年 Paris,France.

 

 

本当は何もわかっていないのかもしれない、

けれども自分を信じて歩くしかない。

 

3月18日 1993年 Paris,France.

 

 

カフェに入ってきた恋人ふたり。

向かい合って同時に座り、同じタイミングで自分の左足を右足に乗せ、

次の瞬間会話が始った。

 

 

もしあと一枚しか写真をとれなかったとしたら、

俺は結局なにも撮れないかもしれない。

 

 

もうすぐ終わる、終わってしまう。

これでいいのか、これでいいのだ。

この苛立ちと葛藤の中、俺は歩きつづける。

 

3月20日 1993年 Paris,France.

 

 

子供が気に入って離さない「まくら」のような写真を撮っていきたい。

 

 

何もない所から物は生まれるのだろうか、

もし生まれるのならば俺は出来る限りそれに近づきたい。

 

3月23日 1993年 Paris,France.

 

 

新しいものとは、いままでにないもののとらえ方だと思う。

 

 

新しいもののとらえ方が出来ないのは、

アーチストもそうだが、それを要求する人達の責任でもある。

 

 

みんなに共感をあたえる作品。

人それぞれ色々な考えや好みもある、

だから俺たちは自分の作品を「提案」していくのだ。

 

3月23日 1993年 Paris,France.

 

 

ブレッソン、サッチモ、チャップリン。

人を愛しつづけた人達、そして愛しつづける人達。

 

 

爆発もコントロール出来なければ、狂気に変わってしまう。

 

3月24日 1993年 Paris,France.

 

 

なぜ子供は大きくなりたがるのだろうと、

思うのは間違えかもしれない。

 

3月25日 1993年 Paris,France.

 

 

人間のいらだちや悩み、それらはふとしたきっかけで気持ちも変わる。

そんな事はちっちゃな事なのだ。

 

3月26日 1993年 Paris,France.

 

 

少しやせてしまった様な気がする。

 

3月29日 1993年 Paris,France.

 

 

芸術家は「一提案者」であるべきではないだろうか。

 

3月30日 1993年 Paris,France.

 

 

ルクセンブルグ公園のお気に入りのカフェにいった。

いつの間にか木には緑の葉が付き、春の気配だ。

なんて気持ちがいいのだろう。

 

                           3月31日 1993年 Paris,France.




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