旅する言葉 1993年2月
今まで家に電話しなかったのは、なんか怖かったのだ。なんだろう。
2月 1日 1993年 Paris,France.
新しい事とはなんだろう、
誰が決めたのだろう、時代の流れが決めたのだろうか。
クリエイターにとって新しいとは何だろう、誰もやっていない事が新しい事
なのだろうか。俺は「新しい」と言葉を使うならば、テクニックではなく
「新しいイメージ」と使うだろう。
それがクリエイターにとって新しい事だと思う。
例えば 新しい物のとらえかた。
新しい事などあるのだろうか?
2月 4日 1993年 London,England.
古代から絵は伝達手段でしかなかった。
それはいつまでも変わっていないはず、これがいつ鑑賞にかわったのだろう。
だが、いい絵とは人の心に伝達しえる絵の事だろう。
俺は東洋人。人の持つ「間」を写真で表現してみたい。
人が放つ空間。それをとらえてみたい。
2月 6日 1993年 London,England.
今俺はカフェに入っている。
中年の男がカフェに入ろうとした、
だが一瞬中を見てカフェの中の様子を見た。
カフェはこんでいる、男はこのこみ合いにちゅうちょして立ち止まったが
「まあいいや入ってみよう」という勢いでドアを押した。
こんな人間の「間」を写真で撮ってみたい。
2月 8日 1993年 Edinburgh,Scotland.
そして俺は、カフェの中から海を眺める。なんておちつくのだろう。
2月10日 1993年 Edinburgh,Scotland.
ネス湖、この黒い湖。光が差し込み湖は、神秘に変わる。
2月13日 1993年 Invemess,Scotland.
静かな日曜。ホテルの窓で過ごした一日。
2月14日 1993年 Invemess,Scotland.
丘の帰り道、
俺があまりにも寂しく見えたのだろうか、一匹の犬が近づいてきた。
そして道案内をする様に俺の前を歩く。
道のわきにある池に彼は飛び込み水鳥をおっかけたりもした、
そんなに楽しいのか、それとも俺を元気ずけようと
してくれているのだろうか。
また少し彼と歩いた、
線路をわたるとき彼はわたらず、どこか寂しそうに見送ってくれた。
2月15日 1993年 Pitlochry,England.
丘から見える山の谷間の湖。
風は吹き、黒い雲は空をおおう。
しかし湖は、静かにそしてひっそりと時の谷間に浮かんでいる。
2月16日 1993年 Pitlochry,England.
午前中に散歩をし、
午後ゆっくり眺めのいい風景と音楽とで食事をしティーを飲み、
すばらしく晴れた太陽の光をあびて過ごした。
2月17日 1993年 Pitlochry,England.
一歩一歩小高い山を登る。背景にはすばらしい湖や山々。
俺は自分が一歩一歩タカになっていくのを感じる。
2月19日 1993年 Kesiwick,England.
ストーンサークル。
このすばらしい自然の中にもう自然と一体化したかに思える
(人口の)ストーンサークル、なぜか不思議な魅力を感じる。
2月20日 1993年 Kesiwick,England.
チャプリン、すばらしい映画ではあるが俺にとってブレッソン、ケルテスと
共に写真の方向性をあたえてくれる影響力のあるアーティストだ。
彼が映画を撮る意味、それは俺が写真を撮る意味と同じ様な気がする。
2月21日 1993年 Kesiwick,England.
橋の近くのTea roomでTeaを飲む。
俺の旅も終わりに近づく、毎日色々な事を考えてしまう。
それだからか、それとも少し寝不足なのからだろうか、
二人の老夫婦に顔がつかれぎみだと言われた。
2月23日 1993年 Kesiwick,England.
まどごしのTea room。
犬がふと通りに飛び出す、俺はおもわず声を出してしまった。
ぎりぎりの所で当たらずにすんだ。
飼い主のおばあさんの顔はこわばり犬自身もなにか落ち着かない様子だった、
二人とも本当にあせったのだろう。
家に帰ったらおばあさんは椅子に腰掛け、犬は自分の小屋に入りうずくまり。
ふたりしておちつくのだろう。
2月24日 1993年 Kesiwick,England.
雨の湖。まるで水墨画を見ているようだ。
2月25日 1993年 Kesiwick,England.
俺は鷹が立っていた岩の上に立ち、翼を広げ鷹になった。
2月26日 1993年 Kesiwick,England.
光がさすその時、小雪はまるでガラスをちりばめたごとく 美しい。
足を踏み締め歩く度、俺は一歩一歩カッコ良くなっていく様な気がする。
ポートレイトとは、題材となる人がどんな人なのかをわかり、
そして、それを表現しなければならない。
2月28日 1993年 Kesiwick,England.