旅する言葉 1992年7月
日本人はファッションに興味がある人がたくさんいる。だからファッションを
提案する人達はもっとしっかりしなければならないと思う。
7月 5日 1992年 Milano,Italy
短歌や俳句など抽象的な言葉で作ったものがある、これは抽象的だからこそ
この短い言葉の中に様々な意味が込められている。
抽象的ないいまわし、これこそ日本語の原点だとおもう。
しかし、これはすべてにあてはまるとはいえない。
7月13日 1992年 Venezia,Italy
流れているものは、けだるい時とたどたどしいピアノの音色。
7月19日 1992年 Fiesole,Italy
今までの日本は形にこだわっていた、これからは抽象的なものにこだわり、
それを行っていくだろう。
戦後日本は、日本経済をたて直すために物にこだわり一生懸命働き、今や
世界No.1の経済大国になった。その一生懸命働いてきた人達に俺たちは
感謝しなければならない。
しかし、俺たちのやり方は違う、これからはやりたい事をやって文化的にも
優れたものをやっていくだろう、そしてもっと抽象的なものをやる人達が
ふえるだろう。
7月26日 1992年 Volterra,Italy
本当の芸術はかたちではない。
ミケランジェロのピエタ。25才にしてあの作品のイメージをもてるとは、
そしてそれを表現出来るとはやはり天才なのか。
7月30日 1992年 Citta del Vaticano,Italy