旅する言葉 1992年6月

 

構図の単純化とはなんだろう、単純化するとどういいのだろう。

主題そのものだけを撮るということなのだろうか?違うような気がする。

 

6月 5日 1992年 Dijon,France

 

 

今日はいい天気だ。何か綿の様な物が空を舞っている、まるで今の俺のようだ。

 

6月 8日 1992年 Avignon,France

 

 

写真を撮るということは、誰にでもできる行為である。しかし、例えば同じ

ものを撮る行為には時間、背景、気持ち、無限にある被写体を見る角度・・・

全てがその一瞬である、これこそうつろいやすいものであり、抽象的な行為で

ある。

 

 

「イメージ」それはイメージであり「かたち」ではない。

 

                             6月 9日 1992年 Avignon,France

 

 

今は港にあるカフェにいる。

“流れているのは、ヨットと車とそしてジャズ。”

 

20日 1992年 Marseille,France

 

 

人の意識と流れる時。俺はそれをつかむ事が出来るだろうか。

 

6月21日 1992年 Marseille,France

 



日本画は、ある意味において抽象画であり、ものすごく優れていると思う。

 

6月24日 1992年 Nice,France

 

 

カフェにいる。流れているのは、不思議な時と魅了のオペラ。

 

6月26日 1992年 Eze,France

 

 

シャガールは子供の様で素直絵。

 

                                         6月28日 1992年 Nice,France

 

 

家と家の間をぬう小さな道、人の気配はするが見当たらない。

この暑さのせいだろうか。

まるで他の世界にまぎれこんでしまったようだ。

 

                        6月29日 1992年 Menton,France




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