柳美里&中森明夫 トーク・サイン会(2007年8月31日:東京堂書店 神田本店)

作家・柳美里(ユウ・ミリ)さんと「オタク」という言葉の名付け親と言われる、コラムニストの中森明夫さん。
意外な取り合わせだが、柳さんが岸田戯曲賞を受賞した頃、雑誌の連載のインタビューで会ったのが最初だという。
おおぜいの人の前で話をするのは苦手、と言いつつ柳さんは「中森さんは旧友って感じがする。友達は新たにつくれても『旧友』は」つくれませんから」とにこやかにトークが始まった。

さて、柳美里といえば、ご存知の方も多いと思うがかなり「スキャンダラス」な作家のイメージを持たれてる。
在日韓国人として横浜に生まれ、家庭不和、学校でのいじめ、家出、そして通っていた私立の女子校は「放校」。
劇団「東京キッドブラザーズ」に入団、そこで主宰者の、20歳以上も年上の東由多加と出会い同棲。妊娠、流産、中絶をし、その一方でお互い別の異性とも交際。
彼女は劇団の役者から戯曲を書くようになり、1993年岸田國士戯曲賞、さらに小説に転じ「家族シネマ」で97年芥川賞を受賞。

私生活ではさまざまな男性とつきあったあと、ある男性とのあいだの子供をみごもるが、破局。
かつての恋人、東由多加がガンで余命いくばくもないことを知らされ、出産を決意。東の病気の介護をしながら共同生活をし、子供を産むが、子供と東との暮らしを夢見たものの東由多加は2000年、食道ガンで死去。
東の闘病と、自身の出産を赤裸々に描いた「命」シリーズはベストセラーになり、江角マキコ、豊川悦司が柳と東を演じて映画化もされた。

今回のトークは柳さんの新刊「黒」発刊記念。本書は東由多加さんの視点で、柳さんとの生活・闘病・死が語られる。書籍ののオビにある「処女喪失から不倫愛まで。柳美里「命」の真相」といういささか扇情的なコピーは、中森さんが書いたそうである。


  今回の「黒」は、言葉をすくいあげるのではなく、言葉で言葉をたたきこわすようなつもりで書きました。

(冒頭、1995年東由多加の体の変調でガンセンターに検査の予約をしたものの、痴話喧嘩の果てに結局病院に行かずじまいだった場面が出てくる)。

自分のせいでガンが進行したのではないか? あのとき喧嘩せずそのまま検査に行っていれば治っていたのでは? という思いがあります。
自分のとりかえしのつかなかったことを書きたい。

中森 この小説は東さんの側から書いてますね。

  そのほうが、徹底的にわたしを糾弾できますから。

中森 「命」がベストセラーになり、映画化もされました。あれで柳さんと東さんとの出来事が神話化されている気がします。柳さんはどこかで、神話をこわしたい、というような気持ちがあったんですか?

  そうですね。神話の中でひとは生きていけませんから。

中森 しかし、柳さんって、東さんが亡くなったあとも、最高裁での「石に泳ぐ魚」の「発禁処分」、朝日新聞連載の「8月の果て」の連載中止(結局完結させて単行本として発刊)など、いろいろトラブルというかつらいことがありましたね。

 最高裁の判決のあとは書けない、眠れない、人と会えないっていう状態でした。
「8月の果て」を完成させたあとの「黒」は、現実のことを書いていても「フィクション」なんです。そして「私小説」でもない。あえていえば「私」の立場に立たない「私小説」なんでしょうか。自分の口から語れないことを、東さんの視点で書いてます。

中森 柳美里は魔性の女、なんて書かれましたよね。でもいまどき「魔性の女」なんて使わないか?

  死語じゃないですか(笑)

中森 「噂の真相」では柳美里は7回も特集されましたからね。

  ・・・・(苦笑)

中森 でも、僕にとっては柳さんって気さくな女性なんですよ。柳さんの周りにはとりわけ、なぜかトラブルが次から次に巻き起こる気もしますけど・・

  うーん・・でもトラブルメーカーだ、って言われるけど、わたしからすれば自分のせいでもない、自分の意志とは違うところで起きることばかりだと思うんですよ。
たとえば両親が離婚したのも、わたしのせいではないし。裁判もわたしが起こしたのではないし、芥川賞を取ったあとのサイン会の前に脅迫事件が起こり、中止になったのもそうです。

中森 脅迫事件については文芸界はもっと抗議すべきだったと思います。でもこんなことがおきるのは柳美里が悪いからと、柳さんの性格に帰すような言い方があったでしょう。ああいうことはすべきでない。
だけど、柳さんって現代作家では珍しいタイプでしょ? 太宰とか三島みたいな波乱万丈の作家。「無頼派」作家って気がします。
逆にトラブルがなくなると、柳美里は作家としてつまらなくなるのでは、なんて思ったりしますけど。

  生きることで満たされたり幸せだったりしたなら、書いてないでしょうね。

中森 ところで、柳美里は2億円の借金があるって、ウワサに聞きましたけど・・ホントなの?

  ええ、ほんとです。

中森 でも「命」シリーズはずいぶん売れてお金が入ったし、いったいまたどうして2億なんて借金になるわけ?

  東さんのガン治療にずいぶんお金がかかりましたから。で、出版社に前借りして・・。
ウチは両親ともすごいお金の遣いかただったんですよ。それを見て育ったから、お金はためておくものではない、という感覚です。
父なんて電話をかけてきて「おい200万円貸せ、このお金がないと殺される!」なんて言うんですから。

中森 ・・・(絶句)。
僕ねえ、出版社が上場できないワケがわかりましたよ。だって作家の前借りっていう不良債権がいーっぱいあるんですもん。
あ、ここだけの話、出版社への前借り王って何人かいるんですよ。高橋源一郎さん、埴谷雄高さん・・
でもね、そのおかげでホリエモンとかに買われなくて出版文化が守れて幸いだったとも思うんです。

(と、ここから柳さんのすさまじい借金ライフの話に突入・・)

  カードを使いまくって、多重債務生活です。ホームセンターコーナンに行って、飼ってる犬と猫のフードを山ほどカードで買い込んで、これで半年は持つな、と。

中森 僕、柳さんがお金がなくて、家中をさがしまわってお金をかき集めてた、なんて書いてるのを読んでウソだろうー、と思ったんだけど。

  本当です。このあいだ電話代を払ってなくてインターネットがとまっちゃった。
何か売るものないかなー、って家中見渡しても、わたしブランド品は持ってないし。それで自分がサインした本を売ろうと。
でも古本屋さんからは「柳さんはサイン会をいっぱいやってるから、売っても価値がない」って。

中森 あ、あの・・まさか芥川賞でもらった懐中時計を売っちゃったとか?!

  あの時計は芥川賞の授賞式のとき、父にあげたんですよ。父のことだからどこかに売り払ったかも。
もうお金もないし、ドッグトレーナーをやろうかなあ、とも最近思いました。

中森 ドッグトレーナーっていったって・・(さらに絶句)。
でもドストエフスキーみたいに、借金に追いまくられて、名作を残すかもしれませんね。
それにしても、すごいですね柳さん。こうなったら柳さんの生活に密着して、井上光晴をドキュメントした「全身小説家」のような映画がそのまま撮れますよ。
あと、奥崎謙三の「ゆきゆきて、神軍」みたいな。

柳  「ゆきゆきて、ユウ・ミリ」を撮りましょうか(笑)。


(話は再び、最新刊「黒」に戻る)

  ガン治療の副作用で東さんが幻覚を見るようになり、天井に白いトンボがいる、と言い出したことがありました。
わたしも彼が見る「幻覚」につきあうようになり、いわば「黒」も見えないものを見ている、東さんの視点で描いています。

中森 そういう幻覚、みたいなものはわかります?

  わたし若い頃シンナー吸ったり(笑)、家出して山の中をさまよって聞こえるはずのない声を聞いたり、って体験をしてますからそういった感覚はなんだかわかりますね。
東さんはいないけど、いる、というのがわたしの実感です。
彼が死の間ぎわ「絶対に僕は死なない」って言ったんですよ。東さんは「絶対」なんて言葉を使わない人だったのに。
彼の不在と、言葉が残っているというあいだに自分がいて、彼のまなざしを感じている、それを書きたかったのです。

中森 それって、スピリチュアルなもの、ってこと?

  スピリチュアルなものを信じてるわけではないけど、それがない、ともいえませんね。
東さんが亡くなってすぐ、5月5日の子供の日に、生まれた息子を連れて美しい新緑の中を歩いていたとき、ああ、東さんはこの緑が見えないんだ、と思って、そうしたら自分がそこにいないような気がしました。
(新刊「黒」の最後に「緑」という章が出てくる)。

中森 僕、柳さんは文学でしかできないことをやっていると思うんですよ。
たとえばさっき言った「自分がいるのに、いない」っていうこと、CGとかではつくれない。
東さんがいないのにいる、と感じて描写できることも、文学にしか出来ない。
ところで、最近の作品、「山手線内回り」なんかはたとえば「水辺のゆりかご」などに比べると、読みづらいところがある、でもそう書かずにはいられないんでしょ?

  ええ、でもそういう作品は売れません(笑)。
だけど書くときに「売り物」としては考えないです。

中森 作風の変化はコントロールして変えた、ってわけではないんですね。やはり変化は「8月の果て」を書いたことが大きかったのかな。いわば歴史が題材ですから。

  歴史とは死者の集積。その集積の中から死者を取り戻す作業だったと思います。

中森 最新作「山手線内回り」はいわばメタ文学といえるんじゃないでしょうか。

  作風をどうしよう、とか方向は考えていません。

中森 でも、フルマラソンを走ったことも何かきっかけになんたんじゃ?

  あの電柱までがんばって走ろう、でも果たして道を曲がった先には何が待っているのかわからない、ましてやゴールには何があるのか、そんな気持ちでしたからね。

中森 ところでね、「8月の果て」の文庫版の解説、許永中が書いてるでしょ? 皆さん、あの許永中ですよ、フィクサーと呼ばれた・・しかも今も獄中にいるのに。でもこの文章がけっこううまいんですよ。

  許永中さんからは「8月の果て」の朝日新聞の連載が中止になってしまったあとに連絡があって。
「オレにできることはなんでもする」なんて言われましたよ。

中森 僕、今年の8月15日、終戦記念日は、梶山季之さんの「族譜」を読んでたんですよ。あれは日本の植民地時代、創始改名を迫られた朝鮮人の男がどうしてもそれに従わず、さいごに石を抱いて井戸に飛び込んで死を選んでしまう。悲劇的な話だけど、すさまじいまでの「不服従」です。
柳さんも、そういうところがあるのでは?

  「イヤだ!」ということは自分にとって大事ですね。

中森 その不服従の態度が、トラブルととらえかねないかもしれませんね。
だけど、今、いろんなところで「服従」していくその状況を見ていると、服従の異様さは、柳さんの不服従の異様さでしか克服できない、と思ってます。
それは政治などではなく、文学によって克服されうるもの、だと。


柳美里さんのサイン

6時からはじまったおふたりのトークは1時間半以上続き、柳美里の文学の真髄にせまるとてもエキサイティングなものでした。
わたしのメモから書きおこした記録では、うまく現場の熱のこもったやりとりを再現できなくて残念。
柳美里ファンをはじめ、多くの小説好きのひとに、ぜひぜひ聞いてほしい内容でした。


わたしは柳さんの大ファン、というワケではないのですが、けっこう昔から彼女の小説は読んでいます。
というよりこれは自慢になるのかどうかわかりませんが、いまではオフィシャルには決して読むことの出来ない「石に泳ぐ魚」を持っているのです。

これは彼女の処女小説として文芸誌「新潮」の1994年9月号に掲載されたもの。
文芸誌などめったに買わないわたしが買ったのは、ひとえに柳さんの小説を読みたかったから。
彼女の芝居を見たこともなかったのになぜか、「このひとは、きっと小説を書くだろうな」とわたしは思っていたのです。

作者の分身のような主人公の、家庭の不和や男性関係、在日ながら「韓国」への違和感が描かれ「自伝的処女小説」とうたっています。
これを読んだとき、彼女が戯曲を書いているためなのか、ひとつひとつのエピソードが芝居のシーンのように浮かんでくるのを感じました。
そしてどうしようもない寂寥感、孤独感。とても20代の女の子の小説とは思えない、さびしさが全体を貫いていました。


しかし、ご存知のように、この小説のモデルとされた知人から、知っている人が読めばすぐに自分だとわかる設定で、自分のプライバシーを侵害され、容貌などの執拗な描写に傷つけられた、として出版差し止めの裁判を起こされ、裁判で争うことに。
けっきょく改稿した「石に泳ぐ魚」は出版されたものの、オリジナルの小説は、いまでも図書館では閲覧できないはずです。


裁判の結果についてはなんとも言えません。
ここまでこじれる前に、なんとかならなかったのか、と思います。
モデルにされた女性にとっては耐えがたい経験だったろうし、そのままモデルにする前にひとこと断ってほしかったろうし、柳さんにとっては自書が「発禁」というのもたまらないことだったでしょう。
個人的には(そんなことなど何一つ知らずに、先入観抜きでこれをよんだ94年当時)、どこか老成したような突き抜けた悲しみの文章に感銘を受け、この人は有望な作家になるだろうと予感しました。


さて、トークとサイン会当日の柳さんは、いつものロングヘア、ナチュラルメイクにデニムのジャケット、紺のロングスカート。
むしろ地味ないでたちです。
「魔性の女」「スキャンダラスな作家」と言われてもご本人はいたって清楚な感じがします。
以前はおさげにした三つ編み姿がトレードマークで、まるで少女のように見えていました。


わたし自身も柳美里という作家を見るとき、
「自分のプライバシーをここまでさらして平気なんだろうか」とか「不倫でみごもった妊婦姿の自分の写真を著書に使うなんて、信じられない。露悪趣味」という思いが常にあります。
だが、嫌いかというとやはりどうにも気になる作家なのです。
それは彼女がまさに作家としてしか生きられない宿命を抱えて、書いているから。
作家でしかありえない、という強烈な存在感が、彼女の作品を読みつづけるゆえんでしょう。