春の到来はまだまだだが、プロ野球は早やキャンプインして、「球春」がぐっと近まっている。
今年は宮崎のダイエーだ、名護の新庄だ、宜野座の阪神タイガースだといつになくキャンプも大賑わいのようだ。そんな中、4度目の来沖にして、やっぱり4度目のスワローズキャンプ見学。年が新たになると、暖かい沖縄がわたしを呼び、スワローズ選手たちが浦添で待っている・・はず。
2月7日土曜日、機内の荷物収納棚の故障のため、20分遅れで飛び立った全日空機で那覇空港へ。
昼食を済ませた国際通りからタクシーを拾って浦添球場へ向かう。タクシーに乗って「浦添へ」と言うと毎回「取材ですか?」とか「選手の奥さんですか?」と聞かれていたが、今年はナシ(^_^;)
この日は今までの浦添訪問時と違って気温も低め、青空はなく、15度くらい、風が冷たい。そのせいか選手たちは皆ウィンドブレーカーをはおって練習している。
それでも空港を出たときは雪が降っていた福岡からすると10度以上も違う気温だ。
いつものようにブルペンのピッチング練習を見てから、球場のスタンドへ向かう。
お、ちょうど宮本慎也がバント練習をやっているところだ。アテネ五輪に出場すれば、また主将に指名かな?

バント練習中の宮本選手
たぶんランニングやダッシュといったトレーニングは午前中に終わっていたのだろう。わたしが来た頃は、野手たちはティーバッティング、フリーバッティング、バント練習をこなしていた。数日前にわたしと入れ違いで浦添に見学に来ていた、ファン仲間のアトムズさんによると、ヤクルトOBの池山隆寛(現評論家)も取材に来ていたらしいが、この日は残念ながら見かけなかった。
バッティングピッチャーの中に乱橋の姿を見つける。なつかしい。と、いってもこの変な名前を「なつかしい」と思えるのは(わたしのような)よっぽどディープなスワローズファンだけである。現役時代「『乱橋』なんて名前がよくないよな〜。まるでノーコンピッチャーみたいじゃないの?」なんてよく言ってたっけ。引退後は打撃投手として裏方に徹しているが、それでもがっちりした体つきだ。
新庄フィーバーも佐々木主浩フィーバーもないためか、わが浦添球場のスタンドの観客は土曜日でも少なめ。それでも少年野球チームらしい男の子たちが来ている。と、グラウンドへ古田がやって来る。チーム随一の人気者の登場で、スタンドのファンがぞろぞろと古田の姿に合わせて動く。もちろんわたしも。関西弁でチームメートにこやかに談笑しつつ、ティーバッティングを始める古田。

笑顔の古田選手
選手たちはわりと思い思いに練習をしているような感じ。球場と隣の体育館を行ったり来たりもするので、その移動のあいだにサインを求めるファンが選手の元へ押しかける。でも無視してしまったり「ごめん、あとで」とさっさと通り過ぎてしまったりする選手も多い。サインをとりあえず数人にしても、対応しきれないからすぐにやめてしまったり。
そんな中で感心したのがラミレス。大勢の子どもたちに囲まれていたが、ひとりひとりにちゃんとサインをする。次から次にファンがサインをねだってもイヤな顔もせず、結局20分くらいサインを続けていた。さすが元メジャーの選手は、ファンサービスをよく心得ている。
もうひとり、石川雅規投手も断らずにずっとファンにサインをしてくれていた。おまけに「がんばってください」とファンが言うとそのたびに丁寧に「ありがとうございます」と答えていた。いかにも好青年! という感じ。
この手の行動ってけっこうファン心理には影響する。今年は断然、ラミレスと石川を応援しちゃうぞ!

小柄ながらも好感度バツグンの石川投手
2時間以上も球場にいたのでそろそろ帰ろうかと思っていると、なんとブルペンで岩村が投球をしているではないか。「岩村、ピッチャー転向か!?」という翌日のスポーツ紙の見出しが目に浮かぶようだ。ちょっと気分転換に投げてるのかしら? と思ってみてると野手ながらこれがけっこう速くていいピッチングだ。おや、投手もいけるじゃん、と思えるような球筋だった。どうやらこれは体のバランスを取るためもあって、ブルペンの投げ込みをやっていたらしい。
高津投手もいなくなって抑え陣がちょっと心配な今年ですが、はやくもわたしの2004年のシーズンは沖縄から始まりました!!

にわかピッチャーでもなかなか球も速かった岩村選手
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2003年のキャンプ見学
2002年のキャンプ見学
