10℃分の幸せ〜避寒ごんふく沖縄旅行記・2002年2月1〜3日
旅行前から天気予報の最高・最低気温を毎日チェックする。福岡は1月の終わりに雪が降り、最高気温が7〜8度というのに、那覇は18度だ!
「ぬくそうだなあ、早く行きたいな〜」。みんなが寒い思いをしているときに、ぬくぬくするのはいいもんだ。パスポートを持っていないわたしにとっては、「南のリゾート」といえば沖縄(別にパスポートの発給を国から拒絶されているとか、そういう事情があるわけでは決してありません、念のため。失効したあと、単にめんどうでつくっていないだけ)。何といっても2月1日はプロ野球のキャンプイン。浦添に行かなくちゃ。

福岡空港から1時間半、短時間のフライトだけど、そのあいだに待っているのは10度の気温差。那覇に到着すると、湿度をはらんだ熱気がじわりとただよって体に入りこんでくる。
ああ、2月になったばかりというのにコートを着ずにすむなんて!

国際通りでお昼ご飯。小さな食堂で沖縄そばを食べる。ダシも独特だしおいしいけど、福岡市民としては、つい「やっぱ麺といえば博多とんこつラーメンが宇宙一おいしかね〜」と思ってしまう。この手の味に関してはどうしてもリ−ジョナリストになってしまうのだ。
壺屋通りでコーヒーカップを買って、岡山の友人あて地方発送を頼んだ後、うろうろ歩きながら地方出版社の「ボーダーインク」さんをさがす。
というのは、前回初めて沖縄に旅したとき、国際通りの書店でボーダーインク出版の本を買い、その感想を拙HPに掲載したら、なんと著者ご本人からメールが届いた、というネットならではの出来事があったのだ。その著者であるところの新城和博氏はボーダーインクの編集者にして、「沖縄アサヒコム」で毎週楽しいエッセイを連載している方である(道ゆらり南風通信
おまけに「うちで出してる雑誌に何か書いてください」とメールをいただき、「原稿依頼だわ!」と舞い上がったわたしは沖縄の名雑誌「WANDER」にずうずうしくも拙文を送りつけ、掲載していただいたといういきさつがあります。
住居表示板ではよくわからないので、直接電話して場所を聞き、ボーダーインクさんの事務所へ。ご多忙中のところアポなしで押しかけてすみませんでした。博多の「筑紫もち」を持参したけど、逆に新潟のおせんべいをごちそうになり、皆さんの楽しい話も聞けて、大変お世話になりました。ありがとうございます。
みなさん「最近、寒いです。ヒーターつけようといってたんだけど」。・・ぜんぜん寒くないってばぁ、こんなにあったかいのに暖房つけてどうする! とヤマトンチュのわたしは驚いちゃうんだけど、本土から沖縄に移住した人って、当初冬場に「あたたかい!」と薄着で暮らしても、だんだん沖縄の冬に慣れて寒く感じるようになり、暖房器具を買うようになるそうな。

雨女のわたしだけど、今回も雨模様。明日はキャンプ見学に行く予定なのに。ここはおぼれるものはワラをもつかむ、無神論者も迷妄にすがる、である。身内で「史上最強の晴れ男」と呼ばれているウチのダンナに頼むほかない。お留守番をしているダンナに電話をかけて「晴れにしちょくれ〜。頼む」と泣きを入れる。

翌日は朝からかなり強い雨。でも予報では3日には回復して晴れ間がのぞくらしい。で、3日にヤクルト浦添キャンプ見学に行くことにし、2日は名護に緋寒桜見物に予定変更。
那覇のバスターミナルから国道58号を約2時間、でもバスの車窓風景をながめていると飽きが来ない。郊外へ出ると「ベスト電器」「洋服のはるやま」といった福岡でもおなじみの郊外型店舗がつづき、パチンコ屋さんがあったりで、このへんは、本土の郊外の風景とおんなじ。中部をすぎると、「万座ビーチ」「ムーンビーチ」といった沖縄の海岸リゾートガ続く。淡いエメラルドグリーンをたたえた波打ち際が、南の島に来たんだなー、という実感を呼びおこす。晴れていたら、海の色ももっと濃くてきれいだったかな。
それに沖縄の地名って独特だから、バス停の車内アナウンスを聞いているだけでも面白い。「よふけ」なんてバス停があって、漢字は「世富慶」でした。

名護は3日投票の市長選挙戦のまっさいちゅうだった。小さい町だから、岸本・宮城両陣営の選挙カーがニアミスしまくって走っている。わたしも運動員のにいちゃんにチラシ渡されちゃったよ。「すみませーん、ワタシ観光客なんで選挙権ないんです。がんばってくださいねー」。基地反対派の宮城さん陣営だったので、ニコヤカに対応する(結果、岸本氏の圧勝で終わってしまいましたが)。


濃いピンク色で、目を引かれる緋寒桜

ついこのあいだ沖縄に行った知人は緋寒桜を見て「梅が咲いてる!」と言ってしまったそうだが、たしかに本土の人間には、桜というより紅梅に見えてしまう。花の色は濃くて鮮やかなピンク色。ソメイヨシノには植物の美しさより情念を感じてしまうが、亜熱帯の緋寒桜は、1月から咲き出す生命力がみなぎっている。
名護城跡の公園の桜は、ほぼ満開。この時期にお花見できちゃう幸せをかみしめる。
しかし公園の上までは、かなりの石段を登らないといけない。わたしは左足が悪いため(手術してるんで、実は2センチほど右足より短いのだ)、ふんばりがきかず、石段を登り終える頃は足がガクガク。ま、日ごろの運動不足も大いに原因してるんですが。
桜に囲まれて名護湾を眺める。雨は昼過ぎまで断続的に降っていた。前回の沖縄でどしゃぶりにたたられた苦い経験から、今回はレインコートを持参してきた。形見分けでもらった、亡き義父のバーバリーのコート。ブランドものといえば、ユニクロしかもっていないわたしとしては唯一のブランドものの持ち物なんである。おかげで南国の雨にも大いに役立ちました。お義父さん、ありがとう。

さて、名護から那覇まで同じバスに揺られて戻ると、もう4時近い。「沖縄病」のメル友が「識名園がなかなかいいですよ」と教えてくれていたので、タクシーで行く。まったくの偶然ですがタクシーの運転手さんの苗字も「識名」さんでした。
高台にある識名園は、池とあずまやと小さなこんもりした森があり、敷石や橋の石がサンゴなのがいかにも沖縄って感じですが、「友泉亭」みたい、といえば福岡市民の皆さんはおわかりでしょう。

翌2月3日は、雨もあがって朝から青空が見える。さすが、ウチのダンナの威力はすごい、と感謝しつつ、宿泊ホテル近くにある波上宮あたりを散歩してから、浦添球場に向かう。「沖縄の寒さも2月までですよ」とタクシーの運転手さん。いっちょん寒くないんだってば、とヤマトンチュのわたしはつい「とんでもない! あたたかいですよ。きょうなんか暑いくらいです。福岡はついこのあいだ雪ふりましたもん」と応じてしまう。「九州も雪、降るんですか?」と驚く運転手さん。ウチの実家なんか、積もるときは除雪車が出るもんね。
で、旅行のメインエヴェントだったスワローズキャンプ地見学報告はこちら

昨年のテロ事件以降、観光客が減っているせいもあるのだろうけど、土産物屋さんでずいぶんサービスをしてもらった。最近体調をくずしてばっかりなので「ウコン」を買ったら、わたしの大好物の「ちんすこう」を6個もつけてくれるし、友人へのお土産に泡盛の宅配を頼んだら、シーサーのタオルをおまけにくれた。帰宅するとその友人から「久米仙ありがとう」のメールが入っていて(もう届いたんだ!)、泡盛のほかにお店の方からサービスでちんすこうも荷物に入ってましたよ、とのことだった。
今回は、お土産もけっこう買ったので、沖縄経済復活にわたしも微力ながら貢献できたのでは、なんて思ってる。
福岡空港に夕方帰ってくると7度しかない! なんて寒〜い!! つかのまの旅はプラス10度ぶんのあたたかさを残しました。



識名園で。自分で片手でデジカメを持って撮るとこうなる