| 長崎市の精霊流し(2003年8月15日) |
さだまさしのヒット曲「精霊流し」で、この行事を知った人は多いでしょう。わたしもそうなのですが、あの曲を聴くとだれしも「しんみりして、しっとりしたお祭り」と思うはず。ところが長崎県人にいわせると「あの歌はウソっぱち」なのだとか。もちろん、精霊船を作って初盆を迎えた人を送る、という遺族にとっては悲しみの一面があるものの、実際の精霊流しは爆竹がけたたましく鳴らされその音響たるや耳栓が必要なほど。そのにぎやかさゆえに、さだまさしの歌のような静かなイメージとはほど遠いとのことです。
長崎在住の作家・青来有一氏は小説の中で、爆竹がはじける精霊流しの長崎の夜のことを,、
「まるで市街戦のよう」と表現していました。
はたして実際にはどうなのか? 今回初めて長崎の精霊流しをお盆の15日、見物に出かけてみました。
長崎市に到着したのは午後4時半少し前。すでに町のあちこちで爆竹が鳴らされて大きな音が響いています。中華街の老舗の「江山楼」に行くと、やはりかなりの混雑で予約をして順番を待つ間、中華街の前を通リ過ぎる「精霊船」を眺めていました(長崎の中華街は横浜や神戸と比べるとかなり小さいのですが、町のワンブロックほどに中華料理店や土産物店が集まっています)。
精霊船は大きいもの小さいもの、さまざまです。小さな船を手に抱えて歩いている人もいますが、たいていは船に車輪をつけ、曳いて市内を練り歩けるようになっています。
基本的な造作は舳先に「○○家」と名前が入れられ、花や杉の葉で飾られて、船の先頭に故人の遺影を見ることが出来ます。遺影がまだ年若い人だと、遺族の気持ちが思いやられます。
船は提灯で飾られ、その中に故人の好きだったものをそれぞれ入れて送るのだそうです。
しかしながらやはり驚くのは爆竹の音のうるささ。まさに聞きしにまさる大音響。夕暮れが迫るにつれ、爆竹の音は大きさを増し、青来氏の「市街戦」という比喩が決して大げさではないことを実感。まるで長崎市民みんながゲリラと化したかのような「バンバンバン!!」という音が絶えず響き渡り、話もできません。
見ていると精霊船を曳いて歩く人たちがダンボール箱いっぱいに爆竹を持ち歩き、どんどん火をつけて鳴らしているのですから。爆竹といっしょに打ち上げ花火までパッとひろがり、とにかく音と光と煙が間断なく続きます。爆竹の煙でのどが痛くなるほどです。
「江山楼」でちゃんぽんを食べたあと、長崎県庁のほうへ。ここの坂は見物人もいっぱいでテレビカメラも出ていました(あとで知ったのですが地元のTV局では「精霊流し」の様子を中継していました。まあ、福岡で「博多山笠」を早朝から地元では各局中継したりするのと同様でしょう)。
いつもと違って冷夏であまり暑くないので、歩き回っても汗をかかずに助かりました。
1歳半の姪っ子もいっしょに連れてきていましたが、爆竹の大きな音に泣き出すのではないかととても心配でした。でもどれだけ大きな音がしても特にこわがることもなく、いい子にしていたのでほっとしました。
精霊船は、昔は海に流していたそうですが、ゴミになるので今は港に集められて焼くそうです。この夜、1400隻もの船が市内をめぐっていったとか。
激しく鳴らされる爆竹は、「魔よけ」の意味なのでしょうか。また中国文化の影響もあるようです。他県から来る人間にとっては確かにその音には度肝を抜かれます。長崎という土地柄が生んだ、やはりユニークな祭りです。
わたしが死んだら、こういうふうににぎやかに送ってもらうのも悪くない、と思いました。小さくてもいいから船をつくってもらって、爆竹の派手な轟きに包まれて西方の彼方へ旅立つ。そういえば、長崎はまさに日本の西の果て。博多から出る鉄道は、長崎駅で終着になっているのでした。
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