千葉から長崎までクルマで往復帰省の記(2007年12月29日ー2008年1月2日)

「帰省ラッシュ」のテレビのニュースで、満杯の新幹線の乗客や、全く動かない高速道路の車列を見るたび
「あらあら、たいへんね〜」と、まさにひとごとのように見ていた。そう、このあいだまでは。


大学時代、わたしは熊本に住んでおり、福岡の実家へは年末に帰っても逆に「上り」列車になるため、混雑の記憶がない。
社会人になっても、福岡市のアパートから、実家へは高速バスに乗れば2時間足らずで着く。料金も片道千円ちょっと。
結婚して、福岡市から配偶者の長崎の実家に帰るときは、クルマを使えばやはり1時間40分程度。長崎自動車道はいつもすいている。


しかし、昨年、配偶者の東京転勤で関東に住まうことになり、ここへ来て初めて「帰省ラッシュ」をいかに避けて田舎に帰るか、という問題に直面することと相成った。
年末年始の帰省の飛行機の予約をしないとねー、と昨年11月上旬に気づいたときには既に遅し。
チケット予約は埋まってしまっている。
たとえキャンセル待ちとかで取れたとしても、年末年始は「早割り」等の事前予約の割引がないため、羽田ー長崎は往復で正規料金7万以上する。わたしと配偶者ふたりだと、帰省するだけで15万円!
そうなのだ、年末年始は田舎に帰る切符を取るだけでも大変なのに、料金も高い。
都心で働く、地方出身のサラリーマンには「帰省手当」がほしいぐらいである。
そこで配偶者は「じゃ、クルマで長崎まで帰ろう!」。
時間は確かにかかるが、ガソリン代、高速料金を入れても新幹線よりずっと安いから、と。
そんなこんなで、江戸のカタキを討つ訳じゃあないけれど、はるばる千葉・市川から、長崎まで、高速道路を乗り継いで、1270キロの道のりを、列島横断したのでした。


深夜に高速を出入りすれば料金が3割引になるため、12月29日は、なんと深夜2時少し前に起きて、2時半に出発。
京葉道路の市川ICから首都高速7号線に入る。
深夜にもかかわらずけっこうクルマが多い。
渋谷方面へ走っていると、左手に六本木ヒルズの巨大な影が見えてくる。
東京ICからは、もう
東名高速だ。


今回、運転は往復とも配偶者にやってもらった。
わたしは昨春、ペーパードライバー講習に通い、ときどき家の近所を運転しているが、高速道路はスピードを出すので、下手くそのわたしは怖くてならない。
それに、深夜に起きたため、眠気もけっこうある。


東名に入って間もなく、上り車線で、大型トラックが事故で路肩に突っ込んでいるのを目の当たりにする。
間近で目撃する交通事故はやはり恐ろしい。
その影響で下り車線のこちらも交通規制のせいか少し渋滞だ。
朝5時半頃、
富士川SAで休憩。まだ外は真っ暗。
富士山が見えるすぐそばを走っているというのに、残念ながら夜明け前なので全然見えない。さすがに山のライトアップは無理だ。
8時半頃、
浜名湖の近くのSAで朝ご飯。
木曽川をわたり、東名から
名神高速、名古屋を越え、多賀SAで休憩。
ここでなんとあの話題のキャラクター
「ひこにゃん」と遭遇。
人形がSAの前に置いているのだ。ここは彦根に近い。


そしてやはりというか関西エリアではまた渋滞でノロノロ運転。
東京ー大阪はざっと500キロらしい。大阪まで来てもまだ中間点ではないのだ。
さらにもう少し西へ走り、
兵庫県の龍野西SAで午後1時過ぎに昼食。ついでに給油。
さすがに1200キロ超を走るとなると、ガソリンを満タンにしてても、途中で持たなくなる。
かれこれ半日走りつづけていることになる。もっともわたしは助手席に座っているだけですが。


山陽自動車道に入ってからもいろいろトラブルが。
トンネルの中で玉突き衝突があって、3台のクルマが停車中。その影響でまた渋滞。
さらに前を走っていたトラックの荷台から落ちた、プラスティックのバケツがウチのクルマの前輪と車体のあいだにはさまってしまって、急遽、近くにあった
佐波川SAで駐車して、ひしゃげたバケツを、前輪から引っ張り出す羽目に。
運転していた配偶者は、車線に落ちていたバケツを、踏み潰して通り抜けようとして、はさまってしまったのだ。


やがて夕方になってくる。
下関を通り過ぎ、目の前に
関門橋が現れたときには、
「ああ、九州に帰ってきたんだぁ」となんだかこころがほっとして、嬉しい気持ちになった。
5時を過ぎた夕暮れなのにまだ明るい。関東ならもうすでに真っ暗になっている時間帯。西に行くとやはり1時間近い「時差」を感じる。
福岡県なので、ひさびさに聴こうと、80.7MHzに合わせて
「FM福岡」のラジオに切りかえる。


九州自動車道から長崎自動車道へ。配偶者は、途中1度の給油で長崎までぎりぎり持つかとふんでいたのだが、佐賀あたりで、給油ランプが点灯してしまった。
やむなく、
川登SAで2回目の給油。
配偶者の実家にたどり着いたのが午後7時半で、ちょうど17時間が経過していた。


ふるさとは雪模様。ぼたん雪がふりしきる元旦です。

大晦日から元旦にかけて九州はかなり冷え込んだ。
元旦の朝、外を見ると、屋根にうっすら雪が降っている。長崎でこうなら、わたしの実家(福岡県の郡部)は相当な積雪か?
チェーン規制が心配になり、実家に電話をかけると、峠越えは大丈夫そう。
それで元旦は長崎から、ウチの実家まで長崎自動車道、大分自動車道を通って日帰りで顔を出し、親父の墓参り。
上記の写真は、父親の墓があるお寺の境内から撮ったもの。
大分自動車道から見える
耳納連山が雪をかぶり、「筑後アルプス」とでも形容したい様相だった。


配偶者は1月4日が仕事始め。
3日に帰れば、高速の渋滞がすごいことになっていそうなので、1日早く、2日に市川へ帰ることに。


長崎の家を今度は朝7時半に出発。
昨日の雪のため、
東脊振ICの周辺では、山が白く雪をかぶっていて、道路の路肩にも雪が残っている。
鳥栖を過ぎたあたりから、またFM福岡を選局すると、「モーニングジャム」が流れていて、パーソナリティの
中島浩二の声をなつかしく聴く。
FM福岡はその後、山口県に入ってもしばらくクルマに電波が届いていた。


古賀SAの売店で、配偶者は会社へのお土産を買う。
以前はここのSA、なぜか山羊が飼われていたりしたんだよな・・
お昼12時半過ぎに
尾道SAにて昼食。名物の尾道ラーメンを食す。
ラーメンといえばとんこつ、が原則のわたしだが、以前、岡山の友人からお土産にもらった尾道ラーメンがおいしくて、これはけっこう好きなのだ。


順調にすすんできた復路で渋滞が始まったのはやはり関西。
宝塚ICのあたりはノロノロになり、渋滞を抜けるのに30分はかかった。
そして滋賀県に入ってくると、彦根のあたりの風景は、一面真っ白に。昨日の雪なのだろう。
往路で立ち寄った多賀SAでは、駐車場に除雪車が出ているほど。
路肩にもかなりの雪が積もっている。だが、走行する分には、チェーン装着はしなくてすみそう。


配偶者は、
関ケ原を午後5時までには抜けたい、と言っていた。
あまり遅い時間になると気温が下がり、路面の凍結が怖いからだ。
関西での渋滞の影響もあって、結局、関ケ原を通過したのは5時半をまわっていた。
午後7時半に岐阜県の
養老SAで夕食。外はけっこう冷えてきている。


SAで検索した渋滞情報によると、東名高速はあちこちでかなりの渋滞が起こっている、という。
それで愛知県の
小牧JCTを前に、
「今回は
中央自動車道を通ろう」と決断。
長野県に入り、諏訪まで北上、そして山梨県へ南下する中央道を通って東京に帰れば、距離的には遠回り。
しかし渋滞を考えれば、こちらのほうが速そうだ。


結果的にはこの判断が正しかった。
中央道はガラガラ状態。
まったく渋滞ナシで進んで行く。
諏訪SAで休憩すると、そこは諏訪湖のほとり。湖岸の明かりがきらきらと見える。着いたのが夜9時過ぎだったが、9時までは温泉も営業しているのだ。
もう夜になっていたが、この近辺では昼間だったらアルプスも見えてきれいだったろうに残念。
今度は昼間に通ってみたいものだ。
ちなみにわたしは、長野県に足を踏み入れたのは初めてである。


八王子到着は11時15分。
中央道がすいていたので、予定よりも早く着いてしまった。
夜12時過ぎに高速の料金所を抜ければ3割引なのだが、もうだいぶ疲れていたので、45分待つのも長いしそのまま通り抜けてしまう。
高井戸から首都高速4号線へ。
すぐに新宿の高層ビル群が見えてきた。
しかし首都高速って、急カーブが実に多い。新宿のカーブは特に険しく、よほど注意しないと事故を起こしそうな急角度。
わたしは当分、怖くて首都高速の運転は出来そうにありません(^^;


ちょうど夜12時に我が家へ到着。
往復2600キロ近い、長い長いドライブだった。
帰宅すると、お留守番をしてくれた「ごん」と「ふく」の無事をまっさきに確かめた。
助手席に座っていただけなのに、わたしはけっこうな疲労感。
田舎が遠くなると、帰省するのもほんとうにひと苦労です。

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